この町の爆弾
午前十一時、銭湯から荒山の家に帰ってきていた大羽達三人のもとに、一人の客人が来ていた。
「いや~いらっしゃい高林。わざわざありがとね。」
「いや、問題ない。」
高林と呼ばれた、いかにも質が良さそうなスーツを着た少年を荒山が茶の間に招き入れる。
「何飲みたい?」
「そうだな……コーヒーでも貰おうか。」
「俺はカフェオレな~!」
「大羽くんは?」
「練乳入りコーヒー。」
「な、中々のチョイスだね……。」
高林を座布団に座らせると、荒山が高林を含めた三人の飲み物のリクエストを聞いて茶の間を出ていく。
茶の間を出ていった荒山は、少ししてお盆の上に自身も含めたカップを載せて戻ってきた。
「はい、高林。熱いから気をつけてね。」
「すまないな。」
「おいギンジ!これカフェオレじゃなくてカフェラテじゃねーか!」
「チッ、うるさいなウッチーは……はい大羽くん、練乳入りコーヒーね。」
「あぁ、ありがとう。」
内野井以外注文通りの飲み物を持ってきた荒山は、他の三人のように座布団に腰を下ろしてワイドショーを見始めた。
尚、文句を言われてもカフェラテは取り替えないようである。
「いや~、たまにはこういう静かな休日も良いものだねぇ……。」
「にっが……まぁ、そうだなぁ……。」
お茶を啜ってほんわかしながら呟く荒山に、内野井がカフェラテの苦さに文句を言いながらも同意をする。
大羽も、つい先程業者から自分の荷物を運び込んでもらうのが終わった後ということもあり、ようやくゆっくりと出来るのだ。
朝風呂にカチコミを仕掛けられたとはいえ、こういった静かでのんびりと出来る時間は良いものだと思う。
「おい!何呑気に茶なんか飲んでやがんだ!さっさとこの縄を外せ!!」
この人達が居なければ素直にそう思えるんだけどなー、と思う大羽。
視線を動かせば、彼らが座っている座布団の近くに例のヤクザの方々が縄で縛られて雑に転がされている。
自分達は身動きがとれないのに目の前で呑気に寛いでいるのがお気に召さないのであろうか、随分とご立腹のようである。
「うっせーよオメーら。このほのぼのとした空間が見えねーのかよ。あんまりうるせーと消臭ビーズ食わせんぞ。」
内野井の無表情かつ冷たい眼差しに当てられ、押し黙ってしまうリーダー。
先程までこの男の部下達が三人に向かって罵倒を絶え間なく繰り返していたのだが、それをうるさく思ったのか、内野井はトイレの消臭剤を持ってきて中身をその部下達の口に突っ込んだのだ。
今やその部下達は、口から泡と消臭ビーズを吹きながら青い顔をして意識を失っている。
現在意識があるのはリーダーのみであり、さすがに蹴りで車を真っ二つにするような内野井の前では下手なことは出来ないようだ。
「あ、そうだ。大羽くんお昼ご飯何が良い?」
「……俺はなんでも良い。」
「それが一番困るんだけどなぁ……」
全く空気を読まない荒山の問いに対して適当に返事をする大羽。
先程からリーダーの男が大羽を睨みつけてきているので、少し居心地が悪い。
荒山は大羽の返答に苦笑いしながらも、じゃあ蕎麦にしようかな~と言いながらお茶を啜る。
「――さて。」
荒山が喋り終えたタイミングで、高林が胡座をかきながらヤクザの方々を見る。
「俺も暇じゃないんだ、こういうことはさっさと済ませようか。」
その言葉に、リーダーが大羽から目を離して高林を睨む。
高林は特に気にした様子もなく、ズボンのポケットから一本のUSBメモリを取り出した。
「それは……!」
リーダーはそのUSBメモリを見て、驚きに満ちた目で高林を見る。
「あぁこれか?あんたらがチャカぶん回しながら欲しがってたものだよ。」
それに対し高林はさも当然のように答えると、そのUSBメモリで器用にコインロールをし始めた。
「そうじゃねえ!何でテメェがそれを持ってやがるッ!?あの裏切り者はどうしたッ!」
「ん?あぁ…他の組織のスパイのフリして逃げ回ってたあのあんちゃんのことか。人気のない道ばっかウロウロして怪しそうだから、とっ捕まえてみたんだよ。そしたら麻薬ルートのデータとか面白そうなモン持ってんじゃねーの。」
ハハハと笑いながら高林はコーヒーを口に含む。
裏切り者って……昨日の壁突き破って強制的に相部屋にされたあの人なんだろうなぁ、と考える大羽。
話を聞いている限り、それで間違いはないようだ。
「身分の偽装は上手かったが、逃走の計画性がお粗末だったな。あのあんちゃん、優秀なんだがちと詰めが甘い。移動手段にアテが無かったみたいでな、条件つけて高飛びさせたんだ、今頃自分の本職に戻っているだろうさ。」
「本職だと……?」
何を言われているのか分からず疑問符を浮かべるリーダーに、呆れたと言わんばかりの顔をする高林。
「鈍いなーアンタ、マトリだよマトリ。アンタならよーく知ってるだろ?」
「なッ!?てっ、テメェッ!!」
自分の組織の裏切り者がマトリ――つまり麻薬取締官であったことを知り、驚きと憤慨に満たされるリーダー。
呑気にコーヒーを飲んでいる高林に一矢報いるために近付こうとするが、縛られているのでうまく動くことが出来ない。
「まぁ、別にあんたらがこの町に来るのは大いに結構だ。」
高林はコーヒーカップを机に置くと、USBを片手で弄びながら呟く。
「だがな………この町にはルールってモンがあるんだよ。あんたらはそれを分かって鉛玉をこの町にバラ撒いたってことでいいのか?ん?」
「あのババア、杖振り回して怒ってたぜ?」
「園部さんの借家のこともあるしね。さすがにこのまま返すわけにはいかないよねぇ?」
高林の問いかけとともに、内野井と荒山が指先で消臭ビーズをブニブニと弄りながらケラケラと笑う。
「俺が知ってるヤクザってのはよ……堅気に迷惑をかけず、筋を通す仁義ある漢達なんだよ。あんたらみたいにヤクを売り捌いてチャカ振り回していい気になってる三下のチンピラと違ってよ。なぁ?」
「誰が―――ッ!?」
何かを言い返そうとしたが、高林の鋭い双眸がリーダーに向けられて言葉が詰まってしまう。
自身に向けられているわけではないのに、大羽は少しだけ背筋が寒くなった気がした。
「まぁ、あんたらがこの町でドンパチしてくれたおかげで助かったこともあるからな、礼を言うためにこうして足を運んだってわけさ。」
「礼だと……?」
「御礼参りってことで、あんたらの組織をを潰す正当な理由が出来たって訳だよ……感謝するぜ?四代目百花組幹部の土門さんよ。」
高林に組織と自身の名前を言い当てられ、驚いた顔をするリーダー。
「どこでそれを……!いや待てよ……お前どこかで……………おま、まさか!?あの―――」
何かに気が付いたリーダーの言葉を待たずして、高林は指を鳴らす。
「?……い゛ッ!?ウッチーそっちの窓開けてッ!!」
「任せろッ!」
一瞬遅れて荒山と内野井が何かに気が付いたようで、咄嗟に立ち上がって縁側の窓を全開にした。
それと同時に茶の間に突如として突風が吹き荒れ、あまりの風の激しさに大羽は顔を腕で庇う。
「……?」
風がやんだので腕を下げてみると……そこには男たちの姿は無く、ただ畳の上に消臭ビーズが転がっていた。
「あっぶねー!おい高林!あいつ呼び出すなら先に言えよ!」
「危うく縁側吹き飛ぶところだったじゃん。ただでさえ今風呂直してもらってんのにさぁ……」
どうやら先程の突風は高林が誰かを呼び出した結果らしいが、内野井と荒山は随分と不満げな様子だ。
「いやぁ悪いな、想像以上に良い顔してたもんでな……つい、な。」
それに対し、高林は口では悪いと言いつつも、全く悪びれた様子は無さそうだ。
「つい、じゃないよ全く……。はぁ……もういいや。高林、お昼ご飯どうする?ウチで食べていく?」
「……いや、遠慮しておこう。この後予定があるからな。」
その様子を見た荒山が諦めたような溜息を吐きながら昼食の誘いをする。
しかし高林はその誘いを断ると、立ち上がって茶の間を出ていこうとする。
「そうだ……大羽ショウ。これをお前に渡せと言われていたんだ。」
大羽の前で立ち止まると、懐から一封の手紙を大羽に差し出した。
「え……あ、おう。ありがとう。えっと、高林……で良いのか?」
先程までのやり取りを見て、少なくとも高林がまともな一般人ではないのが一発で分かる。
機嫌を損ねればろくな事にならなそうである。
手紙を受け取りながらも、正直どう反応していいか分からない……が、恐らく一番無難な返答を選択した筈……と考える大羽。
「あぁ、それで構わない。まあこれからクラスメートになるんだ、仲良くやろうぜ大羽。」
選択肢は間違えていなかったようで、高林には好感触のようである。
「……ん?まだ入学もしてないのに何でそんなこと知ってんだ?」
ふと、高林の言葉に疑問を持った大羽は、流れで質問をしてみることにした。
「いや、知らないさ。まぁ強いて言えば………ただの俺の勘だな。」
その質問に対して、高林は少しだけ笑いながらそう返した。
荒山の家を出た高林は、昼時だと言うのに全く通行人が通らない歩道を歩いていた。
『こういうのを飛んで火に入る夏の虫っていうのか?』
『【ピ―――ッ!】、【ピ―――――ッ!】。』
『アイツ、久しぶりの餌に相当はしゃいでるみたいよ?』
正午前の暖かい日差しの中、高林以外の人影が無いにも関わらず、どこからともなく複数人の男女の声が聞こえてくる。
……若干一名は何故か規制音だったが………。
「資金調達の要だった地方支部が無くなったせいで相当焦ってるからな。麻薬ルートの情報漏洩阻止のために随分と精が出ることだ。」
『まさか、他所者にナメられたままという訳にもいかないでしょう?』
『そうね、あの七人の処理はアイツに任せてこっちはこっちで片付けるんでしょ?』
傍から見れば不気味な光景だが、高林は怖がるどころかそれが普通だと言わんばかりに『誰か』と言葉を交わす。
「あぁ……無法者に次は無い。部下の尻拭いは頭がやるもんだ……………誰の縄張りに鉛玉バラ撒いたか教えてやれ。」
高林がそう呟くと、風も吹いていないのに道端に落ちていた木の葉が空へと舞った。