この町の新入り
「うおぉぉぉぉぉおッ!!?」
夜中の路地に響き渡る銃声と叫び声。
申し訳程度に光っている街灯によって、ボストンバッグを背負った少年が全力疾走で走る光景が頼りなく照らし出される。
「見つけたぞ!奴だッ!」
「撃ち殺せッ!」
少年から数十メートル離れた所から、複数の足音と銃声が鳴り響く。
ボストンバッグを背負った少年が全力疾走する周りで、いくつもの火花が散る。
「何なんだこの町はぁぁぁぁぁあッ!!?」
銃弾の雨の中、そんな叫び声を路地に響かせながら少年は夜道を駆けていく。
◇
空気が抜けるような音と共にドアが閉じ、列車がプラットホームを離れて行く。
その車両の後ろ姿を、ボストンバッグを背負った少年が見送った。
少年は、切符を今では珍しい改札員に手渡すと、そのまま外へと出る。
三月の下旬だというのに、真夏なのではないかと思う程の日差しがアスファルトを照らしている。
アニメキャラが描かれた半袖シャツ、百六十後半の身長、そして何よりの特徴である無造作に伸ばしてある髪に混じった一本の白髪。
そんな姿が日差しに照らされる。
「あっつ…。」
そう呟きながら汗を拭うと、少年は日陰をつたうようにして歩道を歩き始めた。
ちらりと確認をするように、視線を肩越しに後ろの駅へと向ける。
駅の名前は『深奥駅』。
それだけを確認すると、少年は前を向いて改めて歩き始めた。
山奥ではあるものの、田舎という程田舎ではない町。
『深奥町』は、周りの地域からそのように認識されている。
ボストンバッグを背負った少年・大羽ショウは、四月から深奥北高校に通う新入生である。
元々彼は都会暮らしだったが、高校進学を機に親から紹介された借家で一人暮らしを始めるために、この町を訪れていた。
駅から約十分、最寄にコンビニ有り。多少道は入り組んでいるが、慣れてしまえば問題ナシ。因みに家賃は自腹(悲)。
受験のために一度だけしかこの土地に来ていないせいか、母親に渡されたメモに書かれている住所にすんなりと辿り着く事ができない。
暫くスマートフォンと手書きのメモを見比べながら道を進んでいくと、トタン屋根の一軒家へと辿り着いた。
大羽はチャイムを鳴らそうとしたが、チャイムらしきものが見当たらない。
仕方無く、ガラス張りの引き戸をノックして「ごめんください。」と声を上げた。
すると奥の方から返事があり、暫くしてパンチパーマのオバチャンが出てきた。
「あら~ッ!もしかして大羽さんトコの息子さん?」
「はい、お久しぶりです園部さん。」
「こんなに大きくなって………いい男になったね~アッハッハッ!!!」
パンチパーマのオバチャン・園部さんは口を覆いながら笑顔で大羽の肩をバシバシと叩く。
園部さんは大羽の母親の同級生であり、大羽自身が赤ん坊の頃に一度だけ会っているらしいので、一応お久しぶりと言うことにした。
今は大羽が借りる借家の管理をしているらしい。
「いや~全く、若い頃のお父さんにそっくりよ~!あの頃といえば私も若くてね?自慢じゃないけどこれでもモテたのよ~?それでねそれでね!海に行ったときなんか――」
「あの、俺の借りる部屋は……」
「あぁ!立ち話もなんだし、上がってお茶でも飲んでいきなさい!」
「え……あ、はい。」
一人で昔話をしだしたので本題を切り出そうとしたが、あれよあれよと言う間に家に引きずり込まれてしまった。
◇
「はぁ……。」
アパートの二階の突き当たりの二○一号室。
六畳一間の部屋の真ん中で大の字で寝っ転がっている大羽は、大きな溜息を吐いた。
結局、本題の借家に案内されたのはあれから三時間後だった。
昼食は園部さんの家で食べさせてもらえたが、その間もマシンガントークはとどまることを知らず、ほぼ相槌を打つだけのマシンと化していた大羽の体力は底をついていた。
そのおかげで、園部さんの家と借家は道を挟んで向かいにあるにも関わらず、道のりがやけに遠く感じた。
取り敢えずと言って貴重品を詰め込んだボストンバッグには手をつけておらず、その他の大きな荷物は明日受け取る事になっているため、今は気兼ねなくだらけることが出来ている。
荷物の受け取りを明日に指定した過去の自分に祝杯を上げたい。
「そういや、隣の部屋……急に誰かが入ったんだっけか……。」
ふと、園部さんが言っていたことを思い出した大羽。
『――それがもうえらい別嬪さんでね?いや~私も惚れ惚れしちゃったのよ~!あ、そういえば君に貸す部屋の隣ね?昨日息を切らした若い男の人がいきなり部屋を貸してくれって言ってきてね?私は無理ですぅ~って言ったら、金は出すって言ってきてね?良い金額だったからつい了承しちゃったのよ~!まあ、長期滞在じゃないらしいし?別にいっか~って感じ?アッハッハッ!!!それよりね!さっきの続きなんだけど――』
ベルトコンベアーで流れてくるものの中に一つだけ違うものが混ざっていたような感じで話していたので、すっかり忘れてしまっていた大羽。
今更ながら挨拶をしておかないとダメかな?と考えたが、突如として襲ってきた睡魔には抗えず、吸い込まれるように意識が落ちていった。
パチッと目が覚める。
暗がりの中、手探りでスマートフォンの時計を確認してみると、もう七時半過ぎだった。
部屋に案内されたのが二時頃なので、五時間以上も寝てしまった事になる。
暑いからといって開けていた窓から、涼しい夜風が吹き込んでくる。
「夕飯どうしよ……。」
お腹を擦ると、むくりと起き上がってスマートフォンと財布をズボンのポケットに入れる。
コンビニへ行こうと玄関で靴を履いてドアノブに手を伸ばすが、それをやめる。
「………?」
うまく言葉には言い表わせないが、肌がピリピリするような違和感を感じ取った大羽。
自身が動かないでいると、僅かだが外の階段を上がる複数人の小さな足音が聞こえてくる。
しかし、あまりにも小さい足音だ。
そう、まるで………足音を隠しているように。
――ガチャリ。
"あ、この音アニメ見てるときに聞いたことがある。銃だ。"
そんなことを思った矢先、複数の銃声と何かが破壊されるような音が聞こえてきた。
――隣の部屋から。
「ッ!?」
思ったよりも大きい音なので、少し飛び上がってしまう大羽。
銃声が止むと同時にぐもったような爆発音が響き、建物全体が揺れる。
「うおぉッ!?」
爆発によって壁に罅が入り、崩れ去る。
さほど広くなかった六畳一間が、壁が取り払われた事によって隣の部屋と結合し、瞬く間に十二畳一間へと強引にリフォームされた。
壁の向こうには、酷い有様と成り果てた部屋と、床に身を伏せているスーツを着た青年が一人。爆発によって煙と砂埃が舞い上がり、非常に空気が粉っぽい。
その光景を認識した直後、蜂の巣と化したドアを蹴破り破り、ぞろぞろと銃を持った数人の男達が入ってくる。
男達は一人を除いてチャラチャラとした格好をしており、リーダーらしき人物のみ白いスーツを身に着けていた。
男達が部屋を見渡す(大羽の部屋込み)と、その目がスーツ姿の青年と大羽を捉える。
「クソッ、どうしてここが……」
「おいおい、あんまり俺たちを手こずらせるなよ?お前が情報屋にそのUSBを渡すのは知ってるんだぜ?全く、なんで俺がこんなよく分からんチンケな町に来なきゃなんねーんだよ。」
リーダーらしき白スーツの男が面倒臭そうにそう言うと、男達は青年と大羽(解せぬ)に銃を向ける。
いや他所でやれよ、と言いたい大羽。
しかも何やら勘違いされている模様である。
引き金を引かれれば簡単に死んでしまうこの状況。
普通なら硬直して動けなくなるところなのだろう………が、大羽の行動は速かった。
靴は履いている、スマートフォンと財布はポケット、残りの荷物はボストンバッグ一つだけ。
即座に踵を返し、ボストンバッグを引っ掴んで開いていた窓から飛び出した(二階)。
その行動力、まさに電光石火である。
『なッ!?あいつ逃げたぞ!お前ら何やってんだッ!さっさと追えッ!!』
まさか即座に逃げ出すとは思わなかったのか、後ろから焦った声とガラスが割れる音が聞こえてくる。
ふと、宙を飛びながら中学時代に隣の席の女子に言われたことを思い出す。
『大羽くんってさ、周りもそうだけどなんか変わってるよね~?』
いつもなら"あっそ"で終わらせられていたが、今回ばかりは真面目に考えなくてはならないかもしれないと、着地からの全力疾走を決めた段階で考える大羽であった。