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クラフトワーク  作者: 竹内緋色
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flower garden

クラフトワーク


1.flower garden


桜並木の道を一人の少女が駆けていく。河原の道なので時折大きな風が吹く。少女はそんな風ももろともしない。

「私、花田はな十四才。今日から中学三年生になりまーす!」

 染めたような明るい髪に片方だけ小さく作ったおさげ。短い髪によく似あっていた。

「朝から元気ね。」

 横から突如聞こえた声にはなは急ブレーキをかける。

「静ちゃん、おはよう!」

「恥ずかしい少女漫画的始まりから聞こえてたわよ。」

「へ?」

 気が付くと登校している生徒がはなを見てくすくす笑っている。はなは顔を赤くして恥ずかし気に頭を掻いた。

「新学期楽しみだね。」

 はなは静の横に並んで二人で仲良く登校し始めた。

「はなは本当に学校好きね。」

「うん。毎日楽しいもん。静ちゃんは嫌い?」

「うーん、嫌いかな。」

「どうして?」

「だって、勉強なんて楽しくないし。でも、はながいるから好き、かな?」

「この、女ったらしめ!」

 はなは静に飛びつく。

「もう、急に飛びつかないで。あ、でも、はなの胸の感触が伝わってきて――じゃなくて。」

 静は何かに気が付き、はなの服に顔をうずめる。

「な、なに?」

 驚いたはなは体から静を引っぺがす。

「男の臭いがする。はなちゃんから男の臭いが。」

「え?はな、女の子だよ?」

 とぼける様子もなく、言っているはなに静は溜息を吐く。

「うん。私の気のせいよね。はなに彼氏なんて。」

「え?なんて?」

「なんでもない。」

 と、道の先に一人の男子生徒の姿を見つける。髪を金色に染め、制服を着崩している。

「おはよう、慶くん。」

「おはよう、おふたりさん。」

 慶は女子生徒と話しているのを中断して二人に挨拶する。その隙に話しかけられていた女子生徒は去っていった。

「あ、ちょっと待ってよ。」

 慶は声をかけたが、追っていくことはしなかった。

「ナンパもいい加減にしておいたら?あの子たち、嫌がってた。」

「いやあ、新入生を案内してあげようと思っただけだよ。」

 慶と静は目を合わせなかった。

「慶くん偉いっ。遊び人の鏡だよ。」

 はなだけは金髪の少年を尊敬のまなざしで見ていた。

「はな。少しは疑うことを覚えなさい。」

「そうだよ。俺もちょっと心配。」

 慶ははなの頭を優しく撫でる。静は慶の手を刺すような目つきで睨んでいた。

 じゃあね、とはなたちは慶と分かれる。

「今年はみんな同じクラスになるといいね。」

「はながそういうなら――」

 静は静かに言った。はなの指すみんなとは幼なじみの四人である。はなと静と慶、そして、段町弾――

「弾の妹の小町ちゃんも今年中学校よね。」

「ううん。違うよ。小町ちゃん、鳳学園に入学するんだって。」

「そうなの?」

 静は山の上を見た。山の上にひっそりとたたずむ大きな学園がある。それが鳳学園。私立の小中高一貫校である。

「すごいよね。試験がとっても難しいみたいなのに。」

「そうね。」

 静は適当に相槌を打つ。二人はもうすでに校内に入り、下駄箱まで到達していた。

 小町ちゃん元気かなあ、などと言いながらはなは下駄箱を開けた。すると下駄箱から何かが飛びだしてきてはなの顔に引っ付く。それはひどくひんやりとしていて、ねめっとしていて、そして青臭い――げこっと鳴く生き物――

 ぎゃああああ。

 はなは叫ぶことしかできなかった。周りの生徒は一斉にはなを見るが、助けようとはしない。静も蛙が苦手なので触ることができなかった。

「ふふふ。面白い人ですね。」

 蛙が顔から離れたのではなが目を開けるとそこには見知らぬ男子生徒がいた。新入生だろうか。男子生徒の手には可愛い小さなアマガエルが乗っている。

「あ、可愛い。じゃなくてありがとうございます。」

 男子生徒は白い歯を見せて笑うとそのまま外へ出て行く。

「さっきの人、誰?」

「分からない。」

「すっごく格好良くなかった?」

「そうなの・・・かな?」

 静の言葉にはなは首をかしげた。


「今度こそみんな一緒だね。」

「まさか本当に四人同じとは――」

 新しい教室ではなと静は話していた。ホームルームのチャイムが鳴る。先生は新しい先生だった。その新しい先生が緊張した様子で入ってくる。メガネをかけた若い男性。

「起立、礼。」

 まだ号令係が決まっていないので、教師が号令をかける。

「これから、ホームルームを始めます。その前に、まずは自己紹介をさせてください。」

 教師は緊張しながらも胸を張り、自身に満ちていた。

「この春から教師になりました。瀬田星矢です。聖闘士星矢の星矢ね。よろしくお願いします。」

「よろしく。センセー!」

「よろしく!」

 はなの言葉に他の生徒も口々によろしく、と言った。瀬田は少し面食らったような顔をしていたが、はなの方を見てにっこりと笑った。

「こちらこそよろしく。」

「星矢センセー。」

「はい。」

 瀬田が声のした方を見ると、金髪で制服を着崩した男子生徒が笑顔を向けていた。

「彼女はいるの?」

 瀬田は男子生徒、慶の姿にぎょっとしたが、答える。

「いないよ。」

「もしかして――」

「そうだ。童貞だ。」

 瀬田は高らかに宣言する。

「ねえ、静ちゃん。ドーテーってなに?」

 はなは隣の席の静に聞く。静は顔を真っ赤にしていた。

「不潔ですっ!」

 静は突如立ち上がって抗議した。

「そんな汚らわしい話を婦女子の前でするなんて!」

「すいません。以後気を付けます。それと、金髪も着崩すのも校則違反だからね。絶対に先生に捕まらないでね。お願い。」

 瀬田はそういうと、出席をとり始める。

「あれ?段町くんは休みですか?」

 連絡は来てないんだけどな、と瀬田は首を傾げた。出席取りを続ける。

「弾くん、どうしたんだろ。」

 はなは静に聞いた。

「またどこかでさぼってるんでしょ。」

 静は言った。

「うわあ、弾くんいけないんだあ。蛙入れたのも絶対弾くんだし。」

 出席をとり終わった瀬田は一時間目は始業式なので体育館に行くように、と整列させて向かわせる。

「静ちゃん。はな、弾くん見つけてくる。」

「ちょっと――」

 はなは瀬田に事情を話した。

「そうだな。始業式までには帰ってきてくれよ。もし間に合いそうになかったら途中で切り上げてこい。いいな。」

「はい。」

「先生。はなだけでは不安なので私もついていっていいですか?」

 瀬田はしばらく静を見てうっとりしていたが、我に返って答える。

「花田、静樹。さっき言ったことを忘れるなよ。」

 二人は元気よく返事をした後、仲良く廊下を駆けていった。


「静ちゃん、弾くんの居場所知ってるの?」

 階段を迷いなく上がっていく静にはなは言った。

「ええ。三年間伊達に同じクラスじゃなかったから。」

「でも、この先は――」

「ええ。屋上に続く階段。でも、行き止まり、でしょ?」

「分かってるのになんで行くの?もしかしてバカ?」

「はなに言われるなんて屈辱だわ。」

 わーんひどいよぉ、と喚くはなをしり目に静は屋上への扉に着く。

「そう言えば、こういう話知ってる?」

「なになに?」

「どうして屋上がこうやって鎖で閉ざされているのか。」

 屋上への扉は鎖と南京錠で拘束されていた。扉全体を縛るように巻かれている鎖ははなに不吉な何かを感じさせた。

「もしかして、怖い話?」

 静は何も言わずに話を続ける。はなは相槌代わりに、怖いの嫌だよう、とつぶやき続ける。

「この屋上で昔一人の女子生徒が身を投げて自殺したんだって。」

「どうして?」

「分からないの。色々あり過ぎて。有力なのは、失恋とかいじめとか。時折、空を飛びたかったから、とか死神に追われていたとか言われてる。」

「死神?そんなのいるわけないじゃん。」

「どうかしらね。はな。ブギーポップの伝説知ってるでしょ?」

「その人が一番美しい時に殺す死神でしょ。黒いマントに筒みたいな帽子の。」

「あと、とんでもない美少年とも言われているわ。」

「でも、あれってラノベの話じゃないの?」

「実は、そうとも言えないの。」

 静は扉の前で動こうとしない。早く弾くんを見つけて始業式に行かないと怒られちゃう、とはなは不安になる。

「似たような話は昔からあったの。だから何、って話だけど。」

 静は扉を思いっきり蹴る。すると、扉はあっさり開いてしまった。

「あれ?鍵は?」

「見せかけだけよ。このことを知ってるのは私と弾くんだけだったんだけど。」

 静はなんの迷いもなく屋上へ進んでいく。その揺るがない信念の体現とも言える姿にはなは「静ちゃん、カッコイイ。」とつぶやいていた。

「段町弾。始業式に出なさい。」

「弾くん、はなの下駄箱に蛙さん入れたでしょ!」

 はなは頬を膨らまして言った。屋上の給水塔のそばで惰眠を貪っていた弾は起き上がって言った。

「今日ははなも一緒か。」

 静はいつも弾が静に向けている素っ気ない態度とは違うのを見て舌打ちをする。

「どうだ。可愛かっただろ。」

 弾は心底いじわるな声でからかう。はなはうー、と唸りながら、「可愛かったけど、びっくりしたんだよ。叫んじゃってはな変な人に思われたかも。」と言った。

 顔を歪ませ泣きそうになっているはなに恐れをなした弾は「悪かったよ。ちょっと驚かそうとしただけじゃんか。ごめんって。」と、そばに寄りはなに言う。

「うん。わかった。」

 簡単に許したはなに静と弾はお互い目を合わせる。二人とも呆れたような顔をしていた。

「はながうらやましいよ。」

「どういうこと?」

 弾の言葉にはなは疑問を呈する。

「気楽そうでさ。」

「サボってる人に言われたくない。」

 そういうことじゃないんだけどな、と弾が小さく呟いたとき、チャイムが鳴った。始業式開始のチャイムだった。

「ああっ。始まっちゃった。」

 手をばたつかせペンギンのように焦ったはなが言った。

「何が?」

「始業式!」

「このままサボろうぜ。校長の長い話を聞くだけだろ?」

「でも、先生に怒られちゃう。」

「いいえ。サボりましょう。」

「静ちゃん⁉どうしたの⁉」

「あの教師ならこう言うはずよ。『お前ら途中で来るんじゃねえよ。全員来てますって報告しちゃったんだから』って。」

「ええ⁉先生そんなひとなの⁉」

「お前らの先生、面白いな。」

「弾くんも同じクラスだよ。」

「マジ⁉」

 弾は興味を無くしたように給水塔に上っていく。

「気持ちいいね、ここ。」

「そうね。」

 温かい春風のそよぐ屋上で二人は仲良く並んで座っていた。


 教室に生徒が戻っていくタイミングを見計らってはなと静は教室に潜り込んだ。瀬田は二人に無言で親指を立てて喜んでいた。静は呆れた顔をしていた。はなは弾の様子を瀬田に報告した。寝てしまって弾を起こすことができなかったのだ。瀬田は頭を掻いて困った顔をした後、わかった、と言って授業を始める。

「この後は大掃除だが、このクラスでは特別にホームルームとする。掃除はちゃんとやるからな。やらないとこっちがお局どもにせっつかれる。あ、さっきのオフレコな。そこ、弱みを握ったみたいな顔しない。」

 瀬田はやかましくやっていたが、一呼吸おいて冷静になる。

「さきほどの始業式で知っていると思うが、このクラスに今日から転校生がやってくる。入って。」

 扉が開く前から女子がきゃーきゃー叫びだす。随分人気なんだなあ、とはなは思った。

 長い足が扉から覗く。次に体が。足から頭の方に順に視線を上げていくと、そこにはどこかで見たような顔があった。

「あ、カエルくん。」

「僕はそんな名前じゃありません。」

 周りの人間は何のことやらと不審がっている。

「さあ、自己紹介だ。」

「はい。」

 転校生は音もたてず滑らかにチョークを滑らせる。その見事なテクニックに瀬田は舌を巻いていた。

「救世・せもぽぬめ・英雄です。よろしく。」

 途端、周りから困惑の表情が不気味な泡のように浮かぶ。

「救世?その真ん中のは――」

「ああ、ええっと・・・洗礼名みたいなものです。僕、鳳学園に通ってたので。」

 「ええっ、超エリートじゃん」「どうしてこんな公立に」「問題起して退学にでもなったんじゃね」様々な憶測が、蜘蛛の子を散らすように飛び交う。聞こえないように呟かれる声は音もなく這いずり回る蜘蛛の脚のような不気味さを持っていた。

「みなさん。よろしくお願いします。」

 英雄の神々しい笑顔に一同見とれ、噂などしている場合ではなかった。

 イケメン・・・などとつぶやく静にはなは大丈夫、と声をかけたが反応はなかった。

「いやあ、本当に素晴らしいわ。」

 静は教室の窓からグラウンドを見下ろしていた。

「何見てるの?」

 気が付くとほとんどの女子が窓からグラウンドを見下ろしている。

「救世くんに決まってるじゃない。」

 静は小さな弁当を口に運びながら言う。

「もう男子とも仲良くなって、サッカーしてる。それもJリーガーですかと問いたくなるほどね。」

 はなは男子たちの中に金髪が見えたので、慶も混じっているんだなと思った。

「静、そんなお弁当で足りるの?」

 はなは自分の、男子と同じくらい大きな弁当と見比べて言った。

「ふふふ。はな。あなた、それだけ食べても少しも太らないじゃない。私だって、もっとバクバク食べたいの。脂っこいもの好きなの。でも、でも、ね?」

 静の顔が怖いのでなんとか話題を探そうと考える。

「今日、マクド行く?」

「どうしてそんな話の流れになるの?まあ、いいけど。こんなんじゃお腹いっぱいにならないし。でも、どうしたの?」

「へ?どうしたのって?」

「はなは何か相談がある時じゃないとマクドに誘わないでしょ。」

「うん。流石静ちゃんだね。」

 少し恥ずかしがりながらはなは言った。

「悩み事があるとお腹すいちゃうから、マクドに行きたくなるの。」

「損だけの理由?それもそれだけ食べて足りないの?行くのって今からでしょ。」

「うん。お腹減った。」

 今日は昼までで授業は終わり。お昼ご飯を食べたら、帰る予定だった。


 マクドにて、はなはメガマックのセット、静はチーズバーガーを頼んだ。ちなみにハッピーセット。

「ねえ、どうして――」

 何か言おうとするはなを静は口をふさぎ黙らせる。

「それ以上は聞いてはいけない。」

 さしてどうでもいいことなのではなは泣いて静に相談する。

「静ちゃーんっ!」

「どうしたのよ、急に。」

「明後日先生が家庭訪問に来るの。」

「ああ、あれね。」

 瀬田が進路の決まっていない生徒の家に家庭訪問すると告げたのだった。その初日にはなが該当した。

「家庭訪問までに進路を決めておけだって。」

「それがどうして号泣に繋がるの?」

「だって、まだ何にも決めてない~!」

「高校も?」

「うん。」

 はなは鼻をぐずぐず言わせながら頷く。

「静ちゃんは決まってるの?」

「ええ。」

「何になるの?」

「警察官。」

「うわあ、すごいなあ。パパが警察官だから?」

「これは自分で決めたことだから。」

 静は少し苛立って言ったが、はなはそのことに気がつかない。

「私は何になればいいのかなあ。」

「そんなこと私に聞かれても・・・正直、困る。」

「何に向いてるのかなあ。」

 はなはその後もぶつぶつとつぶやいていたが、

「ま、考えててもしょうがないか。」

 と気を取り直す。

「うん。良くはないと思うわ。」

 静は正確にアドバイスするが、もうはなには聞こえていない。

「でも、今の時期に家庭訪問なんて、普通はしないけどね。」

「そうなの?」

「でも、高校も決めてないんだったら、面談くらいはするでしょうね。高校だけでも選んでみたら?」

「はな、バカだから、O高校かな。公立だし。」

 静はオレンジジュースに刺さったストローから口を離し、大きなため息を吐く。

「そんな選び方はダメよ。何になりたいかから選ばないと後悔する。なりたいもののためだったら、お金の心配なんてせずに専門の学科のある私立に行った方がマシ。」

 くーん、とはなは困って唸る。

「静ちゃんはどこの高校に行くの?」

「鳳学園の高等部。」

「じゃあ、私もそこ。」

「ダメ。」

「ええ~。はながバカだから?」

「なりたいもののためだったら、どれだけ試験が難しくても頑張れるでしょ。でも、それがないのに入ったら、三年間地獄よ。」

「難しいよ。夢なんてないし。」

 はなは静がなんとも悲し気で奇妙な顔をしているのに気がついた。顔を見られているのに気がついた静ははなの頭をなでる。

「みんなにも聞いてみたらいいんじゃないかしら。」

「みんなって?」

「いつもの四人。」

「そうだねっ。そうしよう。久々に集まろうよ、空き地で。」

 はなは早速メールを送り始めた。

「そういえば、こんな都市伝説知ってる?」

「また怖い話?」

「統括センターっていう謎の組織からメールが来るんだって。そのメールが来た人はある日突然行方不明になったり、人が変わったようになるんだって。」

「怖い~。」

「統括センターは世界を裏で牛耳ってるとか、改造人間を作ってるとか、そんな話もあるわ。」

「へえ、仮面ライダーみたいだね。」

「脱走して正義の味方になるの?」

「正義の味方かー。格好いいね。なってみたいな。」

 静は満面の笑みで言った。

「大丈夫。はなならなれるわ。世界一不器用な正義の味方に。」

「またバカにして。」

 頬を膨らませながら、はなは言う。静の携帯が震えた。

「うん?はな、送ったの?」

「うん。」

 静がメールを開いてみると、明日の昼に空き地に集合となっていた。

「明日なの?」

 ちょっと急だな、と静は戸惑ったが、きっとみんな来るんだろう、と了解しておいた。


 静はこれから塾だから、と言ってはなと別れた。はなが、わざわざ付き合ってくれたの、と聞くと、どっちにしろどこかで時間潰さなきゃダメだったし、と答えた。それでもはなはありがとう、と感謝の気持ちを胸に、家に帰っていく。

 帰り道に商店街を通る。少年をはなは見つけ、声をかける。

「しーちゃん、どうしたの、こんなところで。」

 はなはマウントをとるがごとく高速で少年の背後に回り込み、ぎゅっと抱きしめる。頭を執拗に撫でる。

「やめろよ、はな。やめろって。」

 少年は手足を振り回してもがく。手に持っている買い物かごが振り回され、はなの顔面に当たる。ぐぎゃあ、という声を上げて、はなは顔を押さえる。その隙に少年は拘束を逃れた。

「ママにおつかいを頼まれたんだよ。」

「外に出ても大丈夫なの?」

「まあ、ちょっとくらいは大丈夫だろ。」

 少年は八百屋で品物を注文していた。

「ねえ、しーちゃん。手伝ってあげようか。」

「いらない。はな、買い物かご、ひっくり返すだろう。」

「ひっどい。」

「俺は覚えてるぞ。先週トマトを転がして、商店街のみんなで探したのを。」

 八百屋のおじさんが豪快に笑いながら言った。

「な?」

 少年はクールに言う。八百屋に品物を入れてもらった買い物かごを受け取る。

「でも、しーちゃんすごいね。メモなしにおつかいできちゃうんだもん。」

「何を作るか予想出来れば覚えるのは簡単。」

「今日なに作るのかな・・・あ、答え言わないでね。」

「はな?こんなところで何してるんだ?」

 金髪をなびかせているのは慶であった。

「うん?慶くんこそ。」

「いや、俺は暇つぶしに本屋で立ち読みしててね。そっちの子ははなの子ども?」

 慶は少年を上から下までさっと目を通した。

「しーちゃんって言って、いとこなの。今、うちで預かってる。」

「クラフト・ワーク・クラフトワークだ。」

「どうしてしーちゃん?」

「C.W.クラフトワークと書くからです。」

 クラフトワークと慶はしばらく睨みあっていたが、同時に目を逸らす。

「さっきメール見たよ。みんなも来るって?」

「静ちゃんは来るよ。」

「弾は?」

「わからないけど、連れてくる。」

「ははは。流石だな。」

 慶は手を振ってバイバイ、と去っていった。

「そういえば、みんなにしーちゃんのことを紹介しないとね。」

 クラフトワークははなのスカートを握って言う。

「あまり知られるのは好ましくない。」

「そうだったね。」

 いつものようすと変わらずにはなは言ったつもりだったが、声が少し沈んでいるのにクラフトワークは気がついた。


「ねえ、私はなにになったらいいんだと思う?」

 部屋に飛び込むなり、はなはクラフトワークに飛びついた。クラフトワークは面倒くさそうに「パパとママに聞いてみれば?」と答える。

「いつも自分のなりたいものになりなさい、としか言わないんだもん。」

「じゃあ、なりたいものになればいいじゃん。」

「だってー、なりたいものとかないし。」

「じゃあ、探してみれば?ほら、大統領とか、大根おろしとか、さ。」

「そんなのなれないよ。」

 うーん、とクラフトワークは腕を組んで考える。

「君の悪いところはそうやって始めっからなれっこないと考えることろだよ。はな。一度、なれるかなれないかを考えないで何になりたいのかを探してごらん。できるできないじゃなくて、全部できる、って考えてさ。」

 はなもクラフトワークと同じく腕を組んで胡坐をかく。クラフトワークは女の子がそんな座り方をして、とたしなめるような目つきをしていたがはなは気がつかない。

「うん・・・やっぱりないかな。」

「子どものころ夢とかなかったの?」

「はな、現実的な子だから。」

「嘘つけ。」

「あるとすれば、お嫁さんかな。テレビとかで綺麗なドレス来てて、キスする前とか、とってもかわいくて綺麗だし。教会も素敵よね。よく静ちゃんと見に行ってたな。」

「じゃあ、結婚式場で働くとかにすればいいんじゃない?」

「でも、何か違うんだよね。」

 うーん、とはなは髪を乱暴に掻き、ぼさぼさにする。

「そもそも、まだ中学生なのに将来について決めさせるのが間違ってるんだよ!日本の教育はおかしい。」

「あっ、そ。」

 クラフトワークは押し入れの中に入ってしまった。はなは畳の上に座布団を置き、座布団を二つに折る。そこに頭を置いて、畳の上にだらしなく寝転がった。三秒間は将来について考えていたが、三秒後には眠ってしまった。


「ごはんだよ、はな。」

 はなはクラフトワークの言葉に目を覚ました。

「しーちゃん、おはよう。」

「空は真っ暗だ。」

 はなは差し出すクラフトワークの手を取って立ち上がる。そして大きな欠伸をする。

「涎垂れてる。」

「ありがと。」

 制服のワイシャツで涎を拭く。

「年頃の乙女がだらしない。」

「ママみたいなことを言わないの。」

 はなは階段を下りて、居間に行く。

「制服、着替えて来なさい。」

 はなのママは開口一番そう言い放った。はなはまた上まで上がるのが面倒臭いのと、反抗期なので、近くの壁にかけてあったハンガーに制服のブレザーをかける。

「ほんと、このものぐさ。誰に似たのかしら。」

 ママはそう言って食卓に座り、煙草をふかしているパパを見る。

「僕の方を見るなよ・・・」

 パパはタバコの火を灰皿に押し消し、読んでいた新聞を荒っぽく畳む。

「しーちゃん、今日なにかニュースはあったか?」

 パパはクラフトワークに聞いた。

「パパの会社に関することは特には。あ、パパの会社、株価下がってたよ。」

「マジで?」

「パパの取引先の大日本技研だっけ?そこは伸びてた。」

「うーん、複雑。」

「しーちゃんは頭がいいのね。」

 最後のおかずを運んで席に着いたママはしーちゃんの方ではなくはなの方を見て言った。

「ふんっ。」

 はなは黙々とご飯を食べる。

「ママ。」

「なに?」

 クラフトワークの言葉にママはクラフトワークの方を見る。

「はな、明後日家庭訪問があるんだってさ。」

 はなは食べていたご飯を噴き出した。向かいに座っていたパパの顔にご飯が散らばる。はなはげほげほ言いながら、お茶を飲んで持ち直す。パパはなにか言いたげだったが、隣のママのボルテージが急上昇したことに気が付き、黙っておく。

「あらー、それは急ね。どういう用件なのかしら。希望用紙も出さずに家庭訪問だなんて、穏やかじゃないわね。」

 ママは早口に言う。その顔はにこやかである。纏っているオーラはどす黒い。悪の臭いがプンプンするぜぇ~~というスピードワゴンのセリフをはなは思い出していた。顔の血管は浮いている。

「進路・・・決まってないから・・・」

 心細くなったはなの言葉は自然と小さくなっていた。

「あら、まだ決まってないの?今年受験でしょ?早く決めて勉強しないと。寝てばかりいては合格できないわよ。他のみんなはどこに行くって言ってるの?静ちゃんは?」

「静ちゃんは鳳学園に行くって言ってた。」

「まあ、さすが静ちゃんね。はな。あなたも鳳学園に行きなさい。もし勉強が難しいなら塾に通わせてあげるから。でも、通うからには絶対に合格しなさいね。」

 はなは何も言えず、黙っていた。すると、話の矛先はクラフトワークに向く。

「しーちゃんはもう学校に行ける?」

「ごめん、ママ。」

 ママはしまった、と言う風に言葉を詰まらせた。

「そ、そうよね。無理しない方がいいわ。あんなことがあったんだし。ゆっくり。そう。ゆっくりでいいのよ。」

 そして、最後はかならずパパに矛先が向く。

「パパ。今日回覧板をお隣さんに渡してきてって頼んだのに忘れちゃったじゃない。私が持っていったのよ。今日ゴミ出しで忙しかったのに。」

 パパもはなと同じく黙っていた。食事が終わるまで、バラエティ番組の大袈裟な笑いの他聞こえては来なかった。


「ひどいよ~。しーちゃん。」

 風呂上がりのはなは頭にタオルをかけて部屋に入ってきた。制服からパジャマに着替えている。

「髪濡れてるから引っ付くなって。」

 クラフトワークは後じさりする。

「これから乾かすんだもん。」

 はなは机の引き出しからドライヤーを取り出し髪に当てる。ドライヤーの音が静かな夜に響く。

「さ、一緒に寝よ?」

「嫌だよ。」

「ダメ。」

 はなは無理矢理クラフトワークを布団に押し込む。

「さ、今日は新しいお話。」

 二人して布団に潜り込むと、はなはクラフトワークに話を聞かせる。それは小さな子が寝付くまで聞かせる物語のようだった。

「囚われの姫と王子様のお話。」

 俺はもうそんな歳じゃねえんだけど、とつぶやきながらクラフトワークはおとなしく聞く。

「昔昔、あるところに、とてもきれいなお姫様がいました。」

「昔っていつ?あるところってどこ?綺麗ってどれくらい?」

「うーん、鎌倉時代?イギリス?綺麗ってこれくらい?」

 はなは三十センチほどを手で表してみる。

「そのくらいじゃブスじゃん。」

「モデルくらい綺麗なの。」

「じゃあ、そのくらいで許しておこう。」

 はなは訂正して話し始める。

「鎌倉時代、イギリスにモデルくらい綺麗なお姫様がいました。」

「聞いてると気持ちが悪くなるな。」

「もう、しーちゃんが言ったんでしょ。」

 はなは腹を立てながらも話を止めはしない。

「お姫様はある日、竜にさらわれてしまいました。」

「唐突だなあ、おい。」

「それを知ったいいなずけの隣国の王子は姫を助けに行くことにしました。」

「隣国ってどこだ?スペインか?」

「ううん。アメリカ。」

 クラフトワークは、確かに隣国か、その頃だと先住民の王子になるな、まだコロンブスも到達してない、とひとりごちに呟いていた。

「王子様のおじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に――」

「王子様のおじいさんおばあさんは王族じゃないのかよ。ガーデニングが趣味?」

 返答がないのでどうしたのかとクラフトワークが横を見ると、こちらの方を向いて口から透明な液体を出しているはなの小さな口が目の前にあった。目は閉じている。

「なんだ、寝たのかよ。」

 クラフトワークははなを起こさないようにそっと布団を抜け出し、押し入れの中にある自分の布団で眠った。



 ぼくはぼくがなんなのかわからなかった。でもすぐにかんがえることをやめた。だってかんがえたってなにもはじまらないから。ぼくはおなかがへってる。なにかたべたい。

 なんだろう。なにかくろいものがぼくのまえにいる。なにかをはなしている。

 まま。ぼくはどうすればいいの。

 おなかへったよ。



 はなは目を覚ます。目の前にはクラフトワークがいた。

「早くしないと遅刻だぞ。」

「うん。」

 はなは寝ぼけ眼で頷いてみせる。下へ降りて用意されている朝食のパンを齧り、ニュースをぽかんと見ながら、急がなきゃ、とのっそり洗面所で顔を洗い、歯を磨き、化粧水をつけ、乳液を塗り込み、ぼさぼさの髪を霧吹きで湿らせ、櫛で溶き、寝癖を直して髪を結び、リップを塗って。

「召し上がれ。」

 鏡の前でにっこり笑って見せ、準備完了である。

「げ、パジャマのままだ。」

 せっかく結った髪が崩れないように気を付けながらパジャマを脱ぎ、ブラを付け、制服を着る。

「走らねえと間に合わねえぞ。」

 クラフトワークが押し入れから声をかける。

「時計を忘れずに・・・っと。」

 カバンを持ってはなは階段を駆け下りる。弁当を忘れずにカバンに入れる。教科書は忘れても弁当は忘れたことがない。

「行ってきます!」

 走りにくいローファを履いて家を出る。走って学校に向かう。


「おっはよう~。」

 はなは歩いている静に気が付き、飛びついた。

「これはセクハラというんじゃないかしら。」

「なにが?」

 静は背中に押し付けられた柔らかく温かいものの感触を楽しみながら言う。

「そうね。私は絶壁だわ。」

「静ちゃんを見つけたってことは、もう遅刻しないってことだから安心だね。」

「今日、他の二人は来るって?」

「慶くんは来るって。弾くんからは返信が来てないけど、連れて行く。」

「はなが行ったら弾くんも来ると思うわ。」

 はなは静から離れて、二人並んで歩きだす。

「おはよう。今日もあったね。花田さんと静樹さんだっけ?」

「おはよう。せもぽぬめくん。」

「その呼び方、好きじゃないんだけど・・・」

「でも可愛いから、私は好きだな。」

 下駄箱にて静とはなは英雄と出会った。

「そ、そう?花田さんがそういうなら、それでもいいかな。」

 じゃあ、と英雄はそそくさと教室に向かっていく。

「おーい、静ちゃん。大丈夫?」

 放心状態の静を心配してはなは声をかける。

「ええ。大したことないわ。」

 春先の蝶のような足取りの静をはなは不思議そうに見守っていた。


「いやあね、自分に目からビームとか出せるような才能があったらなあなんて思うことなあい?」

「なんだよ、それ。」

 本来ならば誰も立ち寄ってはいけない屋上に弾とはなはいた。

「もしも頭が良かったら、学者さんになればいいし、運動が得意だったら、スポーツ選手になればいいじゃん。でも、はなには得意なことが何もないから。」

「俺に聞くなよ。バカなんだから。」

 弾は口から白い息を吐く。煙草を吸っているのだ。となりのはながごほんごほんとせき込むので、煙草の火を地面に押し当てて消す。二人は並んで座り、空を見上げていた。

「弾くんはもう進路決まった?」

「いや、全然。」

「家庭訪問は?明後日。」

「私は明日。」

 二人はそろって苦虫を噛み潰したような顔をする。

「今日、空き地来るでしょ?」

「空地か。懐かしいな。中学に入ってから、誰も行かなくなったな。」

「はなは時々身に来てた。」

 春の風に空の白い雲が速いスピードで流されていく。二人はしばらく何も話さなかった。

「俺なんかが行ってもいいのかな。」

「どうして?」

 弾はしばらくはなの顔を眺めていたが、いつものはなの顔なので、少し困ってしまった。

「そろそろ行かないとな。遅刻だ。」

「そういえば。」

 歩き始めたはなは弾に話しかける。

「どうして学校には来てるの?授業嫌なら、引きこもればいいのに。」

「なんでやろなあ。」

「真面目にやってきたからよ。ね?」

 はなは弾に向かってウインクをする。弾は照れたように大袈裟に笑う。

「ははははははは。」

 落ち着いたころに弾は言う。

「懐かしいな。蟻さんマークごっこ。」

「そうだね。」

 授業が終わってみんな帰った学校の廊下を二人は並んで歩いていく。


 家と家の間にぽつんとできた隙間。何故か木が生えていたり、大きな土管が三本空地の真ん中に据えられていたりする。子どもたちが入ってきて騒いでいるというのに、管理者は立入禁止の札さえ立てていない。所有者はこの土地のことを忘れているのかもしれなかった。

「よ、お二人さん。熱いねえ。」

 はなと並んで来た弾をからかって慶が言った。慶は弾にしばかれる。

「弾の暴力、久しぶり。でも、手加減してよ。力強くなった?」

「お前が弱くなっただけだろ。」

 弾は表情一つ変えずに言った。静もすでに空地に来ていた。慶とは離れて、話をしている風でもなかった。

「そういえば、どうして呼んだんだ?」

 弾が傍らのはなに聞いた。静もはなが来たのが分かると、みんなのところへ集まってきた。

「みんなは進路どうするのかを聞きたくて。」

 一同は黙り込む。それだけ当事者にとって真剣な問題であることを暗に示していた。

「俺は高校なんてどこでもいいって思ってる。うちが金持ちだから、家業を継げばいいし。一応大学は出てくれとは言われてるけど。進路希望は中間くらい成績の高校にしておいた。」

「慶くんところはお金持ちだもんね。」

 鼻の高い慶に反感を抱いていないのははなだけのようであった。

「私は鳳学園。小町ちゃん鳳学園の中等部に入学したんだって?どんな感じなのか教えてくれたら助かるんだけど。」

「小町は寮に入ってから毎晩うちに電話をかけてくる。泣いてな。」

 弾の言葉に一同は黙ってしまった。

「小町ちゃん、どうしちゃったの?」

 眼に涙を浮かべてはなは聞いた。弾ははなの顔を見ることを避けて語り始める。

「鳳学園は全寮制でな、卒業か退学になるまで一切外に出れない。休暇中でも。俺もかあちゃんも小町のことを心配した。まださっきまで小学生だった女の子が一人で暮らすんだぜ。反対だってするさ。でも、小町は小学校から入ってる子だってたくさんいると言って聞かなかった。小町には漫画家になるっていう夢があったんだ。それを叶えるために、鳳学園に行った。」

「鳳学園に入学すると夢がかなう――」

 静が深刻そうな顔をして言った。

「なにそれ?」

 慶が軽薄な声で聞く。

「そういう都市伝説というか、噂みたいなのがあるの。」

「小町はそれを信じて入学したんだ。電話の最後にあいつは必ず言うんだ。『それでも頑張る』って。俺とかあちゃんはそれを聞くたび後悔で涙が出てくる。」

「そんなあ・・・」

 はなは肩を落として落ち込んでいた。まるで自分に降りかかった災難のように感じていたのだ。

「小町ちゃんに会いに行こう!今すぐに!」

 はなは鼻息を荒くして言った。

「無理だ。」

 弾は吐き捨てるように言い放つ。空地の木から葉が一枚ひらりと落ちる。

「誰も会いに行けない。」

「そんなの、可哀想だよ!」

 一同はそんなはなの様子を懐かしむような顔で見ていた。

「その気持ちだけで十分だ。ありがとう、はな。」

 弾は手の甲で目の辺りを拭った。

「話の腰を折って悪いんだけど、一つ聞いて欲しいことがあるの。」

 静が話し始めたので、一同は静の方を見る。

「昨日、この近くで殺人があったの・・・だから、気を付けて。」

 途中、静は言葉を飲み込んだ。

「そんなこと、初めて聞いたぞ。」

 弾が言った。

「まだ、公表されてないの。パパは早く市民に知らせるべきだって電話で怒鳴ってたけど。それだけショッキングな事件なの。」

「それは穏やかじゃありませんねえ。」

 背後から声が聞こえたので静はぎょっとして背後を振り向く。そこには爽やかな笑顔の転校生、救世英雄がいた。

「く、救世くん⁉どうしてここに⁉」

 静は気が動転して、カミカミになりながら言葉を発していた。

「いえ、みなさんが集まっていたので何事かな、と。」

 英雄は一同を見渡す。その中に一人見慣れない人物がいるのに気がついた。

「お前、誰だ?」

 見慣れない人物、段町弾は英雄に言った。

「転校生のせもぽぬめくんだよ。弾くんまだ一度も教室に来てないからわからないんだね。」

「なんだ、そのせもぽぬめってのは。」

「ニックネームみたいなものです。」

 英雄は表裏のない笑顔で弾に接した。

「仲、いいんだな。」

「弾くん、よろしくお願いします。」

 英雄は弾に手を差し伸べたが、弾は握手をせず、「慶、帰るぞ。」と言って慶の首根っこを掴み、ずるずると引きずっていった。

「嫌われちゃいましたか。」

「そんなことないよ。弾くん、ああ見えて恥ずかしがり屋さんだから。」

 肩を落とす英雄にはなは言った。

「段町くんについて詳しいみたいですね。」

「うん。小学校からずっと一緒だか。」

「そうですか。」

 その後、英雄の口は何か言葉を発するように動いたが、誰も聞きとることはできなかった。

「僕は塾があるので、この辺で。」

 そう言うと英雄は足早に去っていった。

「ばいばい~。わんちゃんのうんち踏まないように気を付けてね~」

 大きく手を振ってはなは叫んだ。静は英雄の後ろ姿を見つめてぼうっとしているだけであった。


「宿題はしなくていいのか。」

 髪が乾かないうちから布団に飛び込もうとするはなにクラフトワークは言った。

「ま、まだ授業が始まっていないから大丈夫だもん。」

「俺は知ってるぞ。はなはまだ春休みの宿題が終わってないことを。」

「なんでそれを⁉」

「春休みの最終日に八歳児に泣きついてきたのはどこのドイツだ?」

「あたしだよ。」

「にしおかすみこなんてもう誰も覚えちゃいないな。」

 月の出ていない暗い夜だった。

「大丈夫だもん。学校で静ちゃんに教えてもらうもん。しーちゃんとは違って静ちゃんは優しいもん。」

「はな。俺はね、はなのためを思って言ってるんだ。将来はなが俺や静なしで生きていかなければならなくなったときはなはどうするんだ?そういうことも考えて俺は一人でやれって言ったんだ。」

「でも、静ちゃんは人に尋ねることができるのはすごいことだって言ってたよ。自分の弱点を理解出来ていて、恥ずかしがらずに分からないって言える素直さははなのいいところだって。」

「それ、バカにされてるから。」

「そんなことないもん。」

 はなはクラフトワークに背を向ける。怒ったぞという意思表示である。

「進路は決まったか?」

 はなの体がびくりと動く。そして、バネのように体を反転させて、獲物に飛びつく豹の如くクラフトワークに飛びつく。クラフトワークは軽く重心を逸らしかわす。標的を喪失したはなは勢い余って布団の上の枕に飛びつく。

「ぐぴー。」

 はなはそのまま寝てしまった。異次元な童話を聞かされずに済んだと胸をなでおろすクラフトワークであったが、はなの髪がまだ半乾きであることに気が付く。

「風邪ひくし、明日は髪の毛が爆発しているぞ。」

 クラフトワークははなの机の引き出しからドライヤーを取り出し、はなの頭に熱風を当てる。机の上に無造作に置いてあった櫛で丁寧にはなの髪を梳く。

「普通は起きるんだろうが・・・」

 はなの幸せそうな笑顔を見て、こいつはどんな夢を見てるんだろう、とクラフトワークは思った。



 ママ、ママ。しんぞうっておいしいね。ぼく、おなかいっぱいになっちゃった。きょうはべつのばしょをたべたいな。いいよね、まま。ぼくにんげんのいろんなぞうきをたべたいんだ。だっておいしいもの。もうおそとはまっくらだからかりをはじめてもいいよね。いちにちひとりだけしかたべちゃだめなのはざんねんだけど、ママとのやくそくだからまもるね。きょうもいっぱいにんげんをころします。



「まだ寝てるよ。」

 昨日眠りについた体勢から寸分違わず寝ているはなを見てクラフトワークは思わず頬が緩んでしまっていた。

「起きろ。寝坊助。」

 はなは体を揺す振られた感覚に襲われ目を覚ます。

「はわ?朝?」

「どう見たってな。」

 朝日は大分昇り、鳥はさえずりを高らかに空へ奏でる。自分証明のために。

「どうして太陽って登るんだろ。一生登ってこなくていいのに。」

「俺はお前の将来が心配になってきたよ。」

「よし!私はニートに――」

「それはダメだ。」

「しーちゃんだってニートのくせに。」

「俺は自宅警備員だ。この家をしっかり守ってるんだぜ。」

 はいはい、とクラフトワークははなに軽く頭をポンポンと叩かれる。重い瞼を引きずりながら、はなは食事のために階下へ降りていく。


「ねえ。聞いた?」

 ママが眉間に皺を寄せて言う。みんなが席に着いたタイミングだった。

「この近くで殺人事件が起こったって。」

「それ、誰から聞いたの?」

 クラフトワークの顔色もよくない。

「静樹さんから。」

「静ちゃんとこ?そういえば、昨日そんなこと言ってたかも。」

「それがね、どうも異常殺人者らしいの。サイコパスって言うのかしら。」

「やめないか。」

 パパが新聞から目を離して言う。

「食事中だ。」

「だから、気を付けてね。今日も授業はお昼までだからいいけど、夜道には気を付けて。」

 このまま誰もかれも、家庭訪問のことを忘れてしまえばいいのにな、とはなはパンを齧りながら考えていた。


 登校するときにはいつも空地のある通りを通行するのだが、この日は空地を通る前から空地の近くに人だかりができているのが分かった。はなも野次馬に混ざって見物する。テレビでよく見る黄色いテープが空地の入り口に貼られており、空き地は封鎖されていた。空地の中が見えないように青いシートが被せてあり、中を窺い知ることができなかった。

「―――」

 どこかで口論のようなものが繰り広げられているようであった。野次馬が好奇の目で見ているのではなもそちらに目を移す。そこには警察官の襟首を締め上げている弾がいた。

「なにやってるの!」

 叱るような厳しい声が飛んでくる。弾と警察官の前に静が現れた。

「二人とも、どうしたの?」

 はなは恐る恐る口論の渦中に入って行く。忍び寄ってきたはなを弾が睨む。その顔ははなの知っている弾の顔ではなかったので、足がすくむ。

「てめえも警察官なら、もっと真面目にやりやがれ。」

 弾はそう言って去っていく。

「何があったの?」

 はなは弾の後ろ姿を睨み続ける静に聞いた。

「この刑事さんがいけないの。」

「ええ⁉僕かい?」

 とばっちりだ、とばかりに刑事は顔を歪ませる。

「静。こんなところで何をしている。」

 威厳のある石のような声がしたので振り向くと、静の父親が立っていた。

「おはようございます。静樹警部補。ところでそちらのお嬢さんはお知り合いで?」

「遅れて済まなかった。これは俺の娘だ。」

 静パパは静の肩に静かに節くれた手を置く。血管が浮いている。

「あははは。そうですか。僕は向こうで野次馬の追っ払いをしておきますね。あははははは。」

 刑事は都合が悪くなったとばかりに逃げるような足取りで消えていった。

「はなちゃん。静も早く学校に行きなさい。そのうち学校どころじゃなくなるかもしれんが、今は学校にいた方が安全だ。気を付けて行くんだぞ。」

 静は静パパに声さえかけずにすたすたと歩いていく。はなは静パパにちょこんとお辞儀をして静についていった。


「ああー、この近くで残虐な所業によって人がなくなるという事件が立て続けに起きている。幸い、事件は夜間にしか起きていないので、夜間は決して出歩かないように。また、登下校の際も一人で帰らずみんなで帰るように。」

 授業の一言目に瀬田は言った。クラスメイトは動揺しているかと思いきや、瀬田の話を聞いていないのは当たり前だが、別の話題でそれぞれ盛り上がっているようであった。

「じゃあ、授業を始める。今日は初回だし、中学生の授業なんて急いでやるほどでもないから、先生の話をする。」

 中学生たちはひそひそと話をしている。それは瀬田にも見えているのだろうが、特に注意はしなかった。

「先生は大学で生物の研究をしていた。教授に言われてカエルの解剖とかしたよ。あれは・・・ね。先生も解剖なんてしたことの無い世代だからすごくいやだったよ。あれ、普通にしててもくさいのに腹を裂くんだぜ。」

 はなは前に出て話している瀬田の顔を見ると、今日家庭訪問があることを思い出した。確か夕方になるらしいが。

(・・・なりたいものなんてないしなあ・・・)

 はなは授業など上の空で考え事をしていた。

(なにか特技でもあればいいけど。)

 はなは自分の特技を考えてみたが思い当たるものはない。早寝早起きくらいか。

(寝る速さを競う競技があれば、金メダルとれるんだけど。)

 うーん、と頭を抱える。そんなはなの様子を心配した静はシャーペンではなをつつく。そして、ノートに書かれた文字をはなに見せる。

『大丈夫?』

 一言そう書かれていた。はなはノートを受け取り、メッセージを書く。

『はな、早寝でオリンピック目指すよ。』

 その文字を読んだ静は眉に皺を寄せる。かきかきと音を立ててメッセージを書く。

『はななら、寝起きの悪さでも金メダルとれるわ。』

 そう書いて渡した静だったが、はなが真に受けてはいけないと思い、はなからノートをぶんどる。そして、『冗談よ。』と書き記す。

『静ちゃんは何してるの?』

 はなは受け取ったノートにそう書き記す。

『試験勉強。』

 はなは静の答えに謎のマークを書いてよこした。きっとラインのスタンプか何かを模して描いたのだろう。よく見れば歪んだ楕円形のものは人の頭部に見えないこともない。

『絵の才能はなさそうね。』

 はなは再び絵を描いてよこす。上部に『ガーン』と書かれているがその下のイラストらしきウニのようなものは何を書いているのか分からなかった。幼稚園の頃の方が絵が上手かったんじゃないかしら、と静は思った。


「すぐに帰るんだぞ。いいな!」

 瀬田が吠える。誰一人として聞いちゃいないが、誰もが首をそろえて先生の方を向き、先生分かりました、と機械のように呟く教室よりはいいんじゃないか、とはなは思った。

「まるで魔法少女アイを見てるようだ。」

「それって面白いの?」

「慶。あなた、はなに近づかないでくれる?」

 慶はおっかねえ、とつぶやき、ぺったんこのかばんを抱えて教室を出て行く。道行く女子に声をかけることを忘れない。慶くんはまじめだなあ、とはなは感心した。

「慶くん、はなたちにはあんな感じで話さないね。」

「それは、花田さんたちが大切な存在だからじゃないかな?」

 背後から突然現れた英雄に静はぎょっとして振り向く。はなは驚きもせず答える。

「ずっと仲良しだもんね。」

「花田さんがそういうなら、そういうことなんでしょう。」

 英雄は白い歯を見せて笑顔を見せる。

「早く帰らないと先生が見回りに来ますよ。」

「そうね。早く帰らないと。」

 我に帰った静はカバンを持って教室を出ようとする。

「ちょっと待ってください。」

 英雄の言葉に静は振り向く。振り向きざまに花の香りが静の長い髪より空気中に溶け込む。

「ご一緒させてもらってもいいですか。お二人が心配だ、なんて格好のいいことを言えればいいのですが、僕も怖くて。」

「うん。一緒に帰ろう。」

 はなの言葉に英雄の不安な表情はどこかに消えていった。

「よろしくお願いします。」

 まだ昼だというのに静かになってしまった廊下は寂しくて、はなの胸を幾分か締め付けた。


「では、僕はこちらですので。」

 英雄はそう言って別れた。

「なんだか、悲しいね。」

 どうして、と静は聞く。

「だって、みんな不安そうな顔してて。なんだか悲しくなってきちゃうよ。」

「大丈夫よ。」

 静ははなを安心させようと笑顔を見せて言う。

「私のパパが今日にでも捕まえて帰ってくる。だから、安心して。」

 はなはこの時やっと自分が静を心配させたことに気が付き、自己嫌悪に陥った。

「はなのせいじゃないから、気にしない。」

 静ははなの背中を軽く小突いて、バイバイと手を振り、交差点を曲がっていく。

「うんっ。バイバイ。」

 高いところのお菓子が取れなくて精一杯背伸びをする子どものようにつま先立ちになりながらはなは手を振って別れを告げる。

「あそこまで誰かを思いやれるなんて、嫉妬しちゃうじゃない。」

 静は一人になった時、そう呟いた。


「そうやって逃げていたって、時間はやってくるよ。」

 はなの部屋。クラフトワークは畳の上で胡坐をかいてマンガを読んでいた。はなは珍しく机に向かっている。

「けいおんのライブCDを聴くたびに日笠陽子について不安になるんだがどうしてだろうな。」

 はなは集中しているようで、クラフトワークの言葉に耳を傾けようとしない。それが一時間以上続いている。

「よし。できた。」

「なにが?」

「これ。」

 はなはクラフトワークに紙を一枚見せる。そこには堂々と『猫耳の秘密について』と書かれていた。

「お前。バカ。だろ。」

「自分でも分かってるんだから、言わないでよ。意地悪。」

「はな。先生がいらしたわよ。」

「うそっ。」

 はなが窓を見ると空は橙色になっていた。部屋の中も影がかかり、暗い。よくこんな中でマンガを読んでいられたな、とはなはクラフトワークに対して思った。


 まるで神社で行われる儀式みたいだ。はなが抱いた第一印象はそれだった。玄関にて先生が恭しく頭を下げる。するとママも同じく頭をさげる。まるで宝刀でも受け渡されるかのような光景であった。

「はな。そんなところで突っ立ってないで、座って頭を下げなさい。」

 ええっ、私もやるの?と思ったが、そうしないと辛い時間は過ぎていかない。正座して瀬田に頭を下げた。

「今日急遽伺わせていただいたのは、はなさんの進路についてです。」

 ほらきた。

「昨年のクラスではなさんはまだ進路が決まっていないということでした。今年受験であるということですので、早い目に決めておいて悪いことはないと思っておりますので。」

 映画『黒い家』の内野聖陽のような瀬田。

「他の子はもう決めているのでしょうか。」

 ママは背筋を伸ばし、毅然とした態度をとっていた。

「はい。半分以上は大方の進路を決めているようです。」

 瀬田ははなの方を向いて言う。

「はなさんはどこの高校へと進学されますか?」

「まだ決まってません。」

 はなは正直に答えるほかなかった。

「すいません。事前に家族で話し合っておくべきことだと思うんですけど、この話になるとはなは逃げてしまうので。」

「いえ。すぐに将来を決めろと言われても難しいことです。じゃあ、はなさんには何か将来の夢ってありますか?」

 はなは首を横に振る。

「実は僕も将来の夢なんてなくて、学力の高い学校を目指してたり、好きな教科だけやってたりしたらいつの間にか教師になってて。でもしかって奴なんでしょうけど。いや、お恥ずかしい限りです。」

 はなはそれだけは嫌だ、と思った。将来の夢なんてなくてずるずるとなれるものになるくらいなら、時間が足りなくなってもいいから、夢を探そうと思った。

「いえいえ。とってもご立派です。きちんと勉強なさったから、いい大学も出ることができて、安定した公務員にもなることができてるんですもの。ね?はなも頑張りなさい。」

「待って。」

「何を?」

「進路、まだ待って。」

 瀬田が何か言おうとしたが、先に口火を切ったのはママであった。

「はな。そんな悠長なこと言ってたら、いい高校に行けなくなるわよ。そうしたら、なりたいものにもなれなくなる。それじゃ本末転倒だわ。まずは偏差値の高い高校に行きなさい。将来のことなんて後でもなんとかなるから。」

「それも待って。このままじゃ嫌なの。」

「わがまま言うんじゃありません!」

「お母さん、落ち着いて。」

 今にも殴りそうな勢いのママを瀬田はなんとかなだめようと必死だった。そんなところへふいに訪問者が現れた。

「末木君。どうしたんですか。そんな格好で。」

 ママの顔が汚物を見たかのように険しくなる。何キロも走ってきたかのように息を切らして花田家の玄関に転がり込んできたのは慶であった。

「あのガキは――しーちゃんはどこにいる。」

「俺に何か用か。」

 クラフトワークはすたすたと廊下を降りてきた。

「助けてほしいんだ。」

「よし。急ごう。」

 慶とクラフトワークはあっという間に玄関から出て行ってしまった。唖然とする中一番早く我に帰ったのは瀬田であった。

「君たち!夜は危ないから出歩いては――」

 瀬田のそばをはながすり抜けて行こうとする。瀬田ははなの服を掴み、引き留めようとした。だが、もうすこしで掴めるという位置で瀬田の腕は壁にでも突き当たったかのように固まって動かなくなってしまった。

(慶くんの焦りよう、普通じゃなかった。きっと何かが起こったんだと思う。どうしてしーちゃんが行ったのかは分からないけど追わなくちゃ。)

 はなは二人の後を追う。二人が飛び出していってから一分も経っていないというのに、もう二人の姿はない。でも、はなは諦めず二人を探し街中を走り回った。



 ママ。もう暗くなったよ。いつもより早いけど、もうお腹が減って、喉が渇いて仕方がないんだ。もう、人の臓器一個じゃ足りない。僕の成長にはあれだけじゃ足りなくなってしまったみたいだ。約束を守れなくてごめんね。でも、僕はママとの約束よりも自分が生きることの方が大切だから。



 はなは立ち止まった。もう走れなくなったのだ。

「運動、苦手。」

 ぜえはあ、と呼吸を荒くしてはなは言った。言葉を発するのも一苦労と言った具合である。

「しーちゃんたち、どこに行ったんだろう。心配だなあ。」

 はなは飛び出した時、なぜ自分が飛び出したのか分からなかったが、今なら理解できた。二人が心配で胸が張り裂けそうだったからである。家庭訪問で情緒が不安定になっていたことも一因ではあろうが――

「大丈夫。彼らは安全だ。」

 急な声にはなは驚き顔を上げる。電信柱の影から、影がそのまま形を持て姿を現したように見えた。長い筒のようなシルエットに黒いマントを羽織った姿。顔は暗くてよく見えない。

「ブギーポップ?」

 都市伝説の死神そのものの姿にはなは驚いた。

「君は自分のいいところがなにか分かっていないね。」

「へ?」

 殺されるかもしれないと恐怖に慄いていたはなは死神が占い師のようなことを言うので拍子抜けしてしまった。

「君は自分では気がつかないし、そのいいところは社会ではあまり評価されないものだ。でも、君の周りの人たちは君に救われている。君はあらゆる人々の世界を知らず知らずのうちに救っているんだ。」

 初めて会うのに、自分のことを分かっているように言われ、どうも褒められているらしいと分かって、はなは気味が悪いけれども嫌いにはなれず、複雑な心境であった。

「あ、それと。」

 死神がこんなにおしゃべりで、「あ、それと。」などと言うのではなは笑ってしまいそうになった。

「将来について悩んでいるみたいだけど、あまり焦らなくてもいいんじゃないかなって思うよ。僕は。ゆっくりと自分のペースで歩んでいけばいい。」

「はな!」

 はなは背後から自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向く。輝く金髪から、それが慶であることが分かった。

「無事か?」

「うん。」

 はなは死神の方を見る。しかし、そこにはもう死神の姿はなかった。そして、今自分がどこにいるのかを分かっていないことに気が付く。

「慶くんが来てくれて助かったよ。迷子になるところだった。」

「全く呑気だな。」

「慶くん。」

「なに?」

「はな、将来について悩んでいるように見える?」

「お前と悩みは決して結ばれない運命だろ。」

「バカにして。」

 はなは慶が宙を見つめているのに気がついて振り返る。でも、結局そこには何もなかった。はなは、慶も死神を見たのかもしれない、と思った。


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