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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第5章:それぞれの戦場で

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第165話:傲慢

 

 初めて見るその男は灰色の髪に黒い瞳、そして黒いローブを身に纏っていた。

 武器は一切身につけておらず、仕掛けてくる気配も感じない。

 だが、ただ漠然と……俺は嫌な感覚を覚えていた。

 自然と左手でイアリスを逆手に握り、右手で腰にぶら下げてある手帳を開く。

 そうして身構える俺に対し、その男は……やはり笑みを浮かべたまま再び口を開いた。


「その気はない。俺は話をしにきただけだ」


 二度目も低く、静かな声だった。

 俺は応えることが出来ない。

 軽々に言葉を返すことに抵抗があったのだ。


「警戒するのは分かる。だが、俺から君に何かをする気はない」


 だからといって、すぐに"はいそうですか"とはいかなかった。

 そんな俺の思いを察したのか、男はさらに言葉を続ける。


「君にとっても聞きたい話だと思うのだがな。数分でいい。時間は取らせんよ」


 男は俺に背を向けて歩き始めた。

 ついてこいってことか……。

 魔法を使っている様子もないし、どうやら戦う気はないらしい。

 誘っているだけなのかもしれないが。


「案ずるな。人気《ひとけ》のないところには行かん。ゆっくり話が出来る場所へと思っただけだ。なんならそこでも構わないが」


 男は背を向けたままそう言うと、近くにある喫茶店を指差した。

 その店にはテラス席があり、人がまばらに座っている。

 もちろん断ることも出来たが、俺にとっても聞きたい話というのが気になってしまった。

 それに、この雰囲気は……尋常じゃない。


「……分かりました」


「……主人《あるじ》。何かあれば私が守る」


 ウィガールが耳元でそう囁く。

 俺は彼女に頷き、男に続いて店の外にある座席へと向かった。

 男は端の方にある椅子に座り、俺は丸テーブルを挟んでその正面に座る。

 やがて店員が注文を聞きにきた。


「コーヒーを。君は?」


「……紅茶を」


「かしこまりました」


 そのまま暫く沈黙が続き、店員がコーヒーと紅茶を置いて去った後、男はようやく口を開いた。


「どうしても君と話がしたくてな。突然現れた非礼は詫びよう」


 そう言って彼は頭を下げる。

 声からしてもっと年上かと思っていたが、近くで見ると意外と若く見えた。


「いえ……それで話ってなんですか? 何故俺の名前を?」


 頭を上げた彼はコーヒーを一口飲むと、真っ直ぐに俺の目を見た。


「君のことはよく知っている……ケルトの出来事からな」


「ケルト……ですって?」


 なんだか以前にも似たような……。

 ちょっと待て……まさか……。


「俺の名はクロス……ティタノマキアのリーダーだ」


「なっ……!?」


 俺は思わず立ち上がり、そのまま手帳に手を伸ばしていた。

 ティ、ティタノマキアのリーダーだって?

 何故そいつが1人で……いや、周りに仲間がいるのか?

 周囲を警戒する俺に、クロスと名乗る男はさらに言葉を続ける。


「今日来たのは俺だけだ。残念ながらそれを証明することは出来ないが……ただ、誓って言おう。俺は本当に君と話をしにきただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「……それを信じろと? フェイクとかいう奴も似たようなことを言っていたが、最初から寝込みを襲う気満々だった」


「フェイクに命じたのは俺だ。その時も君と話をしたくてな……それについても詫びよう。それと1つ……君は勘違いをしているな」


「勘違い……?」


「ああ。君が俺に仕掛けるのなら仕方がない……俺も身を守る為に戦うしかなくなるが、そうなると……周りの人間がどうなるかな?」


 こいつ……町の人達を人質に……。


「分かったら座れ。君の選択肢は俺と話す以外にない」


 俺は黙って椅子に座る。

 悔しいが……ここでは動けない。


「それでよい。では……話そうか」


「俺には話すことなどない。多くの人を殺し……お前達はアルメニアを……!」


 マリアナさんの仲間も……こいつらが……!


「それについては謝る気はない。我らが葬ってきたのは悪だ。そして、あの国は無能に対し非道を働いていた。まぁ、それ以外にも理由はあったが……それについてはまだ言えん」


 やはりマリアナさんが言っていたようにそれ以外にも理由があるようだ。

 だが、そんなことは関係ない。


「だとしても……人を殺していい理由にはならないだろう! 憎しみが新たな憎しみを……生むだけだ……!」


 クロスは目を閉じ、そして再び俺を見た。


「君の言いたいことは分かる。だが、もうそういった次元の話ではないのだよ。事を成す為の犠牲に躊躇しているような……そんな余裕はない。いや、もう既に遅いのかもしれないがな」


「……どういう意味だ。お前達は何を知っている? 何故あんなことを……!」


「言った筈だ。それはまだ言えん。だが、君次第だ」


「俺次第……?」


「話をしてもよいかな?」


 恐らくティタノマキアは俺の知らない何かを知っている。

 この世界に無能を生み出した……その何かを。

 当然知りたい。

 何故こんなことになったのか。

 そして、それを無くす方法を。


「沈黙は肯定と受け取らせてもらう。既に知っているかもしれないが、ティタノマキアのメンバーは全員"元無能"だ。それぞれがそれぞれに地獄を見ている……俺を含めてな」


 やはりそうか……。


「君なら分かるだろう? 地獄という言葉が、ただの形容ではない事実だと。だから我らには権利がある。世界を正す……その権利が。この身に宿る神の力がその証だ」


「……地獄だったというのは認める。だが、俺はそこまで傲慢にはなれない」


 その時、微かにクロスの表情が変わる。


「傲慢か……それは無能を生み出した者にこそ相応しい言葉だろう。我らは理由なき迫害者だ。普通に生まれ、普通に暮らし、そしてある日……世界から突然弾かれた。お前達は存在してはならぬと……生きていることが罪だと……そんな我らが傲慢だと何故言える? 我らは偶然生き残ったに過ぎない。そして生き残ったからには、我らの尊厳を踏みにじった世界を……そして、その元凶を断たねばならん。でなければ、散っていった同胞の魂は永遠に浄化されない。そして、これから先に生まれるであろう同胞の為にも……我らが今成さねばならんのだ」


 言っていることは分かる。

 だが、理解は出来ても……納得は出来ない。


「なぁ、1つ聞かせてくれ」


「……なんだ?」


「お前は今まで何人殺した?」


 クロスは答えなかった。

 覚えていないのか、いや、そもそも数えてすらいないだろう。


「確かに……俺達は神に近い力を持っているのかもしれない。そして……その所為で何かに巻き込まれて地獄を見た。貶され、笑われ、侮蔑され……俺は一度死を選んだ。世界を憎み、人を憎み、自分の存在を憎んで……だが、俺は今生きている。そして、今生きていることが幸せだ。みんなと分かり合えたから、仲間に出会えたから、共に生きたいと心から願う人に出会えたから、だからこうして幸せを感じられている。もう一度聞く……お前は今まで何人の幸せを奪ったんだ?」


「……詭弁だな。論点をすり替えるな」


「いいや違うね。俺が言いたいことはただ1つだ。人を殺して得た幸せに……意味なんかない……! お前はさっき"そんな次元の話じゃない"と、そう言ったな? それじゃあ同じだ。無能を生み出した奴と……お前は同じことをやっている」


「ならば君は非道を見過ごせと……そう言うのか?」


「それこそ詭弁だ。もっと他に方法があった筈だ。お前達程の力があれば人を殺さずとも……きっと何か別の道が。だがそうしなかった。復讐に身を委ね、やられたことをやり返す……それで何が解決するんだ?」


「それは君が知らないから言えるのだ。この世界の真の歪みを……だから理想論を嬉々として語れるのだよ。確かに我らは同じなのかもしれない。だが、そうでなければ世界は動かないのだ。この世界は、優しさという紙切れでは拭いきれない血溜まりの中にある。そしてその器すらが穢れているのだ。だから壊す。全てを無に帰し浄化する……それが、生き残った我らの使命だ」


 話してみてよく分かった。

 俺とクロスは根底から違う。

 何に重きをおくか……その時点で。

 だから……。


「……なら答えは1つだ」


「……どうやらそうらしいな」


 俺達は同時に席を立った。

 テーブル越しに互いを睨みつける。


「残念だ……君がいれば成るというのに」


「何を言われようが……お前と俺は交わらない。俺は俺の道をいく。自分で選び、自分で辿り着く。そしてお前達も……いつか俺が助けてみせる」


 自分でもよく分からないが、何故か自然とそう言ってしまった。

 クロスは少し驚いた顔をした後、目を閉じて笑みを浮かべる。


「フッ……傲慢なのは……いや、よそう。さらばだ同胞よ。次に会う時は……別の意味で交わることになるだろう」


 そう言ってクロスは去っていく。

 彼が見えなくなるまで、俺はその背中をじっと見つめていた。


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