第110話:灼熱
「これが……霊峰クフー……」
俺達の目の前に佇むその山は、明らかに何か違う……異様な雰囲気を漂わせていた。
もちろんその大きさにも圧倒されるのだが、この高さの山なら普通は見えている筈の山肌が全て黒い樹々によって隠れ、見た目からして他の山とは何か違っている。
そんな霊峰の中に入ると、天気が曇りのせいもあるのだろうが日中だというのにまるで夜のように暗い。
「ロ、ロード様……」
「嫌な空気だな……淀んでいるというかなんというか……」
「さ、いきましょう。何度か来てますから道は分かります」
「あ、ルカさんちょっと……」
「ん? びびっちゃいましたか?」
「いや……仲間を呼びます。レーヴァテイン!」
手帳から紅い剣を呼び出し、俺はすぐに生命を与える。
紅い剣は一瞬で姿を変え、久しぶりに現れた彼女は炎のマントを靡かせながらニヤリと笑った。
「久しぶりだねぇロード。ニーベルグで酒を飲んだ以来かねぇ……」
そう、彼女の願いは酒を飲むこと。
それは既に果たしてある。
「久しぶりレーヴァテイン。灯り代わりに使って悪いんだが、道を照らしてくれるかな?」
「お安い御用さ。殿は任せなよ」
「ほう、これが生命魔法ですか……昨日の2人もそうでしたが、何というか……この世ならざる力を感じますね。素晴らしいです。では、レーヴァテインさんよろしくお願いします」
「あいよ。さ、行こうじゃないか」
レーヴァテインの炎のマントが暗い山道を照らし、おかげで先程よりはかなりマシになった。
だが、それでも嫌な雰囲気が身体に纏わりつくのを感じる。
内臓を何かにギュッと握られているような……とにかく嫌な感じだ。
ルカさんはそんな感覚などまるで感じていないのだろう。小さな身体で山道をすいすいと登っていく。
ルカさん自身は知らないだろうが、彼女がキレやすいのは単純にスキルのせいだと俺達は知っていた。
彼女のスキルは"超胆力"。
レヴィ曰く何事にも一切臆さず、とにかく気が強くなるというスキルらしい。
だからこの霊峰の雰囲気に飲まれることもなく平然としていられるのだろう。
ルカさん的にはいらないスキルなのかもしれないが……。
そうして山道を登ること数時間。
俺が少しへばってきたところで斜面だった山道が平地へと変わった。
「ルカさんここが?」
「ええ、この山は中腹から一回り小さくなっています。その分だけ平地が生まれ、斜面に生えた樹々より更に密集した黒い森が生まれているのです。そして、その森の中に採取ポイントがあるって訳です」
「なるほど……」
「さて……魔が出るか竜が出るか……気を引き締めていきましょうか」
俺達はルカさんに頷き、彼女の後に続いて森に入る。
先程より更に暗い。レーヴァテインがいなければ数メートル先すら見えないだろう。
相変わらず嫌な空気が身体に纏わり付き、なんだか身体が重いような気さえしていた。
そうして暫く黒い森の中を進んでいくと、視界の先に何やら光が見えてくる。
ルカさんは一度立ち止まり少し考えた後、その光に向けて歩き出した。
その光の場所まで辿り着くと、かなり広い範囲に渡って木がなくなっており、上を見上げるとどんよりとした曇り空がはっきりと見える。
「ルカ様ここは……?」
「変ですね。森の一部が無くなっている……以前はこんな空間ありませんでしたが」
するとレーヴァテインが地面を触り、鼻をすんすんと鳴らし始めた。
「どうしたレーヴァテイン?」
「焦げ臭いねぇ……こいつぁ炎の香りだ。息吹のね。しかも、匂いの主は……近い」
「グラム……!」
レーヴァテインの言葉を受け、俺はグラムを呼び出し生命を与えた。
現れた彼女は目を開くと、すぐさま背負っていた大剣に手をかける。
「よう……あんたも力を貸す気になったみたいだねぇ」
「こんにちはレーヴァテインさん。ゆっくりお話をしたいところだけれど……既に囲まれてるわね」
「グラム……ドラゴンか?」
「ええ、かなりいるわ。徐々にこちらへと向かってきている……匂いから察するに、翼爪竜種、息吹竜種、巨腕竜種……いつの間に仲良くなったのやら」
多種類のドラゴンがここに?
まさか……。
「ここはアルトリアの目と鼻の先……ひょっとして竜族の先遣隊か?」
「可能性はありますね。竜族の動きが活発になっているとバイパー様も仰ってましたし、ここに人があまり来ないのならば隠れるにはうってつけですから。つまり行方不明になった冒険者達は皆……」
「既に遅かったようですね……」
俺達5人は開けた空間の中心で互いに背中を合わせる。
俺は手帳からバルムンクを呼び出し、両手で彼女を構えた。
徐々に近付く足音とともに大地は揺れ、何かが羽ばたくような音が聞こえてくる。
グラムが言うようにかなりの数がいるらしい。
それを証明するかのように、幾重にも重なったその音が四方八方から聞こえていた。
「……来る」
グラムがそう呟いた瞬間、耳をつんざく咆哮とともに森の樹々が宙を舞う。
樹々を薙ぎ払ってドラゴン達が現れ、一斉に息吹を吐き出した。
しかし、その息吹は俺達には届かない。
炎の息吹はレーヴァテインの手に吸い込まれ、氷の息吹はルカさんの魔法が阻み、雷の息吹はグラムが弾き飛ばしていた。
「全ての炎はあたいの支配下にある……1つお利口さんになったねぇ」
「ふふ、自分で竜を狩れる日が来るとは……」
「テメェら……覚悟は出来てんだろうなぁ!?」
「レヴィいくぞ!」
「はい!」
目の前にいるドラゴンは腕が異常に大きい巨腕竜種。
俺とレヴィが近付くのを阻むようにその巨腕で大地を薙ぎ払ってきた。
「ギガッ!?」
しかし、いくら大きかろうとバルムンクの刃の前には無力。
巨大な腕は宙に舞い、そのまま首を落として1体を仕留めた。
それも束の間、すぐに他のドラゴン達が俺に迫る。
「レヴィっ!」
「はぁっ!」
レヴィが息吹を吐き出そうとした翼爪竜種の顎を蹴り上げそれを防いだ。
「嵐の神の放浪槍!」
右から迫る巨腕竜種にグングニルを放ち、すぐに正面から迫る息吹竜種に向き直すが、既に雷の息吹が飛んできていた。
「アイギっうおっ!?」
背中に何かっ流れ弾!?
「しまっ……がはっ!」
「ロード様っ!」
も、もろに雷がっ……。
やばい全身が……痺れて……!
「オラァッ!」
俺を噛み砕かんと迫っていた息吹竜種の首が消える。
や、焼き切ったのか……? 今の一瞬で……。
ルカさんの魔法は"灼熱魔法"。
炎系の魔法の中で最上位の力を誇り、彼女のそれは炎に高い耐久性を持つドラゴンでさえ一瞬で焼き切ってしまったらしい。
「よう、大丈夫か?」
「は、はい……なんとか……レヴィ、俺は大丈夫だから他を頼む!」
「は、はいっ!」
バルムンクは……ダメか。
彼女は雷に弱い。どうやら今ので力を失ってしまったようだ。
バルムンクを手帳に戻したところでグングニルが戻り、俺は彼女を掴んで立ち上がろうとするが、それをルカさんに手で止められた。
「そのまま休んでな。すぐに終わらせるからよ」
「いえ、まだやれます……!」
「まともに動けねぇだろ? ま、いいから見てなよ」
悔しいが……確かにまだ身体が上手く動かなかった。
回復しようにもエクスカリバーの力は物の形を元に戻すことに強い力を持っているが、体力や魔力、またはこういった身体のダメージを元に戻すことには向いていない。
左腕を治してもらった時も色々注意されたからな……。
そんなことを考えている間にもドラゴンは次々に現れる。
いったいどれだけの数が……。
「対多数の場合、周りの状況はもちろん、自分の行動が相手にどんな影響を与えるかを理解しとかなきゃなんねぇ。闇雲に攻撃すりゃ隙が出来ちまう」
俺を庇うルカさんに4匹のドラゴンが迫る。
「重要なのは流れだ。だからこうする」
そう言うと彼女は4匹の真ん中に飛び込んだ。
ドラゴン達にとっては予想外だったのだろう、ルカさんを目で追ったことで体勢が崩れている。
最後尾にいた息吹竜種が息吹を吐く前に頭を消し飛ばし、左右から迫る巨腕竜種を同時に焼き殺した。
上空から飛び掛かろうとしていた翼爪竜種だったが、彼女に近付くにつれ身体が燃え上がっていく。
「私に抱きつきたいか? そりゃ無理だ」
気付いた時にはもう遅く、翼爪竜種はルカさんの数メートル手前で灰になった。
恐らく既に目には見えない障壁みたいなものが張られていたのだろう。
これが……SSSランク……。




