第542話:見せしめ
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「クスッ……さすがはロード様が選ばれたお方……見事という他ありませんね……」
やはり目は笑っていなかったが、どこかうっとりとした表情を浮かべながら、レア本軍と諸国連合軍の戦いを眺めるレヴィに対し、ズィグラッドは唇を噛み締め、怒りをあらわにする。
それは、己に対する怒り。
「……慢心か。ないと思い込んでおったの……痴れ者め」
たった一手。
そのたった一手を読み損ねただけで、レア軍は一時的にとはいえ、5万の兵を失ったに等しかった。
嫌な予感は初めからあった。
彼は開戦当初から、思考の中に"もや"がかかっているような感覚を覚えていたのだ。
何かを見落としているような、そんな感覚を。
それは、そのあまりにも優位な状況、立場が、彼の目を微かに曇らせたからかもしれない。
とはいえ、こんな展開を読み切ることなど、それこそ未来でも見えていなければ不可能である。
しかし、ズィグラッドはそうは思わなかった。
何故なら、自軍もまた、操った民や兵士を戦場に送り出していたのだから。
「発想は出来たはず……しかし、何よりも……土台が緩かったわ」
レア連合軍は知っての通り、レアに従属した大小様々な国の集合体である。
現在、北の戦乱が長期化していることもあり、レア側に与した15の国の中で、単独で数万単位の軍を動かせる国もうほとんどなく、ヴァルツーが凋落した今、今回のカサナエル、ギブライ、バーメディの3つしか存在しなかった。
今回、大軍をもって奇襲を行うという作戦に合わせ、レア本軍の両翼をカバーする部隊を編成しようとした際、自国の防衛のための人員確保や、そもそもの国力の低下により、単独でそれを担える国はもういなくなっていた。
そこでズィグラッドは、上記の3つの国以外から4、5千人ずつを招集し、諸国連合軍を編成するという形を取ったのだった。
だが、あくまで結果論ではあるが、これが悪手。
仮に左右を固めていたのが自軍、もしくは信のおける国であれば、その突然の行動による異常さを感じ取り、このような激しい戦闘には至らなかったかもしれない。
だが、今レア軍を攻撃しているのは、言ってしまえばあまり重用されていない国の集まりであった。
だからこそ、"こういったことがあってもおかしくはない"と、レア軍の中で考える者が多くなってしまったのも無理はない。
立場的に弱い国は、レアからすれば勝ち馬に乗るために"仕方なく"付いてきているだけの存在という認識であり、そしてそれが全く間違っていないということが真の問題であった。
事実として、今回諸国連合軍として参加している4つの国は、長期化した北の戦乱によって国力が低下し、兵も民も疲弊しきっていた。
今回捻出した数千人規模の軍隊にしても、かなり無理をして編成した虎の子の人員であった。
故に、このような戦闘行為に決して前向きではなく、はっきり言ってしまえば、"もうほとんど決まっているのだから他の国で勝手にやってほしい"とさえ考えている国ばかりであった。
だが、それでも彼らはレアに従うしかなかった。
それは、明確な"見せしめ"があったからに他ならない。
そう。この大戦前に消えた、8つの国のことである。
それらの国々は裏で結託し、レアに反抗するとまではいかなくとも、消極的な方向で足並みを揃え、自国の消耗を極力抑えようと画策していた。
だが、そんな企みはあっさりと露見し、レア王────ではなく、ティタノマキアに目をつけられることとなる。
今から1年ほど前。
まず1つ、ある国から人が消えた。
忽然と、何の前触れもなく。
残りの7つの国は当然怯え始める。
はたしていったい、何が起きたのかと。
そうこうしているうちに、また1つ国が消えた。
この時、残された国々は何度もレア王に謁見を求め、それが叶わぬならと書状を送り続けた。
しかし、また1つ、国が消えた。
さらに1つ、また1つ。
そして、最後の国が、去年の冬に消えた。
8つの国が消えたその過程を、残された7つの属国たちは見ていたのだ。
正確には、"見せつけられていた"が正しい。
国が一瞬で消えるという、悪夢のような現実を。
大軍を率いてロードに勝とうとし、結果凋落したヴァルツーの失敗も、敗北を繰り返して生まれた焦燥感という土台の上に、これによる恐怖が上乗せされた結果なのかもしれない。
しかし、こんなことをすれば、レアが最初に掲げていた、ティーターンの武力による従属行為を許さず、そのためにレアが立ち上がったという大義名分が完全に失われてしまうわけであるが、もはや属国にどう思われようが、この戦争に対する世論がどうなろうがを含めて、全て関係なかったのだ。
当然、ティタノマキアにとっては、である。
そうして、消えた人間たちは、全員ある場所に幽閉され、ただじっとその時を待つこととなる。
それこそが、クロスによって最初からすでに計画されていた、このベンディゴへの大侵攻である。
国から消えた兵士たちは、クロスの指示を受けたベアトリーチェの手によって、そのまま10万の狂戦士の一部へと変わり、民は物言わぬ50万の傀儡として戦場へと送り込まれた。
一部の優秀で名の通った亡国の戦士たちは、やはり彼女に記憶を操られ、レアに恭順したという"てい"でズィグラッドの元へと差し出された。
これらは全て、レア王が決定し、行ったこととされた。
故に、ズィグラッドはどれだけそれが悪手だと感じようが、どれだけ不義理だと思おうがなんだろうが一切これに逆らわず、ただ与えられた状況の中で、最良の一手を打とうとし続けていたのである。
だが、もはやそれは、彼の戦ではなくなっていたのかもしれない。
「ほっほっほっ……さて!」
「……おや?」
魔力を迸らせるズィグラッドに、レヴィは口角を釣り上げたままに小首を傾げる。
「ぬ? 何を不思議そうな顔をしておる。事は単純じゃい。お主をやった後、本軍を立て直せばよい……ただ、それだけのことよッ!!」
「…………あは」
猛り狂う魔力を漲らせ、ズィグラッドが鬼の形相で構えをとると、レヴィもそれに合わせるかのように、魔王の魔力を解き放った。
その漆黒の魔力を身に纏い、彼女は実に嬉しそうに構えをとる。
いつもの彼女の構えとはまるで違う、前傾姿勢で首をぐっと前に出し、両手をだらりと下げたその姿は────
「ふん……きっしょく悪いのぉ」
「……ひひっ!」
刹那、彼の視界から、彼女が消えた。




