1.2.砕けた仮面
「おはようございます、鳥海さん。」
朝、寮から出ると、そこには昨日校庭で会った女の子が立っていた。
「おはよう。えっと、君は…」
「洞爺 唯子と申します。少しお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、笑顔の素敵な」
しまった、皮肉が口に出てしまった。と後悔しながら、悠は話を続ける。
「やはり…」
じろ、と睨まれた気がした。笑顔のままで。
「それで、洞爺さん。こんな朝早くからどうしたの。申し訳ないんだけれど、この後、友達と約束が…」
約束というのは、他でもない。昨日教官から言いつかった追加ペナルティ、手紙仕分けだ。早く始めないと今日の朝食さえ失ってしまう。昨日の夕食を失った悠には、目先の花より団子の気分だった。
「それでは、単刀直入に言います。私の下僕になりなさい」
言葉が出ない、とはよく言ったものだ。まさにこのようなことを言っているんだろう。
「あの、よくわからないんですけど…」
洞爺さんはあきれたようにかぶりを振り、さっきまでの笑顔はどこへやら、冷たい目を向けて言った。
「あなた、“分かる”でしょう?」
「何の事だかわからないな。」
「まあいいわ。今日のところは勘弁しておいてあげる。さあ、用事があるんでしょう?急がないと」
それじゃ、また。と言い残して悠は走り始める。
「―――そう、今日のところは、ね」
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「そういえば、昨日会った女の子だけど」
バイキングの朝食を取りながら郷が話しかけてきた。
「洞爺さんか」
最後のベーコンを摘み取りながら悠が答える。
「あっ、俺にもタンパク質取らせろよ。というか知ってたのか。洞爺さん、すげえよな。まさに立てば何とか、ってやつさ」
「立っても座っても歩いてもデンドロビウムだろう。」
「おや、美人ってことは認めるんだな。しかしデンドロビウムはねえよ、あれが我が儘なわけがない。お前は知らないだろうが、その楚々とした振る舞いに男子はみんなメロメロだ。」
知らないわけじゃない、とは答えずに席を探す。幸い時間も遅いせいか、すぐに席は見つかった。
「とはいっても」
郷が腰を下ろしながら言う。
「ああいうのはああいうので大変なんだろうな、と思うよ。」
悠は黙ってパンを齧りながら朝のことを思い返していた。