2.1.地平線の両側には
木の枝葉の間からは、青い空が覗いている。
その枝葉を、風がびゅう、と吹き揺らして1枚の葉がひらひらと舞い落ちていく。
落ちる葉の行く先には、白い机が置かれていた。
そしてその机を挟むようにして、少年と少女が2人で向かい合い何かを熱心に喋りあっている。
その葉は二人の声に吸い寄せられていき、やがて白い机の上に着地した。
2人の声がよく聞こえてくる。
「ねえ、それでいつになったら見せてくれるの?」
「そうだなあ、昼の内は見張りが厳しいし……でも、善は急げだ! 今日の夜、こっそり抜け出して来られる?」
……どうやら夜に抜け出してどこかへ行く作戦を立てているらしい。
女の子が、好奇心たっぷりの様子で、答える。
「楽しそう! 待ち合わせは、いつものあそこでいいかしら?」
「ああ! じゃあ、これから戻って支度しなきゃ。いいかい、絶対見つかっちゃあダメなんだからな!」
「分かってるわよ、心配しないで」
女の子は拗ねたようにぷいっとそっぽを向く。
その瞬間、再び風がびゅう、と吹き白い机を吹き抜ける。
2人の姿が遠くなる。
願わくば、彼、彼女らの冒険に幸多からんことを。
吹き抜ける風は、多くの仲間を伴って、夕日の空へと向かっていった。
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町で一番大きな木の下で、男の子は座っている。
辺りはすっかり暗くなり、聞こえるのは木々のざわめく声だけだった。
遠くから、ちらちらと近づく明かりが1つ。
男の子は、立ち上がり、明りの方へ向かっていく。
「おっ、うまく抜け出してきたみたいだな。」
「私にかかれば、こんなものよ。さあ、行きましょう。」
「じゃあ、出発だ! 大丈夫、そんなに遠くないよ」
そう言うと、男の子は歩き出した。
しばらく道を歩くと、山道に差し掛かった。
「大丈夫?」
と男の子が女の子に声をかける。
「大丈夫よ、馬鹿にしないで」
と女の子が不服そうに答える。
「そうかい、それじゃ行こうか」
と男の子は前を向きまた歩き出す。
辺りは鬱蒼としていて、木の根がときどき足を引っ掛けてくる。
それらはたまに落ち葉に身を隠していて、暗い夜には厄介な相手となる。
「きゃあっ!」
という声と共に、男の子は腰元をぎゅう、と締め付けられるのを感じる。
そこには、何かにおびえたように抱き付いてくる女の子の姿があった。
「どうしたの? そんなに慌てて」
と男の子が事もなげに尋ねる。
この道はいつも通る道だから、慣れているのだ。
かさかさ、とさらに音がすると、女の子はさらに抱き付く力を強くしてくる。
「大丈夫、リスか何かだよ。それにしても、君がそんなに怖がりなんてね。」
男の子は、ニヤニヤとしながら、女の子の方を見る。
女の子は、真っ赤になっている。
「もう、知らないっ! まだ着かないの?」
「もうすぐ見えてくるよ」
「じゃあ、もう少し頑張る……」
そう言うと、女の子は男の子のシャツの端を握った。
そのシャツの端に導かれるまま、しばらく歩いていると、だんだんと足元が明るくなってきた。
ふと視線を上げると、それまで鬱蒼としていた木々がいなくなり、星々が姿を現し始めていた。
次の瞬間、女の子は息を飲んだ。
辺り一面には、花畑が広がっていた。
その花々が月や星々の光に照らし出され、神秘的に佇んでいた。
地平線が鏡のようになり、その両側に白い光が輝いている。
一体どちらの光の粒が多いのだろう、などと考えていると、隣から得意そうな声が聞こえてくる。
「これをさ、見せたかったんだ。誰にも内緒だからな!」
男の子が笑いながら言う。
「そうね……」
と女の子は感慨深そうに景色を眺めている。
そして再び口を開く。
「2人だけの秘密、ね。そう……」
その瞳は寂しさを帯びている。
その姿に男の子は何も言えず、伸ばしかけた手を戻そうとする。
その刹那、不意に女の子がこちらの方に向き直ってきた。
その眼には、先ほどの寂しさの代わりに、決意の熱が秘められているようだった。
戻しかけた手は、再び女の子の方に引き戻される。
そして女の子は、決然と口を開く。
「ねえ、悠。これからもずっと、私と一緒に居てくれる?」
男の子は、戸惑った。
男の子は、その辺の普通の平凡な両親の息子に過ぎなかった。
しかし、今その前でこちらを向いている女の子は違う。
男の子が生活している城下町の中心にあるお城のお姫様なのだ。
そんな娘とずっと一緒に居ることなんて、できるのだろうか。
その答えは、いくら子どもでも分かっていた。
それでも――
女の子はさらに決意を決めたかのように、次の言葉を口にした。
「悠。あなたがもし、同じように思ってくれているなら、一つだけ方法があるの」
どんな方法でも構わない。
男の子は、その次の言葉を聞く前には、心を決めていた。
びゅう、と吹いた風が花々を揺らした。
それでも1つも散ることはなく、星々と共にと光り続けていた。
それはまるで、空から広がる1つの花畑のように見えた。