20話:眼鏡のレンズって意外と高性能だけど異世界でどうしてるか気になるよね?
だまされた。僕が言えるのはその一言に尽きる。
この世界に転生して一人の勇者としてやっと一端にクエストをこなせるようになってきたところで、酒場で仲良くなった先達の勇者に誘われて参加したクエストがこれだ。
何が楽しくて阿鼻叫喚の、戦場ともいえない略奪と強奪をやらなくちゃあならない。たとえそれが人の敵であると言われる魔族に与する亜人だとしても、だ。
「だからってここにきてそりゃあねーだろちび眼鏡君や。けけ、手が震えてるぜ?」
「う、うるさいな。僕だってやりたくてやってる訳じゃあない」
ああそうだ、やりたくてこんなことやるわけが無い。ただ認められない、認めたくない。
燃え盛る家、捕らえられていく亜人の少女や子供たち。この村に年頃の男たちはいなかった。村にいたのは老人と子供と女ばかり。商品価値のない老人は殺し、女子供は捕らえていく。中には手を付けて、傷物にしているクズもいた。
これが現実。蘇ってせっかく勇者になったというのに、これが今の僕の現実だった。
「はぁ、なんだってこんなことしなきゃあならないんだよ糞ったれが。ああ、糞ったれだ、糞ったれ共。お前たちを勇者だと僕は絶対に認めない。認めてたまるか。たまるものか!人でも魔人でも亜人でも魔王にも通すべき仁義ってのがあるんじゃないのか?お前らがやってるその行為はなんだ?本当に正しいのか?間違っちゃいないのか?間違ってると思わないのか?人を人として思わず、ただの道具だと奴隷だと狩っている自分が間違っているとは思わないのか?」
「知ったことか!糞眼鏡!玲、お前に糞だなんて言われる筋合いはねーよ!」
知ったことか?こちらこそ知ったことか!確かにこの世界は僕らが暮らしてきていた世界とは違う異世界だ。奴隷制度はまかり通っているし、司法も税制も民主主義ですらない王政だ。けれどもそれでもだ。奴隷を開放しろとまではいわない。言えない。だけど、それを肯定することも僕らはしてはいけないんじゃあないのか?僕らはなんだ?勇者として喚ばれたんじゃあないのか?
血を流す少女の前に立ち、僕は仲間だった先達の勇者たちに立ちふさがる。
「そういう訳で、悪いがここは通さない。お前らのチートが何だろうが僕がここを通さない」
「このクソガキが……!」
そう言ってクソガキが睨みつける。正直すーごーく怖い。背が低くて小さい僕に比べてあいつらは巨漢で巨躯で大きな剣を持っている。けれども僕は認めるわけにはいかない。小さいころに憧れて、大きくになっても焦がれた勇者がこんなものだと僕は認めるわけにはいかないのだから。
目の前の勇者たちをにらみ、震える手で剣を構える。
僕の持つチート、アナライザー。どんなものでもアクセスし、解析し、書き換えることができると言うチート。機械やモノだけでなく、魔物や魔人のステータスだけでなく普通の人や勇者にアクセスし、スキルやステータスをある程度までだが書き換えることができる。
もちろん制限も制約もかなりある。書き換えるまでに時間がかかるし、書き換えを始めると僕自身が動けない。だから戦いながらなんてとてもじゃないけど無理なわけで、この状況でこいつらのステータスは分かっても、書き換えなんてどう足掻いてもできるわけが無い。自分との能力差があり過ぎたりするとできなかったり、できてもすぐに戻ってしまったりもするのが困りどころだ。
けれども僕は前に立つ。小さな女の子を逃がしたこのお姉さんを護るのは勇者の役目だ。僕がやらねば誰がやる。この人を護らなければ絶対に僕は後悔してしまうのだから。
もう、同じ思いなんて二度とごめんだから――。
「こいよ、クズが。お前らなんて、僕一人で十分だ」
手が震える。膝が笑う。唇が戦慄く。それでも目だけはあいつらをとらえている。スキルもわかる。対策もわかる。だから後は体がついてきさえしてくれればいい。今この時、この時だけ生き残れば――
「ああ、お前の力は知ってる。書き換えもできるチートだったな?だが、残念だがそれはできねぇ。そういうやつの対策のアイテムってのがあるんだよ」
僕をこのクエストに誘ったクズがぷらぷらと御守りのようなものをぶら下げている。魔石――ジャミング装置!?
「だからお前はただの子供って訳だ。くく、顔は可愛いからな。せいぜいカマ掘られて遊ばれていけ」
ああ、そうか。こいつら最初から僕もターゲットだった訳だ。奥歯をかみしめ、魔力を練る。それでもきっと僕はこいつらにかなうはずもない。
「まずは一撃。はは、このくらいは耐えて見せろよ?男の子なんだからな!」
振りかぶられる大剣の一撃。重力を魔力で放つその一撃は間違いなく僕を一撃のもとで粉砕しうるだろう。それでも僕は動けない。動けばこの人を見殺しにすることになる。だから――
――瞬間、風が起きた。
「な、がぺっ!?」
砂埃で目をつむった瞬間そんな間抜けな声が聞こえ轟音と共に爆音が到来する。
そっと、目を開けると立ちふさがっていた屑は粉々に吹き飛ばされ、跡形すら残っていなかった。
その代わりにそこにいたのは黒いマントに仮面をつけた男……。
「な、なんだ貴様は!」
唖然としたクズどもの一人が声を絞り出してその男に喰ってかかる。
圧倒的存在感と圧倒的力を感じるその男はマントを翻し、こう言った。
「俺か?俺は通りすがりの――勇者だ!」
それは間違いなく、僕の知る勇者そのものだった。