第221話:父親
「いつまで逃げ回る気だコラァッ!!」
猛る灼熱の炎が周囲を焼き尽くし、その熱が空を飛び回る翼爪竜種の長ヴィーヴルに迫る。
『ちぃッ……なんて奴だ……! 本当に人間かアレは!』
全ての攻撃は灼熱の盾に防がれ、炎に強い耐性を持つドラゴンの竜鱗すら容易に溶かしてしまう灼熱の魔力弾が絶え間なくヴィーヴルを襲う。
町は炎で赤く染まり、その中心でルッカルルカ=ルルルルカは吼えていた。
「テメェ……散々好き勝手にやっといてビビってんじゃねぇぞコラァッ! 死ぬ覚悟もねぇんなら、その無駄にでけぇ尻尾巻いて失せやがれッ!!」
『言わせておけば……図に乗るなよガキが……!』
「またガキって言いやがったな……! どいつもこいつも見た目で判断しやがって……私は私だこの野郎がぁぁぁあッ!!」
彼女から発せられる灼熱の魔力が辺りを覆い尽くし、ギリシアの町が更に熱を帯びていく。
『あれだけ暴れてまだこれ程の魔力を……!』
ルカの怒りは遂に頂点へと至り、殺意を存分に込めた凄まじい眼光をヴィーヴルへと向けていた。
それは自分を"ガキ"呼ばわりしたヴィーヴルに対する怒りだけではなく、自分の本性を知り、逃げていった過去の男達に対する怒りも含まれているらしく――――
「どいつもこいつも……! おしとやかだぁ!? 清純だぁ!? 乙女の振る舞いだぁ!? 知ったことかクソ野郎ッ!! これが私だッ! こう育ったッ! そう生きてきたッ! それの何が悪いッッ!!」
『な、何を言って……』
「テメェの願望と妄想を私に押し付けるなッ!! 全部まとめて愛しやがれクソッタレ! なーにが"君と僕とでは世界が違うみたいだね……すいませんでした勘弁してください"だッ!! 情けねぇ……情けねぇ男しかこの世にはいねぇのかッッ!!」
文字通り火がついた"爆怒の妖精"はもう止まらない。
普段は隠している怒りが過去の怒りを呼び覚まし、灼熱の炎が心を焦がして尚暴れ回る。
水色の短い髪は逆立ち、幼いながらも整った顔は激しい怒りによって歪んでいた。
「親父ぃ……やっぱ私はッ……!」
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ルッカルルカ=ルルルルカはケルト国境の町ガリアで、冒険者である父と酒場の看板娘だった母の間に生まれる。
両親の仲はよく、ルカも両親に愛され、彼女達家族は幸せな生活を送っていた。
しかし、その幸せも長くは続かない。
彼女が5歳になる年、母親が流行り病に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまう。
父親はひどく悲しみ、自分も後を追うことすら考える程であったが、幼い彼女を頼むと言った母親の為、そして愛する我が子の為、彼は男手一つでルカを必死に育てた。
不憫に思った周囲の協力もあり、ルカは元気で可憐
な……いや、確かに可憐ではあったが、元気過ぎる激しい気性の問題児へと成長してしまう。
彼女の父親は非常に照れ屋で、それを隠す為か口があまりよろしくない。
しかし、周りの人間達はそれを理解しており、文句を言いながらも危険な依頼に進んで挑む彼のことを尊敬し、そして感謝していた。
それについては問題なかったのだが、ルカはそんな父親の口調をそっくりそのまま受け継いでしまう。
更に、この時は誰も知る由もないが、霊峰クフーでロード達と行動を共にした際、レヴィが"鑑定"した彼女のスキルは"超胆力"。
それは、何事にも一切臆さず、とにかく気が強くなるという力。
それがまずかった。
父親の口調の悪さは照れからくるもので、彼はそれを行動で正当化し、周りもそれを理解している。
しかし、ルカの場合は違った。
最初は父親同様照れていると思われていた彼女だったが、その口調通りの思考と行動により、段々と周囲から孤立し始める。
それはもちろんスキルの所為でもあったのだが、彼女は父親の本心を読める程大人ではなく、父親の表面のみを見て育ってしまったからだった。
当然父親はそれを諭そうと彼女と何度も話す機会を設ける。
しかし、実の娘に対しても出てしまう照れ隠しの荒い口調や、片親にしてしまったという引け目が邪魔をし、仲のよかった親子は……いつしか激しい喧嘩を繰り返すことしか出来なくなっていった。
そんなルカも15歳となり、ケルトの神殿で魔法を授かると、彼女の素行の悪さが更に加速する。
元々の魔力量の高さに加え、授かった"灼熱魔法"が凄まじい力であったこともあり、彼女はどんどんと力に溺れていった。
その力を試す為、冒険者登録もせずに魔物やドラゴンを狩り回り、その力に寄ってきた町の爪弾き達を従え、結果彼女は若干15歳にして町の裏を仕切るボスにまでなってしまう。
そうして彼女は激情を抑えることなく、ただひたすら欲望の赴くままに暴れ続けた。
その裏で、必死になって動いていた人のことなど知る由もなく。
そんなある日のこと。
この頃になるとルカは殆ど家へは帰らず、仲間が集まる溜まり場で毎日を過ごしていた。
悪さをして得た金で生活にも困らなかったし、家に帰っても父親と喧嘩になるだけであったから、それが嫌だったのもあるのだろう。
だが、その日は何故か家へと足が向いた。
気まぐれといえばそれまでだが、なんとなく帰りたくなったのだ。
彼女は別に父親が嫌いだった訳ではない。
むしろ、一番自分を認めて欲しい人は父親であった。
だが、認めて欲しいのはあくまで本来の自分であり、それは恐らく、父親が望む理想の娘とはかけ離れたものだと彼女は考えていた。
だから、話をしても無駄だと。
そんなことを考えながら家の前に着いたルカだったが、中々扉に手を掛けられない。
暫くそうして迷っていたが、"やっぱり帰るのはよそう"と頭をボリボリかきながら彼女が扉に背を向けたその時、中から何かが倒れる激しい音が聞こえてきた。
先程までの逡巡など忘れ、慌てて彼女が扉を開けると、そこには床に倒れる父親の姿が――――
「お、親父ッ!」
急いで駆け寄り父親を抱き起こした瞬間、ルカは驚愕する。
父親が……あり得ない程に軽かったから。
「な……なん……!」
彼女が見た父親の最後の姿は、昔から変わらずガタイがよく、誰からも頼られる強い冒険者。
しかし、今その手の中にいる父親はひどく小さく、弱々しい呼吸を繰り返すその姿は、まるで別人のようであった。
「ぬ……ぐ……」
「はっ……! お、親父!」
「あ……? こ、この馬鹿娘……こんな時だけ帰ってきやがって……!」
「な、なんで……何があったんだよ!」
「なんでもねぇ……さっさと失せろ。ちょいと目眩が……ぐッ……!?」
「親父ッ! ど、どうしたら……とにかく人を呼んでくる!」
「お、おい……待て馬鹿娘がッ……!」
彼の制止も聞かず、ルカは近所で唯一親交があった定食屋の主人であるリンダの下へと走る。
その後、リンダが呼んだ衛兵達によって父親は病院へと運ばれた。
「栄養失調……?」
「ああ。殆ど何も食べていなかったんだろう。数日遅れたら危なかったが、今は落ち着いてるよ」
「な、なんでそんな……食うぐらいの金は……」
「それは私には分からないが、暫くは絶対安静だな。では、私はこれで」
「あ、ああ……」
医者が去った後も、ルカはその場から動けなかった。
拳を握り締め、何故父親があんな風になってしまったのかを考え続ける。
しかし、答えは見つからなかった。
「……親父さんには止められてるんだけどね。今のあんたなら話してやってもいいかな」
「え……?」
そんな彼女の様子を見たリンダは、ため息混じりにそれを語り始めた。
ルカの父親が、どうしてこうなったのかを。
「あんたが色々悪さをしてんのはみんな知ってる。チンピラ同士の抗争とか窃盗……まぁ、無関係の人に怪我させたりはしてないみたいだけど、それでもやっちゃいけないことには違いない。で、あんた今まで衛兵に追われたことあったかい?」
「いや……ない……」
「あんたひょっとしてさ、自分にビビって追ってこないって勘違いしてないかい?」
「あ……」
「はぁ……この際だから言うけど、あんたより強い人間はごまんといる。この町にはいなくても、世界は広いんだよ? 町が優秀な冒険者を雇ったら……あんたどうなるかね?」
「う……」
「まぁ、確かにあんたは強い。そんじょそこらの冒険者じゃ歯が立たないだろうね。だから親父さんは二つの意味で怖かったんじゃないかな。あんたが優秀な冒険者に捕まってしまうのも、あんたが半端な冒険者を……誤って殺してしまうのも」
「親父……」
「親父さんはあんたの尻拭いをしてたんだよ。被害に遭った店に謝りにいって弁償してさ。領主様にも頭を下げてたみたいだね。自分が必ずなんとかするからって……あんたの親父さんは、今までこの町に沢山貢献してきた。みんなそれを知ってるから、あんたを今まで見逃してきた訳だ」
「そう……だったのかよ……」
「で、あんたこのままでいいのかい?」
「……」
「あんたを必死に守ってきた親父さんは倒れた。あんたを愛し、あんたに嫌われても必死に守ってくれていた親父さんが……倒れたんだよ! いい加減目を覚ましなッ! あんたは強い力を持ってる……その意味を理解しろ馬鹿娘ッ!」
「……ッ!」
「今夜は親父さんの側にいてやんな。償いにはならないけど、その始まりにはなるだろうさ」
「……うん」
「いいかい? 親父さんとちゃんと話しな。親父さんはあんたを分かってる。だから、今度はあんたが親父さんを知る努力をしな。じゃ、私は帰るね。今度は2人で飯を食いにきなよ。そうしたら……好きなだけ食っていいからさ」
「ありがとう……おかみさん……」
「ん……またね」
リンダが去った後、ルカは父親が眠る病室へと入った。
明るい部屋で改めて見る父親の顔はげっそりとやせ細り、強くて立派だった昔の面影は全くない。
それを見ているだけで、自分がどれ程心配と迷惑をかけていたのかを思い知らされる。
「親父……」
「……なんだ」
「うおッ!? お、起きてたのかよ……!」
「ふん……この程度で騒ぎやがって……礼は言わねぇぞ」
いつものルカならここでキレていただろう。
だが、最早自分にキレる権利などないことを彼女は理解していた。
そんなことよりも、父親とちゃんと話しがしたいと強く思った彼女は、ベッドの近くにあった椅子に無言で腰掛ける。
「……なんだ? まだ何か用か?」
「………………ごめん」
「あ? 何がだ」
「いや、その……おかみさんに聞いた……」
「ッ!? ちッ……あの野郎……!」
「お、おかみさんを怒らないでくれよ! 私が無理やり聞いたんだ!」
「……はぁ……クソッ……」
「だから……その……」
「ガキが親に謝んじゃねぇ。それに、これは俺が勝手にやってることだ。テメェは好きに生きやがれ」
「いや……」
「ふん、出来ねぇか? 今まで出来てたのになぁ?」
そう言って笑う父親に、ルカは何も言えなかった。
もう、全てを知ってしまったから。
「……なぁ馬鹿娘よ。世界はテメェ基準で回ってんじゃねぇんだ。人として生まれた以上、必ず他人の世界に入り込んじまう。見えているもんが全てじゃねぇ……見えねぇもんを感じ取り、そして理解する。そうしなけりゃ駄目なんだよ。で、俺は駄目だった。だから、お前がこうなっちまったのは俺の所為なんだ。母さんが死んじまってからもう10年経つ。今更ながらに理解したよ。俺は男だが……母さんにもならなきゃいけなかった。働くことで生き方を見せていたつもりが、テメェには結局…………悪かったな」
「……ッ!」
初めて聞く父親の謝罪の言葉。
そして、やはり初めて聞く父親の教えに、ルカの瞳からは自然と涙が流れていた。
「なぁ親父……今からでも……」
「遅くねぇ。テメェがそうしたいならそうしろ。テメェはテメェのままで生きていけ。俺はそれを支えてやる……それだけだ」
「……ありがとよ」
こうしてルカは今までの生活を改め、父親と同じ冒険者となることを決意する。
ただ、話し方だけは父親と同じにはせず、彼女は無理にでも敬語を使うことにした。
自分は性格上、父親のように行動だけでは自分を正当化出来ないと分かっていたから。
ルカの強さはすぐに世界中に広がり、それと同時にその可憐さに惹かれて寄ってくる男達も増えた。
だが、男達はすぐに離れていく。
それは、彼女本来の性格というのも理由の一つではあったのだが、彼女の次元の違う強さにビビって離れていっている方が大きいということを……彼女は気付いていないのだった。




