第197話:今
ここに来るのも……もう三度目か。
一度目に来た時はアスナを。
二度目はインヘルムから私を。
そして今回は……。
「ロード様……」
「ではなレヴィ……また後で」
「はい……また」
「……じゃ、行こうレヴィちゃん」
ギリシア兵の方々に会いに行くというジル様達と別れ、私とソロモン様はその大きな石造りの城へ向けて歩き出した。
城門にいた兵士の方々に会釈し、もう三度目となるその門をくぐる。
もうすぐロード様に会えると思うと……やっぱり嬉しい。
でも……。
「聞いた話だと……旦那は最上階の貴賓室にいるらしい。確か前に泊まった部屋だね」
「そうですか……あの部屋に……」
アスナと2人……ベッドで寝た部屋。
その時はロード様がソファーで寝たんだっけ。
で、次はティア達と一緒に過ごした。
私の焼いたクッキーを賭けてポーカーをしていたらしい。
なんだかもう……懐かしくすら……。
「久しぶりだな。レヴィくん」
「あ……エディ様……」
城の中に入ると、そこにはケルトの騎士団長であるエディ様が立っていた。
何ヶ月ぶりかに見る彼は、やはり変わらず背筋を伸ばし、あの時と同じ……その鋭い眼差しを私達に向けている。
でも私には、その目がどこか寂しげなように思えた。
それはきっと……。
「ご無沙汰致しております……」
「うむ。陛下は会議中でな。私も参加していたのだが、君達を案内するようにと命ぜられたのだ」
「そうでしたか……お忙しいところを……」
「いや……気にしないでくれ。また会えて嬉しい。では、不要かもしれないが案内しよう。聞いていることとは思うが……彼は既に目覚めている」
私が目覚めた後、少ししてからロード様も目を覚ましたとソロモン様から聞いた。
すぐにジル様が転移魔法使いの方を要請し、そうして私達はケルトへ向かうこととなる。
その方は長距離を一気に移動できる方ではなかったらしく、ケルトに来るまでに何度か休憩を挟んだのだが、その時既に……私はソロモン様達の様子がおかしいことに気付いていた。
ロード様が目覚めたことは、私でなくても嬉しいことの筈。
でも、ソロモン様達はどこか……やはりエディ様のように寂しい顏をしていた。
何かを隠している……きっと……凄く嫌なことを。
何度か聞こうとしたけれど、結局私にはそれを聞く勇気が持てなかった。
なんだか聞いてしまったら……私の世界が終わってしまうような気がしたから。
「……ここだ」
いつの間に着いたのか、既に目の前には何度か見た扉があった。
綺麗な装飾がなされた……その扉が。
「では、私は会議室に戻らせてもらう。出来れば後で顔を出してくれ。ただ、レヴィくん……落ち着いてからで構わない。陛下はいつまでも待つと言っておられた」
「…………はい」
落ち着いてから。
優しい言葉の筈なのに、今は凄く嫌な言葉に聞こえる。
「ではな……」
「ありがとうございました……エディ様」
エディ様は軽く目を伏せた後、私達に背を向けて去っていく。
淡々と……やはり、お変わりない背中で。
でも、私は気付いていた。
彼がずっと……強く拳を握りしめていたことに。
「レヴィちゃん……その……」
「……いいんですソロモン様。私の為にありがとうございました。後は……会って確かめますから」
聞きたくなかった。
ロード様に何かが起きたということは……もう分かってる。
もちろん何が起きているのかちゃんと聞いておいた方がいいのだろう。
それは分かってる……分かってるけど……。
「……分かった。俺はここにいる。何かあれば呼んでくれ」
「はい……ありがとうございます」
私は扉をノックしようと手を伸ばす。
この先にロード様がいる。
会いたくて会いたくて仕方なかったロード様が。
なのに……身体がそれを拒んでいた。
会わせてくれるということは、例えばロード様が何かに操られて暴れたりしている訳ではないのだろう。
目を覚ましているということは、いつ死んでもおかしくないという訳ではないのだろう。
じゃあ……いったいロード様に何が?
分からない…………怖い。
でも、会わなきゃ。
意を決し、私は震える手で扉を二、三度ノックした。
待っている間、心臓の鼓動が異常なまでに速まり、肺がどんどんしぼんでいくのが分かる。
しかし、どれだけ待っても……中からの返事はなかった。
それだけで、私の心に大きなひび割れが入る。
胃から何かがこみ上げてくるような感覚を覚えながら、私は震えの止まらない手を必死に動かして扉の取手に触れた。
私にとって何よりも重い筈のそれは、拍子抜けするくらいになんの抵抗もなくガチャリと動く。
そうして扉を開けた瞬間、窓が開いているのだろう……気持ちのいい風が私の髪をふわりと撫でた。
そして、扉から見て部屋の左側。
窓のすぐ側にあるベッドの上に……片腕となったロード様がいた。
横顔は何も変わらない。
いつも私が見てきた……そのままのロード様がそこにいる。
ロード様はベッドの上で上半身を起こし、じっと窓の外を見つめていた。
ノックされたことも、扉が開いたことにも気付いていないのか、ロード様は一切こちらを見ようとしない。
もう陽は傾きかけ、窓からは風とともに柔らかい茜色の光が差し込んでいた。
「……ッ」
だ、駄目だ……声が……。
は、話さなきゃ……でも、なんて声を……。
「……ん?」
「あっ……」
その時、ロード様が突然振り向き……目と目が合った。
でも、ロード様の表情には一切変化がない。
それが、私の心臓を強く握りしめた。
「あ……ぐッ……! あ、あのっ……!」
溢れそうになる涙を飲み込み、なんとか絞り出した声に、ロード様の口元が微かに動き始める。
心臓が痛い。
死ぬ程痛い。
お願いします……ロード様……。
どうか……どうかいつものように――――
「君は……誰?」
「…………え?」
ロード……様……?
「あ……わ、私……ですよ……?」
「……ごめん。分からないんだ」
わ、分から……ない……?
「悲しい顔をするってことは君も俺の知り合いなんだろう? でも、何も思い出せないんだ。自分の……名前すら」
そ……んな……そんなのって……。
「あ…………う……うぅっ……!」
「君が誰だかは分からないけど……悲しませて……ごめん」
「……ッ! ロード……様ッ……」
記憶が……ないのにッ……!
なんであなた様はいつも……!
「やっぱり……俺はロードっていうんだね。それすら分からないんだ。生まれた場所も、なんでここにいるのかも、今まで何をしてきたのかも……全部……全部ッ……!」
「あ……」
……だ、駄目だ。
私が泣いている場合じゃない……!
もう何があろうとも……私は……ロード様を……!
「教えてくれないか……君の……名前を」
「……ッ!」
私は涙を拭い、ロード様へと近付いていく。
そしてベッドの側で跪き、深く深く……息を吸った。
「……私の名前はレヴィ。あなた様に……全てを捧げし者です」
私はもう……迷わない……!
――――――――――――――――――――――
私が部屋から出ると、ソロモン様は目を瞑って腕を組み、壁に背を当てて静かに立っていた。
「もう……いいのかい?」
ソロモン様だってお辛い筈なのに……。
ありがとうございます……ソロモン様。
「……ええ、ご自身の名前と私の名前は……覚えていただけましたから。今はそれで……」
ロード様は生きて帰ってきてくれた。
今はそれだけで嬉しい。
だから、今はそれで……それだけで十分。
「……そっか。なら、俺は後にしよう。で、これからどうする?」
「とりあえずは会議室へ。ロード様とは後でゆっくりお話します」
「分かった。じゃ、行こう」
ロード様はなんらかの理由で記憶を失ってしまっている。
それが何故なのか……理由は分からない。
だが、私がやるべきことはもう分かった。
全力で今のロード様をお支えする。
もう泣かない。
泣いている暇なんてない。
全部超えてやる。
私がずっと見てきた……ロード様のように。
――――――――――――――――――――――
「……凄いですね」
「うん……さっきから気付いてはいたけど、近付くとよく分かる。複数の凄まじい魔力がこの中に……」
会議室の前に辿り着いた私達は、その中から尋常ではない魔力を感じていた。
私は扉をノックする為に手を伸ばす。
もう……手は震えていない。
中からの返事を待ち、私はその扉を開いた。
「失礼致します」
私は一瞬で全員を"視る"。
なるほど……道理で凄まじい魔力を感じる訳だ。
それはさておき、何故これ程の方々がここに……。
「久しぶりだな……レヴィ」
「……ご無沙汰致しております。オーランド様」
久しぶりに会ったオーランド様は、見た目こそあまり変わりがないようだったが、以前より体重が減っている。
どうやらかなりお疲れのようだ。
まぁ、今の現状を考えれば無理もない。
「ああ……で、その……もうよいのか?」
「はい……今はロード様が生きていてくれただけで……それだけで十分です。後のことはこれから考えます」
「……そうか。さ、掛けてくれ。見知った顔もいるだろうが、今一度自己紹介から始めるとしよう」




