36話:台風の日ってなんでか意味もなく外出したくなるよね?
走る走る走る走る走るんだよぉ!
予想通りの想像通り。風を繰る木札は悲しいほどに役立ただず。喚んでみても、そよ風程度しか吹いてくれない。それ以前にうんともすんとも言わない木札まである。あの魔王龍が風、というよりも風の精を完全に味方につけているみたいだった。そもそも、あいつって風の精の一族的だった気がするんだよ!
だからいつものように風を纏って走るなんて、できやしない。そう言う訳で自分の足を無理やり操りに繰って全力疾走だ!うん、やばいよ!あの魔王さん、魔力弾を馬鹿みたいに放ってくるから、頑張って走って避けていくんだよ!うぉん、足よ回れ!回して廻して跳ねて飛ぶ!あいきゃんふらい?ああ、跳んだとこ狙われたよ!扇でささっとはらってー?よし、焦げたけど行けたぞ!イケルイケルぅ!まだまだ走って、走って、受け流して、すかして、はらう!もうちょっとがんばれ俺!うおおお、トップギアだぜぇぇ!!!
『ちょこまかと良く動く!だが、お前にはもう僕を倒す手立てなど――むっ!?』
――水刃。幾重もの水なる刃が尖となり、余裕をかましていた銀翼の魔王龍を貫く!けれどもその傷は一瞬で再生してしまった。ああもう!羽は一瞬でも切り裂けたけど、胴体は貫通すらしてないよこんちくしょうめぇ!
『ああ、そうだったな。ソレがあった。だが!』
バサリと翼をはためかせる。あ、こいつ飛ぶ気だよ?嫌だな!
『空にその魔法は届くまいて』
勝ち誇ったように空を蹴り、嵐を纏って空へと上がる。
糸を放とうにも、翼の風に切り裂かれる。水で絡め捕ろうにも、すべてが霧散される。木札を投げるなんて言わずもがな?うん!ここで空に上がられてしまえば勝てる算段はゼロに向かって急転直下の大暴落だよ!
けれどもそれでもあの魔王龍を止める手立てはない。勝てる最後の算段すら立たない。どうやってもムリムリさんの無駄無駄だ。うん、これはもーしょうがない。しょうがないよね?
「そう!ある男がこう言っていたんだ」
『何を――』
「勝てなければね、盤面をひっくり返しちゃえばいいんだって?だから全部ぶっ飛ばすんだよ」
マントを翻し、裏地に描いていた方陣に持っていた扇を突き立てて霊力と魔力を注げるだけ注ぎ込む。
――瞬間、ミシリと世界が鳴った。
『く、空間破壊だと!?人間ごときが何故そんな真似が!』
「うん、人間の力なら足りないからね?だからこれを使うんだ」
手に持っていたのはこぶし大の魔石――そう、あの土くれの魔石だ。
『そうか、お前その為に!』
「うん、ぶっとべ?」
捻じれて捩れ、空間が壊れ、元居た大広間に世界が変わる。
『が、ぐぅ!?』
当然、巨大化していた魔王龍は大広間に収まりきらずに墜落する。ねぇ、どんな気持ち?悠々と空を飛ぼうとしたのに落とされるってどんな気持ち?なんて、言ってる暇はない。混乱する魔王達の頭を蹴ってシルヴに向けて残りのアラク姉さんの糸を張り巡らせる。目標は羽ではなく躰だ。ああそうだ!この距離からならば避けられまい!
糸を絡め、伸ばしてとどめ、絡めに絡めて――
『無駄ぁぁぁッッ!!』
すべて切り裂き吹き飛ばされた。うん、やっぱりそうは甘くないよね!知ってるさこんにゃろう!
「おーい、真人やー。外でやれ、外で。ここじゃ迷惑だぞー?」
「え?何?聞こえなーい?」
大魔王さんはニヤニヤしながら防壁貼ってるから放置だよ?サクラちゃんも守ってくれるし。
それよりかによりあの魔竜王さんプッツン来てるからね!風がと魔力が轟轟と集中して行ってる。うん、目に見えてやばいな?やばいよ絶対!!
『この勇者風情があああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
魔力を帯びた風が高密度のエネルギーの塊を放出しながら嵐となる。うん魔力障壁とか張り巡らせてるはずの大魔王城の壁が吹き飛んだんだよ!あ、巻き込まれた魔王さんたちごめんね?星になったけど?
ともかく何とか回収しておいた水を盾にして生き延びたぞ!けれども真っ逆さまに裏の森へと落ちていく。やばいよヤバいよ!アレやばいよ!まともに喰らったら即死亡だよ!でもあのあんぽんたんなら撃ってくるよね絶対!扇じゃ吸収しきれないって読んでるだろうし!……あ、そういえばここ五階だったんだよ!高いな?
『くく、まだ生きている。申し訳ありません大魔王様すぐに仕留めてまいります故』
「なんだか楽しそうだな、お主?」
『そう見えますか?』
風を纏う魔翼を広げて僕は大魔王に問う。これはまじめな戦いなのだ。あの男と、この僕との。それを楽しそうだって?そんな訳はない。だってこんなにも――
「ああ、見えるさ。お前笑っているぞ?」
はたと口角が上がっていたことに気づいた。ああ、そんなことは無いはずなのに。この戦いが楽しいわけが無い。僕はただ、魔王という使命のためにここにいるのだから。
だから、少し気に行ってしまっているあの勇者を殺し、あの姫をわが物とする。そのために遊ぶ気持ちなど必要ない。
何も言わず風を繰る。翼から風を噴出させ、最大速度で暗く色ずいてきた空へと飛び出す。三つの月が輝き、星々が瞬き始めている。
――ああ、やはり空は良いいつどんな時も美しく、ボクの心を癒してくれる。
ぐんぐんと高度を上げ、森を見やる。熱を探すと高速で森を走り抜ける姿が見て取れた。
逃げてるわけではない。あの動きも恐らくは何か考えがあるのだろう。だがそれならば――
『その前に終わらせる――』
翼をはためかせ、魔力の塊を魔法陣を通して分散し、打ち下ろしていく。
が、それでも男のスピードは止まらない。それどころか。
『む!?』
撃ち返してきた。一つだけであるが頬を掠めていったのだ。
ああダメだ、笑うんじゃあない。僕はこの戦いを楽しんではならないのだから――。
ちょっと用水路の様子をみてくるんだよ?