第423話:焦
一方、スカークの合図で駆け出した2人は、シェリルの魔法によって人造魔石機兵の包囲網を潜り抜け、巨大な球状の空間の出口へと続く螺旋階段を駆け上がっていた。
「ッ! 始まった……!」
その時、階下から強大な魔力がぶつかり合うのを感じたシェリルが振り返ると、スカークとリナリアの戦いが今まさに始まったことを知る。
「はぁッ……はぁッ……!」
それと同時に、大量の汗を流しながら、肩で大きく息をするティアが目に映った。
「ティア大丈夫!?」
「さ、さすがにキツ……い……!」
ティアの背に、気絶しているアスナが重くのしかかる。
しかしそれは、ソフィアを背負っているシェリルも同様。
それは理解しているが――――
「うぅ……まだあんなにぃ……」
目指す場所はまだ遥か先。
視界の先に広がる、何百という長さの階段。
これは本来、人造魔石機兵達を移動させる為だけにあるもので、それ故に縦も横も大きく作られていた。
人の移動は、魔石によって上下に稼働する装置で行われているのだが、2人がその存在を知る由もない。
「魔法さえ……はぁッ……使えたら……!」
地下に風は吹かない。
頬を撫でるものがあっても、それは自然に生まれた風ではなく、故にティアの自然魔法では操れなかった。
「そうね……私の魔力も……」
最深部に至る道のり、加えて、先の戦闘で繰り返し魔法を使用していたシェリルの魔力は、もうほとんど残っていなかった。
彼女が持つ、非常に強力なその魔法。
元"無能"であるが故に、ロードやティア同様、並外れた魔力を持つ彼女であっても、使える時間はごく僅か。
その為彼女は、ごく短い時間に絞り、その魔法を使用していたのである。
「……とにかく、スカークさんの邪魔にならないように急ぎましょう!」
「そ、そうだね……泣き言いってらんな……シェ、シェリル前ッ!」
2人の視界に、入り口を警戒していた人造魔石機兵達が、続々と階段を下りてくる姿が映る。
「あ、あんなの相手にしてらんないよ!」
「私の魔法で切り抜けるしか……掴まってティア!」
「で、でも魔力は!?」
「あと何回かは使える! どちらにしろ……やるしかないわ!」
そう言いながら、シェリルは辺りを見回す。
赤い光を放つ魔石灯に彩られた巨大な空間は、まるで彼女達を急かすようにサイレンの音が鳴り響き、更に空間の中央を貫く巨大な円柱からは、続々と人造魔石機兵達が姿を現していた。
「くッ……」
途端に漂う、微かな血の匂い。
生命の危機を感じた彼女達の身体は、勝手に感覚を研ぎ澄まし、分かりたくもないそれを感じさせる。
更に、それに混じって――――
「うッ!? シェリル! 下からエミーナが近付いてる!」
「なッ……」
ティアの声に反応し、シェリルは階段の手すりから身を乗り出して下を見る。
そこには、彼女達へ向かって一直線に空を飛ぶエミーナの姿があった。
「もうやるしか……!」
このまま行けば、すぐに追いつかれるのは明白。
かといって、まともに戦って勝てる相手でもない。
故に、シェリルに残された選択は、もう一つしか残されていなかった。
「……ティア」
「な、なに?」
「私が倒れたら……この子をお願い」
「え……?」
限界を超えた魔法の行使。
かつてロードも行ったそれは、人体に様々な影響を与え、場合によっては……死に至る。
「や、やだよ! 何をしようとしてるかは知らないけど! そんなのやだ!」
「迷ってる暇はないのよ! あいつはすぐに……!」
「逃がしまぁ……せんッ!」
「くッ……!」
シェリルとティアを見下ろすように、自身の周囲にある空間を操り飛翔するエミーナは、そう言いながら2人に手をかざした。
「ティア!」
「ッ!」
直後、シェリルが差し出した手を、ティアはギュッと握り締める。
「もう遅……!」
「60……秒ッ!」
瞬間、4人が消える。
「あ、あり得なッ……転移じゃないの!?」
ここでエミーナは己の過ちに気付く。
これは彼女だけでなく、リナリアもまたそうであったが、2人はシェリルの魔法はコスモのそれと同系統のものだと考えていた。
そもそも、彼女達はコスモの魔法を"短距離の空間移動"だと解釈していたが、実際には違う。
彼の魔法は異空間を経由している訳ではなく、点と点の間に存在する距離を無に帰す程の速さで移動出来る、という魔法。
異空間を通ってもいなければ、転移している訳でもない。
異空間を生み出し、それに入るというタイムラグがないということに加え、現実空間を移動している分、コスモはその質量を保ったまま移動することで、爆発的な破壊力を得ていた。
そして、シェリルの魔法は、それとは全く別の力で移動している。
「転移出来ないように空間を閉ざした筈……!」
エミーナは、これまでに何度も同じ空間を操る魔法、すなわち転移の力を持つ魔法使いと対峙していた。
故に、その対処法も熟知している。
つまり、どこに移動するのか分からないのならば、単純に空間を飛べなくすればよい。
術者の周囲の空間を操作し、異空間に入ることを封じる。
これが、一番の対処法であった。
その上で動きを封じ、空間ごと対象を捻り潰す。
だが、見誤った。
シェリルの力を。
「ッ! もうあんなに遠くッ!?」
既にシェリル達は階段を上り切り、出口へ向けて走っていた。
数十台の人造魔石機兵をすり抜けて。
「転移じゃない! だったらあの魔法はなんな……あ……」
ここでエミーナは気付く。
シェリルが消える前、必ず口にしていた言葉で。
「秒とか……まさか……嘘でしょ!? そんな魔法……聞いたことない!」
空を飛びながらエミーナは叫ぶ。
あり得ないと。
だが、それこそが真実。
「まさかあの子……時間をッ!?」
そう。
彼女の魔法は"時加速魔法"。
触れた対象の時を、一時的に加速させる魔法である。
今回使用した時は"60秒"。
その間、彼女達以外の時は、まるで止まっているかのように緩やかに進む。
だが、本来は数秒が限度のその力。
故に――――
「がふッ……!」
「シェリルッ!」
出口まであと僅か。
その手前で、シェリルの口から血が溢れ出した。
「シェリル! シェリルゥッ!」
崩れ落ちた彼女に、慌ててティアが駆け寄る。
シェリルは血を吐きながら、差し伸べられたティアの手を掴むと、それをソフィアの方へと向けた。
「シェリッ……」
「げぼッ……い……行ってッ……! ここは私ッ……げほッ……うッ……わ、私が守るッ……から!」
「い、いやだ! いやだよぉ!」
「早くッ……無駄に……しないでぇ!」
「やだッ!」
「ティ……ア……!」
「うぅッー!」
強引にシェリルの身体を持ち上げ、ティアは3人を引きずるように歩き出す。
「あうッ!?」
しかし、彼女にそれを支える腕力はない。
すぐにバランスを崩し、4人は並んで床に倒れ込んだ。
「む、無理よティア……だから早くッ……!」
「絶対いや! ここでシェリルを見捨てるくらいなら! 最初から私……あなたを追ったりしてない!」
「ティ、ティア……」
ティアは立ち上がり、アスナを背負い、ソフィアとシェリルの脇に手を入れ、一歩ずつ歩き出す。
「やっと……やっと友達になれたんだよ!? これからカレンも一緒に4人で……待ってるんだよ! たくさんッ! 楽しいことが!」
一歩一歩、歩く度に彼女は叫ぶ。
「今までの分! 辛かった日の分! 苦しッ……ひっく……か、悲しんだ分! こんなところで終われないじゃんッ……まだ! 始まったばっかりなんだよ!?」
背後から近付く気配に、ティアは必死に足を出す。
追いつかれないように、楽しい日々を消されないように。
「わ、私はロードさんのおかげでッ……世界が変わった! だから今度は私の番なの! もっと……まだまだ楽しもうよ! 人生を!」
「ティアぁ……ひっく……うぅ……」
「だから! こんなとこで諦めッ……きゃあ!?」
「あうっ!?」
確かに見えていた、すぐそこにあった未来への入り口。
それが、凄まじい衝撃とともに閉ざされる。
いきなり現れた、巨大な影によって。
「お、大型ッ!? なんでこんな早く……!」
先程まで下にいた筈の大型人造魔石機兵は、一瞬にしてそこに移動していた。
立ちはだかった脅威はあまりにも大きく、彼女達の脳裏に"絶望"の二文字が浮かび上がる。
更に――――
「あとちょっとだったのに……残念でしたねぇ」
「ううッ……!」
背後に立つエミーナが、彼女達に更なる絶望感をもたらしていた。
もはや進むことも、戻ることも叶わない。
「その子はちょっと問題児なんで、あんまり使いたくなかったんですけどね。それにしても、まさか時間を操る魔法とは……驚きましたよ」
「ッ!」
「でも、その様子だと……もう使えないみたいですねぇ。その子を動かすまでもなかったかなぁ? ……まぁいいです。私がやってもいいんですけどぉ、殴らせた方が楽ですし。じゃ、おやすみなさい。あなた方が素晴らしい素材になることを……期待しますよ」
エミーナの持つ魔石が光る。
瞬間、大型の赤い瞳が4人へ向いた。
「ごめんッ……!」
「ッ! ティアッ!?」
3人を庇うように、ティアは前へと走った。
魔法は使えない。
打ち倒す力もない。
それでも、彼女は前に出た。
そうせずにはいられなかったから。
少しでも時間を稼ぐことで、何かが変わればと思って。
それとは別に、もう死んでもいいと思った。
仲間の為ならば。
ただ、一つ心残りだったのは――――
「ロードさんッ……!」
大型の巨拳が迫る刹那、彼女の脳裏に彼の姿が映る。
優しく笑う……大好きな彼の笑顔が。
「もう一度……会いたかったなぁ……」
「ティアァァァァア! やめてぇぇぇえッ!」
シェリルの悲痛な叫びがこだまする。
しかし、無情の拳は止まらない。
その直後、轟音が鳴り響いた。
「…………え?」
頭上で鳴り響いたそれ。
痛みはなかった。
いや、むしろ温かい何かに、彼女は包まれていた。
「……遅くなって、ごめん」
恐怖に閉じられた瞳が、その優しい声で再び開かれる。
「うそ……あ……ああっ……!」
そこに、待ち焦がれ、恋い焦がれた人がいた。
「ロードさ……ロードさぁん!」
「大丈夫……あとは任せろ」
大型の巨拳を、魔銀の義手で受け止めたその男は、そう言って優しく笑った。
これが年内最後の投稿となります。
みなさま、本年もご愛読ありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。
それではよいお年をお迎えください(´∀`)ノシ




