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かくれんぼ

雨が降った。

あのなんとも言えないにおいが周囲から漂う。姉は雨のにおいが好きだと言っていたけれど、私は好きではない。あの独特の土っぽいにおいが私は嫌いなのだ。あのにおいはあれが来ることを伝えている。

雨が嫌いなのは神様も同じようで、無表情なのは相変わらずだが、どことなく嫌そうな顔をしている。


「神様も雨嫌いですか?」


そう問えば、予想通り肯定の言葉を返される。

私は縁側から空を見上げた。空は一面灰色だ。雲があるからこそ雨が降る。それはわかっているのだけれど、この嫌なにおいに、この暗く重い空。気分が自然と陰鬱なものになる。

はあ、とため息をはけば、ぽつり、と神様の声がした。


「嫌なことは、いつだって雨の日に起こる」


「………」


なんですか。なんですか。その意味深な言葉は。

ここで普通なら「何かあったんですか?」とか聞くところなのだろう。が、私にそんなこと聞く勇気はもちろんない。神様に意味深な言葉をはかせるほどの過去。そんなもの気軽に聞けるはずもない。聞いたって絶対に「へ、へえ……?」と気まずい空気になるだけだ。

ここはさりげなく話を変えよう!うん!明るい方向に話を転換させよう!


「神様!退屈ですし何か遊びましょうか!」


「遊ぶ?」


こてん、と首をかしげた神様。こういう時にあ、神様って美形だった、と思い出す。一瞬、ドクンと心臓が高鳴ったのは気のせい、ということにしては私は咳払いを一つ。そして、気を取り直して、会話を再開した。


「神様は何して遊びたいですか?」


「え。うん、と……」


神様は下を向いてそこまで熱心に考えなくても……とちょっと申しわけないくらいに考えてくれた。そして「あっ」と思いついたのか、顔を上げた。


「かくれんぼ」


「かくれんぼ、ですか?」


まさか神様さらその遊びが出てくるとは思わなかった。じゃあ何なら浮かんだのかと言われたら何も浮かばないのだけれど。

でもかくれんぼか。この天気にかくれんぼ。神様じゃないけれど嫌なことを思い出しそうだ。でも、神様がせっかく考えてくれたのだし。うん。と頷いて私は口を開いた。


「じゃあ、鬼を決めなきゃですね」


「うん」


「虫拳で決めましょう」


「わかった」


虫券とは三すくみの拳遊びだ。人差し指を出せば蛇で親指が蛙、小指がナメクジで蛇は蛙に勝ち、蛙はナメクジに勝ち、ナメクジは蛇に勝つ。正直、ナメクジがどうやって蛇に勝つのかよくわからないが、深く考えちゃいけない。


「じゃあ!いきますよっ!」


「うん」


そうして私たちはお互いの手を出した。


●〇●〇●


「えっと……どこに隠れましょうか」


私は神様に勝ち、神様が鬼となった。神様は今頃十までの数をゆっくりと数えているはずだ。範囲はこの屋敷の中全部。結構な広さである。隠れ場所を探すのも、相手が自分を見つけるのも難儀なかくれぼだ。

ちょうど良いところを探すためにきょろきょろと周囲を見やる。隠れるところ、と言ってもこれと言ってここだ!と言うところがない。結局私は使われていない部屋の押入れに隠れることにした。使っていない部屋と言っても幽霊達がしっかりと掃除してくれているおかげで、押入れの中も埃はほとんどなかった。

押入れは襖を閉めてしまえば真っ暗だ。今日は雨のせいで光も少なく、隙間から入る光すら小さい。瞼を下ろしても、下ろさなくてもさして変わらないことに気付き、私は瞼を下ろした。

視界が聞かないせいだろうか、音に敏感になる。先ほどまでは気にもしていなかった音が耳に届く。雨の音、幽霊達の声や物音。静かだと思っていたのに以外と騒がしい。

それらに耳を澄まして神様に見つけられるのを待つ。今のところ神様が部屋の前を通り過ぎた様子も立ち止まった様子もない。


――ドォーン!


その時音が鳴った。雷鳴だ。ついにきてしまったか。私は体を丸くして音を塞ぐべく両手でそれぞれの耳を塞いだ。音は途端に遠くなる。けれど、完全には防げない。ドォーンと先程よりも小さな雷鳴が聞こえる。

子供みたいと笑われるかもしれないが私は雷が好きではない。自分の元にそうそう落ちてくることはない。そうわかっていても怖いものは怖いのだ。

昔はこれほどまでに雷を嫌っていた訳ではなかった。もちろん怖くなかった訳ではないけれど。

怖くなったのはそう、あの事件がきっかけだ。何歳だったかは忘れたけれど、確か……七、八歳くらいの時だろうか。

私は姉とその友達に入れてもらって今みたいにかくれんぼをしていた。場所は村長の家。

村長の息子も共に遊んでいたのだ。

私はその村長の息子と共に蔵に隠れた。しばらくすると、その子が少し様子を見てくると外に出て行った。私は大人しく待っていたのだけれど、いつまでたってもその子は戻って来ないし、鬼も来ないしで、私はとうとう我慢出来なくなって閉じられていた蔵から出ようと扉を押した。が、扉は開かなかった。何度も押すけれど扉は開かない。閉じ込められたのだ。

私は泣いた。先程まで気にもならなかった暗闇に恐怖した。大声で助けを求めた。けれど、誰も来ない。

しばらくすると雨も降ってきて、さらには雷までも鳴りはじめて。怖くて、怖くて仕方なくなった。ここで死んじゃったらどうしよう、とかそんな馬鹿なことまで考えはじめていた。

体を丸くして自分を守る。両手で耳を塞ぐ。それでも、恐怖は収まらない。それどころか増していく。助けてっ!と何度も叫んだ。けれど、誰も来ない。誰も来てくれない。……結局、見つけてもらったのは夕方だった。数時間もの間蔵にいた事になる。私を発見してくれたのはその家の息子の次男。当時は病気がちであまり遊びに加わっていなかった子だった。雨が上がり、雨の音で遮られていた私の声が彼に届いてきたらしい。

私はその子に飛びついて大泣きした。その子は戸惑った様子を見せてはいたけれど、背中を優しく撫でてくれた。

その後、その子が大人に事情を話して、その子の兄であり、私を閉じ込めた彼はひどく怒られていた。彼にとってはちょっとした遊びだったらしい。しばらくたったら出してあげるつもりでいたのだが、他の遊びに夢中になり忘れてしまったそうだ。他の子にはお腹の調子が悪いから帰ったと伝えていたらしく、誰も私のことを話さない、彼は思い出さない、で私が長時間閉じ込められる結果となった。

後日、散々怒られたその子に何故か恨まれ「梅がいなかったらお前なんかと誰が遊ぶか!」と暴言をはかれたのはいまだに解せない。自業自得であろうに。

と、言う訳で。私には雷という、トラウマが出来てしまっていた。雨、雷、かくれんぼ、なんて最悪の組み合わせだ。雷がまだ鳴ってないから大丈夫だと思っていたが……そろそろ本格的にやばい。体がぶるぶると震えてきた。

鬼はまだ来ていないけど、もう出てってもいいかな?いいよね?押入れの中から出よう。そう決心した時。襖が開いた。


「桜見つけた」


神様に見つかった。神様は最初満足そうな顔をしていたけれどすぐに顔を強ばらせた。


「桜、どうかしたの?」


「え」


「震えてる」


「あ……ちょっと雷が」


――ドォーン!


「っ!」


雷の音に頭を守るようにして丸くなる。


「雷怖いの?」


「は、はい。少し」


嘘だ。正直かなり怖い。が、私は十三歳。雷に震えてるなんて恥ずかしすぎる。

神様は私の答えを聞くと、何故か共に押入れに入ってきた。そして、私の正面にいくと、私の耳をおさえた。


「こうすれば聞こえない?」


「え。は、はい……」


本当は少しは聞こえるけれど。音は遠くなった。というより神様の行動のせいで音なんて気にならなくなった。

目の前には神様の顔がある。赤い瞳は私を見ている。


「……っ!」


顔が熱くなる。鏡を見なくても赤い顔をしてるのがわかる。

この間一緒に寝た時も思ったけれど、神様っていちいち行動が恥ずかしい!!他意はないのはわかってるけれど!けれども!!恥ずかしい!!!耳をおさえてもらっているから、横を向くことは出来ず、私は赤い顔を隠すため下を向くしかなかった。



●〇●〇●



あれからしばらくして、私はようやく解放された。耳を澄ませばもう雷は聞こえない。雨足も弱まっていた。


「雷止んだね」


「ですね」


私と神様は押し入れを出る。


「? どうかした?」


「い、いえ……」


先程までのことが恥ずかしくて、なんて言えない。神様は良かれと思ってやってくれたのだ。他意は!そう!他意はない!!

私は恥ずかしさを誤魔化すように口を開いた。


「え、えっと!神様!見つけてくれてありがとうございます!」


「え?お礼を言われるようなことはしてない。かくれんぼだし」


「それはそうなんですけど……」


隠れている人を鬼が見つける遊び。神様はその決まりに則って私を見つけただけだ。それはわかってる。わかってるけれど。

昔は姉にひっついて、いろいろな遊びをした。そのどれもが私はおまけで、よく意地悪されて……しっかりと仲間として遊べたことなんてない。

でも、神様はちゃんと見つけてくれて。それは当たり前のことかもしれないけど、私にとっては当たり前ではない訳で。うん。やっぱり。


「神様!ありがとうございました!」

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