first_bignning
みなさんは、後悔したことがありますか?
わたしは、とてつもなく後悔しかありません。
この小説の登場人物たちは、どんな道を歩くのでしょう。
1.
高3の夏。
俺は受験勉強の気晴らしに、川へ来ていた。
べたべたとした空気、熱すぎる温度を、さらって行くようなさわやかな川の風が、音が、僕の気立った心を和らげた。
ふと、視線を落とすと同い年くらいの青年が絵を描いていた。川と、山と、空。
爽やかに吹く風と、絵がとても合っている感じがして、よりきれいに見えた。
近くで絵を覗いていると、青年が何かつぶやいているのに気づいた。
「……ねぇ?」
「はい!」
びっくりさせてしまっただろうか。
「絵、上手いね。いくつ?」
「高3、です。ありがとう」
「同い年だね、よろしく」
「こちらこそ」
静かな印象を持った青年だ。
「きれいな絵だね。なんか、風景と一緒に風が吹いてくる感じがする」
「風……?」
「あ、ごめん。絵に詳しいわけじゃないのに、その……」
「いや、うれしいよ。ありがとう」
「いつもここで、絵を描いているの?」
「うん、よく来る」
「ここの絵を描くの?」
「そう、きれいだから、この景色」
「将来は、画家とか?」
「なれたらいいと、思ってる」
僕の目では、絵の良し悪しが分からないが、すばらしい絵だと思う。
「なれるよ、きっと」
「ありがとう、うれしいよ。そういえば、君の名前は?」
「中野一也。君は?」
「木野蒼太」
「木野君、他に作品ある?」
興味が出てしまった。どんな感性を持つ青年なんだろう。
「家にあるよ。よかったら、アトリエに来てみる?」
「家にアトリエあるの?すごいね」
「うん、そんなに大きくないけど」
「行っていいの?急だけど…」
「うん、作品をほめてもらったお礼。一番いいの、見せてあげる」
「うん!」
勉強は、もういい。今日は彼の作品を見る。
彼の家は住宅街の端にある、普通の家だった。
「どうぞ」
「お邪魔します……」
廊下には四季いろいろ、きれいな景色の絵が飾ってあった。
玄関入って、すぐの部屋。開けた瞬間、ペンキの香りがした。
真っ白なキャンバス、筆、絵の具、鉛筆類、色で溢れているが、整った部屋だった。
「これなんだ」
白いカバーをはずすと、先ほどの場所の雪景色だった。さっきと違ってあまり色が無いはずなのに、変わらず爽やかな風が吹くような絵だ。
「きれいだね。心が洗われるようだよ」
「そう?うれしいな!」
他にいくつか絵が飾ってある。風景画でも、いろんな風景の絵があり、人物画も描くようだ。
すべて同じ女性。清楚で綺麗な女性だ。年齢は、同じか少し上だろうか。かなりの枚数だ。
「あぁ、彼女は僕の幼馴染。モデルになってもらったんだ」
「付き合ってるの?」
「まさか、ただの友達だよ」
「……そうなんだ」
椅子に座っていたり、読書をしていたり、花を持っていたり、どこか遠くを見ていたり。
「こっちは、香りがするようだね」
「香り……。君は面白い表現をするね」
「ごめん、言ってて恥ずかしくなってきた」
「僕はうれしいから、いいんだよ。気にしないで」
「あはは……。ありがとう。でも、本当にきれい」
「うん、ありがとう。彼女の絵は、これが一番よくできていると思う」
彼が指差した絵は、彼女が花を持っている絵だった。
「彼女の名前は?」
「草部麗っていうんだ。モデルだけでなく、よく手伝ってもらうんだ。」
「良い彼女だね」
「彼女?いや、付き合ってはいないよ」
「え、そうなんだ……」
「よかったら、紹介しようか?ほとんど毎日家にくるから、そのうち会えると思うよ」
「ふうん、ありがと、よろしく頼むよ」
自分の携帯が鳴る。
「ちょっと、ごめん」
「おかまいなく」
電話の相手は、クラスメイトの川島美祐だった。
「はい、一也です」
「川島です。」
「どうかした?」
「今、なにしてんの?」
「友達の家で、絵を見てる」
「勉強は?」
「もういいかなって」
「そんなんで、第一志望落ちたらどうするの……」
「落ちない、落ちない」
「ねえ、一緒に勉強しない?私、これから図書館に行こうと思うんだけど、よかったら待ち合わせる?」
「いいけど……」
「やる気が起きないの?それこそ、気分を変えて外で勉強するのがいいと思うわ」
「わかったよ。今から行く」
「そう、じゃ待ってるわ」
「うん」
電話を切る。
そうだ、勉強しなくちゃいけないんだよな。
「悪い、そろそろ行かなくちゃ」
「うん、君は受験生だもんね」
「木野君、君は受験しないの?」
「うん、しない。勉強したかったら海外に留学する」
「海外か……いいね」
「うん。いつか、世界的な画家になりたいんだ、おじいちゃんみたいに」
廊下に出る。
「おじいちゃん、有名だったの?」
「うん、若い頃はバリバリやってたみたい」
「へー、すごいね」
「じゃ、受験勉強頑張って」
ドアを開ける。日の光がきらきらしていた。
「また来てもいい?」
「もちろん、気分転換にでも来て」
「じゃ、また」
次に続くです。