この町の銭湯
朝食後、三人は着替えなど必要な物を持って銭湯に来ていた。
「こんにちは~。」
荒山がそう言いながら、『深奥の湯』と書かれた暖簾を潜る。
暖簾を潜った先にある銭湯の受付には、白髪のお婆さんが座っていた。
「今日は新顔を連れて来たのかい、ろくでなし共。」
「うっせーよ妖怪ババア。片足棺桶に突っ込んでんだからそろそろ逝っちまうんじゃねーのか?」
開口一番、お婆さんはとてつもなく口が悪いのが分かる。
内野井が言い返すと、お婆さんはハッと鼻で笑った。
「自分のケツも拭けずに糞を撒き散らすようなクソガキに心配されるほど、あたしは老けちゃいないよ。」
「んだとゴラァッ!?」
「ママのミルクしか飲めない体にされたくなかったら、風呂に入ってとっとと失せなこの小便野郎。」
「相変わらず口が悪いババアだなクソッタレ!」
売り言葉に買い言葉、随分と元気なお婆さんである。
荒山がまぁまぁと内野井を引っ張っていく。
しっしと手で追い払うようにするお婆さんと、中指を立てながら荒山に引っ張られていく内野井の睨み合いは、内野井が脱衣場に入ることで終わりを告げた。
「マジで何なんだよあのクソババアは!」
「来るたびにいがみ合ってるもんね。」
ブツブツと内野井が文句を言い、荒山がそれを笑いながら諭す。
これだけ機嫌が悪くても無表情のままなのだから不思議なものだ。
脱衣場で三人は服を脱ぎ始める。
ふと大羽が視線を右に動かすと、持ち物を入れるロッカーに入りきっていない宇宙服や鎖などが見えた。
「……。」
色んな人がいるんだなー、と思いながら煙臭い服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて準備をする。
そうして荒山と内野井を見て、少しの間大羽は固まった。
「?どうしたの?」
「……二人共凄い筋肉だな。」
服を着ていたため分からなかったが、同性の大羽が貧弱に見えてしまうほど荒山と内野井は引き締まった肉体をしていた。
「これくらいじゃないとこの町じゃやってらんねーからな。」
「まあねぇ。」
二人は苦笑いしながら返答し、湯気で曇っているガラス扉を開けた。
※ここからはお色気なしの男臭いお風呂シーンをお楽しみください。
『『『『いぃぃやぁぁぁぁあああああッ!?』』』』
風呂場に入ってまず聞こえたのは、複数の女子の悲鳴であった。
内装は昔ながらの銭湯といった感じで、随分と広く、壁面には富士山が描かれている。
中央には高い壁がそびえ立っており、天井と壁には隙間がある。
そして、その隙間に乗り出して壁の向こうを見ている短髪の少年がいた。
『見てんじゃないわよ変態ッ!!』
『さっさと落ちて死ねッ!!』
「うるせぇッ!無乳に興味はねーんだよッ!!オメーらはどっか行けやッ!!」
どうやら壁を隔てて女湯と繋がっているようで、恐らく向こうにいるであろう複数人の女子と少年が言い争いをしている。
『ふざけんなこの変態ッ!』
『アンタがどっか行けッ!!』
壁の向こうの女子の叫びとともに、少年に向かって火の玉や銃弾が飛んできた。
「うおぉぉぉうッ!?危ねえッ!?ちょいちょい暴力反対!!!」
『避けんな変態ッ!!』
「女子の皆様今日もご機嫌麗しゅう。」
『ホント死ねッ!!!』
そんな言い争いをしていると、色々な投擲物を避けていた少年が手を滑らせた。
「うおぉぉぉぉぉおあぁぁぁぁぁぁぁあ俺の桃源郷ぉぉぉぉぉおおおお!?」
そんな叫び声を上げながら、少年は頭から湯船に落っこちた。
「まぁたやってんのかよあのバカは。」
「懲りないねぇ。」
内野井と荒山はそう言いながら風呂イスに座ってかけ湯をし始める。
三人がかけ湯を終えると、腰のタオルを取って湯船に浸かる。
少し風呂場を見渡すと、まだ朝なのにも関わらず人が結構いることが分かる。
湯船にも大羽と同年代くらいの少年が何人もいる。
そして、湯船に仰向けでプカプカ浮いてる先程の少年。(不自然な光さん出動)
「お~い、死んでるか~?」
内野井がそう言いながら、浮いてる少年の頬をペチペチと叩く。
「ん~………ハッ!?」
暫くそうしていると、少年がザバッと状態を起こす。
「俺の桃源郷はッ!?」
少年はすぐさま辺りを見回すが、目に写るのは女っ気のない男湯。
それを理解すると、目に見えるくらいの勢いで落ち込む少年。
「全く相変わらずだなお前も。」
「前回辺りで懲りたと思ったんだけどね。」
「うるせー草食気取りどもめッ!」
二人が少年に対してそう言うと、少年は言い返しながら二人に突っかかる。
「お前らには分かるまい、この気持ちがッ!」
「はいはい分かったから。」
少年の説教じみた叫びに、荒山が宥めるように相槌を打つ。
「――あ、そうだ大澤、こちら新しくウチに越してきた大羽くんだよ。」
その途中まるで話を中断させるように、荒山が大羽を少年に紹介した。
「あ"ぁ"!?今こっちの――ッ……ほ~ん、お前がねぇ……。」
すると、大澤と呼ばれた少年は途中までの怒りを引っ込め、大羽の姿を観察するように眺める。
大羽も少年をよく見てみれば、荒山と内野井以上に絞り込まれた肉体をしており、まさに鋼の肉体とも言えるものである。
「ふむ、なるほど。」
少年は一通り観察を終え、何かを納得したようにコクリと頷くと、今朝の内野井のように手を差し出して握手を求めてきた。
「俺は大澤ユウジ。この町のとあるグループの頭をやってるモンだ。」
無駄にキリッとした顔で握手を求めてくるところ悪いが、さっきまで女湯を覗いていたやつなのだ。
あんまりよろしくしたくない。
……まあ、それでも握手はするが。
「それって、覗き魔ばっかの変態グループってこと?。」
「まぁ、そんなモンかな。」
「いやちげーだろ、何肯定してんだよ。」
「そんなことやってるの君とアイツだけじゃん。」
大羽の問いに答えた大澤は、内野井と荒山に頭を叩かれる。
なんか叩かれたときに空気が破裂するような凄まじい音がした気がしたが、大澤はさほど気にした様子はなく、頭をさすりながら大羽の手を取る。
こうして、変態野郎とのんびり野郎は握手を交わすのだった。
◇
大澤を加えた四人は湯船から出ると、速やかに着替えて休憩スペースで寛ぎ始める。
休憩スペースに置いてある椅子に、大羽と大澤は並んで座る。
大羽の手には、大澤に奢ってもらったフルーツ牛乳が握られており、大澤と他愛のない話をしながらチビチビと飲み進める。
「大羽はこの町に来てまだ少しだろ?これから過ごすにあたって不便の無いように今度荒山達と一緒に案内するぜ。」
「あぁ…ありがとう。」
話をしていると、大澤は普通に良い奴だということが分かる。
「ところで俺は巨乳派じゃなくて美乳派でね、あくる日もトレーニングに明け暮れているのさ。」
「いや知らねーよ。」
まぁ……ド変態野郎だということを除けばであるが。
二人が話をしている間、荒山は如何にも極楽ですといった顔で大羽の隣でマッサージチェアに座っており、内野井は受付でお婆さんと言い争いをしている。
暫く大澤と話していると、女湯の方から同年代くらいの女子が数人出てきた。
「あーッ!!まだのいたのこのド変態野郎!」
「うっせーよ!大体何でオメーら銭湯なのに水着着てたんだよ!?」
「アンタが覗くからでしょうが!!」
「ちっくしょぉぉぉぉお!?」
女子達と大澤の言い争いを横目で見ながら、平和だなーと少し方向性の違うことを考えながらフルーツ牛乳をグビッと飲む。
「探したぞガキィ……。」
忘 れ て た 。
その声を聞いて、大羽は口に含んでいるものを全部吹き出した。
見覚えのあるヤクザ達が暖簾を潜って入って来たのだ。
朝から昨日のことが嘘のようにほのぼのと過ごせていたので、昨日追いかけ回されたのを忘れていた。
大羽の座っている椅子は丁度銭湯の入り口と向かい合うように置いてあるため、自然とヤクザと対面する形となってしまう。
先頭に立っているリーダーの男は随分とご機嫌斜めである。
それもそうであろう、声をかけたと思ったら返答にフルーツ牛乳をぶっかけられたのだから。
「あの、人違いですよ。」
「とぼけんなよ情報屋のガキがよぉ。さんざん手間取らせてくれてよぉ、分かってんだろうな?」
大羽はとぼけるが、どうやら冗談は通じないらしい。
フルーツ牛乳を顎から滴らせたリーダーの男は、拳銃を突きつける。
「俺、情報屋じゃないんだけどなぁ……。」
拳銃を向けられている今の状況。
昨日と同じ状況の筈なのに、大羽は他のことに頭を使っていた。
何でこんな状況なのに、誰一人悲鳴を上げないんだろう?と。
「何だお前ら、朝風呂にカチコミ仕掛けるみみっちい真似しか出来ないんかオイ?」
そんなことを考えていた大羽だったが、リーダーの男と大羽を隔てるように内野井が二人の間に割り込んだ。
お婆さんにあれこれ言われたせいで、随分とご機嫌斜めな内野井。
あろうことか、拳銃をチラつかせていたリーダーの男にメンチを切り始めたのである。
「……それは、俺達に向けた言葉ってことだよなぁガキ?」
銃を突きつけているのに、怖がるどころかナメた態度を内野井に取られているため、眉間に皺を寄せ始めたリーダーの男。
「そうに決まってんだろうがボケが。何だ、耳まで腐った腐れヤンキーか?」
「ヤンキーはウッチーじゃん。」
それに対し、内野井は無表情だった顔を舐め腐ったような顔へと変化させ、相手を煽り始めた。
尚、荒山の指摘は聞こえていないようである。
「………このガキがぁあッ!!」
その煽り文句に対し、顔を真っ赤にしたリーダーは、内野井に向かって銃を発砲した。
「危なっ。」
そう言いながら、荒山が大羽の目前に飛んできたナニカを親指と人差し指で摘み取る。
それを見てみると、真っ二つに斬られた銃弾だった。
「は?」
何故か切断されている銃弾を見た後、内野井の方へと視線を動かす。
視線の先では、左脚を真上へ振り上げた無傷の内野井と、驚いた顔をしたリーダーの男がいた。
「全く………クソガキ、ウチに面倒事を持ち込むんじゃないよ。殺るんなら他所でやりな。」
「言われなくても分かってるっつーの。」
そんなお婆さんの呆れた声に吐き捨てるようにそう返すと、内野井は状況が飲み込めていないリーダーの男と、残りのヤクザを外へまとめて蹴り飛ばした。
『ぐぼぁッ!?』
『何だコイツッ!?』
『テメーら道具使え道具ッ!』
『何だ何だぁ?お前ら口ばっかかよオイ?チャカやらヤッパばっかに頼ってんじゃねーよコラァッ!!』
内野井が脚を振ればヤクザは吹き飛び、ついでと言わんばかりに停めてあったヤクザ達の車が真っ二つに切断される。
「おーいいぞいいぞ殺れ殺れーッ!」
「あ、いっけない髪まだ濡れてる。乾かさないと。」
「ウッチー!引き渡しの予定があるから殺さないようにねー!」
銭湯の外でヤクザ達を血祭りに上げている内野井の姿を見て、荒山や大澤、果ては女子達までもがいつもと変わりませんと言わんばかりの態度をとっている。
そんな色々と現実離れした光景を見て、大羽は言葉を漏らすのだった。
「………え、何この町。」