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7◇魔女のおばあさんと毒リンゴ

(* ̄∇ ̄)ノ 七人の小人と仲良くなりました。


 朝になりました。


「んー、」


 エインセイラ姫はベッドの上で伸びをします。昨夜は七人の小人達と宴会になりました。

 七人の小人達は東の国の愚痴を、エインセイラ姫は自分の国のお城の人達の愚痴を、言いたい放題言って騒ぎました。

 エインセイラ姫も七人の小人達も、かつて住んでいたところに不満のある者同士。意気投合し仲良くなって、ワインを飲みながら歌を歌ったりダンスをしたり。飲んで騒いで歌いました。


 その夜は風車がいっぱいの家の客間で、エインセイラ姫はグッスリ眠りました。朝になれば外は晴れて、二階の客間の窓からは風車がカランカランと回る音が聞こえてきます。


「すっかり晴れていい天気」


 客間を出て階段を下りると七人の小人達が朝食を食べてます。


「お姫様、おはよー」


「おはよう、かわいい小人さん達」


「朝食は、昨日のシチューの残りとパンでいい?」


「充分よ、ありがとう。うーん、昨日はちょっと食べ過ぎちゃった」


 七人の小人達とテーブルを囲み、焼きたてパンにチーズを乗せて。


「お姫様、ドラゴンの山に行くなら、しっかり食べていかないと」


「いただきます。あ、お弁当も作っておかないと」


「材料は冷蔵庫の中の好きに使ってー。その分、もらってるし遠慮しないでねー」


「あのネックレスと指輪で足りるの?」


「うーん、お姫様用の冷蔵庫とオーブンを作るには、もう少し欲しいかな。だけどあのルビーの指輪は、変換器に組み込めるかも」


「透明度と屈折率はいいの? 調べたの?」


「うん、今、使ってる集束加速機に組み込めそう」


「ルビーをレンズにできるなんてね」


「なかなかいい宝石が無くて。ねぇ、お姫様、うちで助手にならない?」


「そうね、お姫様をやめて、なれそうなものがなにも見つからなかったときはお願いするかも」


 七人の小人達と朝食を食べて、お弁当にベーグルサンドを作ります。干して乾かしたドレスと下着をアリスパックに積めて、出発準備ができました。

 そのとき、風車の家の扉をコンコンと誰かがノックします。七人の小人は、バッと玄関を見ます。


「こ、公安か?」

「お姫様、隠れて」


 小人達はエインセイラ姫と玄関から離れたところへ隠れます。小人の一人が代表で玄関に向かいます。公安が来たのかと、ビクビクしながら。

 誰が来たのか興味が湧いたエインセイラ姫は、隠れてコッソリと玄関の方を覗きます。

 玄関に向かった小人がおそるおそると、扉をそっと開けます。扉の外から聞こえてきたのは、おばあさんの笑い声。


「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ、リンゴはいらないかい?」


「なんだ、リンゴのばあさんか」


 扉を開けた小人はガックリと疲れたように肩を落とします。隠れていた六人の小人も、なーんだ、リンゴのばあさんか、とホッと息を吐きます。公安ではありませんでした。

 エインセイラ姫が隠れて玄関を窺うと、やって来たのは腰の曲がったおばあさんでした。

 トンガリ帽子にねじれた木の杖、黒いローブに身を包み、片手にはリンゴの入ったバスケット。

 どこから見ても伝統的で古式ゆかしい魔女のおばあさんです。


「ふぇっ、ふぇっ、美味しいリンゴはいらないかい?」


「ばあさん、何度来ても、うちはリンゴは要らないってば」


「いやいや、リンゴが要らないなんてそんな訳が無い。ほうら、真っ赤なリンゴだろう?」


「うん、ちょっと真っ赤過ぎてどうかと思うリンゴだけどさ」


「買わないのかい? なら、1個プレゼント。試供品さ」


「そう言って、毎週1個置いてくじゃないか」


「おや? そうだったかな? ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ」


「ばあさん、ボケてんじゃないの?」


「いいから、いいから、ほうら、リンゴ」


「いらないって言ってるのに」


「いいかい? その毒リンゴは、お姫様が来たら食べさせるんだよ?」


「ばあさん、いま、毒リンゴって言っちゃったぞ」


「おや? まぁ、いいわい。とにかく、その毒リンゴはあんたが食べちゃダメで、何処かのお姫様がやってきたら、そのお姫様に食べさせるんだよ」


「ばあさん、殺人教唆って知ってる?」


「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ、死にゃあせんわい。ちいっと眠ったまんまになるだけさ」


「食べられない毒入りリンゴを、毎週持ってこられても困るんだよ」


「魔女と言えば、毒リンゴを持ってくるものと、昔っから決まっとるんだよ」


「おいらたち、引っ越してきたばかりで、この辺りの風習は知らないんだけど」


「じゃあ、憶えておき。お姫様が来たらその毒リンゴを食べさせるんだよ」


「この地に来たばかりで、猟奇的な犯罪をする気は、さらっさらないんだけどねー」


「あと、新聞はいらないかい? 今なら、トイレットペーパーと、魔王リーグのチケットつけるよ?」


「新聞もいらないから。ばあさん、もう、うちには来なくていいからね」


「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ、また来るからのう」


「聞いてる? だからもう来なくていいってば」


「はーあ? なんだって? 最近、耳が遠くなってのう?」


「もう帰れよ、毒リンゴボケババア」


「誰が、毒リンゴボケババアじゃ!」


「聞こえてるじゃないか、もう」


「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ」


 魔女のおばあさんは不気味な笑い声を残して行ってしまいました。リンゴを手にした小人が戻って来ます。


「あの魔女のばあさん、毎週、毒リンゴを持って来るんだ」


「今どき毒リンゴだなんて」


「おいら達、この辺りのこと知らないけど、毒リンゴなんて売れるの?」


 エインセイラ姫は、んー、と首を傾げて思い出します。


「毒リンゴがブームだったのは、けっこう昔の話よ」


「そんなブームがあったの?」


「お姫様は王子様や騎士とドラマチックな縁談を結ぶ為に、魔女とか妖精に依頼して呪いをかけてもらったりするものよ」


「そういうのはいくつか聞いたことあるけどさ」


「毒リンゴもそんな呪いのひとつで、ブームになったことがあるわ。定番なのはやっぱりお姫様が拐われることなんだけど、目新しさを求めていろんな流行ができたりするから」


「それ、あの毒リンゴのばあさんに教えた方がいい? もう毒リンゴは流行遅れだって」


「どうかしら? あのおばあさんは昔のブームが忘れられなくて、今も同じことを続けているのかもね」


「また毒リンゴブームが来るかもって?」


「それはわからないわ。流行が終わったと思ってた呪いのタピオカも、色と大きさが変わってまた流行するとは、誰も思って無かったし。毒リンゴがまたブームになることも、無いとは言いきれないから」


「こっちは毎週、毒リンゴをプレゼントされて困ってるんだけど」


 エインセイラ姫は魔女のおばあさんがいた玄関を見つめます。


「あのおばあさんは、毒リンゴバブルがはじける前の、栄光の日々を忘れられないのでしょうね」


 かつて毒リンゴがヒットして、毒リンゴを作れば作っただけ売れた時代がありました。

 銀行も毒リンゴバブルに煽られて、いい加減な担保で無茶な融資をしたものです。不良債権がいっぱいできました。

 誰もが毒リンゴというバブルに踊らされ、そのバブルがはじけた後は悲惨なものでした。株価は暴落し、失業者が町に溢れました。


 かつての華やかで景気の良かった頃をもう一度、と毒リンゴを今も作り続ける魔女のおばあさん。エインセイラ姫は経済の物悲しい一面を見てしまった気分になり、ちょっとせつなくなりました。

 小人は手にする人工的な真っ赤過ぎる毒リンゴを見て、エインセイラ姫に差し出します。


「お姫様、毒リンゴ食べる?」


「イヤ、死体みたいに寝てるところをキスで起こす王子様と結婚するとか、やめてちょうだい。それに私が毒リンゴを食べて倒れたら、あなた達がずっと私を介護するはめになるのよ?」


「おいら達の中に介護の資格持ってるのは、あ、ヘルパーの資格持ってるのと看護士の資格持ってるのはいるけど」


「私、死体愛好家(ネクロフィリア)のケのある王子様なんて、趣味じゃないわ」


「おいらも寝っぱなしのお姫様の介護はちょっと」


「あら、起きてたらお世話してくれるの?」


「あ、それ、どう答えてもおいらが墓穴になる?」


「その毒リンゴはどうするの?」


「毒ってわかってるから処分に困るんだよね。生ゴミで出せないし」


「怪しいほどに真っ赤なリンゴね」


「うん、これじゃ鳥も食べないよね」


 これも過去の流行の負の遺産かしら? とエインセイラ姫は不思議な気持ちになります。


「時代の熱狂に流されて、食べることもできないものを、今も作り続けるなんて」


「世の中、そんなものかもしれないね」


「でも、あなた達は未来を作りたいのでしょ?」


「そりゃそうさ。研究したいってのもあるけれど、風力変換器を作るのは、誰かの役に立つものが作りたいからさ」


「かつてはその毒リンゴも、いい縁談が結べたと役に立ったみたいなんだけど」


「その時代が求めるものと、未来と人が求めるものは、しっかり見極めないと」


「あなたのような小人さんが大学の教授だとステキなのに。東の国の偉い人は、頭カラッポなのね」


「そだね。偉い人って頭が軽くないと務まらないみたいだし」


 エインセイラ姫はアリスパックを背中に背負います。


「それじゃ、そろそろ行くわ。かわいい小人さん達、いろいろありがとう」


「お姫様、住所が決まったら教えてね。冷蔵庫とオーブンを送るから」


「楽しみにしてるわ。研究が上手くいきますように」


「お姫様もドラゴンにいい感じに拐われますように」


 エインセイラ姫は七人の小人達に手を振って、風車の家をあとにします。七人の小人達も手を振ってエインセイラ姫を見送ります。

 エインセイラ姫は丘の上の風車の家に背を向けてテクテクと歩きます。


「境遇がちょっと似てたから? 私がパルー以外の人でもイライラしないでお喋りできるなんて。お城の外にはいろんな人がいるのね。もっといろんな人とお喋りしてみたいわ」


 昨日とは、うって変わってカラリと晴れた青空の下、エインセイラ姫は黒いドラゴンの住むヴェイグス牙山に向けて、元気よく歩いていきます。


(* ̄∇ ̄)ノ トンガリ帽子に黒いローブに木の杖は伝統的な魔女の正装です。

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