第1章「夏休みの憂鬱」5
―――予感的中。
冗談じゃない。夏休み中は、塾にだって行くのだし、何の為に部活を早めに退部したの
か分からない…。
父の後を継ぐつもりはないし、美凪の様に、遊んでるわけにはいかないのである。
しかし、そんな僕を無視して、美凪はどんどん話を進めて行く。
「私達学生なんですけど今、夏休みなんで明日からでも大丈夫ですよ。ねっおじさん!」
「しかしね…。美凪ちゃん」
流石の父も、美凪の提案には驚いたようだ。だいたい、子供なんかを本気で信用して
くれるわけが無い。
僕は今まで父について、探偵業をした事は一度もないし、やり方すら分からないという
のに。
だが、江里子は美凪の話を聞くと、嬉しそうに、身を乗り出してきた。
「ホントですか!? 本当に来てもらえますか?」
「はっはい! もちろんです!」
「ちょっと待って」
江里子と美凪の間に父が割り込んだ。
「岡さん、お気持ちはわかりますけど、彼らは高校生なんですよ。それでもよろしいの
ですか?」
「あ…はい。あの、円香ちゃんが高校生なんで……それで、円香ちゃんホントに一人
ぼっちなんです、あの家で! だから…同じ位の歳の人が来たら、喜ぶと思うんです」
かなり必死な様子だ。僕達を呼びたい理由はこれだけでは無いような気がする…。
「ふむ…。なるほどね」
暫く考え込むと、父は僕に
「秋緒。お前、美凪ちゃんと一緒に行ってくれんか?」と言い出した。
「なっ。何、言ってんだよ! 僕は…」
「私も別件が済んだら、すぐに行くから。お前も岡さんの話を聞いていたんだろう?」
それはもちろん、聞いてはいたが……。
江里子を見ると、あのすがるような目で僕を見ていた。そんな顔をされると、大変辛い
んだけど……。
「秋緒! 行ってあげようよ。おじさんだって、すぐ来てくれるっていうんだしさー。ねっ」
美凪と父と江里子の三人に囲まれて、僕はどうしようもない気持ちになっていた。本当
はここで「いやだ! 僕は勉強するんだから!」と、大声で、断りたい所なのだが……
三人に見詰められ、僕は心の中の言葉とは、違う事を言ってしまった。
「僕ら…ホントに何も出来ないと思いますけど。それでもいいなら……」
僕の言葉に、三人の顔がぱあっと明るくなったのを見て、何か悔しくなった。
ちくしょう!
「では、いつからお伺いしたらいいでしょうか」
「出来れば明日にでも…いいですか?」
「あたしは大丈夫です!」
僕を無視して、どんどん話が決まっていく。
そして、僕の夏休みの計画は、完全に潰れてしまった。
「じゃ、あたし家に一旦戻るね! 後で電話するからさ。じゃね秋緒」
と、言うが早いが美凪は事務所を出て行った。
江里子は明日の午前十時に、東京駅で待ち合わせようと決めると、僕に何度も何度
も頭を下げて、事務所を後にした。
「よく決心してくれたなあ」
二人が出て行った後、父が人事のように言った。僕はその言葉にカチンときた。
「何、言ってんだか! あんな風に三人に迫られたら、断れるわけないだろう!」
「まあまあ。父さんも早目に行くから、現場を見て来てくれよ」
にこりと笑う。何が癒し系だ!
しかし、自分で行くと言ったのだから、行って現場を調査したり、話を聞いたりしない
といけないだろう……。
僕は、父の仕事をちゃんと見た事はないが、やる事は何となくわかる。
だが、具体的に何をしたらいいのかは、さっぱり分からない。
僕は父を見た。
明日までに、少し探偵について、勉強した方がいいかもしれない。
僕の視線に、父は僕が言わんとしている事が分かったらしく、にこにこしながら、やっ
て来た。
ホントはこんな事をしている場合じゃないんだけどな………。
僕は、こっそりとため息をついた。