第523話:生物
「……なるほどな。おおよそ理解した」
砕かれた巨腕竜種の腕を解除しながら、一旦地面へと着地したドラグニスは、そう言いながらバフォメットをじっと見つめた。
ちなみに、彼の能力を持ってすれば、バフォメットの攻撃を交わし、更にカウンターを入れることも容易に出来た。
しかし、彼があえて正面から受けて立ったのは、自身の誇りを穢さぬためなどという理由ではなく、敵の力を測ると同時に、分からせにいったのだ。
己が、簡単にどうにかなる相手ではないということを。
対するバフォメットもまたその場にとどまり、じっと砕かれた拳を見つめていた。
だが、次の瞬間────
「フン……当然そこは変わらんか」
その拳が、瞬時に元へと戻っていく。
バフォメットはそれを、ただ不思議そうに見つめていた。
「さ、再生能力……?」
ルカはそう呟いたが、実際には少し違う。
彼らの身体は高純度の魔力で形成されている。
ドラグニスが言っていたように、このバフォメットが内包している魔力は桁違いであり、それがただ失われた手指の代わりに溢れ出したに過ぎない。
要するに────
「やはり、全てを消し飛ばすまで……アレは死なんな」
そう言いながら、ドラグニスは魔力を練り上げる。
もし、彼が万全の状態であったならば、体内であらゆる属性の息吹を融合して繰り出す必殺の一撃、"破壊の息吹"を最大出力で放ち、バフォメットを文字通りこの世から一瞬で消滅させることも可能であっただろう。
しかし、今の魔力量でそれは不可能。
「さて、行くか」
故に彼は翼爪竜種の翼を広げ、再び前へと出た。
そして、両腕を巨腕竜種へと変化させ、一気に速度を上げた。
『ボォォォォッ!』
迫る敵に向け、バフォメットは咆哮を上げながら拳を振りかぶる。
そうして放たれた巨拳だったが、それは何に当たることもなく空を切った。
『ボァッ!?』
「ククッ……ガキが」
自身の放った攻撃の威力に耐え切れず、バランスを崩したバフォメットの顔面に、巨腕竜種の拳が突き刺さる。
ミチミチと、肉が裂ける嫌な音が大きく響いた。
「そらそらそらァッ!」
『ギッ……ギギッ……!』
追撃の拳が次々とバフォメットを襲う。
肉が抉れ、骨が砕けたところで、彼は大きく後ろに跳んだ。
『ギィィィ……ギィィィィイッ!!!』
全身を大きく震わせ、バフォメットは怒りの声を上げた。
既に頭部は修復され、受けたダメージは皆無に等しい。
だが────
「ククッ! 矜持に傷でもついたか? 笑わせる。生まれたばかりの哀れな赤子の分際で、何を勘違いしているのやら……耳障りなことこの上ないわ」
『ボォォォォァァァァァアッ!!』
バフォメットは跳躍すると、再び両手を組んで鉄槌を振り下ろす。
「分からん奴だな……それが児戯だと言っている」
ドラグニスはそれをあっさりかわすと、今度は横から脇腹に右の拳を叩き込む。
空中でバフォメットの身体が弓なりに曲がったところで左手を大きく広げ、その鋭利な爪を右胸目掛けて振り抜いた。
『ギァァァァァァァァアッ!!』
ぽっかりと空いた右胸から、赤とも黒とも言えぬ血のような液体が、文字通り噴水の如く吹き出し、緑の草原が地獄に変わっていく。
そのまま地面へと叩き落とされたバフォメットは、己の体液の上でのたうち回っていた。
上空にいるドラグニスを、睨みつけながら。
「す、すごい……」
両者の戦いを見守っていたルカからすれば、あの強大な魔力を持つ怪物相手に一歩も引かないどころか、むしろドラグニスが圧倒しているように見えていた。
しかし、ドラグニスの考えは逆であった。
彼は戦いの中で、確かな"危うさ"を感じていたのだ。
そしてそれは、すぐに現実のものとなる。
「……」
突然バフォメットの動きがピタリと止まり、そして彼はそのままゆっくりと起き上がった。
受けた傷は既に塞がり、そして────
「……ほう」
宙に浮かぶドラグニスに対し、静かに構えをとった。
「ククッ……生意気な。やってみろ」
それに呼応するかのように、バフォメットが大地を蹴る。
「なッ……」
ルカの口から驚愕の声が漏れる。
それは、右手を振りかぶるその姿が、まるでドラグニスのようであったからに他ならない。
ドラグニスは冷静にそれをかわすと、再び爪を立て、肉体を削ぎにかかる。
「ッ!」
しかし、それをバフォメットの左手が防ぐ。
そのまま弾き飛ばされたドラグニスは、翼を広げて空中に踏みとどまった。
そして、その表情から、笑みが消えた。
『ボォォォォァァァァァアッ!!』
「……ちッ」
両者は同時に前へと出た。
拳と拳が衝突し、互いのそれが砕けても、怯むことなく攻撃し続ける。
巨大な力と力がぶつかるたび、凄まじい衝撃がルカの身体を突き抜けていった。
「うそ……」
この時、彼女も気づき始めた。
山羊頭の超越者という存在の、その恐ろしさを。
「成長……してる……?」
バフォメットに知能はほとんどない。
故に、本能で戦い方を学んでいく。
そして、その学習の対象は、喰らうと決めた餌である。
彼らは突然発生する災害のようなものであった。
生まれた時から膨大な魔力を持ち、他の生物を魔力ごと飲み込んで成長していく。
その際、自身より強いものにぶつかることも、当然少なからずあった。
通常なら敗れて終いであるが、バフォメットには当てはまらない。
攻撃を受けてもすぐに傷は塞がり、圧倒的な身体能力で餌を追い詰める。
そして、相手が技を使ったならば、彼らはそれを模倣する。
最終的に、圧倒的な魔力の差によって、必ず相手を超えていく。
故に"超越者"。
果たして生物と呼べるか怪しい、異質な存在なのである。




