第520話:戦の華
「ケニシュヴェルト様……能力を全開にする準備を」
「なんだと?」
「いいから備えてください!」
「ッ!? ……わかった」
レヴィのあまりの気迫に、ケニシュヴェルトは剣を握り直した。
そんな2人を尻目に、ズィグラッドは言葉を続けた。
「これがあの勇猛果敢で知られるカサナエルか。情けない……情けないのう。たった2人に首根っこを押さえつけられ、それに抗うことも出来ずに平伏したままとは……いやはや……」
「ぬ……」
ケニシュヴェルトはその時、能力の源である己が身が、微かに震えたのを感じた。
そして同時に、なんとも言えない嫌な予感も。
「ヤイニーバ川で清められ、アングストゥンの山々の庇護のもと、広大なリンクスの森の豊かな恵みを受けたカサナエルの民は、それらによって培われた頑強な肉体と、類まれなるその負けん気を持って、この北の地では知らぬもののない精強な国として一時代を築いてきた。当然、その子孫であるお主らも、かつて祖国を救ったカサナエルの大英雄、バグルーイのような猛々しさと、静謐な思慮深さを併せ持った戦をするであろうと……そう、思っておったのだがな」
瞬間、空気が微かに震えた。
「ぐッ!? こ、これはッ……!」
片手で握っていた剣を両手で押さえながら、ケニシュヴェルトは驚愕を隠せずにいた。
まるで地の底から押し上げるかの如く、彼の力を跳ね除けようとする力に、渾身の魔力を込めて抗いながら。
「やはり……恐れていたことが……!」
「レヴィ! こ、これが奴の魔法か!?」
「いえ……これはスキルです」
「な、なんだと? いったいなんなんだこの力はッ……!」
「ズィグラッドのスキルは"戦意高揚"……その能力は、彼の鼓舞を聞いた者の力を、限界まで引き出させるというものです」
「なッ……!」
ズィグラッドのスキル、"戦意高揚"。
それは、彼の言葉に宿る、心身を押し上げる力。
1日に一度、その鼓舞が、聞くもの達の心に刺されば刺さるほど、肉体はそれに呼応するかのように、持ちうる中での最大限を発揮する。
「な、なるほどッ……道理でこの力……!」
先ほどまで頬を地につけていた兵士達が、一斉に両手で大地を押し上げる。
渾身の力を込めたその顔は、誇りを取り戻すために赤く染まり、そして激しく歪んでいた。
「ほっほっほっ……なんじゃ? 言いたきことがあるならば言うてみい。まぁ、お主らが立ち上がれたのならばこのズィグラッド……喜んで朝まで時を委ねようぞ。さぁ、奮進せよ跳ね除けよ! お主らの戦姿……このワシに見せてみよッ!!」
「ぐッ……ぬぅぅうッ……!」
兵士達の身体が、徐々に大地から離れていく。
それに比例するかのように荒ぶる己が身を、ケニシュヴェルトは全力で押さえ込んでいた。
その甲斐もあってか、カサナエルの兵士達は完全に立ち上がることはなく、未だその場に縛り付けられてはいた。
だが────
「ケニシュヴェルト様、あとどれくらい持ちますか?」
「ッ……せいぜい……あと10分……!」
「……承知いたしました」
ケニシュヴェルトの魔力は、今この瞬間も大量に消費し続けていた。
当初は1時間持つ筈だったその時間も、大幅に削られてしまうほどに。
「ふむ……まぁ、こんなものか」
ズィグラッドはレヴィ達の方へ向き直すと、そう言って肩をすくめてみせる。
そして────
「……ッ」
レヴィの眉間に、微かに皺がよる。
ズィグラッドは全身に魔力を漲らせながら、ゆっくりと彼女へ向かって歩き出した。
「さすがはロード=アーヴァインの駒……ワシの鼓舞でもすぐには破れんかったか」
「稀有な力をお持ちですね。正直、驚きました」
「うーむ、昔からのう……何故だかワシの言葉を聞いた者達が、こうやって力を増すのよ。まぁ、使い方を誤ると空振りするがの。何事も見極めが肝心じゃな。さて、あちらはもはや風前の灯。こちらもその様子なれば……」
ズィグラッドはちらりとケニシュヴェルトを見た後────
「長くは持たなそうじゃな……せいぜい、10分といったところか」
正確な分析に、レヴィは心の中で舌打ちをすると、拳を強く握りしめた。
「さて、レヴィよ。せっかくの出会いじゃ。ひとつ、この老骨と手合わせ願おうか」
「……分からないお方ですね。そんなリスクを負う必要などないのでは?」
仮にズィグラッドがこの場を離れても、カサナエルの兵士達は残る遊撃隊が守ればいい。
故に、彼がこの場に残る理由はなきに等しいと、レヴィはそう考えていた。
「いやいや、ところがそうでもない。ロード=アーヴァインが出て"こられぬ"以上、お主がそちら側の最強のカードであろう」
「……」
「ここでワシが抑えておけば、あちらの救援に回る手はなくなる。駒は既に4つ……出ておるしな」
「ふぅー……本当に……厄介なお方ですね」
南の戦場にはヘラクレスとリサナウトがおり、この戦場にはゲイボルグとケニシュヴェルトがいる。
ズィグラッドは、そのことを言っているのだ。
「戦場で、将が剣を抜くならば、もはや叶わぬ鬨となりけり……などと、昔から言うがのぉ、ワシからすれば……"クソ喰らえ"じゃ」
右手で自身の身の丈ほどはある大剣を握り、左手で両刃の巨大な斧を振るいながら、ズィグラッドは白髭に埋もれていた歯をのぞかせる。
両腕の筋肉は溢れんばかりに隆起し、2メートル近い巨躯も合間って、まるで巨大な鉄の塊のような彼は、己が魔力をその身に纏い、幅広の大剣の切先をレヴィへと向けた。
「強者との闘争こそ戦の華よッ! それが、音に聞こえし英雄が相手となればなおのことッ……元来ワシは、そういうタイプの人間でな」
「わかりました……」
もとより、レヴィにとっては願ってもないこと。
圧倒的優位に立つ敵の総大将が、自ら一騎打ちを所望しているのだ。
ここで彼を討てれば、戦況を変えられるどころか、戦そのものを終わらせられるかもしれない。
齢80。全盛期はとうに過ぎ、人の生で言えば、もう終わりを迎えつつある老人である。
彼女が断る道理はない。
だが────
「たぎる……たぎるのう」
ズィグラッドが放つその圧倒的な存在感と、自身の鑑定魔法によって推察出来る実力から、彼がSSSランクの冒険者達と遜色ないと、レヴィはそう感じていた。
彼は自軍に英雄がいないことを嘆いていたが、実際は少し違う。
ただ単に、彼のお眼鏡にかなう者がいなかっただけの話。
要するに彼こそが、レア連合軍最強の英雄なのである。




