くまのゆびわ
ひんやりした青い空に、真っ白な雲が高いところでぷかぷかと浮かんでいる。
わたみたいな雲は、大きな白いくまさんみたいなの。
目の前の大きなくまさんを見た後に、右手の人差し指にはまった『くまさんのゆびわ』を見るの。
「ガイ様に早く見せたいわ……っ」
目をキラキラ輝かせているのは、くまが大好きなアリーシア・ウィンザー侯爵令嬢。
ウィンザー侯爵家は、代々王宮魔道書士長を勤める由緒ある家柄である。
アリーシアは、淡い金髪に、長いまつ毛に縁取られた癒すようなピンク色の大きな瞳、真っ白な肌にほのかにピンク色の頬、見た目は妖精のような儚げな美少女。
生まれる前に父と兄に贈られた、こげ茶色の毛にエメラルドグリーン色の瞳のくまのぬいぐるみ『カイ』が宝物で、カイをきっかけにくまが大好きになる。
美少女な見た目と違い、怪盗や海賊ごっこが好きなお転婆娘として、のびのびウィンザー侯爵家で育っている。
アリーシアが待っているのは、歳の離れた兄のアレクセイと同級生のガイフレート・オルランド。
オルランド侯爵家は代々王立騎士団長の家柄。
大きな身体に穏やかな声、そしてアリーシアの宝物くまのカイと同じこげ茶色の髪、エメラルドグリーンの瞳の持ち主で、二人は運命の出会いを果たし——木の上で寝ぼけて落ちたアリーシアをガイフレートが抱き留めた——アリーシア本人も気付かない小さな恋がゆっくりと動き始めている——。
今日は、ガイ様がアレクお兄様と王立エトワル学園が終わった後に遊びに来てくださる日なの。
朝からずっと楽しみで、ぬいぐるみのカイと『くまのゆびわ』と一緒に待っていたの。
少し前に、お母様の指輪ってキラキラしてステキね、と言ったら大人の指輪はまだ早いわよ、とほっぺたをツンと指で押されたの。
今朝、お母様が「アリーのゆびわよ」って人差し指にはめて下さったのが『くまのゆびわ』なの。
カイと同じように、こげ茶色で緑色の目のもこもこくまさんなの。ガイ様にも早く見せたいわと思い玄関で待っているの。
「ガイ様! アレクお兄様! お帰りなさい」
「アリーシア嬢は、今日も元気だな」
大きな体のガイ様を見つけたので、ガイ様に走って行って、がばっと抱きついて見上げる。
ガイ様はしゃがみ込むといつも優しい瞳を合わせて、穏やかな声で挨拶をしてくれる。
あれ? 今日のガイ様、いつもと違うことに気づいたの。
「ガイ様、髪を切ったのですか?」
「ああ、昨日な。だいぶ伸びていたからな」
ガイ様が大きな手で、短い髪をシャラって触ったの。
こげ茶色の髪が短くなっていて、りりしくて、ステキだわと思ったの。
アリーもガイ様のシャリとした髪を触ってみたくなったの。
「ガイ様、アリーも触りたいです……っ!」
「ぶはっ、まあいいぞ」
ガイ様は大きな声で笑うと、ほら、と低くしゃがんでくれたの。
「——っ!」
手を伸ばして、ガイ様の頭を触ったらとってもとっても驚いたの!
下から上に撫でるとシャリリってなるの。ちくちく、じゃなくてシャリリ、いえ、シャラシャラかしら? やっぱりチクチク?
はじめての手触りに楽しくて面白くて手が止まらないわ。両手を使って『くまのゆびわ』と一緒にシャラシャラ触るのよ。
「アリーシア嬢、そろそろ終わりだぞ?」
「——ガイ様、アリーの手に止まらない魔法がかかったみたいです……っ!」
「ぶはっ、それは大変だな」
ガイ様は、穏やかな声で笑うと、ひょいと私を抱き上げて我が家の読書部屋に連れて行って下さったの。
私はガイ様の首に手を回したまま、ガイ様の短い髪を下から上に撫で続けるの。
だって、なんかチクチク、シャリリ、サララが楽しくて手が止まらないの。やっぱりガイ様の髪の毛は、魔法がかかっていると思うの。
「ガイ様の髪の毛、すっごく楽しいです!」
「——そうか」
ガイ様は、くすりと笑うと、大きな温かな手で頭を撫でてくれたの。ガイ様が読書部屋のソファに座ると本を読み始めたわ。
いつもならガイ様に本を読んでもらうのだけど、私の手はガイ様の髪の毛をシャリリと触るのに夢中で止められないの。
場所によってもシャリリが違うの。
えりあしはシャリリ、チクチクが元気なのに、首のくぼみのところは、チクチクが埋まるみたいなの。不思議で面白くて、気持ちよくて手が止まらないわ。
ガイ様のお膝の上に乗ったまま、ガイ様の切りたての髪の毛をシャリリ、シャリリと触り続けたの。
しばらく触り続けていると『くまのゆびわ』のくまさんと目がぱちりと合ったの。
慌てて、ガイ様の目の前に『くまのゆびわ』を出したの。
「ガイ様、見て下さいっ!」
「カイにそっくりなクマの指輪だな。アリーシア嬢にぴったりな指輪を選んでもらってよかったな」
「はいっ! お母様みたいなキラキラした指輪は、お引っ越しをするからアリーにはまだ早いの」
「どうして、指輪が引っ越しするんだ?」
ガイ様のお膝に座って、パッと両手を広げたの。
「好きな人からの指輪は、右手の薬指にはめるの。好きな人から結婚する人になるときに、指輪も左手の薬指にお引っ越しするの」
お母様のキラキラしていた指輪は、左手の薬指の指輪だったの。「お父様からの贈りものの指輪で、宝物なのよ」とにっこり笑うお母様もキラキラしていてステキだなと思ったの。
「アリーも大きくなったら、お母様みたいに指輪を頂いて、お引っ越ししたいと思ったの!」
「ああ、侯爵夫人の出身地には、そのような指輪の風習があると聞いたことがあるな。それは素敵だな」
ガイ様が穏やかな声で優しく笑うのを見て、すごく嬉しくなったの。指輪のお引っ越しがガイ様の言葉でキラキラしたみたい。
アレクお兄様が「アリーはずっと家に居ていいんだよ」と元気のない小さな声で何か言うのだけど、聞き取れなかったの。
すごく嬉しくて、ガイ様を見上げると優しいエメラルドグリーンの瞳と目が合った。大きな温かな手で私の頭を撫でる。胸の奥が、ほわり、と温かくなる。
「ガイ様、もう一度、髪を触ってもいいですか?」
「ぶはっ、アリーシア嬢、また魔法にかからないようにな」
嬉しくなって、ガイ様の髪をシャリリと撫でる。
あっという間に、また私の手に止まらない魔法がかかったみたい。
「シャリリ〜ちっくちく〜シャラシャラ〜やっぱり、ちくちっく〜」
嬉しくて楽しくてガイ様の髪の毛の唄を口ずさみながら、わしゃわしゃとずっと触っていたの。
ガイ様の大きな体は、ぽかぽか温かくて、アレクお兄様より甘い匂いがして、髪の毛はちくちく、シャリリでとっても気持ちいいのよ。
「ふあぁ……」
まぶたが仲良しさんになって来たわ。
うとうとし始まると、ガイ様の大きな手が頭を撫でてくれて、体も心もぽかぽかして眠たくなるの。
「寝てもいいぞ」
ガイ様の穏やかな声が遠くに聞こえ、止まらない魔法のかかった私の手は、ようやく魔法が解けたみたい。ガイ様の首に手を回して、甘い匂いとぽかぽかする大きな体にぎゅっとして、目を閉じたの。
私は夢の中でも、ガイ様の髪の毛の唄を歌いながら、ガイ様の髪の毛をシャリリ、ちくちくと触る夢を見たわ。
とっても幸せな気持ちなのよ。
私が眠った後に、アレクお兄様が「僕も髪を切ろうかな」とぽつりと呟いたのは、私は知らない。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます♪
切りたての短い髪を触るのが、すごく好きですー。
あの感触がとにかく好きー。
好きなんだー。
もしも同じ好きな人がいたら嬉しいΣ੧(❛□❛✿)誰かいませんかー?どこかにいませんかー?
全五話の予定なのですが、まだ未完成なので一気に公開ではなく期間内に完結できるように更新するつもりです。
宿題はいつもギリギリのタイプです_φ( ̄ー ̄ )これも性癖?笑。カキカキします。