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 地響きにも似た人々の歓声が空気を震わせている。その声は俺の鼓膜さえも突き破りそうだった。

 何万もの人々が『ここ』にいた。『ここ』というのは、今俺が中央に立つこの闘技場全体の事を指している。

 この闘技場で――何万もの人々の前で――俺は闘う。

 俺は闘技場をぐるりと一周見渡してみた。見た限りでは空席はない様だった。

 まあ、この大事な一戦に空席なんてあり得ないだろう。これは、俺の大事なものをかけた一戦なのだ。そう、絶対に負けられない闘いがここにある。

 観客達は中央の俺――いや、正確には俺たちに向かって、歓声やら怒声やらを飛ばしてきていた。中には手を振ってくる人もいた。しかし、悠長に手を振り返している暇はない。

 先ほどから、正面からとてつもない殺気を感じるからだ。その殺気は俺の肌をチクチクと刺していた。

「負ける覚悟はできたか?サキ」

 俺は目の前の女の子に尋ねた。

 腰の辺りまで届くぐらいの長さの光り輝く金髪のツインテール。サファイアのように美しく輝く青い瞳。体は決してごついというわけではないが、というか身長も胸も中学生並なのだが、なめてかかると痛い目を見る事を俺は知っていた。

 こいつと俺は闘う。こいつが俺の大事な一戦の相手なのだ。

「負けないわよ。今日こそは、あんたをぶちのめす」

 サキは自分の顔の前でグッと拳を握った。向こうはもう心の用意は出来ているようだ。

 こちらも、そろそろ戦闘モードに入るか、と俺は肩を回した。ポキポキと肩が鳴る。その音で、俺は何となく分かる。今日は良い調子だ。

「どうやら、お前は運が悪かったようだ。今日は、最高に調子が良い」

 俺は腰に手を当て、はっはっはと高笑いをした。

「奇遇ね。私も今日は何だか負ける気がしないのよ」

 サキは握った拳をブンブンと回していた。

 そう言われてみると、何だかサキの雰囲気がいつもと違う気がする。それはきっと気のせいではない。サキも大事なものがかかっているからだ。俺と同様に。

 だからと言って、譲る気はない。

 ……勝つ!!

 観客達の興奮が最大まで達し、観客達の声援が波のように押し寄せてきた。同時に、プレッシャーも押し寄せてくる。押しつぶされそうだ。

 手が汗ばんでくる。それを一度服で拭いた。

「約束通り、勝った方があれを頂くということでいいな?」

 俺は試合の前に最後の確認をした。試合の終わった後に、難癖をつけられたくなかったからだ。

「もちろんよ。でも、あれは、私が頂くわ」

 サキの青い瞳がメラメラと闘志で燃えていた。

 俺は、静かに右拳を顎の右側に添えた。そして、左拳を目の高さ辺りに持ってくる。左足を前に出し、右足を後ろに引く。最後に顎を引いて、俺の戦闘態勢は整った。いわゆる、ボクシングの基本姿勢だ。

 それに対してサキは、まるでアイススケートのスタートの姿勢のように、体を低くした前傾姿勢を取っていた。体は全くぶれていない。石像のように静止していた。

 風が吹き、サキの髪を縛る二本の赤いリボンがなびいた。

 その時、俺とサキの間に赤い立体的な『3』という数字が表れた。カウントダウンが始まったのだ。続いて、『2』という数字が表れる。心臓の鼓動が速くなるのが分かった。そして、『1』という数字が出た時、俺は手に力を込めた。最後、『1』という数字が『FIGHT』という文字に変わった。

 試合が……始まった。

 最初に動き出したのはサキだった。前傾姿勢から素早くスタートダッシュを決め、俺との距離を縮めてくる。

 俺は初めの姿勢を保ったまま、サキが近付いてくるのを見ていた。

 サキは驚くべきスピードで俺に腕が届く所まで来ると、即座に右ストレートを放ってきた。

 かわせる。

 俺は、瞬時に俺から見て左にかわした。そのまま、カウンターで二発をサキに喰らわせる。

「さすが、反射神経だけは、ずば抜けているわね」

「俺に勝負を挑んだことを後悔するんだな」

 俺は畳み掛けて攻撃しようとしたが、サキは一度下がった。

 俺は勝利を確信していた。俺は、最初の一撃を先に決めることが出来ると、調子が一気に絶好調になるのだ。

 今度は俺がサキに向かってダッシュをした。

 サキは体勢を立て直し、俺を向かい討とうとする。

 俺は、左のジャブを二度サキに当てた。サキに少しだがダメージが与えられる。

 サキは、その二発の直後に上に跳んだ。サキの体が俺の顔の高さまできていた。そのサキの脚が地面と平行に振られる。

 その脚は、俺の側頭部にきれいに決まった。

 サキの脚が振り切られるのに合わせ、俺は蹴り飛ばされた。

 側頭部への攻撃。しかも今のはかなりきれいに決まった。俺の体力も相当削られているはずだ。くそっ、勝利を急いだのが間違いだったか。

 俺が立ち上がるのを見て、サキは地面を蹴った。

 このままだと、流れが完全に向こうになってしまう。そうはさせない……!!

 俺は上半身をひねって、右拳を腰の辺りに構えた。その右拳に赤い光が集まってくる。右拳がだんだんと強い光に包まれていく。

 サキはそれを見ながらも、俺に真っ直ぐに突っ込んできた。

 かわせる自信でもあるのだろうか。そうだとしたら、これで俺の勝ちは決定だ。

 刹那、サキは俺の目の前で屈んだ。

 なるほど、俺の一つの必殺技であるエンリュウだと思ったのか。エンリュウは真っ直ぐ前に右拳を放つ必殺技だ。しかし、それは上下の範囲が狭く、タイミングに合わせ屈めば当たらない。

 ただし、これはエンリュウではない。全く別の技――。

 サキが自らの足で俺の足を払おうとする。

 俺はその足をかわすようにジャンプした。サキの足が空を切ったのが見える。

 俺は真下のサキに狙いを定めた。

 右手が真っ赤な光に包まれる。真紅に輝くそれはまるで炎、いや炎よりも赤かった。

「フレイムスターバースト!!」

 必殺技――フレイムスターバースト。エンリュウと初動が似ているが、エンリュウとは別の必殺技だった。

 叫びながら、右拳の光を下に向かって放つ。円柱の形をした真っ赤な光がサキに襲い掛かる。

 ドドーンという音と爆発が起きた。砂埃が辺りに立ち込める。

 俺は地面に着地した。

 今のは、確実にサキに直撃した。サキも耐えられないだろう。もし耐えられたとしても、虫の息だ。あと一発決めればこの闘いを制すことが出来る。

「あんたもまだまだね」

 砂煙から聞こえた声。

「なんだと……!?」

 直後、砂埃が吹き飛ばされ、サキの姿が目に映った。その姿を見て、俺は息をするのも忘れてしまうほど驚いた。

 サキの背中から生える白い翼。青い光を灯していた。

 それは、百分の一の確率で発生する、限界突破モードだった。体力を完全に削られた時、ごくまれに体力が残り一だけ残り、すさまじい能力を発揮するというものだ。

 まさかこの土壇場で発動するなんて。不幸だったのは俺の方らしい。

 と思った時、視界からサキが消えていた。

「こっちよ」

 声がした左に顔を向けると、すぐ傍にサキが立っていた。サキの左拳が俺の頬を殴る。その威力は想像以上で、俺は自分の体力が一気に削られたのが分かった。

 俺は両足を踏ん張り、倒れる事だけは凌いだ。

 しかし、サキはもう俺の背後に回り込んでいた。

「チートだぁぁぁ」

 俺は殴られながら叫んだ。限界突破モードを作った奴も、もう少し俺に勝ち目があるぐらいに能力を設定してくれば良かったのに。

 殴り飛ばされる先にサキ。また殴り飛ばされる先にサキ。またまた殴り飛ばされる先にサキ。

 とどめに、サキの十二連続パンチが俺の体を突き抜け、俺の体はパリンッという音と同時に細かい結晶に分解した。

 画面に『1P WIN』という文字が現れた。

「やったぁぁぁ」

 ワンルームの部屋に、大きな声が響き渡る。

 それは、隣に座る、道を歩けば誰もが振り向く美少女の声だった。

 アルタ・サキ・ソラス。

 金髪のツインテール。コバルトブルーの海のような碧眼。小さな顔。平たい胸。低身長。

 見た目は中学生なのだが、実際は高校二年生。さらに、見た目では考えられないような馬鹿力を持っている。それだけではない。足の速さなどの身体能力も常軌を逸している。

 そんな彼女は――

 俺のボスだ。

 俺は手に握るコントローラーを放り投げた。

「何だよ!限界突破モードって!」

「私の力よ!」

「完全にシステムアシストで勝っただけじゃないか!」

「もし仮にそうだとしても――」

「仮にじゃない。実際にそうだろ」

「そうだろうと、私の勝ちよ。さあ、あれを頂くわよ」

 俺は言い返すことが出来なかった。俺がぐぬぬと唸っていると、「まあまあ」と俺をなだめるように肩を叩く女の子がいた。

「お兄ちゃん、一口貰えばいいじゃん」

「元々、お前がプリンを二つも食っちまうからだろ!本当は三つあったのに!」

 俺は後ろを振り向きながら、今まで以上に大きな声を上げた。そこに座っているのは、マリ・チート・アンだった。

 ツヤのある栗色のポニーテール。サキの青い瞳に対してルビーのように強く光る赤い瞳。子供っぽい可愛い声だが、胸はサキより発達している。しかし、本当の事を言うと、サキより年下だ。サキが勝っているのは身長だけ。しかし、そこに触れるとサキの鉄拳が――。

 飛んできた。

 俺はサキの鉄拳を頬に思いっきり喰らって、ベッドにダイブした。

「何でっ!?」

 頬の痛みに苦しみながら俺はサキに問う。

 しかし、加害者であるサキは自分の金髪をいじりながら、「何となく」と素っ気なく答えた。

「何となくで人を殴るな!」

「何となくあんたが失礼な事を考えているんじゃないかと思っただけよ」

 ニュータイプか!急に、私にも敵が見えるとか言い出すんじゃねえだろうな。

 そんな事より、頬をチクチクと刺す痛みが一向に消えない。結構強く殴られたようだ。

 しかし、サキ自身は加減をしたつもりなのだろう。サキのパワーは尋常ではない。そのため、加減をしたつもりでもたまに、大怪我になる事があるのだ。きっとサキと漫才のコンビは組めないだろう。もし組んだとしてもサキをツッコミに出来ない。ボケの方は体がいくらあってももたないだろう。

「お兄ちゃん、大丈夫ですか?」

 気が付くと、俺の顔にあと数センチぐらいまでアンの顔が迫ってきていた。俺の腕には、アンの細い腕が絡みついている。

「お兄ちゃんじゃねえ!」

 驚いてとっさにアンから離れる。

「もう、恥ずかしがっちゃって、可愛いんですから」

 アンが可愛らしく俺の頬をつつく。

 何というか……まあ……悪くはない。

「妹じゃないのにお兄ちゃんって呼ばせているのって最低。このシスコン!」

 俺の心をまた読んだかのように、即座にサキの吹雪のような冷たい声が襲い掛かってくる。

「別に呼ばせてねえ!」

「ふん、そんな事言って、心の中で喜んでいるのはバレバレなのよ」

 サキは俺に背を向けて、冷蔵庫の中をあさり始めた。

「待て!一口でも俺にくれ!」

 サキは、冷蔵庫からプリンが入ったカップを取り出した。冷蔵庫をバシンッと大きな音を出しながら閉める。それから、プリンの付属のスプーンを手に、また俺の方に体を向けた。そして、笑顔を浮かべ、

「あんたみたいな奴にあげるわけないでしょ?」

 と言った。

 その笑顔はどう見ても楽しんでいるようにしか見えなかった。

 ……どエスだ。

「何でこーなるんだよ!!」

 嘆き叫ぶ俺など目もくれず、駅前のスイーツ店で買った結構お高いプリンを咀嚼するサキの姿がそこにはあった。

 この事件の始まりは昨日の事。俺は学校の帰りに駅の近くに新しく出来たスイーツ店に寄った。そこのプリンが美味しいとクラスの女子から聞いたサキが、そこのプリンを買ってくるように俺に命令したからだ。俺自身も食べてみたかったという事もあり、俺は自分とサキとアンの三つのプリンを買ってきた。しかし、今日、事件は起きた。アンが二つプリンを食ってしまったのだ。そこで、残り一つのプリンを賭け、俺とサキはテレビゲームで勝負をしていたというわけだ。

 はたから見ればどうでもいい事なのかもしれないが、当事者たちからすれば重要な問題である。それに、そのプリンが高いとすれば、その問題はより一層深刻な問題となる。

 まあ、結局、ゲームの開発者の遊び心なのか知らないが『限界突破モード』という最強のシステムによって俺は負けてしまったのだが。

 これは、部下がボスに逆らった罰なのだろうか……。

 俺は肩を落とした。

 だが、俺はこんな平和な日常が送れる事を心から喜ぶべきなのだろう。


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