女の幽霊①
神社は広い。神社らしきところは何も無いくせにとても広い。だから私は退屈を紛らわせるために神社内の探検を始めた。
「待って」
屋敷の西端の方へ行こうとした時、共についてきていた神様にそう呼び止められる。振り向けば、神様はどこか固い表情をしていた。
「そっちはだめ」
「え」
思わず行こうとしていた先を見る。とくに危険そうな場所はない。景色は今までと何も変わらない。変わらないが……私はあることに気づいた。
幽霊が、いない?
今やそこら中にいる幽霊。廊下を歩けば常に聞こえていた不吉な声はせず、とても静かだ。
幽霊さえ怖がる立ち入り禁止の場所……!?
「ここはやめましょう……!」
「うん」
ここは危険!ここは絶対だめ!そう思ってくるりと方向転換したところで……あれ?と振り向く。今、なんかいた気がした。立ち入り禁止となっている西の方に何か……。
「女の人?」
向こう側に女の人がいた。と言っても透けているし、足は見えないから幽霊だろう。彼女だけが向こう側に一人いた。
「神様。あれ……」
「行こう」
誰ですか?そう言おうとした言葉は神様に遮られる。手を強く引かれて躓きそうになった。いつもなら止まってくれる神様だけれど、今日は止まらず進んでいく。
「神様?」
不思議に思ってそう聞くけど、神様は答えなかった。
●〇●〇●
その日の夜のことだった。寝ていた私は何か気配を感じて意識が浮上した。瞼を上げる。
「神、様……?」
人影がそこにあり、予想した人物の名前を呼んだ。幽霊達は許可がなければ室内には入らない。だから、神様しかいないと思ったのだけれど……
「~~~っ!!?」
そこにいたのは女の人だった。昼間に見た、立ち入り禁止の場所にいた女の人の幽霊。思わず叫びそうになったが、女の人が口元に人差し指を持っていった瞬間に声が出なくなった。
恐怖で体がブルブルと震える。女の人がしゃがんで私の耳元に顔を近づけた。
「……で。ひ……に、しな……で」
「……っ!?……っ!?」
何っ!?ひにしなで?!ひにしなでって何?!全く聞き取れませんよ!!?
「……おねが…ね」
おねが…ね?お願いね!?
なんとかそこは聞き取り正直何がお願いねなのか全くわからなかったけれど、私は早く消えてほしくて全力で首を縦に振った。
「な…しょ…よ」
なしょよ?なしょよ?!
私は全然理解してない。なのに、女の人はこくり、と頷く。いや!ごめんなさい!実はなんにもわかってない!!そんな心の叫びはもちろん届かず、女の人はすっと消えていった。すると同時に喉のつっかえも消えた。声が、出る。
「ぎゃあああああああ!!!!!」
私は全力で叫んだ。
「桜!?」
襖を開けて神様が慌てた様子でやって来た。襖がパン!とちょっと壊れちゃったんじゃないですか?と言いたくなるくらい勢いよく開いた。
「か、神、様」
「桜。どうしたの」
「うわあああああああ!!!!神様ああああああああ!!!!!!」
「うわっ」
私は神様に飛びついた。小さな神様の体は後ろに倒れてしまう。私は倒れた神様の上に乗りさらにぎゅうとしがみついた。恐怖で体が震える。
「桜。どうしたの」
「で、でででででででて出たぁあ!!」
「出たって何が?」
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆひぅぁっ!!?」
幽霊!と言おうとしたその時、私は見てしまった。神様の、後ろに、さっきの、幽霊、が。
「ひっ」
悲鳴をあげようと思った。でも、その幽霊が自分の口元に人差し指を持っていきそれを制した。喋るな、と言うように。そこで、私はさっきの言葉の意味を知った。さっきのなしょよは、なしょよではなく、ないしょよ、だったのでは……?私は慌てて片手で口元を覆う。幽霊はこくり、と頷いて再び姿を消した。
「桜?」
急に黙った私を不思議に思ったのか、神様に問うように名前を呼ばれた。いったいどうしたのか、と目が聞いている。答えたい。が、私は答えられなくなってしまった。言ってしまえばあの幽霊に祟られる!絶対に祟られてしまう!
「桜?」
「ゆ、夢を、見て。怖い、夢を……」
私は下手な嘘をついた。さすがにこの年で怖い夢を見て大騒ぎしたなんて下手すぎるとはわかっている。わかっているが、他に嘘が思い浮かばなかった。
私の下手な嘘。さすがにバレたか。というか、神様を騙してそれこそ祟られないか、と思ったが、今更言葉の撤回はできない。
「夢……そう」
神様は少し考えたような間をおいた後、うんと頷いた。え?まさか信じてくれた?と目を丸くしていると、神様は立ち上がり何故か私の布団の中に入った。
「え?」
神様の行動の意図がわからなくて、私は呆然とする。そんな私に神様は言った。
「一緒に寝よう」
「はっ!?」
何がどうなってそうなった。今の会話のどこにそれに繋がる話があった。
「だって怖い夢、見たんでしょ? 」
「え、ええ、まあ……」
本当は夢でなくて、幽霊ですけどね……。
「夜泣きしたら人間は添い寝してあげるものなんでしょ?」
「へっ!?」
「ほら、はやく」
とんとんと布団を叩かれた神様に催促される。いや、待って。ちょっと、待って。確かにそれはあるかもしれないけれど、それはもっと幼い夜泣きをするような年齢の子供がされることであって、ああ、でも私は今そんな夜泣きをした設定になってしまっているから……
考えて、考えて、考えて……私は布団に入った。正面は恥ずかしいので、もちろん背中を向けて。
うう。恥ずかしい。この年で誰かと一緒の布団で寝てもらう、なんて。ああ、上手い言い訳さえ言えていれば!
そう後悔しても後の祭り。私は神様の横で目を閉じる。もうこうなったら早く寝てしまおう!!
「おやすみ、桜」
「お、おやすみ、なさい。神様」
その言葉と共に神様がぽんぽんと私の体を優しく叩く。一瞬驚き目を開けてしまったが、すぐに閉じる。恥ずかしい。まるで小さな子供に戻ったよう。……ああでも、とても落ち着く。
そういえば、昔、姉にもよくこうやってもらった。どんなに怖い夢を見ても、姉にこうしてもらうだけで安心して眠れた。
心地良い温もりを背中に感じる。暖かい。とても。暖かい。
気づけば意識は優しい闇へと沈んでいた。