第1話:無能
「君の魔法は"操作魔法"だね。何かを操り、思いのままに動かせる素敵な魔法だ。大切にしなさい」
「はいっ! ありがとうございます!」
15歳の誕生日。
全ての人はその日、神殿で神から1つ魔法を授かる。
やり直しはきかず、授かった魔法を生涯使い続けなければならない。
魔法の種類は様々で、戦闘向きの魔法から仕事に役立つ魔法、生活で使える魔法など多岐に及ぶ。
凄い魔法を授かった者は当然優遇され、そうでない者がどうなるかは言うまでもない。
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俺の夢は勇者になることだった。
凄い魔法を授かって魔物を多く倒し、誰かの役に立ちたかった。
だが俺の現実は、普通すらも許されない。
「いつまでちんたらやってやがる! このクズ!」
「す、すいません!」
「ったく……これだから魔法が使えない奴は……"無能"なんだからせめて手を動かせ!」
「は、はいっ!」
俺はせっせとクワを土に叩きつける。
今日で3日寝ていない。
ろくに飯も与えられず、ただひたすら開墾作業を続けていた。
俺以外の作業人はみんな休憩を取っている。
何故なら3日寝ずに作業した俺の作業量は、彼らにとっては1時間程度に過ぎないからだ。
"無能"の俺を雇ってくれただけでも奇跡であり、クビにされたら生きていけない。
この世界で魔法が使えない人間は"無能"と呼ばれていた。
確率は数百万人に1人。
そして"無能"は人扱いされず、人の形をした何かとまで言われる。
当たり前のことが出来ない欠陥品に価値はないということらしい。
ちなみに魔法が全く使えないという事ではない。ただ単純にとてつもなく魔法の威力が弱いのだ。
どんな魔法であれ使いこなせれば何かに使えるのだが、俺の場合はどれだけ訓練しても一向に魔法が強くならなかった。
必死に何かを操ろうとしても、それが僅かに動く程度。
この3年間毎日訓練した結果がそれ。
だから俺は必死にクワを振るうしかなかった。
「おっ! 無能君頑張ってんなー」
「あ、はい!」
俺の名前は覚えてもらえず、そのまま"無能"で定着した。
悲しいし悔しいが、何も言い返せない。
「んじゃやるかー。ほいっと」
今話しかけてきた人は土魔法を使う、この仕事にはうってつけの人材だ。
俺を雇ってくれている人は開墾作業や道路、家造りと幅広く仕事を請け負っている。
土魔法はそのどれでも有用な魔法だ。
もちろん戦闘でも使えるので、魔物が出た時なんかはこの人が退治してくれる。
「はい終わりー。じゃ、頑張れよ……無能君」
「あ……はい……」
俺が数時間掛けてやる仕事をものの数分で終わらせてしまった。他の人も大体似た様なものだ。
手のマメは潰れ、血が滲む。
そんな必死な俺に、毎度毎度現実を突きつけてくる。
「おい無能。それ終わったら帰れや」
いきなりこの場所の責任者からそう言われ驚く。
「えっ? いいんですか?」
「ああ、ちょっと邪魔になってきたからな。明日は休んでいいぞ」
「あ、ありがとうございます……」
今の会話の通り、正直俺は労働力として雇われている訳じゃないらしい。
要はただの見せしめみたいなもんだ。
自分より遥かに底辺の人間を置く事で、仕事をしている他の人が気持ちよく働ける。その為に使われていた。
実際業績は上がったらしい。
もちろん俺の給料には反映されないし、ギリギリ生きていけるだけの金を渡されるだけ。
しかし、身寄りのいない"無能"の俺が生きるにはここで働くしかないのだ。
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仕事場からふらふらと歩き、倒れそうになりながらもなんとか家に辿り着いた。
昼間に帰ってこられたから、今日1日寝て、明日は買い物に行かなければならない。
3日も帰れなかったから、多分買ってあった食材が腐っているだろう。
今日は水だけで過ごすしかなさそうだ。
その時、隣の家から幼馴染みのアスナが出てきた。
彼女は優秀な魔法を持っていて、可愛くて町の人気者だ。
そんな彼女と不意に目が合うとすぐに駆け寄ってくる。俺の事を唯一心配してくれるのが彼女だった。
「ロード……大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫……」
「食べるものあるの?」
「あるよ……大丈夫」
「嘘だね。ちょっと待ってて」
彼女は家に戻り、数分してまた出てきた。
手にはパンやハム、チーズなどを抱えている。
「はい。ちゃんと食べなきゃダメだよ?」
「ありがとうアスナ……でも俺には話し掛けない方がいいよ? 前から言ってるけど、変な噂になったらアスナに迷惑が掛かるからさ」
「いいわよ別に。幼馴染みを助けちゃいけないの?」
「はは……ありがとう。じゃ、またね」
「うん……またね」
彼女は悲しそうな目で俺を見ているが、そんな彼女を振り切って俺は家に入った。
誰もいない真っ暗な家に帰る度に、毎回毎回胸が締め付けられる。
正直限界だった。あと何年これを続ければいいのかと考えない日はない。
自然と涙が溢れ、俺の嗚咽だけが他に誰もいない家に響く。
少し落ち着いた頃に顔を洗い、身体を拭いてベッドに倒れこんだ。
あそこで働き出してから約3年。
俺が15歳になり魔法を授かったあと、すぐに両親は魔物に襲われて死んだ。
いきなり両親がいなくなり、遺されたのはこの家と多少の金。
当然すぐに金は尽き、仕事を探して今のところでなんとか雇ってもらえた。
今日もそうだが正直何度死のうと思ったか分からない。
今俺が生きているのはアスナのおかげだ。
彼女がいなかったら多分もう人生を諦めていた。
「アスナと……バカな……無理だ」
彼女だけは無能の俺に優しくしてくれる。
今まで普通に接していた町の人達は、俺が無能だと分かった途端に態度が変わった。
多分両親がいなくなったのもそれに拍車をかけたんだろう。
守ってくれる人間がいないせいで、俺は町の中でもストレスのはけ口になっていた。
町の人達も、俺という底辺がいる事で「ああならなくてよかった」と思っているんだろう。
アスナはさすがに表立って守ってくれる訳じゃないが、今日みたいにいつもギリギリで支えてくれていた。
「いつか……魔法が使えたら……きっと」
まだ諦めた訳じゃなかった。
いつか力が使える日が来るかもしれない。
手を伸ばし、脱ぎ捨てた服に向けて念じると、服が微かに動いた。
でも、いつか必ず。
そこで俺の意識は途切れた。
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翌日、俺は買い物をするために町の商店通りにやって来ていた。
正直に言えばあまりは来たくはない。
俺の顔は有名だし、服もボロボロで晒し者になるのは目に見えているからだ。
それでも食わなければ死んでしまうのだから仕方がない。
店で野菜や肉、米などを最低限購入する。
俺がいるだけで周りからは嘲笑が聞こえ、視線が合えば汚いものを見るような目をされた。
いつものことだが、何故そこまでされなければならないのか分からない。
魔法が使えないことがそんなにいけないことなのだろうか。
「これを……」
「ちっ……1500ゴールドだ。早く出てってくれ。客が寄り付かなくなる」
「すいません……」
買い物をしているのに罵倒される。
俺ってなんなんだと、毎回そう考えてしまう。
俺があんたに何をしたんだ……。
「おい、無能のロードじゃねーか」
「あ……」
買い物を終え、道を歩いていると嫌な奴らに会ってしまった。
同世代の連中で、かつては仲良く遊んでいたが、15歳のあの日を境に関係は一変した。
それ以来遊ぶこともなく、たまに出会っては俺をバカにして悦に入る最低の人種。
まぁ、ここにいる奴らは大体そうなんだけどな。
「なんだよ久しぶりだなー! 今何してんだお前?」
「……働いてるよ。開墾作業してる」
「あ、そうなんだ。俺達は今度旅立つんだよ。冒険者になるんだ。だから色々入り用でさー……金貸してくれよ」
ニヤニヤと笑いながら肩に手を回し、周囲を囲まれ逃げられないようにされる。
こうなると抵抗したところで意味はない。今まで何度魔法で痛めつけられたかもう数えきれなかった。
仕方なく俺は今持っていた金を差し出す。
「なんだよこれだけしかねーのか。じゃあいいや」
そう言って渡した金を地面にばら撒かれる。
最初からそのつもりだったことに気づいた頃にはもう遅く、唇を噛み締めて黙って拾おうとすると、周囲に風が吹き出した。
やばいこれは……!
「吹っ飛べ無能」
「ぐあっ!?」
ドンっと顔面を叩かれるような衝撃を受け、俺は数メートル吹っ飛ばされる。
そのまま地面に叩きつけられ、少し転がったあとにようやく止まった。
クソ……いきなり魔法を撃ちやがった。
なんとか立ち上がり奴らを見るが、既に奴らは笑いながら背を向けて歩き出していた。
男女揃ってどいつもこいつもクズばかりだ。
地面に散らばった金を拾いながら、こみ上げる怒りと悔しさに涙が出てきた。
道を通る奴らもクスクス笑いながら俺を見る。
死にたい、と心が折れかけるが、その時頭にアスナの姿が浮かんできた。
俺が死んだらやっぱり悲しんでくれるのだろうか。
少しでも悲しんでくれるなら死ぬ訳にはいかない。
魔法だって使えるようになるかもしれないし、その希望にすがり付いてやる。