第98話:神の子
「シェリル……お願いだから出てきて……!」
「……ごめんママ。体調が悪いからそっとしておいて」
「でも……もう1ヶ月もあなたの顔を見てないのよ!? お願いシェリル……お願いだから!」
「だから寝てれば治るってば……ほっといてよ」
「ミルちゃんとリンちゃんも来てくれてるのよ? だから出て……」
「だからぁっ! 嫌だっていってるでしょ!? 出たくないの! 誰にも会いたくないの! なんで分かってくれないの!? ほっといてって意味分かる!?」
「シェリル…………どうして…………」
どうして?
そんなの……そんなのこっちが聞きたいよ。
だって、1ヶ月経っても……紙はピクリとも動かなかったんだから。
もう……時間切れなの。
「うっうっ……なんで……なんでよぉ……」
出られる訳ない……。
"無能"だと分かった瞬間……きっと捨てられる。
だったらこのまま一生ここで生きる方がマシ。
パパとママに捨てられるくらいなら───
「シェリル……」
……今度はパパか。
でも、何を言われたところで……ここからは出られない。
「私達はシェリルに何があったのかは分からない……けどね、何があっても私達はシェリルの味方だ」
パパ……そんなの無理だよ。
私が無能だって知ったらきっと───
「私は今でも覚えているよ……君が生まれてきてくれたあの日のことを。本当に嬉しかった……この子の為なら死ねるって……本気でそう思った。そして、それは今でも変わらない」
「うっ……うぅっ……」
「話してくれなくてもいい……信じてもらえないのは少し寂しいけど……そんなことはどうでもいいさ。シェリルの可愛い顔さえ見られればそれで……それだけでいい」
パパぁ……。
「この扉を壊すことは簡単だ。でも、私はそんなことをしたくない。だって……私はシェリルを信じているからね。私の大事な大事な……愛する娘であるシェリルが、その可愛い顔をまた見せてくれることを……」
「ママも同じよ! あなたと……あなたとずっと一緒にいたい! シェリル……あなたを愛してる……!」
「シェリル! 何かに悩んでるなら私達にも相談してよ!」
「そうだよシェリル! 私達……親友でしょ? シェリルの苦しみは私達の苦しみだよ! だから……だから出てきて!」
ママ……ミル……リン……!
「シェリル……みんな……君を愛してる」
「パパぁっ!!」
私は扉を開け、目の前にいたパパに抱き着いた。
温かいその胸の中に包まれた私は、
「シェリル……ありがとう……」
「パパ……パパぁ……」
本当はもう限界だった。
誰かに聞いて欲しかった。
この不安を……この悲しみを……死よりも恐ろしいこの恐怖を……。
「私っ……うっうっ……」
「大丈夫だシェリル……もう大丈夫……」
「もうっ……1人じゃっ……ああっ……抱えられなくて……!」
もう言ってしまおう。
きっと大丈夫……。
この4人なら……絶対に受け止めてくれるから……!
「私……私ね……! 魔法が使えないのっ……!」
その時、私を抱き締めてくれていたパパの手が緩んだ。
瞬間、凄まじい悪寒が私の身体を駆け巡る。
それと同時に、まるで音だけがどこかにいってしまったような……そんな錯覚に襲われた。
さっきまで聞こえていたママやミル達の嗚咽は消え、その恐怖に耐えられなかった私は……恐る恐るパパの胸から顔を離してみんなを見てしまう。
「あ……」
みんなの……顔が…………。
なによ……。
なによその顔……!
やだ……やだよ……!
「いや……違う……違うのっ! いや……いやぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ぐっ!? シェ、シェリルッ!」
私はパパを突き飛ばし、一気に階段を駆け下りて家から飛び出した。
裸足のまま……夜の町を私は走り抜ける。
「やっぱりッ……やっぱりダメだった……!」
言っちゃダメだったんだッ!
なんで言っちゃったの!?
なんで信じちゃったの!?
なんで私が───
「無能にならなきゃ……いけないのッ……!?」
──────────────────
気がついたら、私は見知らぬ小屋の中にいた。
どこをどうやって走ったかなんて覚えてないし、ここがどこなのかも分からない。
とにかく逃げたかった。
家族からも親友からも町からも……そして現実からも。
「パパ……ママ……うぅっ……うっ……うっ……」
もう王都には戻れない。
あの顔は……そういう顔だった。
私はふらふらと小屋の外に出る。
「もう朝に……ここは……どこなの?」
いつの間にか眠ってしまっていたようで、辺りは既に明るくなり始めている。
私が辿り着いたその小屋はボロボロで、今は誰も使ってないみたいだった。
私はもう一度中に入り、小屋の中を物色する。
鍋やスコップ、バケツにランプ……釣り竿や火打ち石もあるし、薪割り用の斧と……あ。
机の引き出しの中に錆びついたナイフが入っていた。
私はそれを握り、ゆっくりと首に当て───
「はぁっ……! はぁっ……!」
もうなんの希望もない。
死ぬしかない。
両手で握ったナイフを首に押し当て、少しずつ力を込める。
手はガタガタと震え、その冷たい感触が私にこれが現実だと教えていた。
夢も希望もない……悲しい現実を。
でも……でも……!
「うっ……うぅっ……! 死にたく……ないよぉ……! まだなんにもしてないっ! まだなんにも……!」
ナイフを机の上に置き、私は椅子に腰掛け泣き続けた。
魔法も……死ぬ勇気も……生きる価値も……私にはなんにもない。
本当に何も───
「ん……?」
机の上に置かれたナイフをぼーっと見ていたら、その下にある紙に目がいく。
何の気なしにそれを手に取り開いてみると、黄ばんでいて見えづらかったが、それはアルメニアの地図だった。
「嘘……アルメニアの端っこじゃない……」
地図には小屋の絵が描かれており、そこに赤く印がついている。
そのおかげで、今自分がどこにいるのかようやく分かった。
私が住んでいた王都から今いる場所はかなり遠く、とてもじゃないけど一晩で走れる距離ではない。
というか、馬車でさえここまで数日は掛かる筈だ。
「わ、訳わかんない……でも……」
地図によると近くに町もあるし、川も流れてる。
ここなら誰にも見つからない。
死ねないなら───
「やるだけ……やってみようかな……」
──────────────────
私がこの小屋で生活を始めてから、もう3年が経った。
夜中に近くの町に行ってゴミを漁ったり、畑から食べ物を盗んだり、その種を植えて畑も作ったし、釣りをしたり罠を仕掛けたり、なんだかんだ楽しかった気もする。
人間、死ぬ気になればどこでだって生きられるらしい。
必死に生きてたら、いつしか死ぬことも忘れていた。
「……無理だ」
でも、もうダメだ。
普通に生きられるようになってきたら、逆にどんどん苦しくなっていった。
必死に生きようと頑張っていたから忘れていたけど、結局希望なんてないことに気付いてしまったから。
やれるだけのことはやった。
魔法の練習もした。
でも、何も変わらない。
一生このまま。
だからもういい。
3年という月日は、私に死ぬ勇気だけを与えてくれた。
「さよなら……パパ……ママ……」
本当はずっと一緒にいたかった。
大好きだったから。
ミルもリンもそう……みんなは悪くない。
私が無能だったからいけないんだ。
そう思うと、涙が溢れて止まらなかった。
奇跡が起きるのをどこかで願って生きてきたけど、そんなものはどこにもない。
だからもう……生きていたくない。
「ああ……なんて意味のない……」
そうして、私が立っていた椅子を蹴ろうとした瞬間、小屋の扉が勢いよく開かれた。
「えっ!?」
「お、いたいた! ん……? おいおい! 死ぬとこだったのか!?」
開かれた扉から、数人の男が入ってきた。
服装からして多分アルメニア兵士……。
な、なんでここに───
「なぁ、お嬢ちゃんあんたさぁ……無能だよな?」
「え…………」
「その反応……当たりだな」
「やったぜ! これで出世間違いなしだ!」
「な……なに……?」
「お嬢ちゃん……もし無能じゃないなら魔法を使ってみてくれ。ちゃんと使えたら帰るからよ」
「え……いや、あの……」
心臓が痛い。
なんなの……なんなのよ。
私はもう───
「やっぱり無能だな」
「ち、ちが……」
「俺達は無能を探しててなぁ……そしたら、町である噂を聞いてよ。何年か前から、ゴミ漁りしてる女の子がいるって。んで、調べてたらこの小屋に辿り着いたって訳よ」
やだ……。
「なかなか苦労したぜ……地道な聞き込みでやっとだ」
やだってば……。
「さ、一緒に……」
私は立っていた椅子を蹴飛ばした。
「ぐがっ……!」
「こ、このアマ!」
「下ろせ下ろせ!」
「早く縄を切れ!」
すぐに縄を切られ、私は男達に拘束された。
「ゲホッ……やだっ……やだぁっ! やめでぇっ!」
「大人しくしやがれ!」
「縛れ早く!」
やめて……!
もういや……!
私はもう……!
「お願いだがら死なぜでぇっ!!」
──────────────────
某国───
ロードが目覚めた頃、ある城の一室に彼らはいた。
9人の男女は机を囲み、来たるべき日に向けて言葉を交わす。
「いよいよだ」
「結構掛かったねー」
「そうかぁ? むしろ早かったろ」
「んで、こっからはどうすんだよ大将」
全員が1人の男を見る。
彼は腕を組んだまま、全員の視線を受け止めた。
「最後の詰めを。後は勧誘……やはり彼は欲しい」
「ムムが"視た"のか?」
「うん。強いよ」
「ああ……凄まじい強さだ。元無能であることは、分かってたしな。後は、アルメニアの方か」
「アルメニアねぇ……どんか感じだ?」
「報道はされてないけど、3ヶ月くらい前かなぁ? 運がいいよあの子。たまたま"視えた"から」
「あらら、丁度いいタイミングでしたね。リーダー、班分けは?」
「ねぇねぇ! あたしはあたしは!?」
「気がはえーよ……大将に任せろ」
大将と呼ばれたその男は、男女をいくつかの班に分けそれぞれに指示を出す。
「やっぱりフェイクと一緒かにゃ……飽きたにゃ」
「そりゃこっちのセリフだ……」
「フェイク達は彼の元へ行った後にアルメニアへ。ムムを連れてな。ジェイド達は先に行け」
「はいよ」
「りょーかいにゃ!」
「では、解散」
1人また1人といなくなり、部屋には2人の男女が残った。
女は席を立ち、まとめ役の男の膝に座る。
さらに女は男の肩に手を掛け、その身体を預けた。
「いよいよですね……」
「ああ……いよいよだ。だが、ここからでもある」
「ふふ……あなた様に救われたこの命……あなた様の為に……」
「期待している」
2人は口づけを交わす。
薄暗い部屋に吐息が漏れ、彼らは激しく求め合う。
見据えるは、遥か高いその頂。
全ては復讐の為。
自分を、自分達を虫ケラ同然に扱い、人生を踏みにじられたその恨みを晴らす。
なんとしても、なにをしても。
「時は満ちる。我らは神の子……ならば、成し遂げる以外にあり得ない」
世界がまた、大きく動こうとしていた。




