第541話:魅了
「あー……ふふっ……失礼いたしました。いえね、結局は、あなたの考えている通りなんですよ。ただ、それがどんな力を持つかまではあなたも知らなかった。いやいや、無理もありません。ロード様のお力を全て把握することなど、この世の誰にも不可能なんですから。ましてや、会ったこともないあなたが? 知っていた? ロード様がどうなさるか……その全てを? あははっ! ああ……なんと……なんとおこがましい……」
そこで初めて、レヴィの顔から笑顔が消える。
それは、明らかな侮蔑の表情であった。
「まさに厚顔無恥の極み……私なら恥ずかしくて生きていくことすら躊躇うほどの……ああ失礼。少々言いすぎました。あ、お詫びと言ってはなんですが、今何が起こっているのかご説明いたしましょうか?」
見下すような表情から一転、今度は再び歪な笑みを浮かべながら、レヴィはそう言った。
「……お主、何を考えておる」
そのあまりにも情緒不安定な様子と、先程までとはまったく違う饒舌ぶりに戸惑いながら、ズィグラッドはそう返した。
そう尋ねずにはいられなかったのだ。
あまりにも理解不能な今の状況を、少しでも理解するために。
「クスッ……ですからお詫びですよ。どうにも今の私は、思ったことをすぐに口にしてしまうといいますか、かなり失礼な態度をとっておりますでしょう? いや、自覚はあるのですが……ああ、どうでもいい話でしたね。では、簡潔にご説明を。実は、我々は最初から、ある"仕込み"を行なっていたのですよ。あなたの想像通り……ああ、このあたりはさすがでした。ロード様の素晴らしいお力をよく理解されておりましたし、その潜在能力の高さに関する考察もまさしくその通りで……おっと、また話が逸れてしまいました。で、あなたの想像通り、ロード様はいまだに成長されています。以前は4つだった魔法の対象が、現在はもう少し増えていましてね……ああ、さすがに正確な数は申し上げませんよ? 言うと思いました? まぁ、先程も申し上げた通り、確かに今の私は普段の私よりも口が軽く見えているかもしれませんが、重要なことを簡単に口走るような真似は────」
「……で? その仕込みとやらはなんなんじゃ」
途中で口を挟まれた彼女から、再び笑みが消える。
目を見開き、首を微かに傾け、口を真一文字に結んだその表情は、明らかに不満げな様子であった。
「……まぁ、よいでしょう。簡単ですよ。レア軍全体を操っただけです……あなた方がそうしたように」
「ッ!? あ、操った……じゃと?」
「ええ。まぁ、内容までは詳しく申し上げませんが。で、結果がアレです」
再び笑みを浮かべながら、レヴィはズィグラッドの後方を指差す。
レア本軍と諸国連合軍の戦闘はさらに激しさを増しており、もはや簡単に収拾がつくような状況ではないことは遠目から見ても明らかであった。
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レヴィとズィグラッドが見つめる先。
混乱を極めるレア本軍のすぐそばに、その元凶である2人の武具の姿があった。
そう。ロードの生命魔法の対象は現在7つ。
つまり、この戦場には、初めから7人の武具たちがいたということである。
「だいぶかかっちまったが……なんとか作戦成功だね」
今回、もう1人の武具のサポート役に選ばれたソロモンは、そう言いながらほっと胸を撫で下ろしていた。
彼の能力は、72の悪魔からさまざまな力を少しだけ借りること。
その広く浅いと自称する力は、実のところ非常に使い勝手がよく、あらゆる状況に対応することが可能である。
今回の場合も、見つからないように気配を消したり、空間転移で移動したり、空を飛んで上から目標を探したりと、彼でなければその全てを叶えることは出来なかっただろう。
そして、彼がサポートしたもう1人こそ────
「まったく……ほんっっっとに武具使いの荒いマスターさんですわねぇ! いきなりこんな大量に……そりゃたっぷり魔力はいただきましたけれど! 今までで最多ですわよ!? 長い人生……いや、武具生で最多! もうっ! しんどいったらありゃしませんわ!」
カールしたブロンドのツインテールを振り乱し、彼女はそう言って怒りをあらわにする。
その豊満な胸元には、彼女自身である大きな赤い宝石のついた黄金の首飾りが輝いていた。
「まーまー……あんまでかい声出すとバレちゃうからそのへんで……」
「いやもう! 凄くないですかわたくし!? これ相当な活躍と言えるのではなくてっ!? こ、これはもう……とんでもないご褒美をいただかないとわりに合いませんわよねぇ!?」
「わ、分かった分かった! 俺からも旦那に言っとくよ……でも、心配しなくてもロードの旦那は分かってると思うぜ? お嬢の力のおかげだってことはよ」
「ふん……まぁ? このブリーシンガメンがどーしても必要だとロードさんも言っておられましたし? 悪い気はしませんけどぉ……でも! つっかれましたわぁ〜!!」
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ブリーシンガメン 魅了の首飾り
かつて、ある女神が所有していた伝説の首飾り。
黄金で作られたそれには、大きな赤い宝石がついており、それは女神の魔力の結晶であった。
この首飾りを身につけ、対象に触れることにより、一時的に相手を魅了し、意のままに操ることを可能とする。
ただし、対象は自身より魔力が低いものでなければならず、効果があるのは異性のみである。
また、魅了状態は能力発動時から段々と効果が薄れていき、制限時間の111分を過ぎると、能力は勝手に解除されてしまう。
武具ランク:【SS】
能力ランク:【SS】
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2人はレヴィの指示により、開戦した当初から敵陣へと侵入。
気配を隠しながら慎重に行動し、まずは右側に展開していた諸国連合軍の場所まで辿り着くと、その"仕込み"を開始する。
行なったことは至極単純。
彼女たちはただただ地道に、小隊長から大隊長までの指揮官クラスの人間たちをしらみ潰しに探し回り、それらを片っ端から魅了していったのである。
ブリーシンガメンが触れた瞬間から対象は魅了状態となり、効果時間も当然カウントされてはしまうが、彼女が命令を出さなければ、対象はいつも通りの行動を取り続ける。
つまり、本人はもちろん、周りの人間もそれに全く気づかないということである。
右側を魅了した後は、ソロモンの力で空間転移を繰り返して反対側へと移動。
そこでも魅了を繰り返し、最後にレア本軍の指揮官クラスをある程度魅了したところで作戦を実行。
まずはレア本軍の魅了した指揮官たちに命令を出し、指示系統をめちゃくちゃにした後、隊列をわざと乱して部隊同士の接触事故を誘発。
物理的な混乱を引き起こした。
そして、最終的に諸国連合軍の魅了した者たちを使い、レア本軍を左右から挟撃したのである。
時間的にはかなりギリギリであり、最初に魅了した者たちは、能力解除まであと僅かの者もいるにはいたが、こうなってしまえばもはやあまり関係はなかった。
「まぁ、とにかく任務完了だな。さ、戻るぜお嬢……長居は無用だ」
「ふんっ……まぁ、今は従ってあげますわ。それに、わたくしに魅了され尽くしたこの光景を、遠くからゆっくりと眺めるのも、また一興ですしねぇ……むふっ!」
「はぁ……なんか、すげぇ疲れた……」
レア本軍からすれば、理由はまったく分からないが、何故かこのタイミングで諸国連合軍が結託し、謀反を起こしたようにしか見えず、訳のわからぬままに撃退し続ける以外の選択肢がなかったのだ。
仮に諸国連合軍の魅力が解け始めても、もう事態の収拾がつかないところまできており、これが解決することはほぼないと言っても過言ではない。
唯一それが可能だとすれば、レア軍総大将ズィグラッドが、直接指揮を取るしかないのだが────
「レヴィちゃん……無茶すんなよ」
微かに感じる彼女の異質なその魔力に、ソロモンは心配そうに呟いた後、ブリーシンガメンを連れてその場から姿を消した。




