2◇魔女の家でケーキを焼いて
( ̄▽ ̄;) これも婚約破棄、なのかな?
夕闇の森にある魔女の家。
「パルー、パルットネビアー、私よ、エインセイラよ、開けてー」
エインセイラ姫が魔女の家の扉をダンドンとノックします。
エインセイラ姫が魔女の家に来るまで、お城の家来を撒いてきたり、カーテンをロープにして窓から下りたり、追いかけてきたメイドの顔にヤモリを投げつけたりといろいろありました。お姫様としてどうかと思う逃亡劇をやらかしてきました。
エインセイラ姫は何かあると友人の魔女の家に来ますが、今回は本気の家出だと荷物を用意してきています。ちょっと大きめのリュックを背中に背負って来てます。
その昔、アリスという名の女の子が愛用していたことから、アリスパックと呼ばれるアルミフレームパック、腰当てパット付きです。
登山家にも愛用される軍隊放出品の頑丈なリュックは、ウッドランドカモフラージュモデル。森に溶け込む緑色のリュックは、エインセイラ姫の青いドレスにぜんぜん似合っていません。
魔女の家の扉が開き中から魔女が出て来ました。
「エイン、また城を脱け出して来たの?」
「うん、だけど今度はもう戻らないから」
言ってエインセイラ姫は魔女の家の中へと入りました。背中のアリスパックを下ろしてエインセイラ姫は魔女パルットネビアーに訊ねます。
「ねえパルー、私のサイズに会う動きやすい服は無い?」
「お姫様といえばドレスを着てるものでしょ?」
「私もうお姫様やめたいの、だからドレス以外の服を着てみたいの」
「ドレスを脱いだらお姫様じゃなくなるんじゃない?」
「そういうパルーも、魔女らしく無い格好よね?」
「だって、伝統的な黒いローブもトンガリ帽子も、動きにくいし。私に似合わないでしょ」
「私だってドレスじゃ動きにくいわよ」
「でも私の服だとサイズが合わないわね」
「サイズも背丈もそうだけど、パルーはどうしていつもそんな下着みたいな服を着てるの?」
「私の魅力が出てるでしょ?」
「パルーがスタイルいいのは見ればわかるけれど、その格好、魔女って言うより女エッチ悪魔みたいよ」
「サキュバスとは趣味が合うのよね」
魔女パルットネビアーは、アームカバーにニーソックスと腕と足は隠してますが、胴体は黒い下着同然の格好です。ハレンチです。このままポスターになるといろんな団体から抗議が来そうな、隠すところを間違えているような衣装です。おっぱいが黒いブラからこぼれそうです。
「これもサキュバスの友達オススメのリッパーコーデよ」
「寒そうに見えるけれど?」
「お洒落にはヤセ我慢も必要なの。服はすぐに用意はできないけれど、魔女に頼み事をするのなら?」
「何か作るわよ。材料があれば」
「じゃあエインの特製チーズケーキで」
「まっかせてー」
エインセイラ姫は青い髪を後頭部でリボンで縛り、かって知ったる魔女の家と、タンスからピンクのエプロンを取り出して青いドレスの上に着けます。緑の目をキラキラさせて魔女の家のキッチンへパタパタと。
その後ろをのんびりと、赤い髪のやたらと肌の露出の多い、黒い下着みたいな服を着た妖艶な魔女が、アクビをしながらついて行きます。
「お料理好きなんて、ほんとにお姫様らしくないね、エインは」
「魔女らしくないパルーに言われてもねえ」
「それで今度は何?」
魔女パルットネビアーは椅子に座ってエインセイラ姫を見ます。どうしてこんなお姫様らしくしていられない女の子が、あのプライムローズの王家に産まれたのかしら? と、考える魔女パルットネビアー。
魔女の見ている前でエインセイラ姫は冷蔵庫から材料を取り出して、得意のベイクドチーズケーキを作り始めます。
「魔女の家っていいわね。冷蔵庫があるんだもの」
「私の魔法をお菓子作りに便利って言うのはエインぐらいよ。お料理好きの姫ってなんなのかしら」
「自分の食べる物に興味を持って、自分でも作ってみたいってなったら、やってみるものでしょ」
「それで教育係と両親とまたケンカしたの? その度にエインはうちに来るし」
「だって私がお喋りしてイライラしないのってパルーしかいないんだもの」
エプロンを着けたエインセイラ姫は手際よく、クリームチーズに砂糖と卵と薄力粉と生クリームとレモンリキュールをくわえて、泡立て器でグルグルとかき混ぜます。
「皆は私にお姫様らしくしろって言うけれど、私にはそのお姫様らしいっていうのがバカみたいに思えるの」
「誰もが生まれを選べるものでは無いけれど。プライムローズ王家に産まれた女の子はお姫様になるように期待されるわね」
「だいたいなんなの? お姫様らしさって。礼儀作法にダンスに楽器の演奏。他には刺繍? そういうのはまだ解らないでは無いわ。でも、お料理に剣に論理学に哲学に興味を持つのが、お姫様らしくないって言われても納得できないわ」
「お姫様と言えば自分で料理なんてしないから。家臣の仕事を奪うことにもなるし」
「私の興味があること学ぼうとすると、あれもダメこれもダメ、お姫様のすることじゃ無いって止められるし」
「剣とか哲学に興味を持つお姫様なんていないから」
「どうして? 剣を憶えたら身を守れるじゃない。それに生まれてきたなら誰もが一度は生と死と魂と神について考えるものでしょ?」
「深く追求しようってのはなかなかいないものだけどね」
「だいたいそのお姫様らしくする練習っていうのがなんなの? 人食い鬼に拐われたときに、お姫様らしい上品な叫び声で助けを求める練習ってなんなの?」
「お姫様といえば、拐われて騎士や王子に救い出されるのが定番だから」
「他にも、ドラゴンに拐われたときにドレスのスカートが捲れて下着を見せないようにする練習とか! そのときに汗と涙でお化粧が崩れてもそれをさりげなく直す練習とか!」
「どんなときにでもお姫様らしく、というところ?」
エインセイラ姫は怒りをぶつけるように泡立て器でベイクドチーズケーキの材料をかき混ぜます。勢いよくボールの中身が混ぜられてキメの細かいチーズケーキができそうです。エインセイラ姫はお城でのことを思い出して、ちょっと声が大きくなります。
「王子のキスで目覚めるまで狸寝入りをする練習とか! 髪の毛を編んで塔の上から垂らして、それを騎士が登る練習とか! 12時の鐘が鳴る前に大階段を駆け下りながら、靴を片方脱ぎ捨てて置いてくる練習とか! 呪いを解く為にカエルにキスをする練習とか! 暴れるニワトリを掴まえて夜明けまで離さないようにする練習とか! それがなんの役に立つっていうのよ!」
「いろんなお姫様が混ざっているわ」
「そんなのをマジメにやっていたら頭がおかしくなりそうになるわ。なんでお姫様も王子様もそんなバカバカしいことに打ち込めるのか、私にはぜんっぜんワカンナイ」
「ま、そういうのが王族とか貴族の務めだから?」
「なんで王様とか王子とか姫とかって、頭カラッポな人ばかりなの? この前のお父様だって、私が『お父様なんで裸で出歩いてるの』って聞いたらお父様ったら全裸で偉そうに『これはバカには見えない高級な服なのだ、ふふん』って言って、素っ裸で一ヶ月も城の中で過ごしていたのよ」
「そういうのも王様らしい王様というものね」
「その一ヶ月、お父様はハダカー!って言った私の方がバカの子扱いされたのよ。納得いかないわ」
エインセイラ姫はベイクドチーズケーキをオーブンに入れます。魔女の家はオール家魔力でオーブンもお城のものよりずっと高性能です。
「王族って頭カラッポじゃないと務まらないのかしら?」
「それはそうよエイン。頭のいい王様なんていたら大変なことになってしまうもの」
「どうして? 王様や宰相が頭がいい方が国にとってはいいんじゃないの?」
エインセイラ姫はチーズケーキが焼き上がるまで、お茶を淹れます。エインセイラ姫は自分でお茶を淹れることができます。お姫様なのに。
魔女パルットネビアーの特製のガーネットベリーのお茶の香りが、魔女の家のキッチンに広がります。エインセイラ姫は椅子に座り、ここでしか飲めないガーネットベリーのお茶を一口含み、ほう、と息を吐きます。魔女パルットネビアーもお茶を飲んで目を細めます。
「エイン、頭がいい王様がいたとするでしょ。頭のいい王様は自分の国の民が幸せになるようにするでしょうね」
「でしょうね。古くて役に立たない決まりを無くして、新しい政策をするでしょうね」
「幸福も不幸も混ざりあっているものよ。簡単には切り離せないもの。それで自国を幸福にしようとすれば、不幸を他所の国に押し付けるのが手っ取り早いのよ」
「え?」
「つまり、自分の国だけ幸福にしようとしたら、他所の国に戦争を吹っ掛けるのが簡単なの。頭のいい人が王様になったら戦争ばっかりの世の中になるわ」
「それ、本当に頭がいいとは言わないわ。逆に不経済で国土も荒れてしまうのに」
「そういうのも全部他所の国に押し付ければいいのよ。そして植民地からいろいろ持ってくれば豊かになって、その国の中だけは幸せになるわ」
「じゃあなに? あちこちで戦争が起きないようにするために、王子様もお姫様も頭カラッポになるようにしつけられてるの?」
「そういうこと。平和な世の中の為には為政者は頭カラッポじゃないとダメなの。そして王様や王子様、お姫様というのは国民に夢を見せる存在じゃないとダメなの」
「国民に夢を見せるためにお姫様は豪華なドレスを着て、贅沢な暮らしで、毎日のほほんと暮らしてろってこと?」
「その通り。それに昔から言うじゃない? 頭カラッポのほうが夢、詰め込めるって」
「パルー、聞いてるとなんだか私、頭痛がしてきたわ」
「何が起きても頭カラッポなら、ちゃらへっちゃらというものよ。そろそろケーキが焼けたんじゃない?」
エインセイラ姫がオーブンから焼きたてのベイクドチーズケーキを取り出します。チーズとレモンリキュールの香りがふわりと漂います。
チーズケーキを切り分けて、お茶のお代わりを淹れ直してお姫様と魔女はおデザの時間を楽しみます。
魔女パルットネビアーはベイクドチーズケーキを一口パクリ。うっとりと目を細めます。
「エインの作るお菓子は美味しいわあ」
「お菓子を作るのって実験みたいで楽しいわ。ねえパルー、何か新しいレシピは無い?」
「エインの料理はたまに実験的にとんでもないのができちゃうけど、それを防ぐにもエインにはいろんなお菓子とお料理の本をあげないと」
「私、そんなにヘンなものは作らないわよ」
「ところで、お城を出てどうするの? エインは?」
「どうしようかしら? もうあそこにいるのは耐えられないけれど、それで何処か行くあても無いのよね」
「お姫様がうろついていたら、ほっとかない人も多そうね。うーん」
ベイクドチーズケーキを食べて満足気な魔女パルットネビアーは、スプーンをくわえたまま小首を傾げて考えます。
「そうね、チーズケーキを作るのがこれだけ上手なら。ラナー、地図を持ってきて」
魔女パルットネビアーが言うと魔女の家の奥から、にゃあ、と猫の鳴き声が聞こえます。黒と銀のシマシマ毛皮の猫が畳んだ地図をくわえて持って来ます。魔女は猫を使い魔にしているものです。
エインセイラ姫が猫に挨拶。
「こんにちわラナウェイ、おじゃましてるわ。あなたもケーキ食べる?」
「俺は甘いのはあんま好きじゃ無い」
地図を持って来た黒と銀のシマシマ毛皮の猫は、少年のような声で応えます。
「白身の魚かコーヒー豆はないのか?」
「手土産を用意する暇が無かったのよ」
「エインセイラ姫が城を出るときはいつもそうだろうに。ま、いいけど」
「ご主人様が紅茶派だからって、使い魔の猫も紅茶派じゃないのよね」
「オスは黙ってエスプレッソがいい」
魔女パルットネビアーは地図を広げて一ヶ所に赤い丸をつけます。
「エイン、ここに行ってみたらどう?」
「ヴェイグス牙山? ここに何があるの?」
「黒いドラゴンが住んでいるわ。チーズケーキを美味しく作れるのなら、ここに行ってみるのもいいんじゃない?」
「そっか、ドラゴンはお姫様を拐うものだから。私がその黒いドラゴンに拐われれば、お城に戻らなくてもいいってことになるわね」
「そういうこと。それにそのドラゴンは私の友達なの。魔女パルットネビアーの名前を出せば、話を聞いてくれるわ」
「パルーはその黒いドラゴンと友達なの?」
「まあ、ひとつ貸しがあるというか、弱味を握っているというか、うふふ」
「黒いドラゴンの住む山、ヴェイグス牙山かあ」
「私は魔女の集会があるから一緒に行けないけれど」
「パルーは何かと忙しそうだものね。うん、ドラゴンの住む山まで一人旅というのもおもしろそう。私、行ってみるわ」
こうしてエインセイラ姫は、黒いドラゴンに拐われる為にドラゴンの住むヴェイグス牙山へと行くことを決めました。
拐われの姫としては何かが違います。
エインセイラ姫はレモンリキュールの風味のついたベイクドチーズケーキを食べて、
「うん、上出来」
ニッコリです。その出来映えに満足そうです。
(* ̄∇ ̄)ノ 王様は今日も裸でアイヤイヤイヤイヤー♪