疑心
「親父だよね。今の」
寝そべりながらも、へらへら笑いながら喋る幸雄の表情はやはり異常だった。
少なくとも、人質が浮かべるべき顔ではなかった。
「断られたんだ? そうだろ? なあ、そうだろ?」
狂気の笑顔を幸雄は絶やさない。
「はふっ。だよねー。そりゃそうだよ」
幸雄は、独り言のように天井に向かってしゃべり出した。
「会社の跡取りを期待されて、でもそれに刃向って、勝手に家の金ぱくって飛び出してほっつき歩いた、役者を夢見る身の程知らずなんかに興味ねえよ」
「お前……」
「あいつにとって俺はな、ただの駒なんだよ。自分の人生を満たす為の駒。その駒が使えないと分かったらそれまでだ。いなくなった俺に親父は何もしなかった。せめて母さんがいればまだ違ったかもしれない。でも生憎、母親とは無縁の家庭だった。常に駒としてしか存在を認められていない人生。そりゃさ、飛び出すだろ?」
「……」
「あんた、馬鹿だよ」
「何?」
「ちゃんとさ、調べたのか? 俺達の事」
「……」
ちゃんと調べたのか。
幸雄の声が何度も鼓膜の奥で響く。
俺は何も答えない。
三好幸造。ホテル経営で財を成し、それを足掛かりに数々のマネージメントを手掛け富を築いた男。妻恭子は幸雄が3歳の頃に離婚。元より夫への愛情などないに等しく、幸造の富に群がった羽虫でしかなかった。当然、幸雄への愛などなかった。そして幸造も、生まれてきた幸雄にも愛よりも財を成し、支える事への教え以外の愛情表現はなかった。
愛情のない親子。その結果、幸雄は完全に幸造を拒絶した。
役者を夢見て反発した幸雄は高校卒業を機に、家の金を持ち逃げ飛び出してしまった。
ヒカリから事前に聞かされた内容はそんな所だ。
電話での幸造とのやり取り。
息子の事などゴミ同然に投げ捨てた幸造。確かにそこに愛情など、一切感じ取れなかった。
そして、息子である幸雄の中にも愛の欠片はどこにも存在していない。
「あいつが俺に金なんて払うわけないじゃん」
幸雄は嘲け笑って見せた。
人生を捨てた者の笑い。自分の価値などとうに捨て去った目。
「ねえ、誰に聞いたの? 俺達の事」
幸雄の目は、天井を向いたままだった。