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雅①

雨が降っている。

雨音は激しく、雷も鳴り始めた。

あの子は、桜は怖がっていないかな、そう反射的に思って……拳を握りしめる。

桜が村からいなくなって、生贄になってもう一月が経とうとしていた。もう生きていないだろう、そんな思いが幾度となく押し寄せ、振り払うように首を何度も振った。

信じられなかった。信じたくなどなかった。桜にもうこの世にいないなんて。もう、会えないなんて。


「早く」


早く、早く行かないと。

拳を握り締める。謹慎はまだ、解けない。脱走は何度も試みた。でも十三の子供が、大人の目を掻い潜るなんてそうそう上手く行くものではない。

ああ、でも早く。早く行かなきゃ。助けに。彼女の元へ。

僕は再び家を抜け出すために立ち上がった。



生贄を捧げる晩。村では祭りが開かれる。祭りと言っても小さな村だから、たいしたものではないけれど、火を囲み、皆で食事をして踊って、楽しい時間を、生贄にされる者への最後の楽しい時間を送る。


「おかしいな……どこに行ったんだろう?」


僕は周囲を見回し、彼女を探していた。今日生贄に捧げられる梅……の妹を。

桜は基本的に用がない限り家からは出ない。家の手伝いはしっかりとやっているけれど、それも家の中のこと中心だ。そのせいで、何故か桜が怠け者だ、なんて噂が流れてしまっているけれど、しっかりと働いていることを僕はちゃんと知っている。

基本的に家にいる桜だけど、さすがに今日は家を出てるだろう、と思って探し回るが、桜の姿が見えない。桜は姉のことを好いているから祭りに出ないなんてありえないはずなのだけど。

しばらく、探す。けれど、やはり桜はいない。梅なら知ってるか?と思ったが、梅は今日の祭りの主役。普段でさえ囲まれているのに今日囲まれないはずがない。

梅は楽しげに笑っていた。僕はその姿に先刻からずっと違和感を感じていた。

普通これから死ぬと言うのにあんな顔をしていられるものなのか?

気丈に振舞ってるのだとしても、それでも、普通は影が見えたりするものなのでは?と思わなくもない。まあ、自分がその立場に立ったことがないので、おかしいと断言もできないのだが。


「雅」


ふいにそう呼び止められて、振り向く。そこには二つ年上の兄がいた。


「どうした?先程から歩き回っているようだが……」


「ええ。兄上。桜を見ませんでしたか?」


兄なら知ってるのでは?と思い尋ねる。兄は一応、桜の婚約者なのだから。兄は一瞬気まずげに目を逸らす。そして、知らないと首を振った。


「桜のことだ。家にでもいるのだろう」


「そんな言い方……」


非難するように言われたその言葉に眉をしかめる。兄はいつもこうだ。桜のことをいつだって貶めている。相手は自分の婚約者だと言うのに……まあ、年齢的に決められたものではあるが、それでもそんな言い方はないと思う。

兄が桜のことを好いていないのは知っていた。というよりも、この村では桜は好かれていない。姉である梅はあんなに好かれているのに。僕は幼い頃それが不思議だった。

桜自身に何か問題があるか?と言われたら違う。最近は確かに人との関わりを避けてはいるが、昔はよく人と関わろうとしていた。その時に何か酷いことをしていたか、と言われるとそうでもないし、特に嫌われるようなことは何もやっていなかった。梅に比べて……とよく言われてはいるが、桜が特別劣っている訳ではないのだ、梅が優れているだけで。姉妹だから比べられるのは仕方ないとしても、ここまで嫌われる理由がわから……なくはないが、確証がない。

それでも僕はどうして桜が今の立ち位置にいるか、予想は立っている。だからだろうか僕は桜のことは嫌っていない。むしろ僕は桜のことが……


「雅?」


「あ、すみません」


と、考えこんでしまっていたようだ。


「では、僕はもう少し桜を探してみます」


「……そうか」


「? はい」


何かいつもと雰囲気の違う兄の様子に首をかしげながらも、気のせいかなと背中を向けて歩き出す。今は桜を探すことだ。

桜はあまり家を出ない。出ても誰とも会話しない。まあ、あれだけ嫌な視線を向けられていれば当然だろうが。

だから、この祭りは桜と会話できる絶好の機会だ。

梅が生贄にされるというのに不謹慎な考えか、と自分に苦笑する。きっと桜に言えば嫌われるだろう。彼女にとって姉はきっと村の中で一番大事な存在だから。だが、仕方ない。自分にとって梅より桜の方が大事なのだから。それに実を言えば少しほっとしているのだ、梅が村からいなくなることを。最低な考えだとはわかっている。けれど、しょうがない。そう思う気持ちは変えられない。

僕は梅は好きじゃない。むしろ嫌いだ。そして恐ろしい。だって、きっと梅が……しているから。でも、誰にも言えない。もちろん当事者にすら。言ったって誰も信じないことは明白だ。

それに、別にいいのだ。どうせ、今日で梅はいなくなる。そうすれば、この疑いも無意味なものに変わる。だから、いいのだ。


「いない……」


それからしばらく桜を探す。けれど、桜は見当たらない。


「いったいどこに……?」


まさか、本当に家にいるとでも言うのか?そう思って家まで行ってみるけれど、やはりそこに桜はいない。


「桜……」


そう彼女の名前を呟く。答えるものは誰もいない。

求めている娘の姉を見れば、悲壮感も見せずに、楽しそうに楽しそうに、不自然なほど楽しそうに、笑っていた。

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