第89話:刹那
そう語るゼノの背後に、ロードはソロモンの力で転移すると、そのままブリューナクによる突きを放つ。
しかし、ゼノが持つ剣が形を変え、まるで絡みつくように彼の背部を覆い隠してそれを弾くと、ロードを見もしないまま繰り出したゼノの蹴りが、彼の鳩尾を確実に捉えていた。
「がッ───」
その凄まじい威力に耐え切れず、ロードは遥か後方へと吹き飛ばされ、レヴィの横を通り過ぎて、再び壁に叩きつけられた。
「ぐっ……あ……!」
「クックックッ……言った筈だがな。速かろうが消えようが、殺気を消さねば意味が無い。冷静を装ってはいるが、貴様の殺気が余には手に取るように分かる。それにこうすれば……」
ゼノは、魔力を弾に変えてレヴィに放つ。
「ッ!」
ロードはそれを寸前で弾くが、瞬間ゼノの拳が再びその鳩尾に叩き込まれた。
「が……はっ……!」
「これが人間の脆さよ……!」
そのまま前蹴りで吹き飛ばされたロードは、レヴィにぶつかりそうになるのをタラリアで持ち堪え、鎖に縛られる彼女の前で再びブリューナクを構えた。
改めて力の差をまざまざと見せつけられたロードの心に、ほんの僅かに恐怖という感情が顔を出す。
決してゼノを侮っていた訳ではない。
だが、魔王ゼノはその想像を遥かに超えた力を有していた。
打ち抜かれた身体が軋み、鈍い痛みがそれを告げていた。
「………………様……」
突然背後から聞こえたその声に、ロードは振り返りそうになるのを必死で抑えた。
今はまだ振り向けない。
振り向けば、それで全てが終わってしまう。
「……十分だ」
それは本当に消え入る様な声であったが、それでもロードの全身に力が漲る。
それと同時に、今自分がなんの為に戦っているかを彼は改めて自覚した。
自分はゼノを殺す為に戦っている訳ではなく、彼女を救う為に戦っているのだと。
「ほう……これはこれは。まさか口を開くとはな。いかにゴミの様な木屑であれ、消えかけた火にとっては燃料に変わりないということかな? フハハハハ!」
「笑えばいい……」
「……ん?」
「確かに、あんたにとって俺はゴミみたいなものなんだろう。けどな……」
瞬間ロードは消える。
「ちっ!」
ロードの振るったブリューナクの切先が、ゼノの髪を掠める。
この一瞬で、果たして彼の心境にどんな変化があったのか、それはゼノには分からなかったが、殺気は別の何かによって覆い隠され、先程まで見えていたものが見えなくなっていた。
「鬱陶しいッ……!」
刹那、ゼノは魔剣を振り抜く。
だが、ロードはソロモンの力でその動きを僅かに止め、一気に懐へと潜り込んだ。
「ぐぅっ!?」
そして、ロードの拳が、ゼノの腹部へ深々と突き刺さった。
「そんなゴミでも……大切にしてくれる人がいる限り俺は戦うッ!!」
拳を振り抜くと同時に左手の槍を逆手に持ち替え、宙に浮いたゼノに向け、彼は全力でそれを放つ。
「"灼熱の槍"ッ!」
放たれた灼熱の槍がゼノに直撃し、激しい雷鳴と炎が巻き上がる。
しかし、ゼノはそれが当たる寸前、黒い魔力から生み出した障壁でそれを防いでいた。
しかし、ブリューナクはそれでも止まらない。
「ぐッ……! こ、これはッ……! まさか伝説のッ!?」
ロードが持つ槍から、ただならぬ魔力を感じていたゼノであったが、ここにきてようやくそれがなんなのかを理解する。
「フラガラッハ!」
ロードは新たな伝説の名を叫ぶ。
直後、彼が持つ黒き手帳から、真紅に染まる直剣が姿を現した。
かつてブリューナクと同じ英雄が振るったその伝説の剣は、今ロードの想いに応えようと、深い紅色の光を放っていた。
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フラガラッハ 感応剣
女神がルーに与えた伝説の剣。
持ち主の意思に応えるという特殊な能力を持っている。
持ち主が"抜く"と念じただけで鞘から飛び出し、自ら敵に斬りかかったという伝説を持つ。
また、投げつければ敵を切り裂いた後、持ち主の手元に戻ってくるという。
この剣に付けられた傷は、持ち主の許しがない限り癒えることはない。
武器ランク:【SS】
能力ランク:【SS】
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ロードが発したその名を聞き、ゼノの顔がさらに歪む。
その名前を、ゼノは知っていた。
持ち主の想いに応えるという、神の創りしその剣を。
「貴様何故……!」
「ある人から託されたんだ……その全てを! だからあんたには負けない! 負けられないッ! いけッ! "想い応える赤き剣"!」
ロードから放たれた赤い剣は閃光と化し、ブリューナクとは違う方向からゼノへと向かう。
「舐めるなッ!」
だが、ゼノはそれすらも黒い障壁で受け止め、さらに押し返さんと魔力をたぎらせる。
一方は激しい雷鳴を轟かせ、もう一方は主人の想いに応えんと突き進む。
炎雷槍と感応剣。
だが、それでも魔王は崩れない。
2つの伝説を受けて尚、それを跳ね除ける力が彼にはあった。
「フッ……ハハハッ……! 余はッ! この程度ではッ……!」
「タスラム!」
「なっ!?」
手帳から現れるは3つの宝玉。
金色に輝くその宝玉達は、心なしかロードの周りを嬉しそうに飛び回っていた。
しかし、ロードがゼノに向けて腕を突き出した瞬間、それらは"魔弾"の名に恥じぬ姿へと変貌していく。
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タスラム 魔弾
神の魔力が込められているという伝説の宝玉。
かつて英雄ルーがその身に纏い、他の武具と共に使用した。
タスラムは常に持ち主の身を守ると共に、持ち主が相対する者へ襲い掛かる武器ともなる。
その際、美しい金色の球体から目標を穿つ"魔弾"へと姿を変え、どんな障壁をも突き破ったという。
砕かれてもやがて再生する能力を持つが、1つでも破壊されれば他の2つも力を失ってしまう。
武器ランク:【SS】
能力ランク:【SS】
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3つの宝玉は完全に姿を変え、綺麗な球体から貫く為の円錐へと変わる。
その全ての切っ先は、ロードが指し示すゼノを捉えていた。
「くッ……!」
ロードはここに来るまでの間に、かなりの魔力を消耗していた。
プリトウェン、リッヒヴェーク、ソロモン、グングニル、ハディス、デュランダル、タラリア、ブリューナク、フラガラッハ、そしてタスラム。
彼らを使ってきたロードの魔力は、もうほとんど残っていない。
対してゼノの魔力は、仮にロードが全快であっても到底及ばない程の魔力量を誇る。
故に、ロードは最初から短期決戦に持ち込むつもりだった。
ここまでの流れは、凡そロードの思惑通り。
トライデントやヘラクレスに託すという選択肢もあったのだが、ゼノの強力な障壁を見て、ロードはタスラムを使用することを選んだ。
これでゼノに深手を与えることが出来れば、その隙にレヴィを連れて逃げることも不可能ではない。
だからこそ、この瞬間に彼は全てを懸けた。
「貴様は……いくつの……!」
「レヴィは自由だ……あんたのものじゃないッ! 貫けッ! "打ち破るは神の魔弾"!」
ロードの声に呼応した3つの魔弾が、ゼノ目掛けて一直線に突き進む。
右手でブリューナクを、左手でフラガラッハを抑えるゼノは、正面にも障壁を発生させギリギリで1つめの魔弾を受け止めた。
魔弾と障壁がぶつかり合った瞬間、まるで鋸で金属を切り裂こうとするような音が鳴り響き、その凄まじい威力にゼノの表情にも焦りの色が見え始める。
それを追随するように2つめの魔弾が着弾すると、ブリューナクすら受け止めていた黒い障壁に細かいヒビが入っていく。
そして、最後の魔弾が着弾した瞬間、ゼノを覆う黒い障壁が跡形もなく全て消し飛んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
3つの伝説が重なり合ったその膨大な力が、その一点に集中する。
ブリューナクの灼熱が引き金となり、そのエネルギーを燃やし尽くすかのように、直後謁見の間を包み込む大爆発が起きた。
「ぐっ……アイギスッ!」
ロードはレヴィにアイギスを投げつけ、すぐさま彼女の周りに防壁を張った。
謁見の間を包み込んだ爆炎が、ロードにまで襲い掛かるが、彼の鎧はインフェルノワイバーンの鱗で出来ており炎に対する耐性が高い。
凄まじい熱と爆風も、鎧のおかげでなんとか防ぎ切ったロードは、未だ粉塵が上がる中でゆっくりと立ち上がった。
「ゼ、ゼノは……」
崩壊した謁見の間にゼノの姿はなく、崩れた壁からは外の景色が見えていた。
凄まじい吹雪はあっという間に魔都を飲み込み、既にインヘルムは極寒の大地へと変貌を遂げ、開いた壁から冷たい空気が一気に入り込む。
「今のうちにレヴィを……!」
ロードはレヴィに向かって空を駆ける。
アイギスを解除し、彼女に手を伸ばしたその時、ある1つの疑問がロードの頭をよぎる。
「なんで……戻ってこない……」
その時、悪寒を感じたロードは振り返る。
刹那、彼の左腕が宙を舞った。




