第510話:与太話
「がふっ……な……ん……」
「ククッ……クククククッ……」
ドラグニスの竜化した右腕はジェイドの胸を貫き、鮮血に染まった5本の爪が、残る4人に向かって真っ直ぐに伸びていた。
そして、もう1本の竜化した腕が空間の割れ目を引き裂くと、満面の笑みを浮かべた逆鱗の王が、ゆっくりと姿を現したのである。
「ば……かなッ……な、何故ッ……!」
「ククッ……三度目だぞジェイド。まぁ、もう……下がる程の格もないか」
その言葉が指し示す通り、既に勝敗は決していた。
貫かれた胸の傷は致命傷であり、ドラグニスが腕を引き抜けば、1分ともたずに彼は死ぬことになるだろう。
先程ルカから受けた傷を治せたのは、当然ながら次元魔法の力によるものであるため、魔力が枯渇している彼にはもうどうすることも出来ない。
そもそも、あれは手のひらに収まるサイズに形成した極小の"疑・4次元空間"を使い、時の流れを操作して止血、再生を行うものであり、今彼の胸に空いている穴を塞ぐことは大きさ的に不可能であった。
ちなみに、ドラグニスの爪を切った攻撃は、1次元を利用した攻撃であり、点と線しか存在しない次元を逆手にとり、マーキングした箇所へ一直線に伸びる見えない斬撃を飛ばす技であった。
普段から多用する平面の2次元を用いた攻撃も、切り札であった"疑・4次元空間"も含め、彼は全てを出し尽くした。
それでも届かなかった、あまりにも高過ぎる壁。
ドラグニスは全てをねじ伏せ、この世界に帰還を果たしたのだった。
「実によい体験をさせてもらった礼もあるしな……死の間際の刹那まで、貴様の問いに答えてやろう。まずはそうだな……匂いだジェイドよ」
「匂い……だとッ……」
「そうだ。竜は鼻が効く。特に俺様の鼻は特別性でな。たとえ違う空間であろうがなんだろうが、貴様の匂いを辿ることなど……実に容易い」
「な……だ、だからと言っ……!」
「うむ、貴様の疑問ももっともだ。まず、あの4次元空間の性質……当然全てではないが、タネはある程度理解した。貴様はそう、物理的な時と言っていたな? より正確に言えば、時の道だなアレは」
「ッ!」
「俺様には見えなかったが、あそこにはいくつもの道があったのだな。ククッ……貴様の匂いがそれを教えてくれたわ。まるで尾引き雲のように、うっすらと伸びる貴様の残り香がな。貴様は俺様が立っていた通常通りに時が流れる道ではなく、その側を通る加速した時の道を利用し、俺様の腕を"未来で"切断した訳だ。切断された四肢から血が流れず、痛みすら感じなかったのは、アレが未来で切断されたからであり、いずれ時に身体が追いついた時……その時初めて、俺様の身体が切られたという"結果"に追いつく、ということだろう」
「はぁッ……はぁッ……」
ジェイドは戦慄していた。
それは、完璧という訳ではないが、ドラグニスの推察がほぼ当たっていたことに対してである。
だが、それを理解していたとしても、決して解決しない問題が2つあった。
「つまりだ……切断された時点で、俺様の未来は確定していた。回避する術はなく、時がくればただ死ぬのみ……それは、貴様がいなくなった後に実際そうなったのだから間違いあるまい。だが、残念ながら俺様の身体はちと特殊でな。詳しく教えてやりたいところだが、さすがに今ここでは明かせん。まぁ、とにかく言えることは、俺様は身体をバラバラにされようが、首を切断されようが、その程度では死なん……ということよ」
「そ、それじゃあ、アンタも私みたいに……?」
「いやいや……貴様のそれとは全くの別物よ。誇れよ不死身娘。自己再生という一点において、貴様の右どころか左にすら並ぶ者はいまい。俺様のは再生というより……いや、今はよいか。話を戻そう。時間も……もうそう無いだろうしな」
ドラグニスの腕が蓋をしてはいたが、当然ジェイドの身体からは大量の血が流れ出ていた。
片方の肺は潰れ、彼が呼吸をする度に血が口へと流れ込む。
「ごふッ……!」
「ジェイドッ!」
「不用意に動くなよ不死身娘。そこの猫娘もな。こいつがまだ生きているのは、空より広い俺様の慈悲の心によるものよ。心臓を外したのはわざとだ。まぁ、致命傷であることには変わらんがな。こいつは間違いなく死ぬ。それが遅いか早いかの違いだが、しっかりとお別れくらいはしたいだろう?」
「うぅ……!」
「ククッ……さて、ジェイドよ。貴様が最も知りたがっている話をしようではないか。何故俺様が、貴様の4次元空間から脱出することが出来たのか、という話をな」
「ッ!」
「と言っても、これもまた俺様の秘中の秘でな。俺様以外でこれを知っているものはこの世におらん。あの世にはいるがな。まぁ、そうだな……貴様にだけは教えてやろう。どうせ死にゆく……貴様にだけは」
そう言うと、ドラグニスはジェイドの耳に口を寄せ、そっと口元を手で隠した。
そして、彼にしか聞こえない声で静かに囁いた。
「…………当……は…………力だ…………竜……ない……」
「な……ぁッ……!?」
見開かれたジェイドの目が、そのままその驚愕の大きさを表していた。
それは、通常の状態であれば、まず信じられないであろう与太話。
頭がおかしいと言われても、なんら否定出来ない程の馬鹿げた内容。
だが、それでも。
それでもジェイドは、その話を信じざるを得なかった。
それだけの力を見せつけられ、結果として今こうなっているのだから無理もなかった。
むしろ、本当にそうであるならば、己が敗れたことも必然であると、そう思ってしまうほどに。
「……ではなジェイドよ。あの世で誇るがいい。今の話を俺様から話した人間は……貴様が初めてだ」
「……」
もはやジェイドに、足掻く力も、その気すらも失せていた。
身体は脱力し、その顔には満足感さえ浮かんでいた。
そして、ドラグニスの重心が、微かに後ろへと移動した――――
「「「「「ッ!?」」」」」
その時、その場にいた全員が、同時にそれを察知した。
ドラグニスの後方に発生した巨大な空間の歪みと、そこから溢れ出す、強大な魔力の奔流を。




