青春の二ページ目
一ページ目と比べると短いです
「図書部の大まかな活動内容は一ヶ月に一回図書委員と協力して『図書便り』の発行。隔週に一回、壁新聞部の書く壁新聞に用意されている図書部の『本紹介コーナー』の原稿の執筆。夏と冬に一回ずつある他校の図書部との交流会。後は気が向いたときに集まって本の感想を言い合ったり、司書の先生や図書委員の手伝い」
箱宮先生がホワイトボードに書き記していく。別に書かなくても簡単に覚えられる内容だが、こうして文にして書くとやっぱり図書部って必要なのかと疑問に思ってしまう。というか先輩から聞かされていた活動内容と比べると随分と仕事が多い。特に月一回の『図書便りの発行』と隔週に一回の『新聞部が制作する壁新聞の一コーナーの原稿作成』だ。もちろんどちらも違う内容でなければいけなく、合わせると月に三回も読まれるかどうかもわからない原稿を書かなくてはならないことになる。
「やっぱりほとんどが本来の図書委員の仕事じゃないですか。図書委員は毎日何やってるんです?」
「図書委員だって放課後は部活動に行きたいだろうし、昼休みも図書室の管理や生徒の追加希望の本の調整で忙しいんだろう」
何で語尾が他人事なんだよ。実際他人かもしれないかもしれないがつまりは、
「図書委員がやりきれないことを僕たちがやればいいんですね」
「まあそんなこと」
パリッと綺麗な音を立てながら煎餅をかじる箱宮先生。今年の図書部の存続が決定して機嫌が良さそうだ。
僕たちはあの後ひとまず部室で休むことにした。僕の真正面に座る安済先輩は不服そうな顔をしたが、三人目の入部が嬉しすぎて本当に踊り始めた箱宮先生と、僕と同じ一年生の入部生徒の押しに負けて今に至る。
三人目の図書部のメンバー、井上美夏はうんうんといちいち頷きながら箱宮先生の話を聴いていた。その度に揺れる茶髪のサイドテールが可愛らしい。
「それでさ! 今日は図書部存続決定記念という事でこれから何か食べに行こうよ! 一人分なら奢るよ!」
何とも中途半端である。まあ新人教師ならば仕方ないか。その闇には突っ込まないでおこう。
「いいですね! わたし高校生になってお小遣い上がったんですよ!」
「いいノリだ井上ぇ!」
ハシャギ出す二人を尻目に本を読んでいた安済先輩がパンッと本を畳む。おそらく隣でうるさい二人を沈めるために音を立てて畳んだんだろうが、新しく出来たラーメン店の情報に夢中な二人は気づかない。というかラーメンて。井上美夏、こやつ見た目に寄らずガッツリいく気だな。
「……うるさい……」
なかなか不機嫌そうだ。恐る恐る訊く。
「安済先輩は行く気ですか?」
すると、予想通りの返答が来た。
「どうして行くと思ったの?」
行く気無いんですね。僕もです。
この部屋に来てまで十分も経っていないが、すでに図書管理室は賑やかだった。ほとんどは井上と箱宮先生だが、僕自身もかなり浮かれていたと思う。
目の前の安済先輩は読書に集中できずにイラついてる様子だったが、僕は何となくそこまで怒っていないように感じた。
それに、鏡先輩のような面倒くさい人だとどうしようと思っていたが、実際は無愛想で少し怖い女の人だった。これならあまり気を遣わなくて済みそうで安心した。
そう、安心した。僕は、緊張を解いていた。だから【癖】が出てしまった。
「そういえば、どうして僕に嘘吐いたんですか?」
そう僕が言った直後、僕は強烈な後悔と恐怖を感じた。
出てしまった……。恐れていた【癖】が。
安済先輩の答えは簡潔だった。
「何のこと?」
その時の僕はどんな表情をしていただろうか。おそらく、入試の時以上の緊張で強ばった表情と合格通知をもらった時以上の安堵の顔が入り交じった、つまり変な顔をしていただろう。
どうやら僕の気にしすぎだったようだ。安済先輩からしてみればただ疑問をぶつけられただけ、特に変な質問では無いし、僕を嫌う原因にはなり得ない言葉だった。
僕は何とか気を落ち着かせようと、「とぼけないでくださいよ」と、苦笑混じりで言うつもりだった。だが、現実はそんなことを許してはくれなかった。僕の口からは言おうとしていたこととまったく違う言葉が紡がれた。
「だって、この部屋に来なければ嘘吐く必要も無かったでしょう?」
その時の安済先輩の表情を、少なくとも高校生という身分である三年間は、忘れることが出来ないだろう。安済先輩は驚きや少しの怒りが入った表情、そして異端な物を見る目をしていた。
慌てて弁解する。
「ああ! ……違います! 今のは…………」
なかなか次の言葉が見つからない。なにより口を開けるのが怖かった。間違いなく【癖】が暴走している。
隣で夢中になって話している井上と箱宮先生にはどうやら聞こえてなかったようだ。だが安心何てしてられない。何とか解決を試みるが、良い言葉がどうにも見つからなかった。
そんな僕をよそに安済先輩は少し怒気が混じった声で言う。
「なに? 私はこの部屋に来ちゃいけないの? 図書部の先輩なのに?」
「いや、だから……今のはですね…………」
マズい。脳内で中学時代のある女の子の眼と僕に向けられている安済先輩の眼が重なる。その女の子は泣いていたが、安済先輩は怒りに満ちている。
どう答えようかとしどろもどろしていると、安済先輩が「何でそんなことを訊くの?」と催促してきた。迷った結果、僕は正直に答えることにした。このまま慌てふためいたまま何も答えないよりはマシだろうと思ったからだ。
「……だからですね。怒らないでくださいよ?」
そう確認を取ると、「もう怒ってる」と言ってきた。心臓の鼓動がうるさくなったのがわかった。
恐る恐る口を開く。頼むからこれ以上変な事は言わないでくれよと行き当たりの無い願いを吐き捨てながら。
「安済先輩は僕に『ここは図書部の部室じゃない』って嘘を吐きましたよね。しかも学年まで偽ってまで。最初は先輩が実は明るい人で僕をからかったのかと思いましたが、どうやらそういうことでは無いだろうとすぐに思いました。……次に、この自分以外誰も居ない静かな部屋で一人で読書をしておきたかったからかなと思いましたが、だったらわざわざこの図書管理室に来ず、家に帰れば良かっただけです。……もし何か事情があるにしても、隣の図書室に行けば静かに読書に集中できたと思うんですよ……。別に今日じゃ無くたって今週いっぱいは部活動入部期間なんだから今日部員が三名に満たなくても廃部になることは無い。でも先輩は図書管理室に来て、来るかもしれない新入生を待っていた。にもかかわらず嘘を吐いて図書部に入部させないようにした。……それはどうしてですか?」
言った。思っていたことを。疑問に思っていたことを全部言ってやった。自分でも所々声が震えていたのが分かったが、言い切ってやった。
それを黙って聞いていた安済先輩は、途中から俯きながら小さく言った。
「別に……新入生を待ってたんじゃ無い」
その言葉に、ほとんど反射的に訊く。
「なら、誰を!?」
言った瞬間自分の失敗を自覚した。抑えたつもりだった【癖】はどうしようもなく、。
「……ッ!!」
ガタリと勢いよくパイプ椅子から立ち上がった安済先輩は、僕に小さく一言言い残し、文庫本と鞄を持って部屋から出て行った。
「……え?」
何が起こったのかよく分かっていない箱宮先生はぽかんとしながら開けっ放しの扉を見つめる。井上も驚いた表情で僕を見ていた。
僕の頭にはドクンドクンとうるさい心臓の鼓動と、先輩が言い残した「あなた、嫌い」という言葉が、何度も響いていた。