崩れ去る日常
「突然だが来斗、未羽。大事な話がある」
「そんな改まって・・・なんなんだよ父さん」
それは何気ない、いつも通り夕ご飯を食べていた時だった。
父親のこの後の一言によって、宮地来斗の日常は崩れ去るとは本人は思いもしなかっただろう。
「明日から我が家に一人、家族が増えることになった」
「は?」
あまりの衝撃に持っていた箸を落としてしまった。
☆
翌日、あれからあまり眠れず、朝早くに目を覚ました来斗は早めに登校していた。
「ライ、おはよ・・・って、すげー顔だぞお前。ちゃんと寝たのか?」
「うるせー、これが標準だよ」
「いや、いつも以上に酷いぞ」
朝一番に話しかけてきたのは少ない友人である冴木鑑だ。
鑑とは中学一年の時からこの桜華台高校、通称華高で現在二年になるまで付き合いのある腐れ縁だ。
「ちょっと家庭的な事情がな。なんだか俺と同じ年齢の家族が増えるらしい」
「まさかライの父さんの隠し子か!?」
「そんな訳あるか!・・・父さんの会社の社長の娘だ。要はご令嬢つーことらしい。」
「どうしたらそんなことになるんだよ・・・」
父さんから昨日、事情は聞いていた。
父さんの務める会社は誰が聞いてもピンと来るような大企業で、お陰様で割と我が家は裕福だと思う。
そんな会社で来斗の父さんは社長と関わることが多いらしく、それは仕事的にもプライベートでも・・・らしい。
ある日、いつも通り愚痴の捌け口となっていた父さんに、急に真剣な面持ちで頼み事をしてきたという。
『娘に外の世界を教えてやって欲しい』
当然、最初は父さんも断ったらしい。
当たり前である。急に他人の一人娘、増しては自分の務める会社の社長のとなると預かれる訳がない。
だが、父さんのいい所でもあり悪い所である、困っている人がいたら放っておけない病が発動。
『お前しか頼めないんだ』という一言に負け、承諾。
後日、教育費うんぬんの話をし、無事最近形となり俺に話したということらしい。
一連の流れを鑑に話す。
「それはまたすげぇな・・・。よくもまぁ大事な一人娘を年頃の男のいる家に預けられるもんだ。相当信頼されてんだなライの父さん」
「人が良すぎるんだよ。それが父さんだから仕方ないけどな」
「お前もそう言いつつ受け入れるんだな。まさにこの親にしてこの子ありってか」
「うるせーよ」
その後の授業は当然集中出来る訳もなく、時間はただ流れて行った。
そして、放課後。俺は件のご令嬢と顔を合わせる為に家族と共に少し高そうな料亭に来ていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ未羽」
「新しく出来るお姉ちゃんを私は受け入れられるのでしょうか」
「さぁな、顔を合わせない限りは分からん」
緊張した面持ちで隣に座っているのは我が妹宮地未羽だ。
未羽は家族や心を開いた人には普通に接せるが、初対面の人に対しては苦手意識がある。所謂人見知りといったものだ。
「私はお兄ちゃんがいてくれて嬉しかったです。けれど未羽はお姉ちゃんも欲しかったです。その夢が今叶おうとしています。ですが、不安なのです」
「急に家族が増えると言われ困惑するのも分かるが落ち着け未羽。会ってから受け入れるか否か決めても遅くはないだろ?まずは顔を合わせる、それからだ」
「わ、私は落ち着いていますよ」
「どう考えてもおかしいだろう・・・」
確かに中学三年生である身でこの状況を受け入れろというのも無理な話だ。
普通を装う自分ですら、まだ心の整理がついていないのに。
けれど、時間の流れというのは待ってくれるものでは無い。
先程席を立った両親が個室となっているこの部屋に入ると、その後に続くように件の社長、そしてそのご令嬢さんが入ってきた。
「お、お兄ちゃん!めちゃくちゃ美人さんですよ!?」
目にした瞬間、未羽が騒ぎ出す。
無理もない、例のご令嬢だと思われる彼女は読者モデルかと思えるほどに顔が整っていて綺麗だった。
それぞれが配置に着くと父さんが沈黙を破る。
「来斗、未羽。こちらが父さんの働いている会社の社長さんとそのご令嬢の二条麗奈さんだ」
「そんな畏まる間柄じゃないだろう宮地。来斗くんと未羽ちゃんだったね。件は私の我儘に付き合わせて大変申し訳ない、許して欲しい。もし、二人が私の事を許してくれるというのなら気軽に二条おじさんとでも呼んで欲しい」
その姿や喋りからいかにも上に立つ者だといった風格を感じる。
「いえ、僕達は決して否定的ではありません。未羽はただの人見知りってだけなので安心してください。是非妹共々二条おじさんと呼ばせてください」
「それはよかった!高校二年生と聞いたが立派なものだ。しかし、その年頃ならもう少し畏まっていない方が可愛いものだがな!そこは父親に似たという所か。ほれ、麗奈。お前も二人に挨拶しなさい」
二条おじさんに促され、麗奈が一歩前へと出る。
「よ、よろしくお願いします・・・」
そしてまた戻る。
・・・ん?
「あっ、よろしくお願いします」
「よろしく・・・お願いします」
あまりに短い挨拶に、来斗も未羽も返事が遅れてしまった。
「いやぁすまないね、二人とも。そこら辺も含めて話がしたかったんだ。まずは冷めないうちにご飯を食べようじゃないか。とても美味しそうだ」
打ち解ける為にか二条おじさんは沢山話をしてくれた。しかし、麗奈はただの一言を喋らずに黙々と食事を進めていた。