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この町は今日も賑やかです  作者: 河山蘭太
2/6

この町の歓迎

時刻は七時半過ぎ。

中央線の無い道路の路側帯に、一台のママチャリが停まっていた。

そのママチャリに跨がっている、少々……というかかなり目付きの悪い小柄な少年が、如何にも面倒臭そうな顔をしながら電話をしていた。


「ねぇ、本当にここであってるの?」

『あぁ、多分な。お前はそこで暫く待っていれば良い。どうせ向こうから来るからな。』


少年の問いかけに対し、通話相手は余程自信があるのか、ハッキリと答える。


「こんな時間に全く………約束、忘れてないよね?」

『あぁ勿論。お前の家の修理費用は今回は全額俺持ちだ。』

「……なら良いけど。」

『まぁ、ただの俺の勘だからな。来るかどうかは………おっと、園部さんの連絡どおりならそろそろだ。じゃあ、後は頼んだぞ。いい結果を期待して待っている。』

「はいはい……。」


面倒臭そうに返事をすると、通話を終了してスマートフォンをズボンのポケットにしまう。

暫く夜空の星を眺めていると、少し遠くの方から誰かの悲鳴と銃声が少年の耳に届いた。


「ほんと、君の勘はよく当たるよ……。」


そう独り言を呟くと、少年はママチャリのペダルを漕ぎ始めた。






「車は反則だろうがぁぁぁぁぁあッ!?」


叫ぶ大羽、迫る銃弾、追う車。

ボストンバッグを背負いながら足で逃げる大羽相手に対し、男達は容赦なく車で夜道を追い回しているのだ。

叫びたくもなるものである。


火事場の馬鹿力というのだろうか?体育の持久走でも見せないほどの速度と持久力で、細い路地などを駆けていく大羽。

しかし、いくら車が通れない細い路地を使えど、中央線のない広い直線の道路になったと同時に徐々に距離を詰められていく。

近くに脇道が無いため、少し先にある十字路の交差点まで道路を直進するしかない。


後部座席の窓から上半身を乗り出している男が、大羽に狙いを定め、引き金に掛けている指に力を入れようとする。

それをチラリと確認した大羽は、全力で走る。

もはや万事休す、そう思いながらも足を止めずに十字路の交差点に差し掛かった。


「うおぉぉぉぉぉおッぇうぐぉぇあぁぁぁぁぁあッッッッ!!?」


しかし、最後の力を振り絞るかのような叫び声を上げた大羽だったが、その叫びは後半に謎の言語へと変化し、突如として()()()


「なッ!?」

「あのガキどこに行ったッ!?」


急ブレーキを掛け、交差点の中央で停止する車。

銃を持った男が車を降りて四方を確認するが、大羽の姿どころか人影一つ見当たらない。


「あいつ、どこにもいねぇ……。」


リーダーの男が助手席の窓から報告を聞くと、苛立たしげにダッシュボードを殴りつける。


「クソッタレめッ!あのガキも見失うし、あの裏切り者も見失っちまったッ!!!」


元々男達は八人組で、半分に分かれて二台の車で大羽とスーツ姿の青年を追いかけていた。

もう一方の青年を追っていた男達からも、先程青年を見失ったとの報告があったせいで、リーダーの機嫌も悪くなる一方であった。


「おい……どうするんだよ。あの情報が敵の組織にバレたとなりゃあ、俺達の首が――」

「黙れぇぇぇぇえッッッッ!!!そんなことは分かってんだよッ!大体ッ!テメーら三人がかりでこんなド田舎の情報屋のガキ一匹殺れねえってのはどーいうことだッ!?」

「それは――」


苛立っているリーダーを静めようとして外に出ていた男が口を開こうとするが、リーダーが銃を男に対して発砲したため、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

突然仲間が銃殺されたことに対し、動揺する残りの二人。


「チッ!使えね―奴らだ。オイ!さっさと車を出せッ!!そう遠くには行っていないはずだッ!さっさと探せッ!」


男の死体はそのままに、運転席に座っていた男は慌てて車を発進させた。



 ◇



男達の車から少し離れた場所。

田んぼの畦道(あぜみち)を一台のママチャリが凄まじい速度で走っていた。


「一応聞くけどさ、君が大羽くんで良いんだよね?」


少年がペダルを漕ぎながら、首を後ろに向けて大羽に問いかける。

大羽の方は、少年に背負ったボストンバッグを引っ張られてるせいで声しか聞こえず、地面に足も着いていないのだが。

まるで強風に煽られている洗濯物のような姿である。


「そ、そうだけど、とにかく俺を下ろしてくれッ!」

「……あ、ごめん。」


大羽に言われて気が付いたのか、少年はブレーキを掛けて停止をし、それと同時にボストンバッグを離してくれたおかげでようやく地面に足をつけることが出来た大羽。

ちょっと吐きそうになったが、それを押し留めて少年と顔を合わせる。


大羽の身長は百六十後半だが、目の前の少年は目測で百六十丁度くらいの小柄な身長をしている。

そして目つきが非常に悪い。

今にも人を殺しそうな目をしている


「いや~回収の仕方ちょっと雑すぎたかな?ごめんね?」


少年はママチャリに跨がりながら大羽に問いかける。

目つきとは正反対の優しげな口調に戸惑ってしまう大羽であった。






実は大羽が車から逃げていた時、交差点に差し掛かった辺りで右側から凄まじい速度でママチャリが走ってきていたのだ。

そしてママチャリに乗った少年は、大羽とのすれ違いざまにボストンバッグを引っ掴み、交差点を脱出してそのままこの畦道まで来た、という経緯を辿って現在に至る。


今更ながらぶっ飛んだ話だなと思うが、事実なので受け止めるしか無いと、今どこかに電話をかけている少年の横顔を見ながら思う大羽。


「それじゃ、後は宜しくね~。」


どうやら通話は終わったらしく、少年は大羽の方に向き直った。


そして、大羽はふと聞きそびれていたことを思い出す。


「………そういや、お前誰?」

「ん?あ、そっか。自己紹介がまだだったね。」


これは失敬、と少年はママチャリから降りた。


「えーっと、僕の名前は荒山あらやまギンジ。大羽くんのことは園部さんの話で聞いてるよ。」

「……園部さんから?」

「うん、さっき僕の知り合いに連絡があったらしくてね。ちょっと面倒事に巻き込まれてるみたいだから助けに行ってこ~い、ってね。まさかヤーさんに追われてるとは思わなかったけど。」


アハハハと笑う荒山だが、追われていた大羽としてはたまったものではない。

というか相手がヤクザだったと今初めて知った。


「ていうか、俺はこれからどうすれば良いんだよ?あのアパートに戻れるのか?」

「いやいや、あのアパートは無理だよ?ヤーさんが来るから。それに、ヤーさんが来なくても帰れないみたいだし。」

「え、何で?」


ヤクザが来なくても帰れないというので、つい反射的に聞き返してしまう大羽。


「園部さんが三分前に自分のブログで、『うちのアパート倒壊なう。』って写真付きで書き込みしたらしいから。」

「え、えぇ……」


園部さんの軽すぎるノリは知っていたつもりだったが、まさかそこまで軽いとは思っていなかった。

そして無慈悲なアパート倒壊宣告。

荒山がスマートフォンの画面に、園部さんがアパートらしき瓦礫の前でピースをしている写真を表示する。

荷物は全て持ってきているため、所持品の心配は無いが、こればっかりはあんまりである。


「そっか……こういう場合の指示はなかったなぁ。園部さんもこっちに任せるって言ってきたらしいしなぁ……。」


地面に膝をついて絶望している大羽に対し、荒山はそう呟きながら腕組みをして何やら考え始める。




「う~ん、大羽くんはさ……今この状況に陥って、都会に帰りたいと思う?」

「……。」


暫く荒山は考え込んでいたが、ポツリと大羽に対して質問を投げかけた。

荒山の急な問いかけに対し、大羽は少し考える。

いや、正直言って帰りたい。



だが――


「いや……一瞬帰ろうとは思ったけど、やっぱ良いや。」

「……ふぅん?それはまた何で?てっきり逃げ出すのかと思ってたんだけどねぇ?」


大羽の返答に対し、何やら挑戦的な目をしながら質問をしてきた荒山。

その問いかけに対し、何故か大羽にも対抗意識が湧いてくる。

先程まで数多の銃口に狙われまくっていたせいで相当ストレスが溜まっていたのか、ここで一発ガツンと言ってやろうと口を開いた。


「俺の座右の銘は、嘘をつかず、毎日をのんびり楽しく過ごすことだ。この町に来たのは、俺がそれを実現するためだ。拳銃を向けられたからって、この信念を曲げる訳にはいかねーよ。今までの自分に嘘はつきたくないからな。」


真剣な眼差しで、大羽はそうハッキリと答えた。

理由が意外なものだったため、ポカンとする荒山だったが、思わずといった感じでクスクスと笑いはじめた。

しかしその笑いは決して馬鹿にしているようなものではなく、ただ単純に面白そうなものだった。


「………へぇ?面白いことを言うね?君、理由の割には芯がしっかりしてるんだね。」

「当然だ。将来の夢は?って聞かれたらいつもこう答えてたからな。」


えっへん、と自信満々に言う大羽。その理由でここまで堂々としていると、逆に見事なものである。


「あいつの言ってた通りって訳ね……。ほんっとよく当たるよ、全く……。」


うんうんと何やら嬉しそうに頷いた荒山が、組んでいた腕を解き、大羽に対して手を差し伸べる。


「じゃあさ、大羽くん……ウチに来ない?」



そう言って差し出された手を見て、大羽は考える。


……荒山の提案は、普通に考えて物凄く怪しい。

しかし、アパートが倒壊した今寝床を確保することが最優先である。

そう考えた大羽の頭の中では、自ずと答えは決まっていた。


「今度は爆弾なんか投げ込まれないよな?」

「あー……、それは保証しかねるかも。」

「いやそこは保証しろよ。」


大羽の選択は、荒山の手を取ることだった。


「僕が言うのもなんだけど………ようこそ、深奥町へ。」

「……おう。」


人を殺しそうな目を優しげに細める荒山に対し、大羽は短く返事をするのだった。

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