女神
「文康さん、飲み過ぎですよ」
繁華街の隙間の薄暗い狭い路地で、俺は胃に貯まった悪を洗浄にするように盛大に吐き散らしていた。つい先程までは、こんなのは水ですよ水と余裕をかましていた自分が情けない。情けないと認識出来る意識が残っている事がまた情けなさを加速させた。
「す、すみませんヒカリさん……こんな汚らしい所をお見せして」
「構いません。それよりも、お体の方が心配です」
他人の吐瀉物なんて見せられて構わないわけがない。こんなにも気分の悪い場面はないだろう。若さ輝く可愛げのある若者ならばまだしも、いい年こいたおっさんのそれだ。最悪なもんだ。
それでもこの女神はそんな事など気にも留めず、心底心配そうな顔で真っ直ぐに俺の顔を見つめる。
あまりに麗しく美しい顔立ちに射抜かれ、俺は何度目か分からぬヒカリの世界に引きずり込まれた。理性が無ければそのまま乱暴に彼女の何もかもを奪い去りたいとさえ思ってしまう。残った理性がもちろんそんな邪な願望を跳ね除けるが、いっそのこと酔いつぶれてしまえばそんな大胆な行動にも踏み切れるのではないかと思うと、酔うに酔いきれない自分を少し恥じた。
「はい」
柔和な声と共に差し出された小さなペットポトルの水を俺は遠慮なく口に含む。喉を通り過ぎる潤いが、彼女の優しさと共に身体を清めていく。
「ぷはっ」
揺らぐ景色は相変わらずだったが、冷たい水は少しばかり体を楽にしてくれた。
すっと、口元に何かが触れた。柔い絹のような肌触り。
俺の口元に、ヒカリが自分のハンカチを優しく押し当ててくれていた。
「大丈夫ですか?」
この女神がいれば、他に何もいらない。そう思わせるには十分すぎる所作と笑顔がそこにあった。
「はい」
俺の心はいつでもヒカリ一色だった。