第408話:定規
遡ること十数分前――――
「さぁて、一応駆け足で下りないとねぇ」
巨大な穴に沿って続く螺旋階段を前に、王はどこか嬉しそうに口を開いた。
己の身に危険が迫っていることは、当然彼も理解している。
それでも彼は、今の状況を楽しんでいた。
それが何故なのかは、正直なところ王自身にも分からない。
死と隣り合わせにいるという危機的状況。
そこから生まれるある種の高揚感からなのか、はたまた新たな素材が手に入るかもしれないという喜びからなのか、それとも……別の何かなのかは。
「……陛下、今はエミーナがおりますので」
そんな王の心情をある程度察し、リナリアは落ち着いた声でそう進言した。
「あ、そうだね! んじゃ早速……あ!」
「ど、どうかされましたか?」
「いやー! 今の今まで忘れてたよ! ほら! 昨日会った女の子達!」
「え? あ、ああ……あの素材のことですか?」
リナリアの視線が、斜め下へと向けられる。
ティアとアスナが閉じ込められている……檻の方へ。
「そうそう! 今日やるって話だったじゃない? ちょうどいいからさぁ……一緒に連れて行こうよ」
「え……あ、いや、しかし陛下、今の状況でそれは……」
「え? 別に関係なくない? ここがバレることはまずないし、仮に来たとしても君らがいるじゃん? まぁ、仮に駄目だった場合……彼女を組み込んだ大型で処理すればいい。違う?」
「……かしこまりました」
こうなった王に、反論するだけ無駄である。
リナリアは、これまでの経験からそれを理解していた。
「はい決まり! 行くよー」
まるでおもちゃを買いに行く子供のように、王の足取りは軽く、また嬉々としていた。
狂気的な王の言動。
大多数の人間は、それに不快感を覚え、距離を取ろうとするだろう。
それでも、七影の忠誠心は揺るがない。
何故なら、彼らはかつて、虐げられていた者達であったから。
その容姿で、その気性で、またはジェンダーや異端な魔法、歪んだ性癖など……彼らは様々な理由により、社会から孤立していた。
人は、自分の中にある定規で他人を測る。
その定規を形成するのは、所謂社会一般にある常識、または道徳や倫理である。
その平均値を人は求め、それを超えた者を差別する。
本能的な淘汰。
無意識の迫害。
微かな罪悪感を覚えつつも、多くの人は仕方がないと切り捨てる。
常識や道徳、倫理など、環境によっていくらでも変わるというのに。
だが、王の定規は違った。
その大きく歪んだ定規は、平均値など最初から求めない。
彼の定規は、社会一般から逸脱した感性や、我を通す強靭な精神力、または圧倒的な戦闘力など、それら特別なものを測る為にあった。
彼らはそれに沿っていた。
だからこそ見出され、王のそばに立つことを許されたのだ。
そして、それが彼ら7人の免罪符となった。
社会は彼らを再認識し、自分の定規で測ることをやめる。
王が認めたのだ。
故に、己が否定してはならないと。
「陛下、お足元に注意を……」
「はいはい」
だからこそ、彼らは王についていく。
その先に、何があろうとも。
「……やぁ」
やがて辿り着いた檻の中で、2人の少女が肩を合わせて座っていた。
「お待たせしたね。じゃ、行こうか」
鍵を開け、リナリアとボッグスが中へと入る。
2人の少女は、それを無言のままに睨みつけていた。
「……無駄な抵抗はしないように。意味のないことは嫌いなので」
リナリアは牽制するように、彼女達へそう告げる。
結局、ティアとアスナは牢から脱出することが出来なかった。
檻は予想以上に堅固で、ティアの魔法ではどうすることも出来なかったのだ。
しかし、魔力を抑制する枷は、アスナのスキルにより外れている。
よって、反抗は可能。
ただ、今は条件が悪い。
そう考えた2人は、抵抗せずにボッグスへ担がれることを選択したのだった。
「「……!」」
担がれて檻の外に出た2人の目に、自分達と同じように拘束され、怯えた表情を浮かべる少女の姿が映った。
昨日の会話の中には無かった要素。
アスナは咄嗟に、自分達と同じように捕らえられ、檻に入れられていた者だと考えたが、すぐにそれを否定した。
それにはいくつかの理由があった。
まず第一に、昨晩から明朝にかけ、あれだけ呼びかけたのにも拘わらず、一切の反応がなかったこと。
第二に、王達は間違いなく上から下りてきており、その足音が真っ直ぐこちらに向かっていたこと。
それはつまり、彼女はもともとここにおらず、どこかから直接連れらてきたことを意味していた。
加えて、昨日より護衛が増えている。
しかも、その全員がただ者ではない。
"ひょっとすると、何か不測の事態が起きたのかもしれない"……と、アスナはそう考えた。
「よし、それじゃエミーナ君……よろしく」
「はい陛下。かしこまり……ッ!」
その時、エミーナの視線が上へと移る。
そして、その目が鋭さを増した。
「……エミーナ」
「はい隊長……侵入者です。念の為に敷いておいた入り口の空間の歪みに……何者かが触れました」
「ちッ……やはりただ者ではなかったか。エミーナ、とにかく最深部へ。対応はそれから考える」
「了解」
直後、辺りにまばゆい光が広がり、それが王達を覆い尽くす。
あまりの眩しさに、ティアとアスナは思わず目をつぶった。
やがて光を感じなくなった頃に目を開けると、そこには――――
「何……これ……」
見渡す限り立ち並ぶ、鎧を着た何かがあった。
「んっふっふっ……これは人造魔石機兵」
「人造魔石機兵……?」
「そう。シュメールが生み出した……世界を平和に導く兵器だよ。君らはその核となるのさ。これは光栄なことなんだよ?」
「な、何を言って……!?」
「陛下……」
「分かってるって。ただ、僕は約束を破るのが嫌いでね……知ってるでしょ?」
「……かしこまりました。では、私が陛下のお側に付きます。あとは、よろしいですね?」
「いいよそれで」
「はっ……ボッグス、ダンディ、そいつらを下ろせ。あとは私が運ぶ」
「りょーかい」
「……」
ティア、アスナ、ソフィアの3人が地面に下ろされ、リナリアは彼女達を見下ろしたあと、深く息を吸って前を向いた。
「いいかお前達! これより人造魔石機兵を起動、この地下空間全域に解き放つ! 各自迎撃地点は理解しているな!?」
「問題ありません」
「大丈夫よん」
「おっけでーす」
「……敵は恐らく、我らに匹敵する力を有している。全力で対処しろ。そして、お前達の敗北一つが、陛下のお命に直接関わることを……決して忘れるな」
「分かってるぜ隊長……!」
「必ず殲滅します」
「よし……散れッ!」
リナリアの命を受け、6人は一斉にその場を離れた。
彼らの姿が見えなくなるや否や、彼女は通信魔石を取り出し、魔力を込めながら口へと運んだ。
「……私だ。地下に侵入者が入った。これより人造魔石機兵を起動、敵を殲滅する。ん、ああ……当然陛下は承諾済みだ。速やかに実行しろ」
「んー……楽しくなってきたねぇ。あ、リナリアちゃん?」
「……分かっております陛下。あー、聞こえるか? 因みにだが、昨日の件はまだ生きている。これより陛下とともに工房へ行く。準備を……そうだ。大型だ。使用する可能性もある。しっかり準備しておけ。よいな? ……うむ。では、これよりすぐに向かう…………よし。陛下、参りましょう」
「はいはい。っていうか、3人担げる?」
「あそこにある作業用の人造魔石機兵を使います。あれなら攻撃回路が組み込まれておりませんので、こちらに危害が加わることはありません」
「なるほどね。それじゃ、道中はソフィアちゃんの話でも聞かせてもらおっかな?」
「……ッ!」
「さっきさぁ、お父さんとお母さんを探しに来たって……そう言ってたよねぇ?」
「あ……それ……は……その……」
ソフィアは、今までに感じたことのない恐怖に怯えていた。
シュメールに生きる彼女にとって、ロバート王は国を発展させた英雄であり、当然尊敬の念を持っていた。
しかし、今は王の表情も、声も、その言葉も、全てが恐怖の対象と化していた。
「ひょっとしてさぁ、ソフィアちゃんのお父さんって……冒険者だったりする?」
「……え?」
ソフィアの顔から血の気が引いていた。
唇は乾き切り、反面瞳が涙に濡れる。
「んっふっふっ! でさ、お母さんは元冒険者……違う?」
「なんッ……!」
「やっぱりぃ? だと思ったんだよねー! よく似てるからさ! うんうん! ねぇリナリア君、ソフィアちゃんのフルネームって確かさぁ……」
「お待ちを……よし、動きましたね。はい陛下。その者の名はソフィア=ヴィーター……被験体になったグロッグ=ヴィーターとナタリー=ヴィーターの娘に……間違いありません」




