第480話:三段
「第1陣ッ……!」
レイザードの大剣が、晴天の空へ向けて高々と掲げられる。
彼も、様々な事情は把握していた。
だが、今はそんなことなどどうでもよかった。
今はただ、目の前にいる己が仇敵に向け――――
「突撃ィィィィイッ!!」
その剣を、振り下ろした。
『オォォォオオオォォォォオォッ!!!』
「来たか……」
「はい。予想通り、先駆けは魔戦騎馬隊ですね」
怒号と地響きが鳴り響く中、2人は冷静にそれを見つめながら、敵戦力の分析に入った。
「次いでドルトス、ガルバリンの切り込み部隊。他は各国から少々、といったところですね。先発隊総数約1万……右翼が時間差で前進を開始しましたが、おそらく大した意味はありません。あの国旗は……ベルトラスですね。今回参加している国の中で、ヴァルツーから一番遠い国ですし、単純に足並みが揃っていないだけかと思われます。それから……遠距離魔法の部隊が後方に混じっていますね」
レヴィの眼に、隠し事は通じない。
これもまた、ここまで勝利を重ねられた重要な要素の一つであった。
「各国から出た少数の部隊がそれだろう。だとすると、多分後ろにまだいるな」
「波状攻撃……お好きですねレイザード様も」
「……今日で終わらせよう。全力でいく」
「承知いたしました」
ロードは戦場に立った時点で、既に彼らの思惑をある程度察知していた。
この1年で、彼らがどれだけの窮地に立たされているのかを。
そして、目に見えぬティタノマキアの焦りを。
6万という大軍をここで率いてきたのは、小出しにしたところで意味がなく、全力を持って今日決着をつけるという意思表示。
ただし、それは裏を返せば、もう後がないという恐怖感と、早く終わらせたいという願望が入り混じった、焦燥感が発端となった行動に他ならない。
故に、今まで隠していた全力をもって、ベンディゴとヴァルツーの戦を今日終わらせると決めたのだった。
強い決意を胸に、ロードは手帳を開きながら前へと歩き出す。
そして、彼はいつものように伝説の武具達の名を呼んだ。
「アイギス、グングニル……ガンバンテイン」
それぞれのページが光を放ち、名を呼ばれた彼女達がこの世界に顕現する。
1人は容姿に似合わぬ重装備と盾をその身に纏い、また1人はやはり少女の姿に似つかわしくない白い槍を携えて宙に浮き、そして最後の1人は、純白のドレスに身を包んだ、白銀の杖を握る絶世の美女であった。
「出たな……くッ!? また見たことのない……!」
何度も見たその光景。
ロード=アーヴァインが戦場に姿を見せれば、必ずその周りに複数の人間が突如として現れる。
現れるそれは毎回違うが、共通していることはただ一つ……その全員が、人智を超えた力を持つということ。
今回現れた3人も、レイザードにとっては初見の相手であった。
「だが、関係ないッ……これは、たとえ貴様であっても回避不可能よッ! 始めろォッ!!」
レイザードの号令に合わせ、魔戦騎馬隊、並びに各国の切り込み部隊数千騎が一気に加速する。
それと同時、背後にいた遠距離魔法の使い手が、一斉に彼へと向けて魔法を放つ。
更に、後方に控えた弩級隊2千が、己が魔力をその矢に叩き込み、晴天の空に矢の雨を降らせた。
近中遠の三段構え。
更に、物理と魔法を掛け合わせ、数の暴力まで加えた必殺の攻撃。
破られる筈がない。
誰しもがそう思った。
だが、それはまるで当たり前かのように――――
「"女神の絶対防御"ッ!」
突如現れた巨大な障壁によって、矢の雨が乾いた音を響かせながら全て弾かれていく。
「なぁッ……」
「"嵐を鎮めし無風の神域"ッ!」
激しい光とともに展開された光の結界が、全ての魔法をかき消し、その力を吸収していく。
「あっ……ああっ!?」
そして、その魔力全てが、宙に浮いた少女へと流れ込む。
刹那、彼女の槍が暴風を纏った。
「……"全てを見透す嵐の神槍"」
放たれた一投が、戦場を光の速さで駆け抜けていく。
誰にも追うことの出来ない軌跡を描き、望むものを、望むだけ、望んだように貫く伝説の槍は、第1陣に投入された全ての兵士達の武器と防具のみを全て破壊し、少女の元へと舞い戻ったのだった。
「あ……ぐ……」
レイナード自慢の大剣は根本から折れ、残された柄を握る右手が、彼の意思とは関係なくガタガタと震え出す。
そうして、鎧も何もかもを剥ぎ取られた彼は、肌着一枚で馬に跨ったまま、ただ呆然とすることしか出来なかった。
それは、周りにいた兵士達も同様であった。
無理もない。
何が起きたのかも分からないまま、武器と防具だけが一瞬で剥ぎ取られたのだ。
理解出来る筈もない。
当然、馬を走らせる手も止まり、彼らもまた指揮官と同じように震え出していた。
「あ……」
やがて、1人が気付いた。
次いで2人が、そして3人と、その場にいた全ての兵士達がだんだんと事を理解し始める。
ロード達は追撃もせず、戦場の中央に陣取り、ただ黙って彼らを見つめていた。
その魔銀の右手に、手帳を開いたまま。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、彼らは動けなかった。
その場にいる全員が、既に理解していたのだ。
仮に、この男が本気だったならば、自分達はもう死んでいると。
1万人を相手取り、誰1人傷つけることなく、正確に武器と防具のみを破壊する。
それはつまり、その逆も可能であったということに他ならない。
無論、彼がそうしないということは、この1年で嫌という程に彼らは理解していた。
だが、仮に彼らが優勢で、レアの軍勢としてベンディゴの街を蹂躙していたとしたら、果たして彼はそれを見逃してくれるのだろうか。
答えは否。
かといって、彼を殺せるかといえばそれも不可能。
つまり、彼らはもう……詰んでいるのだ。
「……無理だろこんなん」
誰かがポツリと、そう呟いた。
後方で待機していた、残る5万の兵士達。
彼らの中で、この1年間におけるロードの武勇を知らぬものは誰もいない。
彼は、ティーターン側では無敗の英雄として崇められる一方、レア側では人智の及ばぬ災害として、ただただ恐れられる存在であった。
また、昨今の世論は間違いなくティーターン側へと傾き、レア側は歪んだ蛮国とまで言わる始末。
もはやレア以外の国々は、何の為の戦いなのか分からなくなり始めていた。
故に、自ら望んでここに立っている者は、ほぼ皆無に等しい。
それでも、属国はレア本国から、そして彼ら兵士は国から命じられれば、それがどれだけ無意味な行動であるかを理解していたとしても、"仕方なく"戦場に向かうしかない。
ただ、今回は少し違った。
いくつもの国が参加する6万もの大軍勢。
さすがにそれだけいればなんとかなるかもしれないと、そう思った者も実際多かった。
結果はご覧の通り、どれだけ数がいようが意味などないことが判明しただけであった。
結局のところ、彼を抑えるためには、彼と同等の実力を持つものをぶつけるという、至極当然の方法をとるしかない。
しかし、そんな者は彼らの中にはいなかった。
可能性があるとすれば、それこそ……ティタノマキアの誰かが出てくるしかないだろう。




