客席
耳に入れたイヤホンから流れる愉快なやり取りに、私は満足した。
こいつはやはり、見込んだ通りの大した役者だ。
スマートフォンが軽快な音楽を奏でた。終わりの知らせだ。
「親父」
「やめろ。演技は終わりだ。幸成君」
「どうでした? 俺の迫真の演技」
「声だけでも狂気が溢れる見事な演技だった。こんな事ならカメラも回せば良かったよ」
「そんな事しちゃ、さすがにバレるでしょ」
「協力ありがとう。戻り次第、報酬を渡そう」
「感謝するよ」
「ところで」
「はい?」
「殺しちゃいないだろうな?」
「え、何ですか?」
「ああいや、何でもない」
「じゃ、今からそっち戻ります」
通話終了のボタンを押す。
そしてそのまま、画面から一人の人物を選び出し、またスマートフォンを耳にあてる。
「いい役者ですね、彼」
ヒカりは開口一番そう口にした。
「魅力と力のある人物には自然といい人材が集まってくるものだよ」
「とても面白かったです」
「しかし、今回もどうしようもない屑だったな」
「はい。智の欠片もない屑でした」
「君の時間を奪うにはあまりにもったいない有害な存在だ」
「お金を用意してくる執念と執着だけは少し骨がありました」
「それだけだろう?」
「それだけです」
「所詮は、駒でしかない。私を楽しませる為のな」
「良いお遊びでしたね」
「君に纏わりつく害虫退治と私の娯楽思考。一石二鳥だよ」
「私のお膳立てがお気に召したようで」
「頭の悪い男だ。君の言葉一つで写真の男を私の息子と断定し、誘拐にまで及ぶなど。危機意識も状況判断も出来ない、生きる資格もない屑だよ」
「気概と根性もありません」
「だからこそ、安心して息子役の幸成君にお芝居をお願い出来た。これはあくまで遊びだ。こちらに危害が及んでは元も子もない。まあ、もしもの際に揉み消すだけの力は備えているつもりだがね」
「今日も楽しかったですよ」
「こちらこそ」
「ところで、いつお会い出来ます? 最近お顔を見れておりません」
「なんだい。急にお仕事の話かい」
「違います。純粋な気持ちです」
「ありがとう。だが、なかなか忙しくてね。顔を出せるように努力する」
「お待ちしていますよ」
通話を切り、グラスに注いだ水をぐびりと飲み干す。
度々行うヒカリとのゲーム。
高級クラブで偶然出会ったヒカリの美貌と包み込むような笑顔は、女神と評されるのも頷けるものだった。
さすがの私も最初は少々気圧された。なかなかに出会う事のないオーラを放つ存在。興味を抱いた私は彼女から多くの時間を買い取り、やがて愛人という席に座らせるまでにそれ程の時間はかからなかった。あの男と違って、金は腐るほどに持っている。
この世のものとは思えない強烈な美貌はいらぬ虫を寄せ付ける。私は最初、ただ鬱陶しく飛び回る蚊を潰すように彼女から遠ざけた。
だが、芸がないと思った。おもしろくないという事。娯楽のない人生は反吐が出る。何事も楽しんでこそだ。その姿勢と思想があったからこそ、ここまでの財を築けたとも言える。
私は、どうせならゲームを仕掛けてみないかと、ヒカリに呼び掛けた。おもしろいですねとすぐに口にした彼女の心も、なかなかに悪魔的である事をその時に会間見た。
意気揚々とヒカリの部屋に上がったのを見計らって、彼氏役の強面の男を登場させるなんてベタなイタズラが初めてのゲームだった。怯えきった男の表情は今でも思い出し笑いが出来る程愉快なものだった。
だがゲームとはエスカレートしていくもの。クリアすればするほど様々なギミックが登場する。困難をくぐり抜けた先に至高の喜びがある。遊びも単調であればあるほど飽きるものだ。
今回はそう言う意味では少し大きく出たかもしれない。ヒカリもなかなか大胆な遊びを企てるものだ。