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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コミュ障で嫌われ者の伯爵令嬢は死んだふりをして逃げました。

作者: 朝霧

 今日の仕事はこれにしよう。

 ギルドで見つけた仕事の内容は町外れに蔓延るスライムの駆除作業。

 1日で最低30匹、それ以上は追加報酬という冒険者底辺からようやく抜け出せそうな私にはちょうどいいお仕事。

 駆除の証拠として引き渡すのはスライムの核だけ、他は好きにしていいそうだ。

 報酬と一緒に食材も大量にゲットできる良い仕事だ、今日の私はついている。

 だからその仕事を受けようと依頼書に手を伸ばす。

 伸ばした手が、背後から誰かに掴まれた。

 びくりとして私は勢いよく振り返る。

 たまにあるのだ、私自身は今までなかったけど、仕事の取り合いで揉めることは。

 きっと私の手を掴んだ誰かもこの仕事を受けたいのだろうと、振り返って目にした姿は何故かすっかり見慣れてしまった上級冒険者の姿だった。

 と言っても顔は見たことがない、目元はいつもフードで隠していたし、口元はマスクで覆っているから。

 「え……何……なんで?」

 上級冒険者の彼が何故こんな仕事を受けたがっているんだろう。

 だってスライム30匹……彼ならこんな仕事は子供のお使いにもならない。

 「来い」

 いつも明朗快活としている彼はゾッとするような冷たい口調で私の手を引っ張った。

 「……っ!!?」

 いろんな意味で衝撃を受けてとっさに言葉が出てこなかった私はそのままギルドの奥にある宿泊スペースの一部屋に引きずりこまれた。

 

 「……なんなんですか」

 部屋に引きずりこまれ、小さなテーブルを挟みあって座らされた私は、さっきの依頼書が誰にも取られないことを祈りながらやっとの思いでそれを口にした。

 対面している上級冒険者の雰囲気は何やら冷たく恐ろしい。

 まるで別人のような雰囲気に本当に別人なんじゃないかと疑うけど、先ほど聞いた声は確かに彼のものだった。

 「セシリア伯爵令嬢。2週間前、課外学習で赴いたレトアノ迷宮にてモンスターとの交戦中に行方不明」

 その言葉の羅列を聞いて、全身の血が凍りついたような錯覚を感じた。

 何故、なんで。

 ああ、でもやっぱりわかる人にはわかってしまうか。

 「あんたのことでしょう? 行方不明……というか死んだことにして逃げ切る気だったんだ」

 やっぱりそこまで理解されてしまっていたらしい。

 どうしよう、面倒なことになった。

 「……知らなかったことにしてくれませんか?」

 小声で頼んでみたら睨まれた。

 睨まれたと思う、相変わらずあちらの目は私には見えないから多分だけど。

 「……あんた、最初からそのつもりでこのギルドに登録したな? 2年前、なんで貴族のお嬢さんがこんなところにきたんだろうかと思っていたが……なるほど、初めからこうするつもりだったのなら納得だ」

 「……そんなに、前から」

 以前から知られていたのは今の時点では想定内ではあったものの、最初から知られていたとなると予想外すぎる。

 ああ、だからあの日声をかけてくれたのだろうか?

 きっと、貴族の子である私に取り入ろうとしたんだろう。

 なら、私のことを気にかけてくれていたのも、それが理由。

 ……ちょっとだけ傷付いた自分に少しだけ驚いていた、おせっかいだったし申し訳ないことに迷惑だと思っていたときだってあったのに。

 「……何が欲しいのですか?」

 やっぱりお金だろうか?

 きっと、貴族の子である私を彼が見つけた、ということにして礼金を手に入れたいのだろう。

 もしそうならすごく困る、私の手持ちだけで彼を満足させることができるのならそれでも構わなかったけど、手持ちはごくわずかだった。

 下手に家の金に手を出せば怪しまれる、その考えが裏目に出たということになる。

 「逆に質問したいのはこっちだ。何故逃げた? そんな必要、あんたにはなかったでしょうに」

 確かに、はたから見れば逃げる必要なんてなかったのかもしれない。

 それでも私は、私のためにあそこにいたくなかったんだ。

 だけど、そんな理由を口にしたところで意味はない。

 どちらにせよ、今の私は詰みかけだ。

 この後どうやって逃げるか、その算段をしたところで意味がないくらい詰んでいる。

 それでも、私は……あそこには戻りたくなかった。

 「あそこにいたくなかった……それだけ」

 「いや、なんでいたくないのか、それを聞いたつもりだったんですけどねえ……答えるつもりがないのならこうしましょう。あんたが逃亡したその理由、それに俺が納得できたなら……その時は見逃してやりますよ」

 「……本当に?」

 本当ならまだなんとかなるのかもしれない。

 だけど、嘘であれ本当であれ、そうする選択肢しか今の自分にはない。

 「ええ。ただし俺がその理由に納得できたなら。嘘をつくのはダメですよ。嘘だと感じたその時点で……交渉は決裂だ」

 「……わかりました」

 なら、素直に話してしまおうと思う、話すことは苦痛だけど、今後のためなら仕方ない。


 「私は才能の搾りかすでした……歳が離れた兄も姉も優秀なのに、私はご覧の通り。家族からも疎まれて嫌われています」

 兄には魔法に才能が、姉には武術の才能があった。

 だけど末の子の私はどちらの才能もなかった。

 兄のように大規模な魔法は扱えず、姉のように重い武器を自由に扱えず。

 私にできたのは自分や自分の近くに影響を与える魔法だけ、扱える武器は軽いものだけ。

 魔法使いとしても武人としても中途半端な私にできるのは今の戦法だけ。

 自分を魔法で強化して、武器に敵の弱点である属性の魔法を付加して接近戦で倒す。

 この戦い方しか、私にはできなかった。

 「……つまりそれがコンプレックスだった、と。確かにお嬢さんは貴族らしからぬ戦法を取っている。いや、それはあんたの姉だって同じだが……だけど理由はそれだけじゃないでしょう? 貴族のお嬢さんには本当なら、戦う必要もなかったんですから」

 そう、私には戦う理由もなければ、戦う力を身につける必要もなかった。

 それでも私が幼い頃から才能のない魔法と武術の訓練を続けた、その理由は。

 「私は貴族としても出来損ないだった……コミュ障で人と話すのが苦手で……そして、何より……貴族の娘として致命的な欠陥を持っているんです」

 人と話すのは昔から苦手で、誰かと話すのは苦痛だった。

 話そうとしても言葉がから回って、言いたいことがなに一つ伝えられずに、奇異なものを見るような視線に晒されて。

 自業自得ではあったけど、それでも辛くて仕方がなかったのだ。

 今、まともに話せているのは相手が彼であるからであり、ここでうまく話さないとお先真っ暗だから。

 「コミュ障なのは十分わかります。まあ、普段のアレでは社交界とかで困るでしょうしね。……もう一つの貴族の娘としての致命的な欠陥、ってのはなんです?」

 多分、それが一番の理由ではあったのだと思う、私がここにいるのは。

 「……貴族の娘は結婚することが義務みたいなものなんです。だけど、私は……結婚したくなかったんです。相手が嫌だったから、とかそういう理由じゃなくて……単純にその……なんて言えばいいんでしょう? ……生理的に?」

 貴族の娘は結婚して子供を産むのが義務であり役目。

 あの姉でさえ、すでに結婚して子供を産んでいるのだ。

 だけど私はそれが嫌だった、というか、怖かった。

 好かれてもいない人と結婚するのも、その人の子供を産むのも。

 私には婚約者がいたけど、彼は私のことを、少なくとも好いてはいなかった。

 当然だ、こんな女を誰が自分の伴侶に欲しいものか。

 だから、自分のことを嫌っていることがわかりきっている人と暮らさなければいけないのが怖かった。

 「愛のない結婚は嫌だ、ってことですか? 贅沢ですねえ、お嬢さんは」

 「……わかってます。それでも……怖くて……だって、結婚したら……子供とか生まなきゃならないし……そのために……その……。自分のこと嫌ってる人が自分にそういうことするのって……結構、辛いとおもうんです……それに」

 「……すんません、ちょっと生々しいんでその辺で。……あんたが怖がってるのはその顔で十分理解できたんで」

 ……確かに少し生々しいか。

 でも理解してもらえたようでなにより。

 昔、似たようなことを言ったら、そんなことくらいなんでもないだろうと罵倒されたことがあったから。

 「そういえば、あんたの婚約者ってあんたのこと嫌ってるんです?」

 「……少なくとも好かれてはいません。だって私ですよ? 完全に貧乏くじですから。だから、いつどこでほっぽり出されても、一人でなんとかやっていけるように……私には戦う力が必要だった」

 せっかく使える魔力があるのだから、捨てられたその時に役に立つように、一人で生きていけるように。

 弱いくせにそれでも訓練を続けた私を家族や使用人の人たちはおかしなものを見る目で見た、姉様には一度ぶん殴られた。

 大した才能もない、戦う必要もないくせに、やっても意味のない事を何故続けるのだと。

 きっと、余程目障りだったのだろう。

 放っておいてくださいと、そう言って踵を返して逃げたあの時が、思えば彼女と交わした最後の会話であることに今更のように気がついた。

 それでも意味ならあったのだ、あの日それを言ったところでどうしようもなかっただろうけど。

 「……この2年は予行練習のつもりでした。本当に私が一人でやっていけるのか、無理なのか」

 学生になって、学生寮に入った私は、実家にいた頃よりも自由に動けるようになった。

 だからその自由さを生かして町民その178としてギルドに登録、冒険者としての活動を始めたのだ。

 最初はおっかなびっくり、スライム一匹を殺すだけでも何時間もかけるくらいダメダメで。

 才能なんてないことなんて初めからわかっていたけど、あの時期は辛かった。

 それでも私にそれしかなかった、私にはそれくらいしかできなかった。

 だから死に物狂いで頑張った。

 そのおかげで、2年経った今はだいぶまともになった、底辺ではあるけれど、それでもきっとこれなら生きていけるといったレベルには。

 最初の本当に辛い時期に声をかけてきたのは彼だった、あんたみたいなお嬢さんが一人で戦うのは辛いでしょうと手を差し伸べてきたのは。

 それでも、その手を拒んでここにいるのが今の私だ。

 「2年経った今、一人でやっていけると思ったから、あんな事をしたんですか?」

 「それもあります……けど、最初はそんなことは考えてなかったんです……ちょうどいい機会だったから……思いついただけだったんです」

 初めは捨てられたその時に冒険書として生きていければそれでいいと思っていた。

 それでも死んだふりをして行方不明になったのは……

 「私の婚約者さま、学園で好きな人ができたらしいんですよね……だから、その……私が死んでいなくなるのが……無難、かなと思いまして」

 コミュ障の変わり者である私は学園でも常に孤立無縁状態。

 それでも噂話は聞こえてくる、耳をすませばいくらでも、耳をすまさなくてもそれなりに。

 そんな噂話でそんな事を聞いた私は、どうにかしようと考えて、あの計画を考えついた。

 課外授業中、ダンジョン内で行方不明になった後、こっそりと冒険者としてダンジョンを脱出し、そのまま私は冒険者として何食わぬ顔で生き続ける。

 きっと捜索はされるだろうけど、見つからなければ、私の身はダンジョン内にいるモンスターの腹の中に収まったと考えてくれるだろう。

 杜撰な計画ではあったけど、現に今、彼に手を掴まれた先ほどまでの2週間は誰にも気取られずにいられたのだ。

 「ふーん……元々計画性のない思いつきみたいなもんだった、って事ですか? 婚約者に意中の相手ができたってのは、本人から直接?」

 「ええ、本当に思いつきです。思いついたのは課外授業の5日前くらいでした……婚約者さまのことについては……噂にきいただけですが、嘘であれ本当であれ、いずれそうなるだろうことは目に見えていたので、ちょうどいい機会かと……タイミング的に色々と都合が良かったんです」

 だから思いついたそれをそのまま実行した。

 きっとこの方法なら誰にとっても不都合がなかったから。

 事故死なら誰かが誰かを責める必要はない、監督責任とかそういうのはあるかもしれないけど、だからこそ私が身勝手に自滅したと、そう見られるように行動した。

 私がいなくなれば婚約者さまは好きな人と結婚できる。

 私が死ねば家族は厄介払いができる。

 そして、貴族としての私が死ねば、私は一人で生きていける。

 これなら誰も不幸にならない、むしろ全員幸せになれる。

 ならば実行しない手はない。

 「……理由は、それだけですか?」

 「あ。後もう一つ。ちょっとくだらない理由で、今の私だからできた理由が」

 正直言ってこの事を話すかどうかは悩んでいたけど、どうせなら言ってしまおうかと思った。

 「……なんです?」

 「私はその……モンスターが好きなんですよ……食べ物的な意味で」

 最初は、飢えて飢えてどうしようもなくなった時のために、食べられるようになっておいた方がいいのでは、と手を出したのがきっかけだった。

 一部の冒険者たちがモンスターを好んで食べる事を知っていたから、モンスター食の第一責任者であるかの蛮勇が記した冒険書かつレシピ本を購入し、実際に調理して食べてみた。

 結果、ものすごく美味しかった。

 「……最初に食べたスライムスープが……美味しくて美味しくて……」

 核を抜いたスライムを洗浄し、濃いめに味付けたスープに浸け、スライムがスープを完全に吸いきった後に乾燥。

 乾燥したスライムは携帯食として重宝する、お湯につけて戻すだけで美味しいスープが完成だ。

 スライムはお湯で戻した時間によって食感が激変する、コリコリからもちもち、もちもちからプルプル、プルプルからとろとろへ。

 味付けのバリエーションはいくらでも、元々無味無臭なだけあって、しょっぱくても辛くても甘くてもなんでもいける。

 私は生姜や唐辛子など色んな香辛料で味付けた飲むとすごくあったかくなる真冬のあったかスープと、煮込んだ色んな果物の果汁で味付けてモチモチになるまで水で戻したゼリー風スライムが好きだ。

 「だけど……貴族の子に戻ったら……もう食べられない……」

 モンスター食は最近じわじわと世間に浸透してきているけど、それでもまだまだだ。

 貴族の間では完全にゲテモノ扱い、あの姉様であってもモンスターを食べる人には野蛮すぎると強い嫌悪感を向けていた。

 「……それは嫌なんです……本当に……それに……まだまだ食べてみたいものが色々あるのに……いつか、ドラゴンのフルコースを作って食べてみたいし……もっと色んな種類のスライム料理を食べたいし……」

 そこまで話して思い出した、さっきの依頼書、まだ残っているだろうか?

 「……あ、あんた、ドラゴンを狩って……食うつもりなのか……? いや無理だろうあんたの実力じゃ……」

 「……今は無理でも、いつか。夢みたいなものですよ……」

 いつか達成できたらいいなという幻想で目標だ。

 ……姉様や兄様と同じくらい強くならないと難しいですけど。

 それでも夢見ることは自由だ、だって誰にも迷惑をかけない。

 「……他に理由は?」

 少し考えて、一言。

 「貴族の子やってるより、冒険者やってる方が何百倍も楽しいです」

 

 今の時点で私が話せる理由はこれだけだ。

 話を終えた私に、彼は考え込むような姿勢を見せた。

 「それでその……納得してもらえる理由でしたか? 嘘を吐かずに話せる理由は……大体こんな感じなんですけど……」

 納得してくれればいいなと見つめると、彼は深々と溜息をついた。

 「……不合格」

 ……。

 ああ、やっぱり。

 「やっぱり、ダメですよね……そうですよね、もっと酷い目にあっている人はいっぱいいますもんね……」

 ダメならダメでこの後どうするかを考えるしかない。

 どうすれば、私はあの場に戻らなくてすむのか。

 彼に危害を加えたくはなかった。

 ……そういえば、少し前にちょっと強めの毒液を手に入れていた事を思い出す。

 色んなものを溶かしてしまう酸だ、アーマー系のモンスターの鎧を溶かして中を取り出すために購入したもの。

 例えばあれを、自分の顔にかけて、顔を無残に焼いてしまえば。

 彼が何と言おうと、私が私である証明はできなくなるのでは?

 リスクは高い、目と鼻と口がダメにならないように注意する必要が。

 「おい、聞いてますか!?」

 突如響いた声にハッとなる。

 「ご、ごめんなさい……聞いてなかった、です」

 とっさに謝る、考え込みすぎて何も聞こえていなかった。

 「……顔、真っ青じゃないですか……全く……怖がらせるつもりはなかったんですけどねえ……」

 もう一度彼は溜息をつきました。

 「……まずは、いくつか誤解を解いておきましょう。あんたはそこまで嫌われちゃいませんよ」

 「……はい?」

 そんな事を何故言い切るのだと考えて、一つの可能性に気付いた。

 彼は最初から私の正体を知っていた。

 それが何故かを考える。

 もしかすると、彼もまた本当は冒険者なんかではなくて……例えば私の家の誰かが私を監視するために送り込んだ存在だとしたら?

 それなら全てに納得がいく、わざわざ理由を聞いたのも仕事の一環だったんだろう。

 だとしたらなんて事だ、彼に手を掴まれたその時点で、すでに道は絶たれていた。

 それでもと考える。

 ――どうしても連れ戻すというのなら……連れ戻したくなくなるような言動をするだけだ。

 元から私は嫌われ者、いつか捨てられるのなら、そのタイミングを今に引っ張ってくればいい。

 「……全くもって信用してねーなあんた。まあ…無理もないか。あんたは思い込みが激しくて、何気に頑固なところがあるから」

 「…………」

 思い込み云々はともかく、頑固なのは確かにそうではあるのだろう。

 じゃなきゃ私は今ここにはいない、頑固でなきゃ自分の無能さにとっくに折れていた。

 「……嫌われてない、っていうのは本当です。少なくとも俺はあんたのことは嫌いじゃない、というか気に入っている」

 「……それは……ありがとうございます?」

 お世辞でもお礼を言っておいた方がいい事を言われたので一応礼をしておいた。

 「なんで疑問系なんですかねえ……だから嫌われるんですよあんたは。人の好意を素直に受け取れない奴が、人に嫌われるのは当たり前だ。完全に自業自得」

 「……知ってます」

 それを知っていてそれでも人を疑うのが私の性だ。

 今更直すつもりも治せる気もない、変えようとすら思えない。

 ならば受け入れるしかない、受け入れて自分が生きやすいように自分らしく行動するしかないのだ。

 「まあいい。そのどうしようもない性格は後々矯正するとして……あんたの婚約者の話だが。ありゃ完全に誤解だ。あんた以外に意中の相手なんざいませんよ」

 「……はい?」

 確かに噂話だったから、ガセであると言われればそうなのかもしれないけど……

 断言するほどではないとは思う。

 「……また信用してないって顔ですねえ……だが、この話だけは本当だ」

 「……なんで断言出来るんです?」

 ひょっとして、彼は私の家族じゃなくて婚約者さまが放った刺客だったのか?

 いや……そうだったとしても、断言できる理由にはならない。

 「そりゃ断言できるに決まってますよ。自分のことですから」

 そうか、自分のことなら断言しても……なんて?

 自分? 今自分って言ったこの人?

 「…………?」

 「あ、やっぱ気付いてなかったか……いや、予想くらいはしてると思ってはいたが……」

 そう言いながら、彼は今まで外したことのなかったフードとマスクをとった。

 見覚えのある銀髪に闇と同じくらい黒い瞳。

 確かに紛れもなくご本人さまだった、銀髪で黒目なんてこの国に一人しかいないだろう。

 ……まさかの展開に驚きを隠せない。

 「え……? は、なに……え? なにこれ……???」

 なんで気付かなかったって?

 そりゃあ一番特徴的な部分を隠されちゃわかるまい、もともと大した交流もしてなかったし。

 あと口調が全然違った、雰囲気も全然違った。

 私が知ってる婚約者さまは近寄りがたい堅苦しくて重い雰囲気をしてるけど、上級冒険者さんは明朗快活で人当たりのいい好青年だった。

 一体どっちが素なんだろう……?

 超展開すぎて頭がこんがらがってきた、エマージェンシーエマージェンシー、これ以上脳みそを酷使すると仕事に響く。

 「なにをやってるんだと思ってずっと様子見してたんですが……こんな形でばらすことになるとは予想外でしたよ」

 とりあえず、一旦帰りますよと手を引っ張られて立たされた。

 「あんたのことが嫌いじゃないってのは本当です。ま、別に好きでもなかったですけど……でも、この2年であんたの人となりは大体理解できた。少なくとも、好きになろうと努力して好きになれるくらいの女だって知ることができたのはいいことでしたよ」

 グイグイと手を引っ張られるから反射的に手を振りほどこうとしたけど無駄だった。

 私は底辺、あっちは上級冒険者。

 本当に上級冒険者なのかはわからないけど、彼の実力は私も知っていた。

 力量の差は見るまでもない。

 それでも嫌だ嫌だと手を解こうと駄々をこねる子供のように暴れていたら、ヒョイっと腰に手を回され、俵担ぎにされた。

 「ぎゃああ!!?」

 思わず悲鳴をあげていた。

 おろせおろせと喚くと、ダメでーす、と返される。

 「おろしてください、おろしてください!! 貴族になんか戻りたくないんです!!」

 「だからダメですってば。ああそうだ安心してください、ドラゴンのフルコースでもなんでも食べさせてあげますから」

 「自分で狩って自分で作らなきゃ意味がない……!!」

 そこだけやっと反論できた、ゲテモノ喰らい(グルメ)をなめるな、モンスター食は自分で狩った獲物を食べてこそ。

 「じゃあ、ドラゴン退治に付き合ってあげましょう」

 彼はそう言って軽快に笑った。

 部屋を出て、ギルドの受付の前を通った時に他の冒険者たちから変なものを見る目で見られた、視線が痛い、もう嫌だ。

 ふと、依頼書が張り出されている掲示板が目に入った。

 ああ、せっかくいい仕事を見つけられたと思ったのに……今日は厄日だ。

 思わず掲示板に伸ばした手は空気を掴むだけで、ただひたすら虚しくなった。




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