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魔力

 きっちり真ん中で分けられたさらりと光なびく肩先まで伸びた明るいブラウンのストレートヘアー。くっきりとした目鼻立ちはまるで彫刻のように芸術的だった。

 あまりに整い過ぎた顔立ちはそれだけだと人を寄せ付けない絶対的な存在感とオーラを漂わせたが、ヒカリはその美貌に甘んじる事無く、その顔に他人の全てを癒す笑顔を灯す事で人間界の男を完全に支配しきっていた。

 かく言う俺もその一人だった。いや、その他大勢というつもりはなかった。ヒカリの与えてくれるものは、絶対に他の女性からでは得る事の出来ないものばかりだった。全ての時間を注ぎ込んでも足りない、必要不可欠要素。例え酸素がなくなろうとも、ヒカリがいれば生きていける。


 それだけの存在だ。当然ながら、彼女の時間の価値は、俺のような屑とは比較にもならない。だが、そんな彼女と同じ時間を過ごす単純な方法が一つだけある。

 金だ。

 金を積むだけだ。たったそれだけで、俺は彼女と同じ時間を共有する事が出来る。

 金、金、金。

 彼女と会う為の必要条件。金さえあればそれだけでいい。

 単純明快なシステム。だがその桁が違う。

 ラーメンを食うのや、カラオケルームに入るのとは訳が違う。大量の紙幣が必要になる。

 それを惜しんだ事はない。疑問を抱いた事もない。だが、懐が貧しくなっていくという事実だけはどうすることも出来なかった。

 生きていく上で必要のないものは切り落とした。味のないインスタント麺、フライパンの上で焼いただけのもやし、まともな食事をする回数は減っていった。

 もともと、不真面目で根気もないくせにひん曲がった性格のおかげで定職などなかった。転々と日雇いの職を渡り歩いたが、そんなその日限りの日給程度ではヒカリの時間に見合う報酬には程遠い。

 簡単に大金を得る。こんな屑が行き着く思考の先はたいていギャンブルだ。

 だが、テクニックも理論性もなく、行き当たりばったりの運だけで勝てる相手ではなかった。結果はついてこず、資金は減る一方だった。

しかし、もうこれしかなかった。今から一発逆転の大金を得るための頭は自分にはない。神憑り的な身体能力がある訳でもない。八方塞。

 そしてとうとう、俺は金貸しにまで手を出した。手にした仮初の大金は俺を狂喜させた。

 これで、ヒカリに会える。だがその見返りはでかかった。

返済能力などあるはずもない。通常の金貸しが屑に貸す金などない。となれば、こんな屑にでも金を貸してくれる良心的な存在は”闇”がつく存在の外ない。

 奴らは横暴だった。声をまき散らし、扉を蹴りつけ、根も葉もない吹聴を廻りに叩きつけた。

 構わない。当然の結果だ。痛くもかゆくもない、と言えばさすがに嘘になるが、それでもヒカリに会えるという希望だけが俺を支え続けた。

 しかし、それももう限界間近だった。

 膨れ上がる金利に成す術もなく、それでも隙間を縫うように様々な場所から金を調達しヒカリとの時間に費やした。

 袋小路。前も後ろもない。ただ目の前にヒカリがいるだけ。ただそれだけだった。


「文康さん」


 いつものアフター。彼女の声は硬かった。

 詳しい事は話していない。どうやって彼女と会う為の金を工面をしているかなど、そんな事を自慢げに話して聞かせるなんて男として恥ずかしかった。もはや手遅れで見当違いのプライド。だがそこは譲れなかった。


「私からこんな事言うのも、どうかと思うんですが」

「何?」

「お金、どうされてるんですか?」


 それは質問というよりも、確認だった。

 とっくに財布の底をつき、その底を突き破り真っ当ではない方法で俺が金を掻き集めている事を知った上での言葉だった。

 君が心配する事じゃないよ、そう言おうとする前にヒカリの口が動いた。


「文康さん、ちゃんと生活出来てますか?」


 即答出来なかった。正直もう見栄を張る事すら出来ない程に窮屈な暮らしを強いられていた。

 俺の沈黙を明確な返答と受け取り、ヒカリは悲しげに俯いた。


「そうですか……」


 今度はヒカリが沈黙した。

 いけない。自分のせいで彼女を悲しませている。

 俺は慌てて取り繕った。


「だ、大丈夫だよ! ほら。こうやってちゃんと生きてる」

「……」


 ヒカリの顔はなおも曇ったままだった。

 彼女を楽しませる言葉を、安心させる言葉を求めた。

 だがそれを探しきる前に、ヒカリは俺に声を向けた。

 それは、決意の声だった。


「一つ、お願いがあります」

「お願い?」

「はい。文康さんにしか、お願い出来ない事です」


 彼女が口にした言葉に、俺は自分の存在が輝き出したのを感じた。

 俺にしか。

 俺は、必要とされているのか。


「君の願いなら、なんでも」


 そしてヒカリは予想だにしないとんでもない事を口にした。

 だがそれが俺自身、ひいては彼女を救うもの。

 拒否する理由は、俺にはなかった。


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