第413話:拒絶
「ふぁ……ほぅお……」
ガンナルの膝が落ちる。
体内の爆発により、身体は瞬時に超高温へと達し、人間の活動限界を優に超えた。
朦朧とする意識の中、それでも彼は剣を振り上げる。
そして、何もない空間を斬った後、前のめりに崩れて伏した。
「……ちッ」
それを見届け、バイザーは前へと進み出す。
「俺も甘くなっ……ぐッ!」
地に伏したガンナルが闇に飲まれたのを契機に、バイザーはその場に崩れ落ち、胸を押さえてうずくまる。
彼に、爆発によるダメージはない。
ただ、体内で爆発を起こしたことにより生まれた熱は別。
先程使用した陽炎は、追い込まれた際に使用する奥の手であった。
「ぐッ……」
圧勝に見えたそれは、薄皮一枚で勝ち取ったもの。
熱が下がるまで、彼はしばらく動けない。
「……まぁ、あいつらなら大丈夫だろう。ちょいと休ませてもらうぜ」
壁に寄りかかり、バイザーは静かに目を閉じた。
発熱した身体は重く、呼吸する度に痛みが走る。
しかし、彼は何故か、いつになく心地よい気分だった。
だが――――
「ッ!? なんだ……この気配はッ……」
束の間の安らぎを、歪な魔力が制した。
彼が進む先。
その闇に、赤い光が三つ瞬く。
そして、それは先に勝利した……レヴィの前にも。
―――――――――――――――――――――
柱が立ち並ぶ広い空間に、凄まじい衝突音が響いていた。
それは絶えず起こり続け、3人は後方を確認しながら、ただ前へとひた走る。
「はぁッ……はぁッ……!」
「お、おいッ! ブランスさんよぉッ! なんなんだよあいつはぁッ!?」
「し、知るかッ! 力がつえぇってのは聞いてたがッ……!」
柱を縫うように走る彼らを、無言のまま、柱を粉砕しながら直進する1人の男。
筋骨隆々なその身体は、何度巨大な柱に激突しようが、血の一滴も流れていなかった。
「攻撃が効かねぇなんて……聞いてねぇぞッ!」
親衛隊副隊長、"沈黙"のボッグス。
純粋な戦闘力において、シュメール軍最強の男である。
「どわぁッ!? や、やべぇって! あいつの方が速い!」
段々と近付いてくる瓦礫の破片と衝突音に、カレンは全力で走りながら声を張り上げる。
ブランスは後方にちらりと目をやり、目を細めてやはり舌を鳴らす。
「ここまでとはなッ……世界は広いぜちくしょうがッ!」
邂逅した当初、何を語りかけても一切反応しないボッグスに業を煮やしたブランスは、剣を抜き、その丸太のように太い足に斬りかかった。
動けなくし、先に進もうと考えたのである。
だが、その行為は高い金属音を鳴り響かせるだけで、刃は皮膚すら断てない。
何度繰り返しても結果は変わらず、ボッグスはその間、やはり無言のまま……微動だにもしなかった。
動かない相手に対し勇気魔法は発動せず、3人は無力化を諦め、その傍を素通りすることを決める。
そうして横を通り過ぎようとした刹那、その豪腕が、容赦なく振り下ろされたのだった。
間一髪でそれを回避した3人はそのまま駆け出し、今に至るという訳である。
「くっそッ! にしても……広過ぎだろここ!」
走れども走れども、闇は深く、先は全く見えなかった。
ただ金属質の柱が見渡す限り立ち並び、その柱についた微かな魔石の照明に照らされ、地面は青銅のような鈍い光を放つ。
走りながら振り返ったシェリルは、間近に迫った破壊の権化を鋭い視線で見つめた後、意を決して口を開いた。
「ブランスさんッ! ここは私のッ……!」
「駄目だッ! てめぇらはッ……先に行けッ!」
「ブランスさんッ!?」
「おまッ……!」
「このままじゃ追いつかれるッ! 奴は……俺が止めるッ!」
「で、でもッ!」
「ティアとアスナが待ってんだろ!? つか、てめぇらに心配される程ッ……!」
ブランスのつま先が、猛進するボッグスへと向く。
抜いた剣を両手で握り、ブランスは大地を蹴った。
瞬間、まばゆい光が辺りに広がり――――
「俺は……弱くねぇえッ!!」
「ッ!」
直後、広い空間に、鋼と鋼が衝突する轟音が鳴り響いていた。
振り下ろされた金色の刃を、ボッグスは両手で受け止めたものの、その膂力に足が止まる。
更に、刃が少しずつ食い込み、そこから赤い血が微かに流れ始めていた。
「す、すげぇ……!」
「こ、これが、勇気魔法……」
勇気魔法が、仲間を守る為に死地を選んだ彼へ力を与えていた。
光は更に力を増し、勇気ある者を後押しする。
「ぬがぁあぁあああぁあッ!」
「ッ!!」
剣は振り抜かれ、ボッグスの巨体が吹き飛ばされる。
重音を響かせて着地した彼は、やはり無言のまま、己の前腕から流れる血を眺めていた。
「早く行け……こいつは、死んでも通さねぇッ!」
「ッ!」
金色に輝く背中に、もはやかける言葉はなかった。
「……行きましょう。カレン」
「あ、ああ! おい! ブランスさんよおッ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
そうして、走り去る2人の足音を背中で聞きながら、ブランスはニヤリと笑った。
「ハッ! 誰に言ってやがる。さぁて……」
ボッグスが足を前に出す。
ブランスもまた、剣を片手に歩き出した。
「怪物退治と……いこうじゃねぇかッ!」
直後、再び轟音が鳴り響いた。
―――――――――――――――――――――
「す、凄ぇ音が……」
後方の闇から聞こえてくる戦闘音に、カレンは思わず振り返り、心配そうにそう呟いた。
「ブランスさんはきっと大丈夫……私達は前へ」
「……そうだな。急ごうぜ!」
「ええ! この先に2人が……ッ!?」
「お、おい……なんかいるぞ!?」
シェリルが最初に察知し、次いでカレンもそれに気付く。
赤い、三つの光。
そして、そこから漂う……なんとも言い難い歪な魔力に。
「ひ、人……か……?」
「分からない……でも、人にしては……!」
"あまりにも、気持ち悪い"。
それが、2人が同時に抱いた感情だった。
「ッ! な、なんだよこいつらッ!?」
そうして、足を止めて前を見つめる2人の前に、三体の人造魔石機兵が姿を現したのだった。
「魔物……いえ、これはまさか……ゴーレム?」
「ゴ、ゴーレムって……ダンジョンとかにいるやつか!?」
「ええ……でも、こんな姿のは聞いたことが……!」
七影は皆、高い自負心を持っていた。
自身が敗れるなどとは微塵も思っておらず、当然今回もそうなるだろうと思った上で行動している。
リナリアに人造魔石機兵を使えと命じられても、その思いは変わらず、彼らのほとんどは、それらを戦闘には使わなかった。
ただ、彼らは同時に、王に対する高い忠誠心を持っていた。
万が一、いや……億が一自身が破れた場合、王の身に大きな危険が迫る。
だから彼らは、人造魔石機兵を自身の後ろに置いたのだ。
「こ、こいつら……やばくねぇか!?」
カレンは直感的に、前を塞ぐ人造魔石機兵達の戦闘力を感じ取っていた。
当然ながら人造魔石機兵は、全てが同じ戦闘力を持っている訳ではない。
中に入る人により、その力は変動する。
つまるところ――――
『オオオォッ!』
「なッ!?」
咆哮を上げた鋼鉄の騎士から、巨大な火球が放たれた。
そう、人造魔石機兵は、中に入った人間が持つ魔法を……使用出来る。
「くッ!」
2人は咄嗟に左右に分かれそれを回避。
そして、焦げた地面に目を落とし、肩を震わせていた。
「ま、魔法……を……」
「おいおいおい……冗談だろ……?」
2人はこれまでの経緯から、その事実を察してしまう。
鋼の鎧の中に……人がいると。
「カ、カレンッ! これッ……な、中に……!」
「それ以上言うなッ! ……こいつらの相手は、あたいがする」
「ちょっ……何言って……!」
「ブランスさんがあんたに魔法を使わせなかったのは、あんたの魔法が一番救出に向いてるからだろ!? で、あんたの魔法はまだ燃費が悪い! だから! ここぞという時に使えってことだ! 今じゃない! 今はまだ……あたいがなんとか出来るッ!」
「でもッ!」
「ティアとアスナが待ってる! あんたなら救える!」
「カレン……!」
「なんとかする……してみせるッ! あたいが合図したらッ……!」
長い黒髪をなびかせ、カレンは一気に人造魔石機兵達との距離を詰めた。
それに反応し、人造魔石機兵達が即座に武器を振り下ろす。
ハルバード、斧、大剣……カレンは直角に右へと跳んでそれらを回避すると、一番右にいた人造魔石機兵の脇腹に触れた。
「シェリル行けぇッ!」
「ッ!」
シェリルが走り出す。
目にいっぱいの涙をためて。
それが見えたかは定かではないが、カレンは少しだけ口元を緩めた後――――
「ふっ……飛びなぁッ!」
鬼の形相で、そう叫んだ。
『『『ッ!?』』』
見えない何かに弾かれ、カレンが触れた人造魔石機兵が宙を舞う。
更に、それに巻き込まれる形で、残り二体も吹き飛ばされていた。
「……よし」
シェリルの姿が見えなくなり、カレンはそう呟いた後、深く息を吐いた。
『ギギッ……!』
「はん! 表情は見えねーけど、びっくりしてんのはなんとなく分かるぜ。つか、出来ればあんたらとはやりたくねーんだけど……」
『ガァァァアッ!』
三体の人造魔石機兵が、カレンへ向けて走り出す。
彼女はそれを、悲しげな表情で見つめていた。
そんな彼女に対し、一切の感情もなく、人造魔石機兵達の凶刃が振り下ろされる。
だが――――
『『『ッ!?』』』
「本当は……避けるまでもねーんだ。あの位置に、行きたかっただけなんだよ」
刃は、触れる前に弾かれていた。
「……あたいの魔法は"拒絶魔法"。全てを弾く、怒りの魔法だッ!」




