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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第7章:頂から視る世界
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第521話:搦手

 

「では……!」


「あ、お待ちを」


「な、なんじゃい! よい感じじゃったのに……」


 前のめりに倒れそうになったズィグラッドは、そう言って不満げな顔を見せる。

 レヴィはぺこりと頭を下げると────


「申し訳ありません。1分だけお時間をいただいてもよろしいでしょうか? すぐ済みますので」


 そう言って、ズィグラッドの返答を待たずに後ろを向いた。


「……カルサ様、聞こえておりましたか?」


 胸元にしのばせた通信魔石に向け、レヴィは小声でそう呟く。


『うん』


「時間がないので手短に。私はズィグラッドの相手で手一杯となります。ケニシュヴェルト様も持ってあと10分……能力が消えれば、猛るカサナエル軍に加え、後方に控えている各国の軍もベンディゴへ襲いかかることとなります。残念ながら、それを防ぐ術が私達にはありません。あとは、結界がどれだけ持つかの勝負になります」


『わかった……私は残る全軍を率いてこっちを止める。とにかく時間を稼いでみせる……ロード君が来るまで。あ、あっちはどう?』


「まだ連絡はありませんが、おそらくそろそろ整うかと。ただ、この状況ではカサナエル軍を止められないでしょう」


『あー、ズィグラッドがそこにいるから……か』


「ええ……ですが、全くの無駄にはならないと思います。申し訳ありませんが、時間がないのでこの辺で。とにかくカルサ様……ご武運を」


『レヴィちゃんもね……それじゃ!』


 レヴィは振り返ると、ズィグラッドに対して再びぺこりと頭を下げた。


「まったく……勝手な奴じゃわい」


「失礼いたしました。ですが、あなた様には言われたくありませんね」


「ほっほっほっ! ……違いない。さて、もうよいんじゃな?」


「ええ。僭越ながら……お相手させていただきます」


 瞬間、両者は魔力を解放した。


「ぬぅッ……」


「やはり……」


 そうして構えた刹那、両者は互いの力量を察する。

 2人の視線が交わるその中央で、互いの魔力が拮抗し、言葉では表現出来ない音を奏でていた。

 それは、ケニシュヴェルトの力を破らんと、渾身の力を込めていたカサナエル兵達の表情に、再び驚愕を与えるほどのものであった。


「……1つ問う。ロード=アーヴァインは、お主より強いのじゃな?」


「ええ……遥かに」


「ほっほっほっ……そりゃあ、厄介じゃのう」


「賛辞と……受け取っておきます」


 それを境に、両者の間から言葉が消える。

 ズィグラッドは右手に持った大剣を前へと突き出し、その切先をレヴィの喉元へ向けてスッと伸ばした。

 そして、左手で握る巨大な両刃の斧をやや上段に構えると、そのまま微動だにせず、ただじっと鋭い視線を彼女へと向けていた。

 常人ならば、両手であっても構え続けられないであろうそれらは、彼の強さをそのまま表すかのようであり、その目に見えない圧力は、後ろでそれを見つめていた兵士達の肌を泡立たせた。


 対するレヴィは素立ちのまま、ズィグラッドのそれを正面から受け止めていた。

 しかし実際には、足首まで伸びた長いスカートの中に隠れていた右足は、ほんの少し前へと運ばれており、左足の踵もまた、微かに地面から離れていた。

 身体に力みは一切なく、地面にだらりと落ちるその両腕がまた、誰もがすくみ上がる強者を前にしても、完璧な脱力を実行する彼女の実力を如実に表していた。


 両者が構えてから、しばしの沈黙があった。

 時間にすれば1分にも満たないほどであったが、周りで見ていた者達は、まるで何分も向かい合ったままのような感覚を覚えはじめていた。

 そしてそれは、唐突に訪れた。


「えっ……?」


 固唾を飲んで見守っていた兵士達は、我が目を疑った。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 彼らが見た光景、それはまるで時間が飛んだかのように、突如として高い金属音が鳴り響き、直後巨大な炸裂音と同時に粉塵が舞い上がると、レヴィがズィグラッドの正面から真横に飛んでいる姿であった。


「な、何があった!?」


「み、見えなかった……」


 思考が追いつかず、兵士達がざわつく中、ケニシュヴェルトもまた同じ思いを抱いていた。


「こやつら……」


 その思い、あるいは兵士達以上であったかもしれない。

 古の戦場で振るわれていた彼は、当然強者の手にあった。

 彼を握っていたのは、かつての英雄の1人、バルガネス。

 強靭な肉体と精神を持ち、また何よりも、その類稀な魔力量で戦場を支配した傑物である。

 そんなかつての英雄と比肩するどころか、今目の前にいる彼らはそれを凌駕していると、ケニシュヴェルトはそう感じていた。


「ふむ……今のが、お主の魔法か?」


 砂埃が消える頃、ズィグラッドはそう言いながら、大地を粉砕した斧を引き抜き、左肩に担いだ。

 レヴィはスカートに付いた土をパンパンと払い、その赤い瞳を彼へと向けながら口を開く。


「さぁ、どうでしょう」


「ぬははっ……お主、我が魔法を知っておるな?」


「それにつきましても、同じ答えをお返しいたします」


「ふん……まぁよい。見かけによらず、豪胆な奴じゃわい」


 今の一瞬の攻防。

 先に動いたのはズィグラッドだった。

 正確には、"動こうとした"というのが正しい。

 ほんの僅か。

 ズィグラッドの重心が、ほんの僅かに前へと傾きかけたその刹那、レヴィは全力で大地を蹴った。

 その爆発的な踏み込みにより、両者の間にあった十数メートルの距離は一瞬で圧縮され、彼女はズィグラッドが前へと突き出していた大剣の中程まで入り込む。

 対するズィグラッドも即座に反応し、左手の斧を振り下ろしにかかった。


 当然、彼女はそれを読んでいた。

 踏み込んだと同時、透明な鎖を複数本作製していた彼女は、それを振り下ろされようとしていた斧へと放ち、そのまま巻きつけると、彼の後方の地面へと固定。

 そうして右手に渾身の魔力を込め、彼女はガラ空きになった喉元目掛けて拳を放った。

 彼の斧を縛りつけた鎖は、高位の竜族であっても引きちぎるのに手を焼く代物。

 レヴィは自身の攻撃が命中すると確信していた。

 だが、結果は今の通り、鎖は瞬時に引きちぎられ、彼女は間一髪横へと跳び、必死の一撃をかろうじでかわすにとどまったのである。


「これほどとは……」


 誰にも聞こえないほどの声で、レヴィは無意識にそう呟いた。

 彼女は彼を鑑定したうえで攻撃を組み立て、それを忠実に実行した。

 しかし、彼の力は想像を遥かに超えた先にあり、結果的に己の能力をただ晒しただけとなってしまった。


 彼女は基本的に、相手より有利な状態で戦闘が始まる。

 それは、通常の戦闘であれば、まずは相手の魔法を把握することから始めねばならないが、彼女はその手順を省略することが出来るためである。

 "鑑定魔法"による恩恵。

 それは、誰恥じることのない、彼女に授けられた力なのだから、利用するのは至極当然のことである。


 故に、彼女に搦手は通用しない。

 むしろ、彼女は相手の行動を読んで罠に嵌めるなど、逆に搦手を使う側であった。

 だが、今回は違う。

 相対するは、自身を超えた知略を持つ者であり、加えてそれが有する能力は、自身の搦手が通じにくい、極めて単純な暴力そのものであった。

 つまりそれは────


「さぁて、では今度こそ……こちらから参ろうかのぅ」


 彼女にとって、ズィグラッドは天敵である、ということである。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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