37話:散り際ははかなくて美しいけど中々散らない事を見苦しいって言われるのは悲しいよね?
風龍の国シルヴェス。
ここは美しい森にはエルフたちと獣族が共生し、開かれた土地には人々や精霊が手を取り合い、作物が豊かにとれる農業国だ。
山間にある我らが首都ウィンディアには統治する風の魔竜の一族がおり、そのうちの一人が僕ことシルヴだった。
僕は三年ほど前に若くして完全に龍化する力持を得た。数百年の年月が必要となる龍化に僅か数十年で垂れたのは奇跡に近いだろう。そしてその実力を風の大聖霊に認められ、その力を授かり、僕は魔王へと成った。
「それで、これがこの国の実態なわけか」
「殿下、申し訳ございません。このアルヴ、賢龍達を止める手立てを得ることができませんでした」
「いい、アルヴ。お前が悪いわけではないだが、これは既に……」
既にこの国は腐敗と不正により滅びを迎えつつあった。
前魔竜王が討ち果たされて幾年月。権力の味を知った賢龍達は税を無駄に取り立て、他国への不正な輸出で私腹を肥やしに肥やしていた。
国庫には財などなく、豊かであったはずの民たちは飢えに苦しんでいた。
「あの馬鹿共をまずどうにかしなければならん。だが、俺のような若造では話にならぬ」
「大聖霊様の力添えはいただけないのでしょうか?」
「無駄だ。彼女はすべての母であり根源だ。その影響力を僕が頭を下げた所で得られる訳もない」
かぶりを振って大きく息を吐く。農政を改革すれど、腐敗にまみれた賢龍の部下たちの懐に入っていくだけだ。形ばかりの魔王とされたことがこれほどまでに悔しいとは思いもしなかった。
「すべては僕の力不足、か。だが、どうにかせねば民が苦しむ。そして国が亡びる。勇者も既に新たに魔王が現れたことに気づき始めるころだ。僕を討滅しに来たところをどうにか捕らえ仲間に引き入れられたならば、或いは――」
「かの大魔王様のように、ですか?」
そう、それは御伽噺の寝物語だ。
――昔々、最強にして最凶と恐れられた大魔王がいました。その魔王は戦いしか知らず、争う事しか知らず。その力を己が望むがままに振い、世界を恐怖と混乱に陥れていました。
そこに美しき白銀の鎧と白き聖剣を携えた勇者が現れたのです。
勇者は大魔王にこう問いかけます。
『問おう!大魔王よなぜそんなにつまらなそうに戦うのだ!』と。
大魔王は答えます。
『そんなことは決まっている。余はそれしか知らぬのだから』と。
大魔王と白銀の勇者の戦いは熾烈を極め、何日もの間戦い続けました。
そして、ついに勇者は聖剣の一撃にて大魔王に膝をつかせたのです。
『勇者よ、余を殺すがいい。貴様にはその権利がある』
息もたえだえに大魔王はいいます。ですが、勇者は大魔王にこう言ったのです。
『あなたは沢山のいろんな者たちを傷つけました。でもそれは貴方が何も知らなかったから。いえ、知ろうとしなかったからです。だからこれから私が教えます。貴方を死なせはしない。生きて、よき魔王となってください』
優しき勇者の言葉に大魔王は涙を流し勇者の手を取ります。
そうして、荒れ果てていた大魔王の国は豊かになり、女であった勇者と大魔王は幸せに結ばれたのでした……。
そんな幸せな物語。
「だが、僕たちの現実はそう甘くない。あの賢龍達をどうにかしていかなければどうにもできない。だけど僕は諦めない。この国を護れと先代の魔王と約束したのだから。この国を愛すと大聖霊様と約束したのだから。だから僕は諦めない」
「かしこまりました、シルヴ様。この参謀アルヴ。微力ながらお力添えさせていただきます」
――そう、約束をして今に至る。
その有様がこれだ。賢龍を幾人か闇に屠ったがそれでも尚、不正も汚職も消えてなくならなかった。
それどころかそれを好機と見た他の賢龍達が更に力を蓄えて来たのだ。民たちの生活は荒れ果て、豊かであった作物の実りも悪くなっている。森のエルフたちとの関係もどうやら悪くなってきているらしい。
……最早ボクは頭を抱えるしかなかった。
そんな中舞い込んだのが、かの大魔王の姫との婚約者を決めるという武闘会の話だった。
大魔王の姫君との婚約者ともなれば発言力も高まり、あの賢龍たちを押し黙らせることができるやもしれない。そして、姫君の国となることで飢えている民たちに施しを得ることができるやもしれない。
参謀のアルヴのそんな進言で僕は大魔王国、アビスへと赴いた。
甘言だと言われればそれまでだろう。だが、もうすでに僕の打てる逆転の手はそれしか残っていなかったのだ。そして、僕は手にしてみたかった。消え去ったかの白銀の勇者の剣を、聖剣を――
だからこそ、その男の言葉が胸に突き刺さった。
「サクラちゃんはモノじゃあないよ?政治の道具でもない」
そんなまっすぐな言葉に僕は思わず反論する。
「それは君が決めることでも彼女が決めることでもない」と。
「文句があるなら力づくで奪いに行けばいい」と。
そして極めつけにはこう言ったのだ。
「君はその覚悟があるのかい?魔王たちがひしめき合う中で彼女を勝ち取る覚悟か?」
だが、彼は僕の言葉に怯むことなくこう言ってのけた。
「俺はあの子の事が好きだ。ただそれだけだ。それだけでアンタを倒すよ?」と。
僕は思わず身震いした事を覚えている。
この男は勝ち目があると思っているのだろうか?ただの人間一人が、僕ですら戦うのを戸惑う魔王達からそして魔王龍であるこの僕からたった一人で姫を勝ち取るというのだ。
彼のまっすぐで純粋な目。そう、僕は御伽噺で知っていた。彼はまさしく――
だから返しの言葉で僕は言った。
「いいだろう。君がただの使用人じゃ無いことはアリステラさんから聞いている。君がどう来るのか楽しみにしていよう」
だからこそ手を抜くことなどしない。
これは姫を掛けた戦いであり、僕という魔王と真人という勇者の戦いなのだから。
僕は大魔王様の言う通り、この戦いを楽しんでいるのだろうか?
思う存分力をふるい、思うが儘にすべてを開放し、彼もまた全力で僕を殺そうと躍起になっている。
少しでも気を緩めてしまえばあっという間に地面に叩きつけられ、敗北と言う名の死が待っていると言うのに――?
瞬く間に雲の上へと登りきる。魔力弾は撃ち過ぎたほどに撃っている。だが、あの男には一撃すら入れられていない。だが、彼に無くて僕にあるモノがある。それで、すべてを終わらせる。
真人が桜木々の広がる開けた公園へと躍り出た。魔力灯が煌き、美しく桜が散り落ちる。
『これで終わりだ――真人。すまないな』
先ほどとは比にならないほどの風と魔力を集めて集い、収束して打ち下ろすように収束してを解き放ったのだった。
攻め入ってきた軍勢ともろともに後方の街を消し去った一撃。
山をも吹き飛ばす一撃。
龍王の咆哮ともいわれるその魔力砲は美しく桜の花びらを巻き上げたのだった。
桜さんがやばい、何がやばいかって風がやばい。散り散りで散々でお前の風で桜がやばい?