この町の高校
桜が舞い、カツアゲをしに来たチンピラも一緒に空に舞うこの頃。
『先週の土曜日のことだ……。俺は、いつものようにボートレース場で舟券を買っていた。俺は自信に満ち溢れた表情をしながら指定席に座っていたんだ……。何故かって?隣で縋るように舟券を持っている、いかにも勝負慣れしてい無さそうな若い兄ちゃんと違って、八百長によって勝利が約束された舟券を握りしめていたからな。』
マイクを持ってステージ上に立っている男の体験談のように、全てがうまくいくと思っていた自分がいた。
『……だが最終レースに突入し、ガバガバな財布をケツに浮足立っていた俺の期待を裏切るように、ボートレーサー全員が俺の指定席の方にケツを向けたかと思えば死にものぐるいでエンジンを吹かしはじめ、当初の予定とは違う順位でゴールラインを通過……まさかの大穴に会場中が震え上がった……。隣を見てみれば、兄ちゃんは顔をきったなく涙と鼻水で汚しながら誰かに向かって礼を言ってやがった。俺は大負けした腹いせにド突き回して舟券ふんだくってやろうと思ったんだが……何故かソイツと周りの奴らがこっちを見たかと思えば一斉に走って逃げていきやがる……。』
しかし人生とは上手くいかないものであり、自分の思い描く"理想"とは異なるものをその手に掴むことが多い。
『不思議に思った俺は、ふと後ろを見てみたんだ……。するとそこには、バールのようなものを持ってニコニコしながら俺を見ている嫁がいたんだよ。嫁の殺気を当てられた俺は、主催者を挽肉にするのも忘れて全力で逃げ出したよ……あの時、ボートレーサー達は嫁の殺気を本能で感じ取って俺のように逃げ出そうとしたんだと、首根っこを掴まれながらそう考えたのさ……。その後、嫁に風俗に行ったことまでバレたせいで危うく夕飯のハンバーグに使う挽肉にされかけたがな。だが、今回はバレたがこれからも俺は嫁に隠れてスポーツ賄賂やら違法カジノに………ん?これそういや式辞だったな。コホンッ!えーッ、まあ一人ひとり頑張れってことだ……以上ッ!!!深奥北高等学校長、坂東ケイイチ。』
だが、そうであったとしても決して諦めず、懸命に"理想"へ手を伸ばすため、日々抗い続ける……その姿勢が大切なのだと、理解するのに時間は掛からなかった。
◇
三月と言えば別れの季節
四月と言えば、出会いの季節である。
人は皆新しい環境や生活に期待、そして不安を胸に抱くものである。
そんな事を考えながら椅子に座っている大羽の右隣では、血走った目でゲームをしている少年がおり、左隣では美乳マイスター(自称)がエロ漫画を読みながらニヤけている。
その様子を大羽はほぼ感情のない目で見る。
この町に来て二週間、大羽は今深奥北高校の入学式に出席していた。
「こんなフザケた式辞があるかッ!!!もっとまともな事を喋らんかいッ!!!」
さすがにこの式辞の内容は他の目にも余ったようで、来賓代表の男性が校長に対して非難の声を上げていた。
それに対し、校長は「えー……めんどくせぇな……」と明らかに嫌そうな顔をしながら懐から黄ばんだ一枚の紙を取り出した。
『えー、そういう訳なんでもうちょい雑談に付き合ってもらいましょうかね。まぁ、そう言っても話すネタも無いんで、そこでアドレナリン出しまくってる来賓代表サマが昔初恋相手に書いたっていうポエムでも―――』
「やぁめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!!?」
男性の絶叫が体育館中に響き渡った。
――と、まぁそんなことがあった入学式を終え、大羽は宛てがわれた自分の席に座っていた。
主人公にありがちな窓側の一番うしろの席から教室を見渡せば、荒山や高林など所々に知り合いはいるものの殆どが知らない顔ぶれであるため、やはり緊張をしてソワソワとしてしまう。
「ん?どうしたんだよ大羽?緊張でもしてんのか?」
大羽の前に座っていた大澤は、それを見兼ね体を後ろに向けて話しかけてくる。
「そりゃあまあな、大澤は緊張とかしないのか?」
「俺はあんまりしねぇな……というかしても仕方ないしな!まぁ、お互いに頑張ろうぜ!」
そう言って笑顔をみせる。
やっぱり大澤は良い奴なのだろう、エロ本を読みながらでなければ素直にそう思えるのだが……。
暫くそんな会話をしている内に、教壇に一人の若い男性教師が立った。
「えー、今日からお前らの担任になる七瀬だ………にしてもお前ら、折角の入学式なのに全然親来てないのな!」
髪はボサボサ、スーツはしわくちゃであり、おまけに開口早々割とデリケートなことを思いっきり口にする教師だった。
とても教師とは思えない男である。
「うるせーぞコラァッ!!」
「この前のイベントで課金した上で爆死したテメーに言われたかねーよッ!!」
「推しキャラの水着コスすら出せねーくせに調子こいてんじゃねーぞッ!!」
ケラケラと馬鹿にするように笑う七瀬に対し、内野井を筆頭にクラスの生徒達が口々に文句を言う。
その言葉を受けて、七瀬はさっきまでのテンションはどこへ行ったのか、ガックリと項垂れて教壇にベッタリ張り付いた。
「はぁ………マジで何なんだよぉ……えぇ?こっちはさぁ、生活費の半分削って課金したってのによぉ………なぁんでミリアたん以外が二体ずつコンプリートするんだよぉ………二体ずつもいらねーよぉ……。」
心なしか、負のオーラ的なものを纏っているようにも見える。
「大体よぉ………このクラス問題児多すぎだろうがよぉ…………西村に内野井に大澤って………給料とあってねーだろこんなん………給料上げろよ校長ぉ…………。」
七瀬はやる気の無さがひしひしと伝わってくるような表情をしながらスマートフォンを弄る。
「もうめんどくせぇからさ、俺今からゲームすっからお前ら自己紹介しといてくんね?」
本当にこの人は教師なんだろうか。
クラスのみんながそう思っているが、一応担任の教師からの指示だということで名簿番号の頭から自己紹介をし始めた。
「お、次は俺か。オッス俺、大澤ユウジ!突然だが女子の皆さん、胸のバストチェックでもさせてもらおうかなぁ~?ウヒヒッ!」
大澤はそう言うと、両手をワキワキさせながらだらしない顔をした。
それに対し、女子達はあからさまに嫌そうな顔をして胸を隠す。
「ふざけんな変態野郎ッ!!」
「とっとと座れッ!!」
それだけにとどまらず、大澤に向かって火の玉やら銃弾が飛んできた。
「うぉあッ!?ちょっ何すんだよ!?ただのスキンシップだろ!?」
「下心が見え見えなのよ!」
「さっさと座って大人しくしてなさい!」
さすがに大澤も分が悪いと思ったのか、口をとんがらせながら席に座った。
「うわぁ……大澤の後とか一番やりたくないんだけど………」
「名簿番号順だからしかたねーな!」
教室内を微妙な空気にした元凶である大澤を大羽は物凄く殴りたくなったが、仕方がないと割り切って立ち上がった。
「えーっと……大羽ショウです………。」
「趣味とか特技はないのかよ?」
そう言って締め括ろうとしたが、大澤が小声でそんな事を言ってくる。
「えー?じゃあ………冬でも半袖でいられます……とか?」
「「「変態かよ。」」」
「少なくともお前らだけには言われたくねーわ。」
妥協した結果その答えに辿り着いたが、大澤を含む近くの三人が驚いたような顔をしてくるので即座に言い返す。
特に隣りに座ってるローションだかなんだか知らない謎の粘液を全身に纏ってる奴には言われたくはなかった。
そんなやり取りをしていると、突如として教室の後ろの扉が開き、女子生徒が一人教室に入ってくる。
「……すいません、トイレ行ってたら迷いました。」
サラッサラの長い黒髪に整った顔立ち、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
はい、美少女登場。
「貴様は小森タツキッ!?」
「初対面なのに呼び捨てにすんなやコラ。」
美少女は美少女でも、見た目じゃ分からないヤンキー美少女でした。
この小森タツキという美少女は――
「あ゛ぁ゛?」
スミマセン、ちゃんと呼び捨てにはしませんので許してください。
……たまたまタツキさんを呼び捨てにしてしまった男子生徒は、首から上を天井に埋め込まれ、蛍光灯の様にぶら下がる事となった。
所要時間僅か一秒。恐ろしいの一言に尽きる。
なんかこの町に来てからこんなんばっかな気がする、そう思わざるを得ない大羽。
――この二週間、大羽は必死にこの町の生活に慣れようと荒山達に町の色々な所へ連れて行ってもらった。
そのおかげで、この町の地理にはだいぶ慣れてきたと言えるだろう。
商店街の本屋に行ったりチンピラに絡まれたり、熊と蜘蛛が合体したような怪物に襲われかけたりチンピラに絡まれたり、影分身しながら強引にチラシを渡してくるチラシ配りに出会ったりチンピラに絡まれたりと……今思えばマトモな事が殆ど無かった二週間であった。
「……はぁ。」
大羽は、この先の学生生活に不安を覚えながらも席に座るのであった。