第167話:アスカロン
その後、ニーベルグ王やケルト王にもクロスのことを伝え、さらにティアとアスナについても話をすると、両国とも見つけたら連絡をくれることになった。
ティアとアスナのことは当然気になるし、かなり心配だが……現状探し出す方法がない以上、2人が見つかることを祈るしかない。
それに、竜族の侵攻がいつあるか分からないからな……。
……本当は今すぐ探しに行きたいけど。
「うん、今んとこ匂いはしない。急に現れるってことはなさそうね」
そこで俺は2人の武具を呼び出して話を聞くことにした。
1人はバルムンク。
彼女はドラゴンの匂いを察知することが可能で、窓から身を乗り出して鼻をすんすん鳴らした後にそう言った。
バルムンク曰く、集中すればかなり遠くにいるドラゴンの匂いも分かるらしい。
「そうか……アスっ……カロンは……」
まだやってる……。
「ちょっとアスカロン……あんたいつまでそうしてる気?」
バルムンクの問い掛けを一切無視し、アスカロンは両手を合わせて胸に当て、片膝を突いて一心不乱に祈りを捧げていた。
呼び出してからずっと。
「主よ…………導き給え……」
「……こりゃダメね」
銀色の短い髪に金色の瞳をしたアスカロンは、紺色の帽子と修道服のようなものを身に纏い、一見すると普通のシスターにしか見えない。
無論、その背にある金と銀がまだらに混ざり合った大剣がなければの話だが。
「……いつもこんな感じなのか?」
「んー……この子いつも部屋に引きこもってるからよく知らないのよね。一応竜殺し隊のメンバーだけど」
なんだその物騒な部隊名。
「……そんなものに入った覚えはございませんが?」
「あ、喋った」
彼女はスッと立ち上がると、嫌そうな顔でバルムンクをじっと見つめる。
対するバルムンクはそんなアスカロンの表情などまるで気にする様子もなく、腕を組んでニヤリと笑っていた。
「久しぶりねアスカロン。因みに竜殺し隊は自動入隊制だから拒否権はないわよ」
……暴君め。
「そうですか……もうお好きにどうぞ。さて、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私の名はアスカロン。この度は私の願いを叶えていただきありがとうございます。おかげ様でこの身を使い、しっかりと主に祈ることが出来ました。これ以上の至福はございません」
「あ、今のが夢だったのか?」
「ええ、武器の身では心でしか祈れませんから。無論、寛容で慈愛に満ち溢れた我が主は、祈りの所作などは気にされないでしょう。つまり、言ってしまえばただの自己満足ですね。ですが、おかげで私の心は満たされました。故にこの身が朽ち果てるまで、ロード様の為に尽力することを……ここにお誓い申し上げます」
そう言うとアスカロンは両手を腹に当て、丁寧にお辞儀をする。
無表情なので見た目では分からなかったが、喜んでくれているのならよかった。
「ありがとうアスカロン。これからもよろしくな。それで……竜族について何か感じたりするか?」
「今のところは何も。それに、バルムンクがそう言うならば間違いないかと」
「そうか……もう近くにいてもおかしくないと思ったんだけどな」
その時部屋の扉が開き、さっきの話をジルさんに伝えに行っていたレヴィが帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえりレヴィ」
「やっほー。久しぶりレヴィ」
「お初に、レヴィ様。アスカロンと申します。よろしくお願い致します」
「あら、バルムンク様……お久しぶりですね。ご丁寧にありがとうございますアスカロン様。こちらこそよろしくお願い致します」
なんか似てるなこの2人。
「で、ジルさんはなんて?」
「あ、はい。ジル様のお言葉をそのままお伝えしますね。"情報提供ありがとう。そのまま上に話をしておく"だそうです」
「そうか……ありがとうレヴィ」
「いえ、それで……お2人となんの話を?」
レヴィは俺が座るソファーの隣に腰掛け、上目遣いで俺を見る。
毎回ドキっとするんだよなこれ……。
「……ロード様?」
「あ、いや、竜族の動きを知りたくてな。それで2人を呼び出したんだ」
バルムンクとアスカロンもテーブルを挟んで置いてあるソファーに座り、さっきまでのやり取りをレヴィに話した。
「ということは……今すぐの侵攻はないと?」
「多分ね。いるなら分かるもん。全部のドラゴンが協力してギリシアを襲おうとしてるなら、特に大竜種の匂いは絶対する筈だしね。あいつら足が遅いし飛べないから、攻め込むつもりなら近くにいなきゃ間に合わないでしょうし」
「飛べないってことは、大竜種は海の中を?」
「ええ、奴らは海竜種程ではないですが泳ぎが得意です。ですから恐らく海から来るでしょう。海の中ではバルムンクの鼻も利きませんが、それはつまり、まだ陸地に上がっていないということになります」
なるほど。
ギリシアは海から離れているし、出ていたら気付くって訳か。
因みにギリシアの北西には巨大な川であるミズガルズが流れているが、河口からこのギリシアに至るまでにもいくつかの国があり、竜族の侵攻……特に海竜種が現れればすぐ分かるようになっているとジルさんが言っていた。
一部には堤防も造られており、気付かれずに突破することは不可能らしい。
「ま、そーいうことよ。この町は平原にあるから見通しもいいし……奴らからすれば攻めにくいでしょうね。飛んでこようが歩いてこようがいい的だもん」
「確かにそうですね。あ、そういえば……私からもバルムンク様達にお聞きしたいことがあるのですが……何故竜族はアルメニアから上陸しないのでしょう?」
それは俺も気になってた。
現在アルメニアは完全な廃墟となっており、かつての面影は全くない。
とりあえずあそこから上陸して、ヴァルハラ侵攻の足掛かりにするというのはあり得る話だと思うんだけど……。
「そんなの簡単よ。奴らはプライドが高いから、人間のおこぼれを嫌っただけ。正面から強大な力でもって国を叩き潰す……そうやって人間に恐怖を与え、自分達の力を見せつけたいのよ。だから、もし奴らが来るなら……ここの可能性が一番高いわね」
「まぁバルムンクは少々決めつけ過ぎですが、私も大体同意見ですね。他に考えられるとすれば、上陸した後が問題だと思っているのかもしれません」
あ……そういうことか。
「なるほど……上陸して姿を表せば、人間の総攻撃を受ける可能性も少なからずあるし、何より自分達の動きが人間達に筒抜けになってしまう……ってことか?」
「まさしく。ですから崩壊した国を乗っ取ったところで、彼らにとっては意味がないのです。むしろリスクの方が遥かに高い。それならば姿をギリギリまで隠し、大国であるギリシアを強襲した方がいい……恐らくそんなところでしょう」
じゃあやっぱりここからは離れられないな。
いっそのこと依頼でも出してみるか?
うーん……こんな時バーンさんと話せれば知恵を貸してもらえるんだけど、バーンさんは今気軽に連絡出来る状態じゃないし……。
そんなことを考えていたその時、部屋の扉がノックされた。
『ジルだ。入ってもよいか?』
「あ、はいどうぞー」
俺の声に反応して扉が開き、ジルさんが部屋へと入ってきた。
ん……なんか表情が暗いな。
「休養中にすまないな」
「いえ、それは大丈夫ですけど……何かあったんですか?」
「うむ……実はこれからギリシア軍の幹部のみを集めた軍議を行うことになったのだが、そこにロード達も参加して欲しいという話になってな……悪いんだが来てはもらえないだろうか?」
「あ、もちろん大丈夫です。というか……部屋を借りているうえに食事までお世話になってますから。むしろ何か役に立てればいいんですけど……」
「そう言ってもらえるとありがたい……ただ、今回の議題がちょっとな……」
「と言いますと?」
「……非常にいい難いのだが、お前達に疑念を持たれている方がおるのだ」




