出会い②
思い出した記憶。私は混乱した。私はあれからいったいどのくらい寝ていた?たまに目を覚ましてはいたが、すぐに甘い香りがして眠ってしまった。今考えればあれは何かの薬だったのだろう。
「大丈夫?」
そう問うてくる神様を見る。もしも、彼が本当に神様ならば、きっと私は生贄に捧げられたのだ。本来なら晩に宴を開き、その後御輿に生贄を乗せ、村の森の中にある神社に運ぶ。鳥居の先から生贄以外は入れない決まりなので、普通ならそこで下ろし、生贄は一人敷地内に入っていくのだろう。が、私は眠っていたため鳥居の内側に置いていくと、去って行ったのだろう。
「……っ…」
私は拳を握りしめた。なんでこんなことになったのだろう。悔しいのか悲しいのか、よくわからないが涙が出てくる。
「大丈夫?どこか痛いの?」
「……だい、じょうぶです」
これから食べる生贄を心配するなんて変な神様だ。そう思いながらも私は頷く。
「君は……新しい巫女?」
「巫女?」
違う。私は生贄としてここに連れてこられたのだ。そう言おうとして、息をのむ。
「違う?」
先程まで優しげな雰囲気を見せていた神様が凍りつくような瞳で私を見ていた。咄嗟に殺される!と恐怖した。
違う、なんて言える状況ではない。ない、が。ここで逃れてもどうせ後でバレる。なんてったって相手は神なのだから。
私は意を決して言った。
「私は、巫女ではなく、生贄です」
そう答えると神様はなんだ、と雰囲気をやわらげた。
「やっぱり巫女だ。皆、そう言ってここに来る。けど、違う。君は巫女」
「巫女?生贄じゃなくて?」
「うん。僕は君を食べないよ」
「え」
私は驚きで目を丸くする。生贄、じゃない?食べないって……じゃあ、わたし助かる?
「行こう。暖かくなってきたけど、まだ夜は人間には寒い」
手を差し伸べられる。私は戸惑いながらも神様の手をとった。
●〇●〇●
神様の周りには赤い炎が飛んでいる。人魂っ!?と驚いたけど、神様の力で出してるものらしく、怖くないよと言われた。怖くないと言われても怖いものは怖い。と最初はビクビクしていたけれど、炎のおかげで道が明るいので助かった。
神社は思ったよりも広く、人が出入りしていないはずなのに廃れてもいず、綺麗なままだった。というより、ここは神社なのか?とふと疑問に思う。鳥居から建物のあるところまでだいぶ歩いてきたが、正直神社らしさがだんだんと失われている。建物に関してはただの立派な屋敷だ。鳥居以外神社らしいところなんて見ていない。
神様に手を引かれ入った室内もただの大きな屋敷。誰が掃除してるのか知らないが埃は見あたらずとても綺麗だ。
廊下をしばらく歩き、神様は立ち止まると一つの部屋の前で止まり、襖を開けた。その部屋は十畳ほどの部屋だった。
「ここ君の部屋」
「え、私の部屋ですか?」
「うん……いや?」
こてんと首をかしげられる。その仕草が可愛らしくて、食べられるかもしれない相手だというのに胸が高鳴る。て、そうじゃなくて!
「部屋をもらえるなんて思いませんでしたので。ありがとうございます。……本当に食べないんですか?」
「うん。本当はもう少し良い部屋があるんだけど……そこは今、使えなくて」
「お、おかまいなく。この部屋もとても立派ですよ!」
「そう。……気に入った?」
「は、はい」
そう頷けば良かったと安心したように神様は言った。
「今日はもう遅い。話は明日にしよう」
「えっ。本当に食べないんですかっ!?」
「うん。食べない。だから安心して寝ていいよ」
そう言うと神様はおやすみ、と言い残して部屋を出て行った。
●〇●〇●
神様は食べないと言ったけれど、生まれた時から生贄は食べられると刷り込まれていたため簡単に信じることもできず、こんな不安な状態で寝れるわけないと思ったが、布団を敷いて目を閉じたら一瞬で夢の世界だった。いや、夢さえみていなかって。熟睡していた。
だから
「おはよう」
そう体を揺すられるまで私は眠り続けていた。
目を開ければ、そこには美しい少年。白い髪に赤い瞳。不思議で幻想的なその色に私は綺麗、と思わず呟いた。
驚いたように赤い瞳が丸くなったところで、私は覚醒する。
慌てて上半身を起こした。
「か、神様っ!?」
「……おはよう」
「お、おはようございます。も、もしや……わ、私食べられますかっ!?」
「食べないよ。昨日も言った」
昨日も言われたがやはり信じられない。裏切られたばかりなのもあり、どうしても簡単に信じられなかった。
「行こう。ごはんだよ」
「え」
疑う私に天使様は言った。ごはん?ごはんて私?
「違う。君の」
「え」
神様は私の考えを読み取り、そう言った。君のって、私の?
ふいに美味しそうな香りが漂っていることに気づく。お腹がきゅうと鳴った。
●〇●〇●
神様に連れられていくと私の部屋の二倍くらいの広さの部屋に案内された。そこにある机の上には焼き魚にごはん。味噌汁にお新香。理想的な朝ごはんがそこにあった。
「おいしそう……」
思わず呟く。お腹も同時にきゅうと鳴った。
「食べよう」
神様は席につくと、私にも座るように促す。私が座ったのを確認して、神様はいただきますと手を合わせた。
「い、いただきます」
私もそれに習う。そして、ゆっくりと箸を持つと、これまたゆっくりとごはんを食べた。朝食はとても美味しかった。一瞬肥えさせて食う気かと疑ったが箸は止まらずすすめられるままにおかわりをした。
●〇●〇●
ごはんを食べ終えると神様はカチャカチャと食器を片付けはじめた。
「私も手伝います」
慌ててそう言うとありがとうとお礼を言われた。いや、そもそも私、生贄のくせに神様に家事なんかさせちゃってるんですけど、と思ったが言わないでおく。さっき聞いたのだがこの朝食、まさかの神様が作ったらしい。しかも神様はごはんを食べる必要が無いのに、だ。人間はごはんを食べなきゃ生きていけないから、と言って。もうびっくりだ。なんだこの尽くし系の神様は。食器を神様と共に洗い、片付ける。茶碗や箸などは二組しっかり揃っていた。
そうして二人で先ほどの部屋まで戻る。神様が巫女について教えてくれるらしい。私はもうどきどきだ。食べない、食べない、言ってたけど、実は肥えさせて食べるのだとか言われたらどうしよう。
緊張しながら畳に座ると神様が口を開いた。
「まず、君は勘違いしてるみたいだから言うけど、僕は君を食べない」
「こ、肥えさせて、からとかでもなく……?」
「……なんでそんな想像してるの?とにかく、僕は君は食べないよ。そもそも神に食事は必要ない。さっき食べたのは昔違う巫女が一人で食べるのは寂しい、て言ってたから。人間って皆でご飯食べるんでしょ?」
「まあ、たしかに私もごはんは家族で食べてました……」
「で、巫女についてだけど……君らの村ではいまだに生贄って言われてるんだね」
「はい」
こくり、と頷く。十年に一度捧げる生贄。生贄は神に食われるのだと疑ってもいなかった。だって私が幼い頃に生贄になった彼女は帰ってきていない。
そこでふと気づく。
「あの、生贄を食べないなら……先代の生贄はどうなったんですか?」
そう言うと神様は僅かに体を固くした。一瞬口を開き、閉じた。言おうとしてやめた、そんな感じ。
「あの……?」
そう言えば、神様は
「知らない」
「え」
「知らない」
きっぱりと言った。でも私は思う。絶対嘘だ。こんなばればれな嘘つく人いるんだとすら思ってしまう。人じゃなくて神様だからありなのか?と馬鹿なことを考えた。
頑なその様子に私は聞くこともできず、とりあえずそうですか、と相槌をうっておいた。もしかしたら本当に食べられないんじゃ、と思い始めていたが、警戒は怠らないとようにしようと改めて思う。まあ、警戒したところでどうしようもないのだが。
とりあえず気まずい空気が流れたので私は話題を帰ることにした。
「もし私が巫女だとして、何すればいいんですか?」
私は食べられる以外の仕事内容は知らない。巫女というからには何か仕事があるのだろうと思い言ってみたがまさかの返答が返ってきた。
「何も」
「え」
「何も無い。ただここに居てくれればそれでいい」
「え」
いや、なんかないの?ここにいるだけって。
「ごはんも掃除も洗濯も、全部僕がする。したいことがあるなら、できることはさせてあげる。欲しいものがあるなら手に入れてあげる。だからここにいて」
「え」
なんだなんだ。この展開。そりゃあ何もしないで引きこもっててよ、とは魅惑的な言葉だけど、それでいいのか。神様をこき使うなんて。そもそもなんのための巫女なのか。
「私、いらなくないですか?」
「え」
「いや、だってなんかどうみても神様の負担増やしちゃってますし」
うん。神様の巫女とか言ってるけど、これならどうみてもいない方が言いだろう。
そう思い言ったのだけど、神様はなんだか突然優しい雰囲気を無くされた。え。と思った時には手を取られ、引き寄せられ、顔が近くなる。目の前には赤い瞳。
「ここにいたくないの?」
「え」
「僕が嫌?」
いたくないかいたいかと言われたらもちろんいたくないし、食べられるかも的な神様が嫌か嫌じゃないかと言われたらそれももちろん嫌な訳で。けれど、それを言ったら今この瞬間に命はない気がして、私は本能的に首をぶんぶん横に振った。神様はそんな私ににこりと微笑む。ここに来て初めての神様の表情の変化。初めての笑顔だけれど感じるのは恐怖だけだ。
「よろしくね、桜」
ぶんぶんと今度は首を前後に振る。
ねえ、神様?どうして私の名前を知ってるんですか?