(以下修正前)1.1.夕日とスキップ
「それで……こんなことになっているんだ?」
俺は、隣の青年に問いかけた。名を白山 郷という。
本人が言うところによれば、こいつは入学前に送られてきた書類全てに目を通したらしい。何という勤勉さか。はたまたそんなに暇だったのか。いずれにせよ、わからないことを尋ねると答えてくれるのはありがたい。
「どうだろうね、庭師のいないお屋敷では、こういった技能も必要とされるのかもしれないけれど、でも、なあ?」
郷は苦笑しながら答えた。
まあ、そう言えなくもない。何せ、今やっているのは校庭の木の剪定作業なのだ。それに、この校庭はやたら広い。夕方までかかっても、指定された区画を終わらせるのは、無理なように思えた。
「本当に…どうしてこうなった……」
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広いな、というのが第一印象だった。
地図はあった。しかし、指定された場所にたどり着く自信はない。
―少なくとも時間内には。
オリエンテーション、と印字されている点に向かおうと入学式の席を立った悠だが、地図をどうも見誤ったようだ。
距離もそう遠くない。乗合いのバスに揺られるよりは、歩いた方が早いし、楽だ。というのが悠の出した結論だった。
なにせ、目的地までは、建物2つ分しかないのだ。
これが、誤りだった。この学園を甘く見ていた。ここは、何もかもが桁違いだ。建物2つ分とは、あまりに遠すぎる距離だった。
どうしようか、タクシーでも呼んでみるか、と考えていると、追い越していったバイクがハザードランプを焚きながら止まった。
フルフェイスを脱いだ顔が露わになる。
(何やってんだ…)
「おい、君、もしかして新入生かい?だったらバスがあったはずだぜ。」
バイクの男が尋ねる。何と答えようかと思案していると男が重ねる。
「まあ、この施設広いしなあ。ともかく、このままじゃあ間に合わないだろうし、後ろ乗れよ。」
後ろを指しながら笑った。
「助かった、地図を見間違えてしまって」
「まあ、確かにな。あの地図、簡略化しすぎなんだよ。わかり易さを求めた結果、伝えるべきものを伝えられないんじゃあ、書いている意味がない。それに、この学校、入学前に書類を送って来過ぎなんだよ。どれが重要なのかわかりゃしない。そのおかげで、書類全てに目を通す羽目になった。」
バイクの男の文句は、別のところまで飛び火する。
「え、あの書類全てに目を通しただって?ちょっとした辞書くらいの量はあったはず…それを?」
悠は驚いて尋ねた。
「当たり前だ。どれが重要かわからないだろう?それに、事実読んでないお前は今、道に迷っているじゃないか。」
「降参だよ。」
悠は苦笑し、
「そういえば、名乗っていなかったね、僕は鳥海 悠、クラスは――」
「G、だろ。俺は、白山。ゴウって呼んでくれ。下の名前な。同じクラスだ。」
クラス名簿か、本当によく見ているな。と感心しながら、悠はよろしく、と答えた。
「ところで」
ゴウは思い出したように言った。
「早く乗れよ、遅れるぜ。」
ふと見ると、時計は集合時間ちょうどを指していた。
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「何って、お前のせいじゃないか。俺まで巻き込みやがって」
などと軽口をたたいてくる。
「すまないと思っている。でも、ゴウがいてくれて助かったよ。1人でこの校庭をやっつけるのは、骨が折れそうだ。」
(いつまでやってるんだよ、まったく)
「あの…」
そこには、申し訳なさそうにして立っている女の子がいた。
楚々とした出で立ちで、大和撫子そのもの、といった感じだ。
そして、申し訳なさそうに口を開く。
「教官が、戻ってくるように、とのことです。なんでも、口ばっかり動いて手が動いていないとか何とか…とにかく、戻ってくるようにとのことです。」
「分かった、わざわざありがとう。」
2人は礼を言うと教室に歩き出そうとする。
「ああ、漸く我が庭師生活ともお別れか。苦行だったが、これも終わりとなると寂しくなるな。」
などと郷が調子よくいっていると、先を行っていた女の子が振り返り、
「あ、それと伝え忘れていたんですけど、」
と付け加える。
「全部終わるまで放課後はないそうです」
うふふ、と笑みを浮かべて。
教室への足取りが重くなった気がして隣を見ると、友人も同じような心持だったらしく、背中を曲げている。
前を見ると夕日に揺れる影がスキップしていた。