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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第7章:頂から視る世界

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第517話:従者

 

「ほぉ……」


 それは弧を描く跳躍ではなく、まるで地面と平行に飛んでいるかのようであった。

 しかし、自身へと一直線に向かってくるそれを見ても尚、ケニシュヴェルトはつるぎをだらりと下げたまま、微笑を浮かべて構えもしない。

 そうして、その勢いのままに男は、逆手で抜いた2本の凶刃をケニシュヴェルトの首目掛けて────


「ッ!?」


 刃が首筋に触れる直前、両者の間に割り込んだ黒い影。

 金属質な音とともに防がれた短刀を握り直しながら、弾かれた反動で後方へ一回転して着地した男は、そのままバックステップで大きく距離をとった。


「クックックッ……どうやら腕は立つようだが、ものの道理を知らんらしい。よく、覚えておくがよいぞ?」


 ケニシュヴェルトは腰に手を当てたまま、そう言ってやはり不敵な笑みを浮かべる。

 そして、彼の前に立ちはだかったそのメイドは、スカートの両端を摘んでぺこりと頭を下げた。


「偉大な王には常に、優秀な従者がつきものだ」


 レヴィは頭を上げると、ケニシュヴェルトににこりと微笑んだ。


「ご無沙汰しております。ケニシュヴェルト様」


「うむ。あのダンジョン以来か。もはや、懐かしくすらある」


「ええ、私もです」


「フッ……今しばらく其方との会話を楽しみたい気分ではあるが、それはまたの機会としよう……あの時のように、美味い茶菓子もここにはないしな」


「ふふっ……腕によりをかけてお作りしますよ。この戦が終わった後で」


「ちっ……例のメイドか」


 前を向いた2人の前で、黒装束の男はポツリとそう呟いた。


「あら、私のことをご存知なのですか?」


「ぬかせ……今この北の地で、貴様を知らん者など何処にもおらぬわ」


「それはそれは……過分なお言葉をありがとうございます」


「ふん……まぁよいわ。どちらにせよ、斬らねばならぬ運命さだめならば、遅いか早いかの違いに過ぎぬ。貴様を断ち、そこな厚顔無恥の極みとも言える男を討ち、この戦を長引かせた悪しき元凶……ロード=アーヴァインを消す。ただそれだけのこッ……!?」


 男は、最後まで言葉を吐ききれなかった。

 それは、目の前の女が、自身を遥かに上回る魔力を纏ったからに他ならない。


「……ロード様を……そうですか」


 満面の笑みを浮かべながら、レヴィはそう言った。

 黒装束の男は、無言のままに二刀を構えた。

 そして、微かに腰を落とし────


「あら、お1人でよろしいのですか? ……ククリ様」


「ッ!? 俺を……!」


 突然名を呼ばれたククリの動きがピタリと止まる。

 そして彼は、心の中でさらに言葉を続けた。

 "俺以外の存在に、気付いているのか?"と。

 そんな彼の動揺に、レヴィの口角がさらに上がる。


「ええ、ええ……もちろん存じておりますよククリ様。あなた様が北の小国カラザスの兵士長であることも、今年40歳で、身長は172センチ、体重は68キロ、両利き故の二刀使いで、好きな食べ物は魚料理、嫌いな食べ物は……あら、これは意外ですね。体に良いのですから、野菜は食べられた方が……よろしいかと思いますよ?」


「な……!?」


「もちろん、平伏した兵士達に紛れたあなたの部隊のお仲間が、他に4名いることも分かっております。だから尋ねているのですよ」


 レヴィはそう言いながら、一歩前に踏み出した。

 笑顔のまま、ゆっくりと。


「あなたが、そのまま、お1人で……」


「ぬ……う……」


 彼女が一言発しながら、その足を一歩前に出すたびに、纏った魔力がククリの身体を強く叩いた。

 見えない壁に押し込まれるように、彼の足は勝手にじりじりと後退し、額からはおびただしい量の汗が滴り落ちる。

 そして、彼女は悠然と、彼の間合いの中に入った。

 それでも尚、ククリは彼女の目から視線を外せず、斬りかかることも出来ずにいた。

 彼からすれば、まるで全てを見透かされているような、そんな感覚に陥り、身動きがとれなくなっていたのだ。


「本気で、私に……」


 視線の先にいるのは、満面の笑みを浮かべた美しいメイドである。

 しかし、それが本物の笑みでないことは明らかだった。

 何故ならその魔力には間違いなく、憤怒の念が込められているのだから。

 ふとそんなことを彼が考えていた次の瞬間、彼女の顔から笑みが消える。

 直後、彼は自身の心臓が、"きゅっ"と鳴る音を確かに聞いた。


「……勝てると、お思いなのかと」


 見下すような視線とともに、彼女は彼にそう言った。


「ッ! な……舐めるなぁぁぁああッ!!」


 挑発による怒りか、それとも恐怖に対する防衛反応か、あるいはその両方か。

 ほぼ反射的に繰り出された十字の斬撃。


「……ッ」


 その時、ククリはレヴィと目があった。

 赤く鋭く光るその瞳は、悍ましいほどに美しく見えた。

 刹那、赤い残像を残し、レヴィの身体が深く沈む。

 その直後、ククリが握る2本の短刀が、凄まじい衝撃音とともに砕け散った。


「な……!」


 放たれたのは右の手刀。

 魔力で強化した肉体に、透明の鎖を巻きつけた腕から繰り出されたその一撃は、十字に重なった二刀を文字通り粉砕した。


「馬鹿なごぉッ!?」


 地面付近まで振り下ろした手刀をそのまま拳へと握り直し、起き上がる反動を利用した渾身の一撃が、ククリの身体をくの字に曲げる。

 意識外の一撃に、ククリの脳は命を守ることを優先し、瞬時に意識と身体を切り離した。

 結果、彼はそのまま地面へと崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「……来ませんか」


 レヴィはククリを一瞥した後、ひれ伏したままの兵士達の方をじっと見つめた。

 既に彼女は、ククリ以外の遊撃隊を見つけている。

 彼女の鑑定魔法の力を持ってすれば、その程度のことは造作もない。

 故に彼女は、わざと隙を作りながらククリと対峙していたのだが、その誘いに彼らは乗ってこなかった。

 レヴィは兵士達に背を向けると、ケニシュヴェルトの近くへと向かって歩き始めた。


「流石だな。見事な動きだった」


「ありがとうございます。それより……」


 レヴィはケニシュヴェルトにさらに近づくと、声を落として言葉を続けた。


「……残りは誘いに乗ってきませんでした。どう思われます?」


「うむ……時間をかけたい我らとしては願ってもないが、やはり不気味ではあるな」


「ええ。状況を考えれば、一刻も早く我々を排除したいはず……あの方お1人では、どうにもならないことなど分かっていたはずです」


「だろうな。しかし、諦めてもいないのであろう?」


「はい。彼らの魔力はそう言っています。現に今も……私に対し、その殺気を隠そうとすらしていません」


「……分からんな。だったら奴らは何故動かん」


「おそらく何かを……ッ!?」


 その時だった。

 強大な魔力が、突如として戦場を包み込んだ。


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