始まりの旅①
雪の宿はせんべい界の頂。
「腹減った~カドクの村まであとどのくらい?」
裏の荷台から若男の寝起き声がする。馬引きを担っている男からの返答はかなりの厳しい声だった。
「腹減ったってあんたが残してた保存食全部食っちまうからだろ!そのせいで俺なんか2日なんも食ってないんだからな!」
「悪かったって。そんな怒るなって。それでカドクまであとどれくらいなんだ?」
師匠と呼ばれる細身の男は軽く謝りつつに言う。気持ちの籠っていない謝罪に弟子は納得しない様子で返す。
「謝る気がないなら謝らなくていいです!全くこれだから商人という奴わ。カドクの村はもう見えてきますよ」
商人を高く評価していない弟子は軽々とそんな言葉を吐く。弟子ならぬ悪態に反応を見せず、師匠は腹の虫を鳴らしていた。
これは魔導書を探す若男と元冒険者の青年が旅をしていた物語。
若男は商人、青年は用心棒として……。
「師匠付きましたよ。カドクの村です」
村全体を囲う木柵は獣から身を守る為だろうか。3メートルもの甲高い柵は何者も通さないと言わんばかりの威圧さを放っている。『カドクの村へようこそ』とこれもまた木材で出来た看板がブリッジ状の門に吊るされている。俺と師匠は村の正面まで馬車を走らせ荷台から降りた。
「木の柵に木で造られた門。中々に決まってんな。あだ名付けるとしたらそうだな……『田舎に住む原始人の集い』とかしっくりきそうだな」
「そんなこと言ったら失礼だろ。絶対村の中でそんな事口にしないでくださいよ」
師匠の相変わらずっぷりに弟子が注意する。師匠は毎度訪れる国や村に良し悪し問わず、あだ名を付けて町評価をしている。師匠曰く商人は皆やっている事らしい。商人同士が飲み合うと他国のあだ名で盛り上がると言うが、残念ながら飲み合いに参加しない俺は真相を知らない。
「まぁまぁそんな固いこと言うなよ。商人ならもっと柔らかく生きようぜ。それに村の中見れば変わる可能性あるんだし」
「俺は商人じゃないのでいいですよ。それに今までそんな事言ってあだ名変わったこと一回もないじゃないですか。せめて街並み見てからあだ名付けてくださいよ」
俺は師匠と出会った二年前に冒険者を辞め、用心棒として共に旅をしている。訪れた国々に悪辣なあだ名を付け、入国すれば変わる!と言いながらやっぱりこんな国だったか。まぁ外見からして目に見えていたけどなと悪評交じりに出国するのが毎度のことだ。その為この森林に囲まれた自然豊かな国は堅実なあだ名決めをしてもらいたいところである。
「とりあえず飯だな。腹が減りすぎて今にもアトラークを丸焼きにしちゃいそうだ」
「ヒヒッ!」
アトラークは師匠たちと共に旅をしている馬の名である。師匠の言葉に即座に反応を示し俺の方へと寄るあたり人間の言葉を理解した優秀な馬だと再確認させられる。
「そのめんどくさくなったら話を変えるとこ直してくださいよ、全く。アトラークが怖がってるじゃないですか」
アトラークの頭部を撫でながらに俺は溜息を吐き、
「まぁでも、腹は減ってるので宿屋より食事処が優先ですね」
と腹の虫が泣きもしなくなったお腹を摩りながらに言った。その言葉に若干後ずさりアトラークの頭からサッと手が離れたのはややショックだった。
入国後は安い宿屋を優先に町歩きするが今日に限っては飯が優先だ。幾ら高い宿屋しか泊まれなかったとしても関係ない。だって俺とアトラークは二日も口に何も入れず旅をしていたからだ。これで宿屋からといった時には、荷台に乗せた商品をアトラークと共に掻っ攫おうかと計画を企てるところだった。いや、そんなことしたら後ろから恐ろしい短刀振り翳して、何人の命も絶命する災厄染みたことが起こりそうなので心中にとどめておくけど。一人そんな事を考えながら、馬を含め俺ら三人は飯を求め城門を潜った。
「そういえば城門に監視人が居ませんでしたけど、馬連れていいんですかね?」
城門前の管理人に馬や飛竜を預けるのが基本である。飛竜は商人の飛行用として使われている。馬よりも速度を出すことが出来、森・川・山を簡単に超えることが出来る為飛竜を使う商人は多い。しかし、少量の積み荷しかつめ無いのがデメリットである。そんな商人の移動手段である馬、飛竜の倉も管理人も城門付近には見当たらなかった。
「駄目ならその時対応すればいいさ。それより飯だ飯」
師匠と旅して何百と色んな国を周ってきたが馬を連れて入国するのは初めてである。そんな俺の不安を師匠は適当にあしらって飯屋を探した。
村人達は俺や師匠・アトラークにちらちらと視線を向けているが害意はなさそうだ。昼間にも関わらず大通りは人が少ない。男性はよりも着物を纏った女性、子供ばかりを見かける。そんな木造家屋の街並みを眺めながら歩いていると中央広場まで来た。外見から小さな村だとうっすらと観じていたが10分程で町の中心部についてしまう程だった。しかし世界は広いもので世界最小国が【イトランタ】という国だ。国面積はわずか三百平方メートル。しかし、十何年前に謎の災害で町は崩壊したらしいが、復旧作業の噂を耳にしている為一度は行ってみたい国の一つだ。
村の中は、中央広場からは東西南北に道が分かれており、西口の城門から俺たちは歩いてきた。西と北は住宅街らしく、家屋の雨よけ部分に縄が吊るされそこに洗濯物がいくつも干されている。住民に下着等がみられて恥ずかしくはないのかな?と思いつつ、良い匂いのする南道に歩きだした。店よりも屋台、マーケット等の露店が多かった。
「なんか江戸町っぽい雰囲気だな」
「言われてみればそんな感じですね。でもあそこは男達が働き者でしたけどここの男は……」
「あぁ、腑抜けてるな」
江戸町。極東のやや北部に位置する国。男は働き者ばかりで子供までもが働いている。腰に刀を差し着物が印象で、平和な国の一つだ。着物を皆が羽織っている事、木造建築の家屋が横並びに建っていることは江戸町に似ている。しかし、残念なことに男手がだらしなかった。とても見ていられない程に。
「おい、女!酒だ酒!さっさと持って来い!」
「で、でももうこんなに……」
「うるせえぞ。うだうだ言ってねぇでさっさと持ってこいや!」
男は酒瓶を女に向かって投げつけて怒鳴る。酒瓶は少しズレ女店主にはあたらなかったが、怯えながらに急いで酒を持ってきた。
「やりゃあ出来るじゃねえか。ヒック……」
だいぶ酒の入っているのか、男は女店員の手を強引に引くと自分の膝に座らせた。男は卑しい笑みを浮かべ嘗め回すように身体を見回す。
「中々に良い体してんじゃねえか。ヒック。今夜は家に来ないか?ヒック……」
「す、すいません。お仕事がありますので……」
と男の手から無理やりに抜け出すと店の中へと戻っていった。
「ったくこれだからここの女どもは。ヒック……」
しゃくり上げながら店主の愚痴を零す卑下な男があちこちで酒を呷っていた。
店をするのはほとんどが女性で男は皆酒に酔い潰れている。そんな風景に俺と師匠は無言のまま、やや先の方に見える飯屋に向かった。アトラークは店の邪魔にならないように裏道に紐を繋げ、先刻に買ったリンゴ五玉を与える。2日ぶりの食料にかぶりつく姿は見ていて申し訳なさを感じる。俺ではなく、師匠のせいなのだけれど。俺たちの腹越しを整えた後もう一度飯を与えるつもりだ。五玉のリンゴを与え終わり、俺と師匠は『安らぎ処』と書かれた看板の店に入る。中には数人の客がいたが、ここには酔った男はいないようだった。
「いらっしゃいませ」
奥から小柄な女の子が出てきて、笑顔で席に案内してくれた。恐らく13歳くらいだろうか、黒髪に紅の簪を刺し、桜桃の着物を羽織っている。少女は小さな手に持っているメニュー表を、はいっと渡してくれた。そして、少女は俺と師匠の顔をじろじろと見てその小さな口を開けた。
「お兄さん達はどこから来たの?」
「どうして俺たちがよそ者だってわかるんだい?」
師匠は優しく聞き返す。少女は笑顔を見せ
「だって、そんなボロボロな服、見たことないんだもん」
とクスクスと笑いながらに言う。師匠も「そっか」と一笑して続けた。
「お譲ちゃん、その簪と着物が凄く似合ってるね」
「そうでしょ、お母さんのお手伝いしたらお礼にって買って貰ったんだ。私の一番の大切なモノ」
ニコッと無邪気な笑顔を見せ、
「そろそろお仕事に戻らないと。お母さんに怒られちゃう。決まったら呼んでね」
そういって裏に戻ろうとする少女に
「君のおすすめを二人分でお願いするよ」
師匠は少女にそう注文すると、少女は振り返って「かしこまりました」と笑顔で一礼して戻っていく。約五分後。少女は二つのお盆を両手に厨房から出てきた。ぽちゃんぽちゃん、とスープが右左に弾いて今にも引っ繰り返してしまいそうなお盆を、俺と師匠は少女の下まで行き受け取った。「ありがとう」と驚きの顔を見せながら少女は言う。
席に戻った俺は尋ねる。
「これってなんの定食?」
少女は笑顔で
「うちの看板メニューで私の大好きな狼定食だよ」
「へえ、狼定食なんてあるんだ」
「ここにくるお客さんは皆狼定食を食べに来るんだよ」
「そんなにおいしいのか。それじゃ、頂こうかな」
「うん!」
初の試みである狼定食に動揺しつつ俺たちは手を合わせる。少女は仕事があるからとまた厨房の方へと戻っていった。狼定食。狼肉のから揚げにスープ、ご飯にたくあん。狼定食と言われなければ極々普通の家庭料理そのものの見た目だった。
さて、まずはスープから頂こう……うん、旨い!味噌の味付けにホルモンの様な狼肉とホカホカの小さな芋が入っている。味噌の味は薄目で芋がやや溶けてまろやかにしているスープにぷるんっと弾力のある狼肉が相まって旨味を引き出している。師匠も頷きながらにスープを口にしていた。
次は狼のから揚げだ。こればっかりは鶏肉と全く見た目は変わらない。湯気立つ熱々のから揚げを一口で頬張る。ふむふむ、これも旨い!濃い味付けで肉々しい食感がご飯を求めてくる。鶏肉のじゅわっと油が溢れ出る感じはないが、外のカリっとした衣と中の引き締まった肉の程よい歯ごたえが次、また次と箸を止めさせてはくれなかった。二日の強制断食による空腹はたった一食分の定食だけで満たされていった。
「ここまで狼料理美味しいなんて思わなかったですね、師匠」
この町に来る途中の森で何度か狼を見かけたが、ここまで美味な食材とは驚きだった。そんな俺の言葉に師匠は
「狼料理食べたことなかったのか?」
と不思議な顔付きで聞いてくる。
「なかったですね。ずっとあの町で冒険者してたので。師匠は食べたことあったんですか」
「昔は良く食べてたな。少しパサつきがあってあんまり旨い記憶はなかったけどここのは旨かったな」
「へぇ、昔にね……」
師匠から過去の話が出てくるとは珍しい。幾ら聞いても昔のことを教えてはくれない師匠は、何処で生まれ何をしていたのかすら知らない。師匠に興味を抱いて冒険者を辞めた身としては、師匠の幼少期時代を知りたいものである。
「さて、食べ終えたことだし宿探しに行くか」
「ですね」
俺と師匠は厨房横にある会計場所に向かい、ベルらしきものを鳴らす。チンっと鐘音に気付いたさっきの少女が会計までやってきた。
「狼定食美味しかった?」
「あぁ、凄く旨かったよ」
「うん!こんなに狼が美味しいなんて知らなかったよ」
師匠に続き俺も絶賛すると少女は嬉しそうに笑みを見せた。師匠は二人分の会計を済ませ、少女に尋ねる。
「ここら辺で宿屋がどこにあるのか知らないかい?」
少女は待っててと言い、厨房へと入っていく。すると、少女の母親らしき人が厨房から出てきた。「いらっしゃいませ、旅人さん」と一尺し、説明するので外へ、と俺たちを誘導する。
「中央広場を北に進むとすぐ横に『亭楽』って看板の宿屋が一軒あるさ。利用する人すくねぇからまだ空いてると思うよ」
やや、訛りの効いた優しい声音に「ここの訛りってなんか落ち着くなぁ」とチャチャを入れる師匠。「そうですか?」と嬉しそうに一笑する笑顔は少女そっくりだった。礼を言い、俺と師匠はアトラークを連れて元来た道を戻った。
中央広場まではやっぱり泥酔した男達の下卑た笑い声が飛び交っていた。何度か男共に睨まれることはあったが、絡まれることはなく中央広場まで来た。中央広場まで来ると、男共の姿はなく、やはり女性、子供ばかりが歩いていた。
「もしかしてこの町、男が権力を持ってる感じなんですかね。男が働いてるところ見ないですけど」
「そうっぽいな」
俺の問いに興味無さそうに師匠は答える。自然に囲まれ良い雰囲気だったが、あの男共の態度を見てしまうと少々残念だ。そして、先程の女性店員が言っていた『亭楽』が北通りのすぐ横にあった。小さな看板で藁屋が特徴の宿屋だ。中に入ると、すぐに「いらっしゃい」と声がした。横にカウンタがあり五十代半ばのお婆さんが本を片手に椅子に腰かけていた。
「一泊したいんですけど空いてますか?」
俺の問いに「あぁ開いとるぞ、ここに名前書いとくれ」とお婆さんはカウンタに置かれた用紙を指差す。
糸で固定されたペンで名前を記入しお婆さんに用紙を渡した。お婆さんは後ろにぶら下げられた番号札を手に取る。
「六番室じゃ。ごゆっくり」と俺に札を渡すと本を読み始めた。
「すいません。ちょっと聞きたいんですけど」
「なんじゃ?」
本は閉じずにお婆さんは顔を上げる。
「どこかに小屋みたいなところありませんか?」
外にいるアトラークに指を差して俺は言う。師匠がアトラークとじゃれながらに待っていた。
「馬なら横の道を抜けて右に空間あるして、そこにでもほおり込んどけじゃ。それと、あの男の名前もここに書いてけ若僧」
そう言い終え、外にいる師匠を一見した後、また読書に戻るお婆さん。「わかりました」と礼を言って、師匠の名前も書き終えた俺は外に出る。宿屋を取れたことを話し、俺と師匠はアトラークを連れて横道へと入っていく。あまり広くはなく、荷台がギリギリ通れる程だ。俺もその後に付いていくと、左の方にやや広めの空間が現れた。
馬十頭は入るであろう空間には屋根も付いている。屋根で陽の光は隠れているが、壁に埋め込まれた電球が良い感じに灯りを照らしていた。アトラークは疲れ切っていたのか、荷物を下ろすや否や直ぐに横たわる。そんな横になるアトラークに「お疲れ様」と呟き、俺と師匠は荷物を持って寝室に向かった。
部屋の中は二人用だろうか。広いとは言えないが二つベットが並び、少々作業の出来る程のスペースがある。村を見渡す程の体力も残っていない俺と師匠はそのままベットにダイブする。
「この町でやることなさそうですね」
「あぁ」
枕に顔を埋めながらに師匠は返事をする。
「保存食だけ確保して明日の朝には出発になりそうですね」
「……」
師匠の返事は返っては来なかった。(はぁ、俺も寝るか)腰に巻いたベルトを床に落として仰向けになる。(そういえば、アトラークにリンゴしかあげてなかったや……)疲れが溜まっていたのか、そんなことを思いながらにスッと眠りに落ちていった。
陽も沈み月が顔を出し始めた頃。やけに外が騒がしい。体を起こすと師匠が外をジッと見つめていた。その姿を外の松明の火がゆらゆらと照らしている。外からは大人達の会話と子供の泣声が聞こえがする。
「師匠、外で何が起きてるんですか」
「自分で見た方が早い」
そんな師匠の怒声交じりの言葉は、外の光景で理解させられた。
「お前はアトラークを叩き起こして西通りに待機」
「はいっ!」
師匠の指示で俺はすぐさまベルトを腰に巻き付けアトラークの元へと向かった。
「何だってこんなところに迷い込んだ」
弟子に指示を出した師匠と呼ばれている若男は、黒いコートを身に纏い宿屋から出る。暗い夜空に月が浮かんでいる。そんなくらい筈の街中は松明の灯りによって昼間のような明るさだ。昼間に泥酔していた男共が中央広場に集まり、女性や子供たちはその広場の外で怯えていた。
女性二人の間を通り抜けて若男は中央広場へと足を踏み入れる。
すると、下卑た男共の会話がはっきりと聞こえ始めた。
「どうするよ、こいつ」
「どうするって、殺すしかないだろ」
「いやいや嬲ろうぜ。こんな貴重な奴中々お目にかかれないぜ」
「それもいいかもな。こんなこと一生ないだろうし」
とゲラゲラと汚い笑声をあげる男共の中心には傷ついた子供が横たわっていた。ただの子供ではない。鬼の子である。額には角が現れ、眼が緋色に染まっていることから興奮状態だとわかる。体中には斬られた跡が多数。血が固まり出していることから一、二日程経過している。そのことから何者からか逃げた挙句に、この村に辿り着いたと考えられた。
「それじゃあ、弱っている今のうちに縄で縛っちまうか」
長い金髪を後部で結んだ男が言った。鬼子は恐怖で怯え声すら出せていない。助けを呼ぼうとしているのだろうが、口がパクパクしているだけである。その様子に男共はさらに興奮した様子で歩み寄る。
「それじゃあ縛りまーす」
『パンッ!』
瞬間縄を持つ男の腕から血飛沫が舞った。
「いてええええええ、あっぐああああ」
「きゃぁあああああ」
「なんだ!なにが起こった!」
男に痛みが回ると同時に周囲の悲鳴や叫び声が響く。血飛沫を上げた男はその場に蹲り腕を抑えている。
男共は一歩後ずさると、異様なモノを片手に持つ若男の存在に気が付いた。男共の動きが止まり、鬼子を囲う八人の眼が一点に集まった。
「悪いな、手が滑っちまった。本当はココから血飛沫が飛ぶはずだったんだが」
と自分の頭を指さしながらにニコっと笑う若男。
「貴様は何者だ!その手に持つモノはなんだ!」
一人の男が喚き散らす。
「ただの商人さ。それよりこれが何なのか知りたいか?そうかそうか、それなら教えてやる。お前らの様な糞虫を撃ち殺す為の道具さ。お前も喰ってみるか?次は外さないぞ」
若男は昼間に泥酔した男共の卑しげな笑いにも劣らない程の汚い笑声を上げる。得体の知れないモノを片手に笑みを見せるこの若男は男共にどう見えているのだろうか。殺人鬼か悪魔かそれとも……。その男は顔を引き攣らせながらに一歩また一歩と下がっていく。
そんな中、鬼子と若男は眼が合った。その眼にどう映っているのかは知らない。鬼子は眼をさっと下げ拳銃を見ながらに口を開く。
「もう……殺して……」と。若男はその言葉に冷徹な声音で静かに言った。
「はぁ、生きることを止めるか……。ならば仕方ない。糞虫共に嬲り犯されて死ね。お前がそう望むのなら」
その言葉に鬼子は身震いし唇を震わせた。死ぬことに恐怖してなのか、それとも周りにいる男共に嬲られることに対してなのかはわからない。そこにある男の声が飛ぶ。
「師匠も人が悪いですよ。そんなことじゃ、その子が怯えるのも無理ないでしょ」
そう言って、中央広場に現れたのは青年だ。恐らく二十歳にも満たない十八歳くらい。その青年に若男が反論する。
「死を望んでる者に手を差し伸べる程無駄な時間はないだろ」
と。しかしそんな言葉を無視して鬼子に近づく青年。
「死にたいのなら別に構わない。でも、君が生きたいと望むなら、たった一言『生きたい』って言えばいいんだよ」
と、青年は笑顔で手を差し伸べた。鬼子は驚きの表情で青年を見上げる。
「さぁ、どうする?」
青年は最後に鬼子に問いかけた。君は”生と死”どちらを望むの?これは強制じゃない、君自身の選択だ、と。そして鬼子は言った。
「死にたくなんか……ない。生きたい……ほんとうは……生きたいの……」
と涙を流してそう望んだ。青年は微笑んで「よし、ならその願い俺らが叶えてやる」
そういって鬼子の手を掴み抱き寄せた。
「さて、師匠。行きましょうか。そろそろ出ないとここの住民に殺されそうです」
周囲を見渡して青年は言う。周りには仲間が撃たれた恨みか、鬼子を連れていかれるからか、桑やナタを持った男共が殺意剥き出しで俺たち三人を囲んでいる。こんな状況にも関わらず、楽しそうな面を浮かべる青年の顔を鬼子は不思議に覗き込んでいた。そして若男は不気味な笑みでこう呟く。
「ならば、武器を構える者は皆殺そう。そうすれば俺たちが死ぬことはないからね」と。その言葉に恐怖からか或いは人間の本能からか男共は皆武器を落とした。
「それじゃあ、行こうか」青年は鬼子の手を引き、北通りに歩き出す。
自然と人が避けていく。その先に馬が「ヒヒンッ!」と鼻を鳴らして待っていた。鬼子の手がギュッと強まるのを感じて、青年もまたそれに応えて握り返した。
青年に若男、鬼子の三人が荷台に乗り込むと馬はもう一度鼻を鳴らして走り出した。城門に向けて。そして、広場から聞こえてくるのだ「二度と来るな。この怪物ども!」と。青年は「原始人に申し訳ないですね……」と呆れ気味に呟き、広場からの罵声に応えるように若男は銃弾を二発夜空に撃ち上げるのだった。
これは若男と青年そして鬼娘が旅をしていく物語。
でも、二枚で充分かな……。