第62話:グングニル
「グングニル様にもかなりお世話になりましたからね」
「決勝トーナメントで大活躍してくれたからな。お返ししないと。よし、グングニル!」
手帳から、白銀の一本槍が姿を現す。
柄から刃の先端に至るまで、キラキラと輝く本当に美しい槍だ。
「すごく軽いんだよな。こう……回していても重さが一切感じられないくらいにさ」
片手でクルクルと槍を回していると、槍を持っていることを忘れてしまいそうになる。
そんなグングニルに生命を与えると、白銀色の光が一瞬光り、次の瞬間には可愛らしい少女がそこに立っていた。
いや……浮いていたが正しい。
槍の姿と同じ様に、髪や瞳、着ているワンピースまで白銀色。
見た目は7、8歳くらいだろうか。
そんな見た目とは不釣り合いな大きさのグングニルを両手で抱え、彼女は無表情で俺を見ていた。
「ありがと。ロード」
「き、君がグングニル?」
「そうだよ。よろしく」
ふわふわと浮いたまま俺に挨拶するグングニル。
なんだろう……まるで天使の様だ。
可愛い。
いや……なんかそう言うとまずい気がする。
「よろしくなグングニル。この間は力を貸してくれてありがとう。それで、なんで力を貸してくれたか聞いてもいいかな?」
「ロードが気に入ったの」
「そっか……ありがとな」
あまり感情を出さない子らしい。
子っていうのもおかしいか……俺より遥かに年上だろうし。
でもまぁ、見た目が子供だからな……。
そんなことを考えていると、視界の端でレヴィがそわそわとしていた。
「どうしたレヴィ?」
「え、あ、いや……その……可愛くて……」
なるほど。
レヴィは子供が好きなのか。
「レヴィも好き」
「はうっ……! グ、グングニル様……あのっ……抱きしめても……?」
「いいよ」
グングニルが槍を手放し、レヴィに向けて両手を広げる。
か、可愛い……。
「きゃー!」
途端にレヴィがグングニルを抱きしめ、満面の笑みで頬擦りを始めた。
……この光景は反則だな。
暫くそれが続いた後、レヴィがグングニルを抱っこして椅子に座り、3人で紅茶を飲む。
グングニルは相変わらず無表情だったが、レヴィに頭を撫でられながら、紅茶をくぴくぴ飲むその姿はまんざらでもなさそうだった。
「なぁグングニル。何か願いはあるか? 力を貸してくれるお礼と言っては何だけど……」
グングニルはカップに口をつけたまま空を見上げる。
少ししてカップから口を離し、一言ぽつりと呟いた。
「お散歩」
「お散歩?」
「うん。世界を見たい」
なるほど。
確かグングニルは、嵐の神と世界を回っていたんだったな。
今の世界を自分の目で見たいのかもしれない。
なら、情報収集や買い出しもしたいし丁度いいな。
「よし、じゃあ町に行こう。レヴィ、そのまま抱っこしてあげてくれ。グングニルは裸足だからな」
「はい、喜んで。ロード様、グングニル様に靴を買って差し上げても?」
「もちろん。まずは靴屋だな」
──────────────────
「どうですかグングニル様?」
グングニルに似合う真っ白な靴を買い、彼女に履いて貰った。
彼女はその場で何度か足踏みして感触を確かめている。
「ありがと」
「気に入ってくれたみたいだな」
「可愛いです……」
靴屋を後にし、俺達3人は手を繋いでニーベルグの町を歩く。
グングニルは俺とレヴィの真ん中で、周りを見ながらとことこ歩いていた。
彼女の目に、今の世界はどう映っているのだろう。
その時、グングニルの足がピタッと止まった。
「ん、どうしたグングニル」
「ああ、ロード様あれですよ」
彼女が相変わらずの無表情でじっと見つめていたのは、美味しそうな匂いを漂わせているレストランだった。
なるほど……そういえば俺もデュランダルと一戦交えたから腹が減ったな。
「グングニル、入ってみるか?」
「いいの?」
「実は腹ペコなんだ。な、レヴィ」
「ああ……何かを食べないと死んでしまいそうですっ……」
「こりゃ大変だ! さぁ行こうグングニル!」
「急ごう」
店に入ると香辛料の匂いが鼻を抜ける。
それに加えニンニクやベーコンの焼ける香りが唾液の分泌を促進させる。
食事をしている人達の机には美味しそうなピザやパスタが並べられ、皆一様に笑顔でそれを口に運んでいた。
ああ……食欲をそそる……。
「ロード。はやく」
俺の手をぐいぐい引っ張るグングニル。
可愛い。
「いらっしゃいませー! 3名様でよろしいですか?」
「あ、はい」
「あらー! 可愛いお子さんですね! こんにちはぁー何歳ですか?」
「じゅうまんさんぜん……」
「へ!?」
「だぁっとっ! 7歳です!」
「あ、ああ! お、大人をからかっちゃだめだぞー! 真顔で言うから焦ったわー……」
「す、すいません……」
危なかった……。
それにしても10万3千歳って……マジなのか?
まぁそれくらい経っていてもおかしくはないが……。
「あ、いえいえ! こちらへどうぞ!」
店員のお姉さんに案内された席に座り、渡されたメニューをみんなで見る。
グングニルは依然無表情だったが、食い入るようにメニューを見つめていた。
「可愛いですねぇ……どれでも好きな物を食べていいんですよぉ」
レヴィはきっと親バカになる。
間違いなく。
「迷う」
「なら3つ選んでいいぞ。それを3人で分けて食べよう」
「分かった」
その後、運ばれてきた料理をもぐもぐ食べるグングニルにレヴィが気絶しそうになったり、親子と間違われてレヴィが気絶しそうになったり、グングニルが「けぷっ」と満腹になっただけでレヴィが気絶しそうになったりと色々あったが、とにかく大満足で店を後にした。
「今日はいい日になりました……」
「良かったなぁ……レヴィ」
その後本屋でいくつか情報誌を買い、店をはしごして食料など必要な物を購入していく。
その際、いく先々でそれとなく話を聞いてみたのだが、どこに行っても無能と呼ばれる人の噂は一切無かった。
かなりスラム街に近い場所まで行ってみたが、そこでも一切噂が無く、とりあえずこの町にはいないと考えていいかもしれない。
となると地道に探すより、情報誌などを読み漁った方が早いかもしれないな。
そう思いながら歩いていると、再びグングニルがピタッと止まった。
「ロード。満足した」
「ん? もういいのかグングニル」
「うん。よく分かった」
よく分かった?
何が分かったんだろう……。
「グングニル様……何が分かったのですか?」
「私を創った人は、もういない」
え……?
グングニルを創った人って嵐の神だよな……。
それが……もういない?
「戻る。またねロード。レヴィもありがと」
「あ、ああ……またなグングニル」
「え、ええ……またお会いしましょうグングニル様」
「うん。楽しかった」
彼女を手帳に戻すと、俺とレヴィは顔を見合わせた。
グングニルが楽しんでくれたのはよかったのだが、彼女が残した言葉がどうしても気になってしまう。
彼女が言ったことが本当なら……神が……死んだ?
「ありえるのかレヴィ」
「さぁ……私にも分かりません。私達にはそれを関知することすら出来ないですから……」
「そう……だよな。ふむ、とりあえず帰ろうか。町での情報収集だけじゃ意味が無さそうだし」
「そうですね。大量に買った情報誌を読みながら紅茶でも飲みましょう」
──────────────────
屋敷に戻り2人して情報誌を読み漁る。
国ごとの情報から世界規模の情報まで色々あるが、そのほとんどがティタノマキアに関するものだった。
オリンポス会談は無事に終わったようだが、その前日にティタノマキアの襲撃があったらしい。
オリンポスにワイバーンの群れが現れ、それをバーンさんが撃退したと記事には書いてある。
「100匹以上を1人で……マジで化け物だな」
「ええ……しかも空中でですからね。やはり規格外のお方です」
その事件が大きく報道されており、なかなか他の情報が載っていない。
あっても有名な冒険者同士が結婚しただの、あのパーティが解散しそうだ、などといったゴシップ的なものがほとんどだった。
「それにしてもティタノマキアのことばっかりだな。まぁ仕方ないが……あ、犯行声明も載ってるな」
「ええ、こちらにも載っています。結局オリンポス会談は無事終わりましたが、ドラゴンの群れを操る様な力を持っているとなると、世界はまた不安を抱えるでしょうね……」
「最初からそれが目的だったのかもな。なになに……」
──────────────────
〝親愛なる世界へ〟
今日も何処かで人が哭く。
今日も何処かで人が嗤う。
その差は誰が決めた?
そして誰が得をする?
時代か? 世界か? 国か? 人か?
時の流れに逆らうは、神を超える為に他ならない。
何故世界はこんなにも歪んでいるのだろうか。
何故世界はこんなにも悲しんでいるのだろうか。
誰かが正さねばならない。
誰かが正常な世界へと導かなければならない。
我々がそれを行わなければならない。
我々にはその権利がある。
無知な王に死を。
無力な民に力を。
我らはティタノマキア。
我らは世界を救う為に、無を狩る存在である。
──────────────────
「よく分かりませんね……」
「で、この後は普通の文章で〝今回のドラゴンは俺たちがやった〟って言ってるんだよな」
「ええ。この狂信者の詩みたいなものは、いつも必ず犯行声明の前に書かれているようですね」
「つまりこれが奴らの信念って訳だ」
何か意味があるのだろうが……よく分からないな。
世界の歪みって部分は俺も何とかしたいけど、俺と奴らとでは同じ意味じゃないだろうし……。
「……あっ!? ロード様これを!」




